20.魔導師の温もり
「さむっ」
世話焼きな僕は、結局真っ暗な王城をカンテラひとつ持ち、カラカラと車椅子で王女室へと向かった。
結局、王女は普通に部屋ですやすやと寝ていた。それはそれで安心したが。
「はやく寝よう」
そろそろ雪が降ってもおかしくない。白い息を吐きつつ、部屋に戻ろうとしたとき、別の場所から足音が聞こえる。僕以外から聞こえる音。
他にも誰かいるのか?
というか怖い。幽霊を信じるような王女程じゃないけど、人間だとしても怖い。強盗だったら……いや、さすがに王城の中にホイホイ入れるほど警備が甘いわけではないし、国盗りの「黒蟻」の一件以来、より警備は厳重になったし――。
「あら、サクラちゃんのかわいい召使ちゃんじゃない」
この声って……まさか。
「……イルア?」
魔導師の中でも凄腕と謳われるほどの魔術研究所長「イルア・ロックワーカー」。肉体が朽ちても魂を離別させ、別の肉体に憑依する「魂移り」を続けて数百年この世に居留まっているという。
一応、僕の前はこの人が王女の世話をしてたんだよな。名付け親だったらしいし。
「あーら、パツキンウォーク君がこんな時間にこの廊下にいるってことは……さては王女のはじめてを……」
「いや違っ――! ……ちち違いますよそんな淫獣みたいなことするわけないじゃないですか」
深夜だったので、小声で返す。一気に顔が熱くなった。イルアはにやにやと僕をからかってくる。昔から変わらないな。
「すごい図星だと思われるわよその動揺ぶりだと。ていうかなに淫獣って。まぁまだまだチェリーな召使ちゃんが手を出してないなら、あたしがもらっちゃおうかな」
冗談でもやめてくれ。両性愛者の言うことは本気でシャレにならない。
「あの、その深夜テンションやめてくれませんか」
「え、これいつものテンション」
「もっとやめてください」
*
「外に行ってたんですか?」
「ええ、ちょっとサルタリス山脈までね」
月光が漏れる窓際で、僕とイルアは城下の王都を眺めつつ、話し合っていた。イルアの魔法で周辺の空気を温かくしてくれたので、手を摩り、身を震わすことはなくなった。こういうとき魔法って便利だなと感じる。
「え、と……何をしに――」
「キク王妃のところによ」
「……え?」
エンレイ国王の妻であり、サクラ王女の亡き母親。僕がここに来た時にはすでに還らぬ人となっていた。
確か、国王は王妃の死の原因は災龍だと言っていたな。……リオラが殺したのだとすれば、一体どのような理由で……。
「まさか、死後の世界で……」
途端、イルアはぷっと笑い、ククク、と腹を抱えながら笑い堪えはじめた。
「いや、ちょっとウォーク君……ぶふっ、真面目っ子が真顔で言うとこんなに威力あるなんて……」
「……」
殴りたくなってきた。車椅子でなければ蹴りたいとこだ。
「流石の私でもあの世にいけないわよ」
「似たようなことしてるじゃないですか」
「魂移りはぎりぎり違うの。それにキクの魂はとっくに別の世界に行っちゃってるわよ」
「じゃあ……お見舞い、ですか?」
「ええ、そんなもん。ま、お墓は無事だったわ。ヒビ入ってたから直したけど」
国にもちゃんとしたお墓があるのだが、霊峰にもあるのか? それかイルアが作ったか。
「ちょっとね、キクに訊いてみたの。この先もサクラちゃんは災龍と関わっていいのかって。不安になってるの」
「……あなたが王女と災龍とのかかわりに援助していたのは知っています。それが、黒龍神を殲滅させるためだという目的も、それ以上のことも」
言ってしまえば、王女の気持ちを弄んでいる。そう考えると腹が立って仕方がなかった。
「ひとつ言っておくけど、あなたが思ってるほどあたしは非道じゃないわよ。あたしもウォーク君と同じ、サクラちゃんを幸せにしたい気持ちはある。それに、災龍と関わりたいと言ったのはサクラちゃんからよ。あの子から望んだこと。それに口出しするなんて……まぁあたしはしたけど、それでも押し切られちゃったのよ」
「……そうですか。それで、なにか仰っていたのですか? お隠れになった王妃は」
「そうね……あの娘の好きなようにさせなさい。私と同じようにって」
「王妃も、相当自由人だったと聞きますが……」
「ええ、本当に親子そろって似てるわよ。おもしろいくらいにね。だから、あたしは懸念してるの」
数年ぶりに復活した黒龍神の討伐には成功した。もう、災龍と関わる必要はない。だけど、王女の気持ちを考えると、そう簡単に引きはがすわけにもいかないだろう。
「災龍に殺されないか、ですか?」
ここは直球で訊いた。イルアは頷く。
「王妃も災龍に殺された以外、考えられない死に方をしていた。万が一、何か地雷に触れて衝動的にサクラちゃんを――」
