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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 二節 憎悪の災いの先
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2.災龍の真髄

注.個人的好みの内容で、今回は好き勝手に書いています。

 サルト国王宮地下2階深部。そこの隠し階段から繋がる地下3階「収容所」にて。

 そこは、かつて重罪人のみが投獄された、世間にも王宮の人にも知られていない隠された場所。そこに収容された重罪人に執行される刑は、平たく言えば「放置」。地下の奥深く、光の差さない真っ暗なところで、水も食料も一切与えられず、存在を忘れ去られたかのようにその空間に置き去りにされる。

 色も音もない、孤独な世界。そして、重罪人は儚く白骨と化す。


 その場所の範囲は広く、独房の数も多い。何の為に造られたのか、一番広いところでは罪人100人が入ってもまだ余裕である程。


 今、この収容所は発展工業国プラトネルの即席研究所として改築された。

 ここでは先程捕獲された災龍のサンプルを採収し、細胞などを調査、実験している。人間や竜人族にはない斬新な成分、物質、体構造を参考に今後の新開発を彼らは目的としている。


「ランドス国王、現時点での災龍の研究結果がまとまりました」

 白衣を着たひとりの研究員が数十枚ほどの資料をプラトネルの若き国王ランドス・プレイトンに渡した。

 防護マスクを取り外し、赤い髪と男前の若々しい顔が露わになる。


「おう、ありがとな。そうだ、カナン科学長は?」

「はい、災龍のサンプルを取り、様々な実験を行っているようでして。そろそろ終える頃かと」

「ふ~ん。で、災龍について何か分かったのか?」


 王が訊く。研究員は文を読むかのように、はっきりとした声で丁寧に申した。

「はい。結論から言いますと、この災龍という生体はあらゆる環境に瞬時に適応でき、名の通り天災並みの力を発揮する他、使われているかはともかく我々以上の高度な知能指数を持っています。我々研究員にとって理想的な体形、体質のスペックを持っていると言っても過言ではありません。これを応用すれば技術が発展し、人類の未来に便利で豊かな時代へとつなげられるでしょう」


「へぇ、そこまで評価するか。討伐せ(ころさ)ずに捕獲した甲斐があったな」

 少し関心を持つ。この研究員は中でも優れた研究室長のひとりだが、その人物がここまで大胆に言うとはどれほどのものか若干気になった。


(そもそも、俺は機械工業専門だから、俺じゃなくてカナンの奴に言った方がいいだろ)

 そう思いつつも、知るに越したことはない。聴くだけ聴いてみようと王は思った。



「まず、災龍の細胞ですが、驚くことに我々人間や動物、龍や植物細胞の構造とは全く異なるものでして、その活動量や発揮するエネルギー率は人間どころか黒龍神すら凌駕します。まるで細胞一個一個がひとつの強大な生命体、と言えます」

「細胞一個がひとつの巨大生命体……!? ずいぶんと思い切った言い方するじゃないか」

「たった1個の細胞をPBS培地に植えこんだ途端、数秒で培地が吸収され、石ころ程度の肉塊にまで増殖しました。Hanksベースを使ったのが間違いでしたかね」

「……ほんとうか、それは」

「ええ、培地交換とか言っていられないほどのスピードでしたし、もはや培養どころではなかったですよ。危険性を感じたのですぐに全廃棄しました」

「それに」と付け足す。


「かなりの万能機能を持ち合わせていまして、驚異的な自己再生機能、治癒、回復機能をはじめ、細胞の特化した状態変化、つまり液状化、気体化。また、硬質化や金属化。その細胞が生成する金属は今までに発見も開発もされてない未知の金属質です」


「金属化も可能なのか。有機性のものかもしれないな。いや、金属のみで構成された新しい金属とも考えられる。ピーク検出はしたのか?」

「ええ、今同定中です。すでに出たと思いますが、シークエンサーの結果もまとめてカナン室長に届けさせました」


 そのような難しいことはカナンに任せるかと、ランドスは「他になんかあるか?」と訊く。


「はい、細胞機能として他にもステルス機能に匹敵する透明化と擬態化。あと、加圧される重力に対してなのか、体重を軽減するためのものなのかは不明ですが、細胞同士を振動させ、電気を生じ、非常に強力な電磁浮遊をし、斥力を高めている模様でして、今もその作用が行われています。そのため、重量が不明瞭なんです」


