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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 三節 災禍の宴
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9.Walker ―歩む者―

ウォーク

 突如雪のような冷たい雨が豪雨の如くその地を無数の雫が叩きつける。雹や雷も収まっていき、火山弾は降り止んでいた。

 僕は未だ走っていた。何キロあるのかもわからない道のない道を無謀にも走り続ける。しかし陸地ごと動いているので、運よく国外にたどり着けていればいいのだが。

 流れ出る汗で胸や背中にべっとり張り付いていた使用人の服も雨でびしょ濡れになる。

 冷たい愛人を抱えた義手の腕が軋む。肩あたりの繋ぎ目が痛く感じるが、無機物の手足は何も感じない。彼女の冷たさもわからない。


 ドォ……ン。


 轟音が背後から聞こえてきた。あとから台風のような爆風が自分の身を吹き飛ばそうとする。

「くっ……!」

 僕は傍の転がった廃墟に背中を付けては座り込み、護るように強く彼女を抱きしめる。

 突風が止んだのを確認し、そこから離れる。

「――うっ」

 空からたくさんの兵や肉片となったかつて人間だったものや瓦礫が落ちてきた。先程の突風によって飛ばされたのだろう。

 上空からどんどんモノが墜落していく。どしゃどしゃっ、と四肢を捻じらせて落ちてきた兵は鎧が壊れ血を流し、とっくに死んでいた。その哀れな姿を目に過ぎらせながら僕は再び走り始めた。

 そのとき、自分の傍にまたもや何かが落ちてくる。僕は通り過ぎようとしたが、ある記憶が掠め、不意に立ち止ってしまう。

 そして、傍のものに目を改めて向ける。

「……ぇ」

 それは、軍兵だった。人間だった。だが鎧が壊され、顔も露わになっていた。だが、その人間には下半身がなく、実に無残だった。

 露わになった顔を見た瞬間、不意に言葉を発した。


「――レイン……?」

 その上半身しかない青髪の死体は、自分の大親友だった。

 絶句。一切眼を逸らすことなどできない。声が震えて声にならない。

 頭が真っ白になる。

 嘘だろ?

 さっきまで、さっきまで生きていていたんだぞ?

 普通に喋っていて、笑っていたんだぞ?

 なのに、なんでこんな……こんな……呆気もなく約束を破るんだよ!

「うわあああぁああああああああぁあああああああぁああああああぁあああああああぁあああ」


     *


アーカイド


「やっぱり想像以上の絶望っぷりだな……」

 見る先には、俺の知るサルト国はなかった。


 王都サンディーノの町々、光都ルークの発光大理石でできた大聖堂の一部、水都リュシアンの船舶、花都ハーファンの花畑、砂都カントの町の残骸、そして風都シリシアの巨大風車の数々。各地の都で見られるものがひとつの視界に収まりきるなど、地面が煮え滾る鍋の中の具材のように混ぜられない限りありえない話だった。

