12.王よ、神の名に墜ちる
互いの一撃がぶつかり合ったことで吹き飛んでいる最中、ふとリオラの視界に入った中にサルタリス山脈があった。
運がよかったのか悪かったのか、偶然にもアミューダ地方まで飛ばされたようだ。
龍群も来ていなければ特に異変はない。まだ山を壊されてない。
(ということはサクラたちも無事だ。よかった……)
瞬く間に小さくなる霊峰。安堵と共に墜落。起き上がれば広大な砂漠と砂上に唯一聳える鉱山。
名は峯山ラゴス。サルト国に隣接する砂漠の奥地。鉱石の宝庫。土や植物が一切なく、どこにでもあるような鉱石から稀少鉱石も豊富に眠っていると調査上判明されている。
「ぁあくそ……いてぇ……」
リオラは峯山の麓の岩場に倒れていた。彼の後ろの岩には人型の罅が入っている。手元に転がっている鉱石を口に運んでは疼く食欲を、辛うじてだが抑える。炭化し、潰れていた右拳は再生しつつあった。
「来るの速すぎだろうよ……」
砂嵐の中、砂上の海に浮かぶ岩――前方に王龍が四足歩行体勢でリオラを睨んでいた。
「……?」
しかし、なにか様子がおかしかった。
だが、すぐに理解する。
「あぁ、やっと毒が回ったか」
王龍は動けぬままその場で留まっている。しかし、その紫眼は殺意に満ち溢れていた。
王龍と戦ったとき、リオラは攻撃や回避をする瞬間、隙を狙って新しく構成した毒を少しずつ王龍に与えていた。王龍の毒の抗体を作ったことで新しい毒を作れたのだろう。
毒というよりもただの化学物質ではなく細菌その者に近いものだろう。その細菌が相手の体内に入ると、その相手に通用する毒へ変化する性質を持っている。
今の王龍の状態から見れば、王龍に効く毒を検索でき、全身に侵食できたようだ。
「どうだ? 初めて毒に喰われる気分は」
リオラは王龍が怯んでいる隙に回復し、立ち上がった。
「オレはまだまともな反撃ができてないからなぁ。テメェにやられた分を十倍返しでやってやるよ」
リオラは脚を大きく振り上げ、大気ごと断つ斬波を放った。その大きさは今までの比ではない。
しかし、王龍は受け止めることなどせず、俊敏に動いた。
「なんだよ……動けるじゃねぇか」
外れた斬波は広大な地面の裂け目を作った。まるで渓谷だ。
その裂け目の深淵は漆黒。そして、この大地の裂け目はここサルト砂漠と何十キロ先の剣針山を両断していることだろう。空を見れば、対流圏や気流すら断ち切られ、流れを変えている。
「じゃあ……」
五本指をピンと伸ばし、王龍に向ける。肘を曲げ、指を伸ばしたまま突いたその瞬間、腕から発射された空気砲の先端が5か所が針のように鋭くなっていた。まるで5本の並んだ槍の先端が王龍に向かっているかのよう。弾丸の成分が空気の為、肉眼では見えないが、空気や空間の流れが見えるリオラや王龍にはそう見えるだろう。
王龍は避けようとしたが、力を入れた右足と右翼が動かず、ガクンとよろめく。それどころか右腕からも痛みが走る。
先程リオラが脚から繰り出した、大陸を両断する程の斬波。そこに微妙な加減で揚力、歳差運動、首ふり運動などの力学的作用がはたらいていたのだろう。ブーメランのようにUターンし、弱まりつつも戻ってきた斬波が王龍の背後に直撃したのだ。本来の王龍ならばそれに気が付き、避けることはできただろう。しかし、リオラの毒によってそこまでの感覚と思考ができなかったようだ。
「っし、うまくいった」
痛みを感じ、その威力の衝撃で前に傾いた瞬間、前からくる巨大な鋭い空気砲を喰らい、後ろによろめいた。腹部に5か所大きな穴が空く。王龍は奇声を発した。金属音と機械音など、あまりにも無機質な不協和音。リオラは顔をしかめた。
そのとき、背後から音が聞こえてくる。
「……なんだ?」
振り返ると、海のように細かい砂でできた砂漠の向こうから、何かがこちらへ迫ってくる。
「あいつらか」
