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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 三節 災禍の宴
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8.神々殺戮

 それは吐き出す息か、地の裂け目から噴き出る蒸気の音か。

「コーダ軍帥……!」

 彼の名を呼んでも、もう返事はなかった。

 その身体は老骨とは思えぬ筋骨隆々とした竜人。しかし無機的。その偉大なる背中に宿るのは誰か。

 人でもなければ鬼でもない。ただ機械的に――しかし国を守る意志、災龍という天敵に対する殺気を動力に、義神体コーダの肉体は駆動していた。


 瞬――一閃の燃焼光が天空に浮いている逆さまの大地へと結びつく。魔術師が空へ浮かせた大地にコーダの拳が災龍の肉体ごと穿たれる。

 だが、その浮島から引力が発されてはおらず、砕けた地表が下方へと墜ちていった。

 岩石が降り注ぎ、地に落ちる前――災龍は目を見開く。それは今まで抱いていた感情いろとは違っていた。自分と同じ立場。同じ怪物。自身の土俵にすら立てていなかった人類の中で唯一、同等の位置に立っている者。

 バケモノとはいえ、段々と弱まってきていた命――むしろその炎を滾らせてしまった。

 

「なんだよ……あれ」

 握っていた剣を思わず落としそうになるほど、サハドは視界に映る滅茶苦茶な光景に唖然としていた。

 向き合っている天地の大地から降り注ぐ豪雨の如き火球群と撃ち上がる無数の逆さ雨。それは決して自然物などではなく、天地を行き来し殺し合っている二柱の龍の残像であった。宙で交り、天の地へ殴り飛ばされ、炎の地へ殴り落とされる互いの猛攻は音速をも超える。次々と噴出し、立ち込める戦塵。それをも払拭させ、外側へと舞ってゆく。

 踊る風、荒ぶる暴力は嵐を引き起こす。巻き添えを喰らう町は凄まじい速度で浮き、墜落する。そのぶつかり合う豪雨の如き龍の戦いの陣に一歩でも踏み入れば最後、命はないことは見て分かったこと。民だろうと英雄だろうと、戦慄することに変わりはない。


「あれ、コーダ軍帥かよ……もう災龍とそう変わりないじゃないか」

「間違っても近づくことはやめた方がいいわ。人の身である限り、骨の一片も残らないわよ」

「イルア、浮島が崩れ落ちるぞ。こちらにまで瓦礫が降ってくる」

 ネズの一声で「了解」と一言。

「たぶん、コーダ軍帥が切り札を使ったのは大きな賭け。けど、これでも災龍がくたばらないと想定した上で、私も保険はつけてるわ」

 両手を広げ、その身を妖しく輝かせる。それは彼女だけにもとどまらない。

「な、なんだ? 地面が――」

 五大都市の一つ分を囲う巨大な魔法陣。優に30万平方キロメートルはある円陣は目が眩むほどの蒼い炎と不気味なほどの暗い紫色の煙を湧き立たせた。


「この陣形――まさか」

 察したネズはイルアを呼び止めようとした。同時、とてつもない轟音が後ろから聞こえ、災龍とコーダの猛攻の決着がつく。衝撃で爆散した大地が街ごと降り注いでくる。

 だが、突如として辺りが明るくなる。見上げると、そこには巨大な腕が大地を庇っていた。受け止められた島ひとつ分の無数の瓦礫はたちまちに粉砕し、砂となって空を舞う。

 その腕は魔法陣から這い出てきた異形人の腕。災龍とコーダが別々の場所へ墜落する音も聞こえることなく、ただ誰もがその暗雲を貫く巨大さに身動きすら取れなかった。

 自ら光る、影無き巨人。それは神殿に飾られているような、神聖な装飾を纏った神像。金属のような表面は堅剛さを物語らせた。

 神々しさと禍々しさ――二極の二柱神が怒りを咆哮として体現す。

 ほら、保険は要るでしょ? と神を呼び出した魔導師はにこやかに笑みを向ける。


「この莫迦――邪神と巨神を召喚するなんて正気の沙汰じゃない!」

「だーれが気違キチってるって? 相手も正気の沙汰じゃないんだから、郷に入るしかないじゃない。でしょ? ネズたん」

「軍帥に続いて……国ごと潰す気か」とサハド。

「だーいじょうぶ。軍帥も分かってるだろうし、民の命だけは保険付けてあるから。私を誰だとお思い?」

 手を掲げ、人の言葉ではない、得体のしれない呪文を通じては神々と意思疎通を図るイルア。了承したのか、顔無き禍々しい巨神――邪神は溶けるように姿を消し、もう一柱の首無き神々しい巨神はコーダを探している災龍に黄金色の巨腕を向けた。その手だけでも王宮と城下町を覆う大きさ。存在に気づいた災龍は、眼球を失っても尚、虚空の眼孔を向け、にたりと笑うように無数の牙を向けた。