 混ぜ、焼かれ、血と炎を浴びせられた国にかつての自然豊かで笑顔が溢れた姿はどこにもなかった。

「……」

 剣を握る。睨んだ先には、この惨事を引き起こした天災そのもの。吼えることないそれは、亡霊のように揺らぎ、こちらへ近づいてくる。


「撃てェ!」

 生き残った兵士の声。まだ戦力も弾も残っているみたいだ――。

 ブンと腕を振った災龍。俺の左の視界が爆風によって消え去った。兵士の僅かな声も途絶える。

「どの竜よりも……黒龍よりもバケモノだな」

 そう呟いたとき、小さくも大きな猛る声が聞こえてくる。

 どこからともなく飛んできた船舶の錨。5mほどあるそれは、災龍の身体に半分ほど食われるも衝撃はつよく、叩き付け、遠くの民家の廃墟に激突する。

 ガラン……大きな鎖の音。錨を繋いでいた鎖の先に――。


「レウ!! タキトスも!!」

「まだ死んでねェようだな」

「無事で何よりだ!!」

 二次災害に巻き込まれたのだろう、レウとタキトスはあちこち血を流しているも、その表情から苦痛の様子はない。

「あったりまえだろ! 他の奴らは? ポートとハリタロスは?」

「……」

 そうか、あのふたりはもう……。

 その沈黙で分かった以上、問い詰めはしなかった。

「……わかった。じゃあ……え?」

「どうした?」

 あの人影、まさか――。

 俺の視線を辿るようにレウも振り返る。俺と同様、驚いたまま固まってしまっていた。


「セト?」

 見慣れた姿。なじみのあるハンターの武装。そして、痩せこけた、俺たちの仲間にして家族同然仲同士の――。

「セト!! おまえなんで!!」

 すると、セトはゆっくりと歩み寄る。そして、はっきりと告げた。

「俺も死に場所ぐらい、決めないとな」

 セトはニヤリと笑った。だが、剣幕な顔でタキトスは怒鳴りつけた。

「怪我とかまだ治ってないんだぞ!! 動いたらお前……死ぬんだぞ!! 無茶するんじゃねぇよ!!」

「ごめんな。でも、このまま何もできずに終わるなら……俺はハンターらしく、戦って散った方がマシだ! それに、医療館はもうぶっ壊れた。あのままいたら死んでいたよ」

「……」

「とにかくお前は安静にしてろ!! ここは俺たちに――」

「おい」

 俺はタキトスの言葉を途切らせる。ここまで来てしまったからには、やるしかない。セトが本気なら、それに応えるまでだ。

「セト。それがおまえの本心、なんだな?」

「あたりまえだろ! この身尽きるまで! 戦ってやるさ!」

 それを聞いた途端、アーカイドは明るく切り出した。

「……よし! これでやっと揃ったな、龍材屋ハンター4人組!」

「ウォークもいればよかったが」

「まぁそうだな。でもウォークが来るまでこの4人で竜とか狩って、商売して、生活していたよな」

「ああ。懐かしいぜ」

「いろんなことがあったな」

「だははは、なんだかんだ充実してて楽しかったぜ」

 こんな状況で笑う俺たちは気がどうかしたのか。いや、こんなときだからこそ、笑っているのかもしれない。

「ははは……。じゃ、そろそろ行くとするか」

「よっしゃ!! 英雄になろうぜ俺たち!! だははは!!」

「さっさと叩き潰さねぇとな。ポートとハリタロスの分、しっかりやんねぇと」

「早くいこう。また襲ってくるぞ」

「俺たち龍材屋で災龍を狩るぞ!」

「「「おおっ!!」」」


 俺たちは行く。いつもどおり狩る為に。

 ハンターとしての誇りを持って。俺たちは挑む。己の限界に。果敢な戦いに。

 災龍という覇者に。

 今回は最大で最高の狩りになりそうだ。きっとこの4人全員がそう思っているに違いない。全員の瞳が自信と勇気に満ち溢れているからだ。


 タキトス。最初に出会ったのがお前だったな。ハンターのチームを組もうと誘ってくれたのが嬉しかったよ。バカデカい声でいろいろと迷惑だったが狩りにおいては一番頼りになるやつだったよ。


 セト。龍材屋を開こうと提案したのはお前だったな。知識がすごいあってわからんことがあったらなんでも答えてくれた。そのおかげで怪我や難病にかかっても治療して、治してくれたよな。それに調合技術も優れてるから驚いたよ。ほんとにお前には救われている。


 レウ。考え方も力の出し方も破天荒なお前にはいつも驚かされた。今じゃもう呆れてるけど、まぁおまえらしいと思う。なんだかんだでお前といて楽しかったよ。正直、おまえが別の職に移動するのは嫌だった。まぁとにかく、おまえと関われてよかった。


 キケノ。最初にあった時は仲良かったはずなのにな。なんでこんなに仲が悪くなったのか、さっぱりだな。だけど、嫌いってわけじゃなくて、なんというか、ケンカするほど仲がいいってやつなのかもな。おまえからプロポーズされたときは驚いた。その瞬間、おまえのこと初めて女性と認識したのかもしれねぇ。同時に好きになった。そして結婚した。まぁケンカが絶えることはないけど、楽しいし、これからもそうやって愛し合って暮らしたいと願う。恥ずかしいけどおまえにこの言葉を捧げる。ずっと愛してる、キケノ。