「それ以上言わないでください。王女は、災龍に僕たちの言語を教えましたし、人間らしさも学ばせていました。災龍を一人の人間として、いっしょに過ごしてきたんです。理性もある以上、そう簡単には……」
「あら、随分と災龍のこと肩に持つじゃない。直接会ってきて、お話でもしてきたのかしら」
目の色が変わる。少しゾッとした僕はこれ以上言えなかった。
そういえば、王女の行動あって、イルアは災龍をより知ることができた。災龍が人間だったことも最近知ったのだろう。僕も同様だった。
「ええ、まぁ、王女に連れられて……」
「異人族と交流を持つのは良いけど、災龍は異常だってこと、忘れては駄目よ。悪いけど、あれはもう人間でもなんでもない」
暖かい空気の中にいるはずなのに、一瞬だけ凍り付くような冷たさに身が震えた。
その瞳を見続けていると、石になりそうなほど硬直する。ただの魔術師ではないと恐怖が襲い掛かってくる。
「――あれはバケモノよ」
黒龍神ルデオスをほぼ一人で、唯一無傷で討伐したイルアでさえ、この強張りと戦慄故の威圧を発している。確かに僕自身、あの真っ白な太陽を魔法すら使わないで、たった一撃で消し飛ばしたのだ。王龍も相当だったが、リオラも相当の化物、いや、化物でさえちっぽけに見える程だった。
「……それは、王女に言った方がいいのでは」
「そうね、今度会ったら忠告しておくわ。だけど、あの娘は王妃と同じ"命の声"を聞き取れる。だから、災龍という存在に生きたまま気づけたのでしょうね」
「命の声……」
「だからこそ、サクラちゃんにはまだ災龍を一人の人間として関係を深める可能性を持っている。それはこれまでの歴史を覆せる機会であると同時に、リスクでもあるわ。彼女自身の命だけじゃない、下手すればこの国にも関わってくるわ」
「なにか、未来予知でもしたのですか」
「なにも。だけど、嫌な予感はする。この先どう動くかで回避はできる程度の運命だけど、誰かが愚かな行為でもすれば、もう手遅れになるわ。一番危険なのは国王ね」
「国王様が……?」
「狂ってるわね、言っちゃあ悪いけど。災龍に囚われ過ぎてる。もう憎悪がこちらにまで伝わってくるわ」
今まで何度かお会いしているが、特に変わったところはなかったが……。
災龍の恨み。やはり妻の死のことだろう。
「ところでショター君」
「僕の名字で遊ばないでください。あと僕18歳です」
「未成年の時点で食べ甲斐あるショタショタよ。お子ちゃまじゃない」
この人なんか怖いこと言ったよな今。
「老人より年上のあなたに言われたくないです」
「あーレディにそんなこと言っちゃうー? これでも巷じゃモテモテなのにーピチピチなのにー」
「それは見て分かりますよ」
「見るだけじゃ、わからないのもあるわよ? 確かめてみる?」
「結構です」
「あっらー顔赤くなってる?」
「なってないです」
「ま、召使ちゃんはサクラちゃん一筋だもんねー、その一途っぷり、大切にしなさいよ。ろくでない大人は浮気ばっかりするからね」
言われなくても大切にするさ。
王女は、僕が守るんだ。
「で、サクラちゃんはぐっすり寝てたでしょ」
「ええ、抜け出していなくてよかったです」
「おやすみのキスはしなかったの?」
息がのどに詰まった。一気に顔が熱くなる。
「ちょちょちょちょ、え、ええ、えっ?」
「うわ、挙動不審の極み。別にほっぺにちゅってぐらいするでしょ。町の子どもたちでもやってるわよ。あたしもさっきサクラちゃんに首元にキスマーク付けてきたし」
「なにしてくれちゃってんのアンタ!?」
「言っちゃえば毎晩深夜にやってる」
「この一方百合!」
「大丈夫よー、痕は毎朝必ず消してるし。口づけはしてないから」
してたら軽く発狂する。
「さすがにファーストキスとバージンはね、サクラちゃんから決めて選んでもらわないとね。勝手に奪う奴がいたら真っ先にそいつ殺す気でいるし」
それは怖い。たぶん一番苦しい方法で殺されそうだ。
「それだけ、王女のこと好きなんですね」
「まーね。キクの娘だし、赤ちゃんの頃から見てるわけだし、一時育ててたのもあるし、愛娘みたいなかんじかな」
懐かしそうに語る。こんな優しい微笑みで話しているイルアは初めて見たのかもしれない。
企みはないわけじゃないけど、王女のことを大切にして、第一に考えている気持ちは本物だということは分かった。
「イルア」
「なに? いっしょに寝たいって?」
「違います」
「素直じゃないなぁ、一晩ベッドの上で過ごした仲なのに」
「誤解招く言い方やめてください。寝室で徹夜チェスした話ですよね」
その勝負については、一回しか勝てなかったけど。というか眠たかった。
「それだけじゃないわよ、チェスした時間の3倍くらいサクラちゃんの魅力について語り合ったじゃない。ウォーク君、お酒飲ませたら欲望ぶちまけたように王女の愛おしさについて語ってたから、同じサクラちゃん推しとして嬉しかったわ」
