18.太陽を堕とす者 An Epic of Devastator.
浮上している黒炭化した大地は自然石の地面よりも若干脆いが、ひとつの町が入る程の面積をもつ浮島として機能するにはちょうどいい密度だった。
大気圏外、250kmの先に浮かぶ白い太陽の引力によって、浮遊している黒い大地の上で、王龍は白く燃え上がる背翼の炎を球体に向け、放出し続けている。だが、ぴたりとその行為を止め、眼下の世界を見渡した。
突然、足元が砕ける。同時、太陽が封じ込まれたような輝きを持つ胸部を痛打され、王龍は後方に吹っ飛んだ。500メートル先で、たたらを踏む形で堪え、とどまる。
王龍は放射線含む息を切らしながら目標を認知する。
まだ生きていたのかといわんばかりの眼つきで、前方に立っていた災龍のボロボロの姿を睨む。
「有頂天行くよりはまだ楽だったよ」
白い太陽からは白炎の紅炎が立ち登っては飛び交い、フレア爆発が王龍の後ろで起きる。
強い引力もあってか、標高50kmの中間圏にたどり着けたリオラ。また、その空間――粒子を歪めるほどの重力ゆえに、太陽熱が地球に到達する速さが遅くなっていた。
その力を前に地面を踏み込めば、炭の大地はすぐに砕ける。トン、と飛んでは空中を蹴った。
空爆。
先程までの消えかけた命は嘘だったのか。
そう言わんばかりの王龍の瞳は、災龍のあまりの速さについていけていない。それどころか、どこにいるのかもわからない。視認できるのは音速に達した空気の熱膨張のみ。
浮遊島から離れ、次々と上空で追撃を王龍は喰らう。
瞬く間に中間圏を突破し、熱圏下部――標高120kmに位置する白い太陽の上層に達する。
災龍と王龍にしか見えない、白い太陽の2カ所ある黒点から飛び出した磁束管のアーチを潜り、磁力線によって持ち上げられた紅炎に巻き込まれるも、猛攻は収まらない。
表面4000℃はある光球上層の彩層を擦れ、一面針状の筋構造の景色が目に焼き付く。秒速20kmで光球から上昇してきた小突起物に直撃しては白い太陽から追い出される。
身体がどんどん破壊され、体のバランスを失っていった王龍。だが遂にリオラの動きを見切り、4本ある腕の内の1本の拳に力を込め、ガス炎に塗れながらも向かってきたリオラを叩き落とした。
「――ぉがっ!」
上空から大火球でも降り注いだかのような勢いで墜落する。大地は噴火するかのようにめくれ上がり、ただの土砂と化した。墜落地点はシェイダ帯の隣、ユモ平野だった。直径70kmの隕石孔がリオラの中心から出来上がる。
天空にて見下す王龍は追い打ちをかけ、赤く光る口腔から悍ましく感じる紅い一筋の光線を横一文字に引く。その範囲はユモ平原から半壊していた剣針山を通り、エルドラス平原にまで至った。
光線が大地に赤い線を引いた瞬間、その線に沿うように大爆発が起きる。
――ドォドォドォドォドォドォドォドォドォドォドォー……ン――。
爆風が吹き荒れ、数秒だけ白天が赤く染まる。地鳴りが響き、立てる轟音は霊峰まで届いていることだろう。
――ッ?