「推定でもわからなかったのか」

 どれだけ未知数の数値を持つ細胞であれ、身長180cmほどの人型だ。重量もたかが知れているだろうと、このときのランドスはそう思っていた。

 言いづらそうな顔をしている研究員は、息をすっと吸って、報告した。


「推定では……私自身も信じられないですが、現在の重量で6.32の10¹²kg……」

「……60億トン……!? いくらなんでもそりゃあ、冗談にしても研究者として笑えねぇよ」

「4度計測しましたが……推定とはいえ、少なくとも億トン単位であることに間違いありません」

(捕獲した時点で相当な欠損部分が見られたし、ただの肉塊に等しいあれが……そこまでの質量を持っているのか!?)

 だとすれば、もともとの質量は……とランドスは身を震わす。だとすれば、骨密度、筋肉の凝縮量、内臓に溜め込まれていた栄養分も、それなりの超重量だとわかる。

 大陸どころか小惑星にも匹敵する、60億トン――いや、それ以上の質量があるならば、強い引力も生じるはずだが、同じだけの斥力も働いているのだろうか。どのようにして双方の力を釣り合わせているのかは不明だが、機械を読み通してわかることは、電磁浮遊だけで負荷を減らしていたということだけ。

「信じられん……」


「また、これも耳を疑うことなのですが……直接のサンプルを6千度の高熱、絶対零度値、1億単位での高電圧、真空状など、環境耐性の試験を行った結果、すべて生命を維持。あと、我々が新開発した毒兵器以外の毒性物質は効果がないどころか、分解して吸収し、活発化しました」


「抗体を持っていない毒でも異常な速度でに抗体をつくるって、厄介な生物……の範疇を越えているな」

「他にも、発光、蓄電、発熱、発電、冷却化、形質変化、光合成、栄養生産、鉱物分解などの機能が細胞に備わっていました。あと、さまざまな種の竜がそれぞれもつ内臓器官を併せ持っています。爆炎袋や氷結袋、猛毒袋などありとあらゆる内臓器官を持っていますが、災龍は一般の竜の何十倍もの威力をその小規模な器官に蓄積されています。それらも含め、災龍が可能とする『属性』アビリティの総数は過去最大の10種よりもはるかに多いです」

「そうか……」

 さすが優秀なだけあって、よく紙も読まずに説明できるなと感心するランドス。

(生物のほとんどは生き残るために適応進化するけど、なにもかも殺す為に生まれてきたようなやつだな、災龍ってやつは)

 今一度、直接この目で見てみたくなったランドスは、資料を読むのをやめる。


「だてに万能じゃないな。はは、すごすぎて笑っちまうよ。ありがとな、あとはこれに目を通しておくよ」

「恐縮です。何か聞きたいことがあればいつでも聞いてください」

「おう、わかった」


 そう言い、深い礼をした研究者を横目にランドスは研究室の奥へ進みながら、資料をパラパラと流し読む。


(筋原線維一本一本の質が硬くて強いのにもかかわらず、ゴムのように伸縮性、弾力性に優れているのか。災龍の筋繊維一本で軍人の腕何千本分なんだろうな。凝縮度も尋常じゃないな、筋繊維数千本を収束した骨格筋を筋繊維として、それをまた収束して骨格筋とし、それをまた筋繊維として収束……何層もの筋組織が密集して、万力を発揮出きるって感じか。その上、繊維に不凍液のような性質をもった体液が浸み込まれてんのか、末恐ろしいな)


 災龍本体が保管されている部屋の前に着く。しかし、夢中になっていたランドスは立ち止まり、パラリと紙をめくった。


(衝撃吸収材質の表皮の上に薄く、目立たない鱗が体表にあり……衝撃をはね返すカウンター機能を持つ。その上に繊毛が生えていて、空気抵抗率の最小限、吸盤作用を発揮。その繊毛にLD₅₀値0.000001mg/kgの毒性あり……ボツリヌストキシンほどじゃねぇが、テタノスパミンよりは致死性高いか。表皮は薄く、弾性力があり、衝撃を吸収する役割付き、か。皮膚下に甲殻があんのか。炭素以外は不明の物質……見たことない構造だ)


 研究員数名が通りかかり、挨拶を交わす。再び資料を読み直すと、レントゲンで撮った、ある人体骨格図み目が留まる。そして、鼻で笑ってしまうほどまでに、その骨格は人体を逸脱していた。

