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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 二節 憎悪の災いの先
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1.いつかの時代、この物語の真実を知る者達へ

 世の中は理不尽で構成されている。

 勿論、上手くいくことだってある。だが、それはほんの一部に過ぎない。

 何故理不尽なのか。それは自分の意志を貫き通したい、そのような思いのぶつけ合いによって生じるものだと思う。上手くいくことを求め、意志を、感情をぶつけ、擦り付け、押し付け合う。

 故に、理不尽な世の中になる。なんて皮肉な話だろう。矛盾故、滑稽だ。


 だが、それは話し合い次第でどうにでもなる問題だ。感情に任せず、論理的に、冷静に意見を出し合い、結論へと結んでいく。これが人間特有の協調性、社会性である。しかし、自分のこの考え方は間違っていると主張する人間はごまんといるはずだ。だが、少なくとも自分はこれを正しいと信じている主張のひとつとして考えている。

 本題に戻るが、やり方次第で理不尽な世界は生まれずに済むのだ。政治も、経済も、社会も、企業も、家庭も、人間関係も……差別も。


 そう、要はひとりひとりの考え方次第、捉え方次第で平和に治まることも、戦争に繋げることも可能だ。先入観にとらわれてはいけない。その場で判断し、勝手な自己結論を下すのもあってはならないことなのである。

 だが、この時代の、この場所、いや、世界中かもしれない。そこに住む人々は平和に治まるはずの理不尽を怨念のように増幅し、害虫を駆除するかのようにその存在を隠蔽、消去する。


 何が人類平等。何が人類平和。結局自分ら仲良し組が良ければいいと思う、利己的で自分勝手な考えじゃないか。不快なものがそこにいれば汚いものでも見るかのように気持ちの悪い眼つきで避け、酷い時はその存在を視界に映らないように消す。それは自分ら人間を美化し、汚物という他者を低く下げて価値のないものと見なす、実に質の悪い猿だと自分は身をもって思う。


 自分の存在自体を否定されるという理不尽。これは話し合いで解決できるのか。

 少なくとも、自分はそう思う。可能性はゼロではない。100でもない。世の中に「絶対」なんて用語は通用しない。そう思っている。そう願っている。

 そう、努力次第でどんなに残酷な運命でも変えられるのだ。自分が何かを行動に移していけば、の話だが。

 しかし、そんなことを考えている自分でも、これらのことも認めざるを得ない。


 自分は……オレは思う。

 世の中は不条理で、不可解で、不憫で、そして不幸だ。

 決して、物語の中にあるようなハッピーエンドはない。

 人生は、運命は……残酷で、報われない、そんな理不尽であると。

 それでも足掻くことを止めない。それが生きている証拠であり、幸せなことなのだと。

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