王龍は何かの殺気を感じ、すぐさま後方下へと振り向く。
途端、紅く染まった爆炎の空は一気に晴れ渡る。それはリオラが地を踏み込み、飛び上がった衝撃波によるもの。はるか下から垂直へ跳んでは突っ込んできていた。
王龍は上空の白い太陽に無色のブレスを吐きつける。何かのエネルギーを付加したのだろう、反応した白い太陽から何かの波動が放出された。
「っ!?」
リオラはその波動を受けた瞬間、再び猛スピードで墜落する。
再び隕石孔のように形成されたリオラの墜落点。位置エネルギー作用によって地面に深く埋まっていた。バガン、と地盤ごと壊してリオラが這い出てくる。
「なんだ、急に……体が重く……っ」
地表重力加速度915.8m/s²――さらに数値は上昇する。
気が付くと、周りも超過重力による作用が現れていた。木が折れ、鳥は嫌な音を立てて墜落している。ここまで強い重力ならば、きっと町の建造物は崩れていることだろう。焦燥感を煽らせる。
放出しているのは重力のみならず、微弱な太陽風や電磁波、熱波などが噴き出している。気温が少しずつ上昇している。このまま強くなれば、崩壊よりも先にこの地は干からびてしまう。
「野郎……いい加減にしろよ……。オレの棲む世界を好き勝手荒らしやがって……」
リオラの周囲の大気が揺らぎ、とうとう磁歪を引き起こす。重力さえ感じさせるそれは、光をも屈折させる。
獄炎を纏い、質量のある波動を全身から放出する。
「若気の至りでもやりすぎだぜ、これは」
彼の質量は生命を逸脱している。天体自体が空間を曲げるほどの質量を持つように、災龍の存在は大地を歪め、浮き上がった砂礫は熱で融解する。
「ったくよ、何が王だ。トップだからって神様気取りでいるんじゃねぇ」
白い雷が降り注ぐ中、災龍は天を見上げる。
何をするべきか。血濡れ、燃ゆる赤い鉄拳を握っては答えを出す。
「その腐った根性、叩き直してやる」
小さな白い太陽を撃ち砕くこと。
そして、太陽の神気取りでいるひとつの命に制裁を下すこと。
王龍はその覇気を察し、白い太陽からデタラメに降り注ぐ白い雷を一斉にリオラへと標的を変え、集中砲火する。
リオラは地を踏み込み、直進で王龍のいる天空へと光線の如く飛び上がった。初速は凄まじく、真空状態を纏い、全身でキャビテーションを起こした肉体は標高7kmまで瞬時に飛ぶことを可能とした。
次々と直撃する白い稲妻をも纏い、そのエネルギーを推進力へと変える。対流圏界面突破、成層圏突入。あと32km。
落雷は容赦なく災龍を撃ち落とすべく襲い掛かってくる。それでも、突きあげられる一本の槍は衰えを見せない。気圧、気温は著しく低下し、マイナス60℃近くまで達する。あと21km。
王龍は胸部を燃やすように赤く煌めかせては口から青色熱線を放出した。気温上昇、0℃に近づき始める。コロナホールから噴き出した秒速700kmの電気を帯びた粒子群――太陽風が襲い掛かるも、災龍自身が発する磁気圏によって身を焼き尽くされることはなかった。あと9km。
災龍は左拳で熱線を殴り、軌道をほぼ90度逸らした。惑星の重力をも振り切る熱線は大気圏の層を突き破り、衛星の岩山に穴を開けつつ、虚空へと消えていった。あと670m。
近づくにつれ、増してゆく重力加速度。だが、揺るがぬ一念が一矢と化し、抗い往く。白い太陽の表面温度5000℃を超えた、300万℃以上ある太陽外部――コロナに突入する。あと37m。
「――ッ!」
成層圏界面突破。オゾン層を超え、流星が疎らに降り注ぐ中間圏――白い太陽直下の黒い陸へと近づきつつあった。
翼を広げ、その身を光電と化した王龍は70km上空の天を覆う白い太陽に一瞬で入り、神獣"青竜"の姿をした巨大な雷と成る。白熱の紅焔を纏い、太陽より放たれた神の裁きは炎雷の柱鎚として浮遊黒陸を砕き、厄神へと迫る。
天が裂ける程の雷鳴。空気が爆発する。
この星を食み、それに至らず軌道上のあらゆる惑星を呑み込み、太陽をも塵と化すほのエネルギー量。ブラックホールにて発生するクエーサーの如き質量が、世界を真っ白にさせる。
だが、その裁きを一片も逃すことなく受け止め、押し返したのは厄神の拳。
踏み込む大地は、無い。その身を支えるのは天体の如き質量を持つ己の肉体。
脚部・腰部は雄大なる大地、支える脊髄は折れぬ意志。上肢の臓腑、筋繊維は世界を伝播する大気。沸騰する鉄を流し、叫ぶ心臓は惑星の核として。
掲げる腕は己の身。太陽喰らう拳は神槍として。
天貫く拳は万象を蝕む龍を喰らう。