 そりゃあ、化物って呼ばれるわけだ。そうランドスはひとり納得した。


(チタン合金よりも強靭な超高密度の筋肉の中央にある骨。質も、数も、形も、構造もぜんぜん違う。硬度を調整することもできる骨。骨髄から生成される細胞の生産値が人間の数万倍。カルシウムが主成分ではなく、ケイ素とチタン、金が主成分……あとは不詳金属が内外部に張り巡らされている……想像を絶するぜ、まったく)


 そして、200本ある人間の骨に対し、災龍は約7000本。脊髄が3本あり、かつ右脳左脳のみならず、中央脳も存在する人体を見たのは、おそらく災龍を解剖したプラトネル国の国王と研究班のみだろう。


(そろそろ行くか)

 頑強な鋼鉄の扉を開ける。重々しい響き。扉の隙間から差し込んでくる、重力と何かの気質に、全神経が震えた。扉を開けただけでも十分通じる、災龍の存在感が、ランドスの脳髄深くに刻みつける。


 そこの部屋には血みどろの災龍がいろんな管と繋がっており、手術台のようなものに乗せられていた。手首や脚、首などには鎖で固定されて、プラトネルが製造した合金質の大きな箱に入っている。

 そこに周囲4カ所だけ穴が空いており、その穴には強化ガラスが貼られていた。そこから観察しているカナン科学長をランドスは見つける。


 瀕死であり、意識が失っているはずなのに、その肉体から発する威圧感がガラスを越し、本能を畏怖させる。見る限り人間だが、おぞましい。いつ動き出すのかわからない、そう感じさせる。


「これが災龍か?」

 災龍をガラス越しで見つめているカナン科学長がその問いに答えず、ランドスの耳に聞こえるように呟いた。


「素晴らしいと言ってもいいほどの傑作だわ……戦うためだけに生まれてきた、そんな体をしている。いろんな合成獣キメラのサンプルを見てきたり、造ってきたが、俺が思うに史上最強の生物だわ」


 なまり声が特徴のカナンの眼鏡越しに映る死んだような半目からは、感嘆と表現し得る感情が込められていた。 


「だけどさ、こいつは異人種の竜人族だぜ? こんな悍ましいもの誰が生んだんだ」

 改造された生物兵器だと主張しないばかりのランドスに対し、カナンはその問いに答える。


「俺もそれが気になってな……こいつ突然変異の類なんだが、ここまでアビリティが高く、そのクオリティが高いと、最早あれだ」


「遺伝、か?」

 カナンの台詞を繋げるようにランドスは言った。カナンは頷く。


「妥当だわ。親がとてつもないバケモノじゃない限り、ここまで強い子孫は生まれてこないわ」

「そんなバケモノみてぇな竜人族いんのか? まぁ竜人族って時点で十分すぎるぐらいバケモノ並みの力を持ってるけど」


「そうだな、人間からしちゃ竜人族なんて戦闘種族みたいなもんだからな。けどよぉ坊ちゃん、いくら異常種でも変異種でも、あんな骨格や肉質や細胞が兵器みたいなもんにはならんわ。なんかの薬の投与か、生物兵器目的の肉体改造か、ということも考えられるぞ」

「だけど、この完成度まで人工で造り上げるのは不可能に近い。それは俺でもわかる」


 装置から発する機械的な音だけが鳴る中、ランドスに目を向けたカナンは腕を組み、話す。



「しかもな……そういや坊ちゃん、2ヶ月前だったか、竜人族のサンプルデータに目を通したことはありましたかい? まー覚えてなくてもいいんですけどね」

「一応読んではいたけど、うろ覚えだな。確か遺伝子まで調べられる技術が出てきてから真っ先に調べたのが人間と竜人族だったよな。比較差が大きくて実験し甲斐があるからって」


「その遺伝子調査で、一通りの文献値を作ることにも成功して……まぁ災龍と比較してみたんですわ。まぁ当然、他とは一風違った、一般の竜人族とは次元が違うレベルなんだけど、それ以前にな――」

 一呼吸置く。息を吐いた後、ゆっくりと、さりげないように口にした。


「アレ、突然変異も何も、もう既に死んでいてもおかしくない虚弱体質だったんだわ」


 突然変異体。よく聞くものでは、環境に適応するために突然変異し、そこから進化へ繋がるパターンが挙げられる。だが、遺伝子疾患等で突然変異する場合もある。その例として先天性白皮症アルビノが挙げられ、日光による皮膚の損傷や皮膚がんのリスクが非常に高い。