(笑った……?)

 不審に思いつつも、イルアは巨大な結界を出現させ、巨神の一撃の衝撃が来ないように予防線を張る。

「――"ありったけの力で潰しなさい"」

 それは隕石の如く、黄金色の巨腕が災龍を国ごと殴り潰した。覆うは土の津波。巨大な隕石孔が穿たれ、地球を撃つ。

「"邪神よ、この世界を結ぶ九の空間ごと災龍を断ち斬りなさい"」

 時空を縛れど抗った災龍を今度こそ仕留めるために。

 この目では見えぬ世界――亜空にて邪神は、その手に持つ巨剣を振りかざし、地の底の災龍へ突き刺す。

 再び衝撃が地球を襲った。サルトを包む大陸は割れ、両断される。サルト砂漠に続き、プラトネル国、そして氷山のプリュート山脈に巨大な渓谷を作り出した。その奥底へアーク海の海水が入り込む。

 チェックメイト。そうイルアは呟きそうになる。


 ――だが。

「っ、嘘――邪神が」

 視ることはおろか、触れることさえできない別空間の存在。それを災龍は邪神の存在する亜空間ごと捻り潰した。……と形容しようがないほど、その出来事は一瞬であり、なにをどうしたらその山よりも遥かに高く、大陸よりも巨大な神を残虐なまでに空間ごと潰せたのか。殺したのは何も神だけではない。邪神の四肢は抉れては散り、遠くへ吹き飛ばされる。それはアミューダ地方の様々な地へ墜落し、グリス国に邪神の頭部が埋まり込む。


「"災龍に神の裁きを! 鉄槌を!"」

 残った巨神。再びその拳を穿つ時、災龍も同様に拳で応戦した。降ってくる大陸を人の拳ほどの大きさで対抗するようなもの。その大きさから見ればあまりにも無謀だ。しかし屈したのは巨神の方。その腕がたちまちに砕け散り、仰け反ったのだ。

 瞬間、その胴体に風穴が空く。まるで、食い千切られたような生々しい貫通傷口。罅が刻まれた巨神は木の葉のように軽々と飛ばされては地方を抉り、アーク国を囲う海に墜落する。巨大な津波と、海に漂う金色に光る粉末。巻き込まれた島国アークごと海に沈むと同時に金粉へとなっては消失した。


「"神殺し"……比喩抜きで本物の神まで殺すなんて」

 災龍。それは、拳ひとつで岩石惑星を自己重力エネルギーごと微塵に砕き、疑似とはいえ太陽をも消し飛ばした厄神。そもそもの話、敵うはずがなかった。

 これを知らぬイルアも、否、人々は分かっていたのかもしれない。

 最初から人類は神に勝てないと。

 彼女はもうあきらめていた。これ以上為す術はない。災龍に対抗できるだけの魔力も使い切った。

「イルア! 逃げろォ!」

「もう無理よ。魔導師が神を越えた存在に敵うわけないでしょ……」

 ネズの言葉を流し、落ち着いた様子で、静かに瞼を閉じた。咄嗟に駆けだすサハドだが、彼女との距離はあまりにも遠く、間に合わない。


 ――ウォアアアアアアアアア!!!


 竜に酷似した、しかし人の喉から発された、限度ある声量。イルアを喰らおうとした災龍を彼方へ吹き飛ばしたのはコーダだった。

「っ、軍帥!?」

 思わず声を上げたイルア。だが、人間を失った彼にその声は届かない。

 地割れ、噴火壁ファイアウォールを地平線から創り出し、瞬時に戻ってくる災龍。だが、見切った彼は轟音を鳴らし、災龍を再び殴り飛ばす。だが、災龍は踏み堪え、右腕を構えた。


 ――ドウン!