骨が砕けようと、その腕は龍を断つ拳。肉が千切れようと、その拳の力を緩めることはない。
厄災の神は拳から爆轟を唸らし、王龍を太陽へと還した。
天一面を覆う白い太陽の表面が拳の重力によって大きく凹む。
「――ァァァアアアアアアアアアア!!!」
全身から血を噴き出すも、魂をも燃やす爆炎と換える。獄炎纏う厄神は猛り、膨張した空気を大地として委ね、白い太陽の中へと突っ込んだ。
白いガスのフレア層を抜け、彩層を打ち破る。白い太陽の中、王龍と共に対流層へ押し込む。重力はかなり強く、そして熱い。磁束管や電磁波が嵐のように駆け巡る。対流層から湧き上がる熱い泡が、太陽を震わし、また己の身をも振動させている。
放射層に達し、より太陽の鼓動を感じさせる距離へと差し迫る。核から伝導している莫大な熱が容赦なく直撃し続けているも、勢いは収まらない。
深く、深く、中心へと飛び立ち、進む。辛うじて元の姿へ戻りかけていた王龍は厄神の拳に誘われるがままに殴られ、雷体を四散されつつ吹き飛び続けている。
中心核らしき莫大な熱の域にぶつかったような感覚を全身と拳で感じ取る。水素原子がぶつかり合い、ヘリウムに結合変換されゆく熱核融合反応地帯は1500万度を誇る。だが、災龍の肉体が燃え尽きることはない。
粒子状に半壊している王龍は核を背に押し付けられ、正面からは豪雨の如き厄神の無数の猛攻が続いている。
莫大な熱を生産・放出する中心核が歪み始める。衝撃に潰され、凹み、膨張する。
グルコースやアセチルCoAは使い切り、グリコーゲンもグリセリンも底を尽いた。TCA回路もペントーリン酸回路も機能しない。
だが、その身を燃やしたのは己の魂。揺るがぬ意思、貫く意志。一つの想いが、動力源となっていた。
大丈夫。力はもう、君からもらっている。
勝って、生き抜く。
守って、救う。
また、笑顔で会えるために。
生きて還ろう。
災龍は吠える。
その爆ぜる魂は、太陽をも燃やし尽くす。
とうとう中心核の殻を破る。白い太陽の心髄に叩き落された王龍の紫色の瞳に映った、獄龍の紅蓮。
「一から転生してこい……神気取り野郎!」
これが、執念。
月を砕いた業にも劣らぬ、暴力の爆発。カタルシス。
その身が龍という生命ではなく、神という現象に近かった以上、響く音は果たして声だったのか。王龍は女性のような甲高い音で唸り、喚き、叫び狂った。
最期まで身を震わすようなな咆哮を上げた後、細胞――否、DNAの一片も残すことなく、光崩壊した王龍アポラネスは消滅した。
そして、白い太陽よりも白い光が中心核から差し込み、核の破壊――矮小的な超新星爆発が起きる。厄神はその爆風で真下に吹き飛ぶ。
無音の世界に変換されるほどの莫大な轟音を放つ爆発はどんどん膨張していき、分厚い対流層ごと巻き込む。今まさに爆発が大陸に、惑星に触れかける。
白い光が世界を包む。
それは破滅へのヘブンズドア。人類の終焉を告げようとしていた。
――ドォン!
無音の世界の中に唯一奏でた微かな音。その音はこの絶大な規模の爆発と同じ大きさをした大気の罅から響いた。
空間に光をも捻じ曲げる巨大な罅を入れ、大気を砕いたのは、厄神と知られる伝説、災龍だった。
空間を破壊した。多大、甚大、莫大、絶大……まさに神大な衝撃波が、世界を覆いかけた純白の大爆発を遥か高く、遠くの空へ、天へ、宙へと飛翔させた。
弾けたように拡散した大爆発は大気圏を打ち破り、ゆっくり、ゆっくりと消えていった。
真っ白い空に色が付き、雲一つない水色の空、赤く小さい太陽が顔を出す。
無音から本当の静寂を迎えた世界。
その遥か高くの天空から、ひとりの赤髪の竜人が雄叫びを上げながら落ちてくる。その声は歓喜をあげた、勝利の雄叫びだった。
「や、やったのか……」
一人の青年が話す。それを一人の少女が応えるかのように呟き、歓喜の声を上げる。
「リオラが……リオラが……勝ったぁぁぁ!」
サクラはウォークに飛びつく。空を見上げつつ、乗竜のナウルから降りかけたウォークはその勢いで草むらに倒れる。
「うわっ! お、王女!?」
「よかった! ほんとによかったぁぁぁ!」
それは世界の壊滅を免れた喜びであると同時に、一人の大切な人が生きて戦い抜いてきたことに対しての喜びでもあった。
ふたりは起き上がり、彼が雄叫びを上げながら落ちていく様子を見つめていた。
そして、彼が落ちていった場所へと向かったのであった。
これ以上ない感謝を込めて、厄災の神のもとへ――。




