16.夢
《リオラ》
まだ、人間の言語を話すのにあまり慣れていなかったときだったか。
『ねぇねぇ、リオラって将来何になろうって思ってる?』
『……しょう、らい?』
『うん! 将来の夢! 未来の自分はどんな自分になりたい? っていう話!』
今日も、アイツは相変わらず煩わしいほど明るかった。
『夢……』
今を生きることで精一杯だった自分。いつの間にか未来の希望さえも失っていたようだった。
何の為にオレは生まれて、何をしてオレは生きていくのか。未だ、その答えは見つかっていなかった。
『私はね、乗竜のナウルに乗ってもっと外の世界を見に行くこと! アミューダ地方だけじゃなくって、他の国とか、とっても広い海とか空とか! あといろんな森にも入ってみたいの!』
『旅人、になりたい、のか?』
『うん、そんなような感じ。それでね、そのいろんな景色をね、絵にするの!』
『絵、かくの、得意なの、か?』
『えーっと、召使のウォークや兵士のレインには笑われるんだけどね、あははー……でも、絵として私の感動を残したいなって思ってる。それで、上手くなったらお店開いて売るの! 絵描き屋さんになりたい!』
なにひとつ不自由がない、裕福な少女の夢はとても愛らしくて、それを語る彼女の顔は輝いていた。
『国の女王とか、じゃ、ないのか』
『もー、リオラも大臣たちと同じこと言うー。王様になるのは気が重たすぎるんだよ? お勉強とか稽古とか、面倒くさいことたっくさんあって、国の事みーんな考えなくちゃならないんだよ?』
あのときは随分と贅沢な文句だったと思っていた。
『だったら、他の国、王子と、結婚するのも……それ、夢じゃない、のか?』
『うーん結婚かぁ、考えてなかったなぁ。今が一番幸せ、それでいいと思うんだけど』
『いまが、しあわせ……』
彼女は、本当に幸せな環境で生まれてきたんだなと思った。
だからこそ、今と変わらない生活を送ってほしいと願った。
君の幸せや、君の喜びを叶えたい気持ちもなかったわけじゃない。
だけど、外の世界は、君が思うような理想郷じゃない。
跳梁跋扈。弱肉強食。外の世界は無慈悲にして理不尽。籠に捕らわれた方がいいこともある。籠の外は……強くない限り、自由はない。
心が虚しくなる程の力を手に入れたオレでも、オレの望んだ自由は手に入っていない。漠然とした何かが、オレの心を埋めているんだ。
何かを得れば、何かを失う。この出会いも、きっと何かを失っているのだろう。
今が一番。それが正しいのかもしれない。
『リオラは何になりたいの?』
『オレは……』
遠くの記憶、確かなりたかったものがあった。
嗚呼、そうだ。兄や親父の姿に憧れていたんだった。
強く、頼もしい、誰もが憧れ、慕う存在。みんなにとっての英雄。
何にも囚われない、自分が正直に生きていける、その自由さ。
あの頃、弱かったオレは誰かを助け、守れるようなヒーローに憧れていた。
正義という己の信念を貫き通す姿に、誰にも敗けない強さ。
親父に並ぶ、いや、親父を超えた英雄になりたかった。
それが、オレにとっての幸せ――生き甲斐だと思った。
『……英雄』
『ヒーロー? リオラ、正義のヒーローになりたいの?』
『……小さい頃の話だ』
今思えば、オレも彼女と同じ、自由になりたかったのだろう。その手段が正義のヒーローだったのかもしれない。
夢を口にしたオレは小っ恥ずかしくて仕方がなかった。いい歳して、しかもどちらかといえば悪役に近いような災龍だったのだから。
だけど、
『かっこいいじゃない! すっごくいい夢だと思うよ!』
『……え? え、ぇと……そう、か?』
『うん! 絶対似合う! ちょっと怖いけど強いし、かっこいいし。それにリオラ優しいし、絶対なれるよ!』
その満面の笑みが、忘れられなかった。
このときだっただろう、彼女の幸せを守りたいと思ったのは。
『……ッ、あり、が、とう』
オレは不器用に微笑んだことだろう。そして、オレは夢を誓った。
今を生きて、君を守る正義のヒーローになる。
彼女の笑顔こそが、オレの幸せだ。
*
――ドゴォォォ……ン――。