 災龍の腹部を殴ったコーダの拳から衝撃波が生じる。災龍は血を吐き、三度吹き飛んだ。隆起した地面の太い柱にぶつかり、ガラガラと崩れていく。


 災龍は跳び上がり、音速の如く襲い掛かる。コーダは拳を構える。災龍も拳を握った。

 ズドォン! と互いの腹部が拳でめり込む。互いに竜人族特有の筋肉の収縮を使い、同じように拳から衝撃波を放った。

 互いに吹き飛び、瓦礫にぶつかる。

 コーダの右腕はもう使い物にならなかった。だが、それでもすぐに起き上がり、腹部の激痛を越えた痛みに堪え、災龍のもとへ駈ける。

 道の途中、左手で土に埋もれていた自動人形を引っこ抜き、瓦礫から出てきた災龍に向け投げつけた。

 だが、災龍は全身を発火させ、その機体を溶かした。瞬間、災龍に無数の弾丸が襲い掛かってくる。戦車でも粉砕できる強化機関銃ガドリングの前に災龍は避けきることもできないまま受け止める。多大な爆発がそこで起きた。


「こっちだって剣だけしか使えねぇわけじゃねぇんだよ!」

 重装武器を構えていたサハドは叫ぶ。眼球の無い窪みをサハドに向け、標的を変えたときだった。

 災龍は何かに掴まれる感触を覚えた。

「よしっ、頭部を捕まえればこっちのもんだ!」

 サハドの希望ある声。コーダの右手には災龍の頭が握られていた。

 蹴りでその身を引き裂こうにも、脚どころか全身が動かない。だらりとぶら下がり、抵抗しようにも振戦のように震えるばかり。

「"黒呪ノ第三七経、縛固"。これだけ弱ればしばらくは動けまい」

 唱えたネズはイルアの背を叩く。「まだ敗けたわけではない。全員の士気を上げさせろ」と声をかける。


「コーダ軍帥――災龍にトドメを!」

 煙が舞う。僅かな4国軍の兵士をはじめ、ネズとサハド、イルアが災龍の頭を掴んでいるコーダを見上げる。

 魔術で身動きができず、痙攣している災龍。それはもう、生き物の形をしていないに等しい、龍の姿を一部だけ残した肉塊の化物だった。

「さっさと死滅してやりな……サルヴァン軍師」

 

 ミキミキミキミキ――!

 竜の力を得たコーダは掴んだ左手に思い切り力を入れる。何かが罅割れる音が鳴り続ける。


 ――アァアアアアァアアア!!


 当然のこと、災龍は叫び狂う。だが、魔力のせいで身体が動かないまま。

 グジャアッ、と硬いものが壊れ、柔らかいものと共に潰された生々しい音。コーダの手に握っているものはない。潰した何かが残っているだけだった。


 ――ッアアァァアアァアアアアァアァアア!!!


 災龍の頭部が握り潰され、禍々しい色をしたものが赤い液体と白い固体と共に飛散した。

 頭を砕かれたそのとき、ヒュン! と空を切る音がした。

「――!!」

 その場の全員が唖然とした。

 災龍は魔力によって動きを封じられていた。だが、それでも尚、その右足を光速の如く動かしたのを、誰もが見逃さなかった。

 どちゃり、と災龍が力なく地面に足を着ける。


 瞬間――。

「――ぁああが……っ」

 右の腰から左肩に至るまで、斜めに両断されたコーダ。断絶した左腕が先にドサリ……とボタボタ流れる血と共に落ちた。

「――コーダ軍師!」

 ドドドドッ!

 それでも容赦なく、コーダの大きな体躯に4つの大きな穴が一瞬で空いた。

 だが、身体が両断されようとも、数々の穴を穿たれようとも、その首と確固たる強靭な肉体を繋ぎ止める一本の信念だけは断ち切られることはなかった。

「ごぼぉッ」

 義神体と云われた超越者の特異点。

 竜の怪物と化した偉大なる軍師。

 あらゆる伝説を残した、人類の英雄はそのまま後方へ倒れ、息を引き取った。

 一瞬の静寂。そして、壮大な騒乱へと変わる。

「――災龍を殺せェェェ!!!」

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