 しかし、ランドスはそのことを口にはせず、ある遺伝子の名を言った。


「……致死遺伝子か?」


「それもあった。もう発現しているし、そもそも突然変異で遺伝子疾患。さっき親の遺伝子が相当バケモノでないとって言ったろ? けど、それは現時点での"災龍"が生まれるにはっていう話。もともとは化物どころか、人間より弱い病人だったのよ」


「アレが先天的な虚弱体質だと? なぜ致死遺伝子が発現しているのに死んでいない……!」

 その遺伝子を持つ個体は死に至る。アポトーシス同様、遺伝子のプログラムに抗うことなど、この世界ではありえないことであった。


「そこが、バケモノの本質なんだろう。マッドサイエンティストお得意の肉体改造も、何かの注入や導入の形跡もない。継がれた遺伝子の覚醒も異人族の場合であれば考えられない訳じゃあないが、ここまで化けると今までの理論やデータが覆されるどころか遺伝子学や根本的な物理化学理論すら通用しなくなる」

「……っ!」

「どういう経緯があってあんな体に変化したのかはわからんが、自分自身である遺伝子にさえ抗う何かが、生まれつき宿していたんだろうかね。そう考えて理を通したいぐらいだが、言ってしまえば……全部自力で何とかしているんだわ」


 心電図の音が規則的に鳴り続ける。しんとした空気。研究して明らかになった事実が想像を越えていた――どころではない異常さを目の当たりにした感情は喜びでもなんでもない。ただ、無があるのみだった。


「……もう、俺たちの常識では通用しない域にいるんだな、災龍は」

「そのうち、病や老い、死にも打ち勝つかもな」

「まさか」

「ま、何にしろ、"そのうち"が来る前に殺されないためにも、始末はしっかりつけておかないとな。あーあ勿体ない」


 そうぼやき、調節装置の前に行く。ランドスはまじまじとガラス越しの災龍を見つめ続けた。

「まさに天帝の素質を持ってるな」とつぶやく。

「『四天帝』の血族だったりしてな」といたずらに笑う。

「冗談が好きだな、科学長。あんなん神話にすぎねぇだろ」


「そんぐらいわかってるって、坊ちゃん」

「その呼び方やめろって……で、今も麻痺薬を投与し続けているのか?」

「ああ。致死性の毒も投与している。そんぐらいしないと、目覚めるからな」

「そうか……ん?」


 ランドスが何かに気づいたのか、目を凝らし、ガラス越しの災龍を凝視する。

「どうした?」

「捕獲した時より、なんか傷が癒えてねぇか?」

 カナンはその言葉を聞いた途端、ばつが悪そうに言った。


「あぁ~それな、いろんな毒薬投与したら治癒作用が働いちまって、結構再生しちゃったんだわ」

「やっちまったかんじか」

「そう、やっちまったかんじ。ミリグラム単位でやったんだけど、ここまで回復効果が起きるとは思わなかったわ。その割に今投与している毒薬はキロ単位でやっと効果が出たぐらいさね」


 極少量の猛毒を分解して栄養素として吸収し、細胞を活性化させ、体組織を高速で修復する。

 今ここで災龍の恐ろしさの片鱗が垣間見れたような気がし、思わずつばを飲み込む。


「……まぁ、目覚めなかっただけよかったよ。もしそれで……」

「わかってるって。俺だって反省してるよ。まぁ今は仮死状態に陥ってるし、心配はないわ」

「頼むぞ本当に。じゃ、俺は開発に戻るよ」

「おう、がんばれよー」


 カナンは生返事で返した。聞き慣れた返事をあとに、ランドスは研究室を出て、サルト国軍武器開発室へと向かいながら研究員から貰った資料の続きをぱらぱらとめくる。そして思う。


 こんな簡単に上手くいっているのはあの災龍にしちゃおかしい、と。


 何故か自分ら4国の軍による襲撃の前にあった、内的損傷と見たことのない猛毒、右腕の過剰損傷が見られたらしいが、それでもこちらは死傷者一人出ていない。兵器は数台壊されたが。

 それでも上手くいきすぎている。なにか、このあと起きるのではないかと頭をよぎる。

 だが、しばらく考え込んだ後、もう気にすることはなかった。

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