 ウォーク。確かレウに拾われたんだっけ。最初は俺らを敵視していたけど、それだけ酷い目に遭ってきたんだな。でもまぁ優秀な好青年に成長して嬉しいよ。お前は俺たちにとって弟だった。龍材屋を経営しているときもハンターとして一緒に狩りをしているときもお前といて楽しかったよ。正直、おまえがいなきゃこの龍材屋ハンターは成り立たんと思っている。5人揃ってこそ、チームだ。だからウォーク、おまえはもう一人じゃねぇ。俺たちがいる。だからもう、安心しろ。


 災龍の前に一歩、踏み込む。

 紅に煌めく剣を構え、3人に、そして自分に言い放つ。

「行くぞ!!」


     *


ウォーク


「はぁっ……はぁっ……」

 僕は彼女を抱え、ただひたすら走っていた。流し続ける涙を拭うこともなく、嗚咽に塗れながらがむしゃらに走った。

 自分にできること。

 それは、この歴史を伝えること。

 つまり、生き残ること。

 この地方で本当の出来事を知っているのは自分と彼女と、彼の三人だ。だが、彼女は死に至り、彼は暴走し、軍に抹消されようとしている。だから、この事態を歴史として受け継いでいけるのは現に自分しかいなかった。


 今すぐこの国から離れよう。そう誓った。誓うしかなかった。

「――うぐっ」

 また涙がこみ上げてくる。だが、今は泣いていようとも悲しみに溺れている暇なんかない。

 ぐしゃぐしゃになった顔を拭わず、城門へと急ぐ。


 ――ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


「――っ!!」

 災龍の咆哮がここまで響き渡る。地面がズシン、と揺れる。

「リオラ……」

 災龍の真名を呟く。だが、今の彼は僕の知っている彼じゃない。

 僕は走るスピードを緩めることはなかった。

 城門の前に着く。だが門は既に倒壊し、凹凸が激しくも、その道が開いていた。

「やっと国から出れる……!」

 まだ終わったわけではない。しかし、この災禍の渦中から出られたと思うと、安堵したのだ。


 ――……。


「……?」

 なんだ。この違和感。

 この嫌な感じ。

 徐々にその違和感は音と化し、聞き取れる程にまで膨張する。

「……地鳴り?」

 その予想は的中したようで、微かに地震が起き始めた。

 だんだん大きくなる。何かが近づいてくる。

 背中に吹きかかる熱風。加速的な音。急速な反応が肥大化し、迫ってくるような。


 地鳴りに続き聞こえるのは、天と地の呻き声。

 その恐怖感に襲われ、僕は後ろを振り向く。

 刹那、視界が真っ白になった。


     *


 僕は、思いました。

 君がいるから、僕は生きていけるんだと。

 みんながいるから、僕は生き続けられるんだと。

 ひとりでは生きていけない。それが常識なのか、非常識なのかは知らない。

 でも、少なくとも僕はみんながいたからこそ、こんな腐っている美しい世界に巡り合えたからこそ、こうやって生きていけた。

 僕を捨てた両親。僕を拾って、育ててくれた神父。共に過ごした孤児の友達。旅先で出会ったたくさんの人々。僕を利用した人々。ある森で出会い、親友になり、僕を守ってくれた異人種。僕を再び拾ってくれた人。僕を歓迎してくれた愉快な人たち。僕を優しくしてくれた活気ある人々。僕を化け物呼ばわりし、殺そうとした人。僕といっしょに働いていた同僚。称賛してくれた偉人の方々。僕が惹かれた天災という名の人。僕と親友になってくれた青髪の人。そして、僕が愛した初恋の人。

 辛くも苦しいことがたくさんあったけど、そのなかにも多くの幸せがあった。

 みんなの関わりがあったからこそ、今の僕がいる。

 だから、薄れゆく意識の中で最後に僕は出会ってきたみんなに言いたい。


 ――ありがとう。そして、さようなら。

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