墜落音。直径20cmほどの小さい隕石が落ちてきたような音が静かに響き、大地や生い茂る木々に反響する。
その近くにいた動物たちが音に驚き逃げていく。木々に留まっていた鳥の群も一気に羽ばたいていった。
再び静かになる。風は凪ぎ、聞こえるのは川のさらさらと流れる音のみ。
その穏やかな中、ひとつの音が聞こえてくる。足音。こちらへ走ってくる。
声が聞こえてくる。何回も、毎日のように聞いた声。だけど、懐かしい感じもする。
ああ、この耳から透き通って入ってくる声を己は知っている。この鼻から優しく突き抜けてくる薫りを知っている。
「――リオラっ!!!」
サクラは叫び、倒れたリオラに駆け付け、地面に膝をついて声をかける。その後ろからついてくるように怪我人のウォークを乗せたナウルが来る。
「っ、酷い怪我だ……!」
「リオラっ、リオラぁ! しっかりして!」
サクラは必死に声をかけ続ける。揺さぶり起こしたいが、触れると触れた自分が死んでしまうため、声をかけることしかできない。
リオラは血で真っ赤に染まっていて、傷が隙間なく刻み付けられていたり、肉が抉れている部分もあった。組織が玉砕されたかのように骨や筋肉の殆どが欠損をしている。よくここまで生きていたとウォークは身を震わす。
リオラの触れている地面から腐臭が漂う。体質による過剰反応は気を失っていても尚続いていた。
「リオラ! 起きて! ねぇリオラ!」
サクラが精一杯呼んでも返事はない。彼女の目に涙が溢れてくる。
「ねぇ! 目を覚まして……お願いだからぁ……! 死なないでよぉ……っ」
ウォークは声をかけることすらできず、憐れんだ目でただその様子を見つめ続けることしかできなかった。
サクラは涙を零し、もう一度、その名前を叫んだ。
「リオラぁっ!!!」
そのときだった。
返事に答えたかのように、ゆっくりとリオラは目を開けた。
「ぁ……サ……ク、ラ……?」
「――っ! リオラっ! リオラぁっ!」
サクラは意識を取り戻したことに、歓喜と心配の意を持った悲哀の声を上げた。「よかった」とウォークも安堵する。
「なん、で……ここに……?」
「社にずっといたんだけど、突然近くから大きな音がしたから、その音が聞こえた方へ行ってみたの。そしたらリオラが倒れていたから……」
「じゃあ、オレ……もどって……きた、の……か……?」
リオラはまだ意識が朦朧としている。誰の目から見ても、もう動けそうになかった。
「……! あいつを……まだ、倒して――っつ……!」
体勢を起こした時、全身に激痛が走り、傷口から血が噴き出した。
「ダメだよ! 起き上がったら血が出ちゃう!」
「リオラ、もう無理したらダメだ。これ以上動くと取り返しつかなくなるぞ」
「ダメなん、だよ……! あいつがいたらッ! なにもかも終わっちまう……オレは……アマツメ……殺した、ときからよ……もう、とっくに……取り返、しが……つかなく、なっていた……っ痛……!」
「でもそれは……! リオラは何も悪く――」
「だから……ケジメ……つけ、ねぇと……」
リオラは体の至る所から血を噴き出しながらもまた立ち上がる。膝がガクッと勝手に曲がり、ドシャッと倒れる。それでも腕を震わせ、脚をがくがくさせながら再び立ち上がる。
「リオラ……」
サクラは倒れては立ち上がるリオラをただ見守ることしかできなかった。
――?
異変に気付く。この尋常ならぬ大気の違和感を3人と1頭はすぐに空を見上げた。
「なにあれ……」
呟いたのはサクラだった。
そこには太陽があった。太陽より大きな純白の太陽が空を埋め尽くしていた。
太陽の光を覆い隠すほどの白く発光する球体。球体の周りにはガス状の白いフレアのようなものが覆っていた。
ウォークも驚きを隠せず、呟いた。
「さっきまでなかったよな……まさかこれを作ったのって――」
「王龍以外、誰が……いる、んだ……よ……!」
息を切らしながらリオラは精一杯の声で吐き捨てた。
リオラは微かな再生力によって少しの活動を可能にし、動かぬはずの体を無理矢理動かしてふらふらと走り始めた。サクラたちもそのあとを追う。