「恥ずかしすぎてあまり思い出したくはないですけど……」
そういや無理矢理飲まされたんだっけ。口移しで。イルアも酔ってて覚えてないだろうけど、僕はハッキリと覚えているぞ。さりげなくファースト奪われてるんだぞどうしてくれる。
「というかウォーク君、王宮に勤め始めたとき、最初ぎっちぎちに緊張してたよね。あと目がもう何も信じてないような警戒心100%だったから、あたしがリラックスさせようと積極的に接してたの覚えてる?」
「覚えてますけど……最悪魔法で緊張和らげる他なかったんですか? なんでいっしょに温泉入らされたり、抱き枕代わりに一夜締め付けられなければならなかったんですか」
「いいじゃーん、スキンシップよスキンシップ。こんなかわいいイケメンなかなか――げふんげふん、普通男だったら鼻血ものなのにぃ」
「おいちょっと途中」
「裸には自信あったけど、やっぱりサクラちゃんの体つきが好みだったか……変態め」
「イルアにだけは言われたくない。あと僕は変態ではないです。どっちかといえば紳士です」
「紳士という名の変態ね、分かったわ。今度メイドの拡散系女子に言っておくわね」
「やめて! 僕の居場所がなくなっちゃう!」
「冗談よ、そんなブルーベリーぶっかけられたような顔しなくてもやんないわよ。それで、話し随分とずれたけど、何言いたかったの? 今宵も月が綺麗ですねって?」
「また逸らそうとしないでください」
大分会話が逸れた。何言おうとしたか忘れたじゃないか。
「ええと」と言いつつ、思い出す。
「僕の勝手な行動のせいでもあるんだけど、このとおり、僕はもう自分の足で歩けることも、王女のお世話をすることもできない」
「でもプラトネル技術で義足とかつけられるんでしょ? ウォーク君の身体能力なら術後3か月もしないうちにリハビリこなしていつも通りに戻れるわよ」
「その三カ月の間……今自分の足どころか、安静にしてなければならないときこそが、怖いんですよ。今日、僕が王女の元に行ったのもそれですし」
僕の気持ちが伝わったのだろう、イルアは少しだけ真剣になり、ひとつため息をついた。
「まぁ、その可能性はないわけじゃないけど、サクラちゃん側のことを考えれば、当然といえば当然、といえるわね」
「……」
今、なんとかしないとまずいんだ。
だけど、今の僕にその器量はない。勝手にあきらめている自分に腹が立っていた。
「今のままいけば、先越されるわね。それについては、あたしから言うことはないわ。ウォーク君自身がなんとかすることよ」
「そう、だよね」
「男ならガツンとやんなさい。あと手遅れでも奪い返すってもんよ。諦めない気持ちが大事ってこと、その治らない怪我に痛いほど刻まれたんでしょ?」
イルアの言う通りだ。怖気づいている場合じゃない。
それでも不安そうな顔をしていた僕は、少しうつむいてしまう。
「……?」
イルアが車いすに座っている僕と同じくらいにまで腰を降ろし、顔を近づけてきた。
「……え」
「成功するおまじない。魔術師だと説得力高いでしょ」
そう言って無邪気に笑う。ボーっとしている僕は頬に指を軽く触れた。
「なんなら口でもよかったのよーってあれ、こうされたの初めて?」
「え、あ、はい……」
「やだ、あたしウォーク君のほっぺのはじめて奪っちゃった感じ?」
その前にファーストキスも奪っちゃってますよあなた。
「その言い回し本気でやめてもらえませんか。言ってて恥ずかしくありません?」
「そう言ってる時点で、まだまだ男になれてないわよ、チェリーなショターくん。今度サクラちゃんに同じことやってみなさいな。純情な子ほど堕ちるわよこれ」
「本当ですか!」
「はいーそう信じちゃった時点でまだまだダメダメよ。あまあまの甘ちゃんねシュガー君」
もう名前変わってる。なんですかこれ、からかわれているんですか。
「こっ、この……!」
「そんじゃ、恋する青年よ、おやすみなさいな~」
「え」と言った頃には既に暗い廊下の中へと消えていった。「はっはっは」とわざとらしい笑い声が小さく響くだけ。
「言い返す間もなく逃げやがった……」
だけど、多少なり勇気づけられた。なんだか上手くいく気がした嬉しさと同時、この先の懸念を考える。
王女と災龍をこれ以上関わらせるのは、個人的にも、そして国の未来としても、止めるべきなのだろう。
取り返しのつかないことになってしまう前に、穏便に終わらせたい。
すぐに部屋に戻った僕は、今日も無事に、幸せに生きれたことに感謝をし、おやすみ、と小声で呟いてはベッドにもぐり込んだ。
イルアといたときから僕を包んでくれた魔術による温もりは、寒い朝まで続いていた。