リオラも馴染み深い、一時鉱物を摂取する際にお世話になった雄大な存在。一般市民にとっては天災、砂上漁師にとっては豊作の神、宝龍ジオ。しかし、3頭揃っているのはリオラでも初めてだった。
「こいつの奇声のせいか」
この砂上の楼閣ともいえる巨大な存在でさえも屈するか。リオラは残念そうな目で宝龍たちを見つめ、拳を握る。
鯨と山脈が融合したような体型の宝龍の瞳はリオラを見ており、僅かに充血したようにピンク色に染まっている。攻撃性が増している――戦意ある証拠だった。
それは、この人間の時代に不満があるということ。王龍側に賛成したに等しい。
「テメェらもオレを殺す気でいるなら、容赦はしねぇぞ」
リオラは龍煙性電解質を腕から煙のように発生させる。サクラとシェイダに行ったときにて出会った暴弩竜が怒り狂ったときのように、筋肉を数倍の大きさに隆起させる。そして、龍系統の属性の煙を纏った腕にのみ過剰なシバリングを引き起こす。
巨山龍は耳を塞ぎたくなるような咆哮をする。砂が巻き上がり、突風が吹く。
「デケェからって態度までデカくなるような、馬鹿みてぇに調子に乗ってる奴ぁ、いつか痛い目を見る。覚えとけ」
それによって破壊性の振動を熱と共に体現させ、見えない速さで機関銃のように王龍ごと後ろの巨山龍に向け殴り続けた。それは腹いせに殴っているかのようにも見えた。
峯山ラゴスに到着した巨山龍3頭の内1頭は海豚のように跳び上がり、残りの2頭は口から竜巻ともいえる規模と破壊力を持った息吹を放った。砂をも巻き込み、より重量のある竜巻へと化す。
だが、それらすべて、リオラのガトリングにも見える連撃によりすべて一掃され、二頭の宝龍ジオは全身ハチの巣にされ、背中の鉱山ごと粉砕していった。
上空へとジャンピングした一頭の宝龍が大口を開いてはリオラのいる地点へと落下してくる。まるで山脈が落ちてくるような。この勢いで行けば、峯山ラゴスも半壊するだろう。
「……決着つく前から勝った気でいやがる。めでたい奴だ」
巨龍と龍人が衝突する瞬間、災龍は右腕のみを振るう。
ボォン! と爆音が砂漠に響き、一瞬で山龍の体中に無数の穴が空いた。一瞬遅れて衝撃風が砂上に砂煙を巻き上げる。 瞬時に何十発もの一撃を拡散状で繰り出したのだ。ボロ雑巾のように穴が空いた宝龍はそのまま砂の海へ落下した。
近い昔、3頭の山みたいな大きさをした龍を殴り倒したことをふと思い出す。
(あいつらの敵意を考えれば、あのときから黒龍神が来る兆しはあったってことか)
ただその龍の敵意に応えて、半ば腹いせに殴り、サルト国周辺に落としてしまったことに少し反省しながらも、さりげなく躱していた王龍を探す。
砂海に浮かぶ孤島のような峯山に沿って移動し、すぐに王龍は見つかった。
気づいた王龍はむくりと立ち上がり、左拳でリオラの背後から斜め下へフックを繰り出す。
が、リオラはとっくに気付いていたのか、それを避け、撃刀するかのように空を蹴り上げる。その蹴りはあまりの速さで剣状の脚と化したかのように見えた。
空を伝い、斬波が斬ったものは、王龍の左翼の一部と左腕だった。
王龍は男の人間のような叫び声とブースト音を入り交わらせたような雄叫びを発し、倒れる。同時にリオラは王龍の尻尾から撃ちこまれた毒砲を浴びて、金属を凌駕する程の硬度と弾力性に匹敵する皮膚と筋肉を分解されそうになるも、筋原線維結合メカニズムを切り替えては形状を保とうとする。
その隙を狙い、うつ伏せで倒れていた王龍の口から放たれた火炎ブレスがリオラに降りかかった瞬間、その浴びた毒は溶解性だけでなく可燃性も含んでいたのか、リオラの身体は大爆発を遂げ、燃えながら遠くへ吹き飛んでいった。
「ぐぶぉっ、ごは……いい加減くたばれよ」
身体を捻っては吹き飛ぶ速度を減速させる。見えた景色は砂一面、峯山が小さく見える程。砂海に足を着け、踏み堪えたリオラは盛大に吐血する。
あいつは不老不死なのか。そう思ったリオラだが、自分も強ち該当していたので一旦視線を横に流した後、小さい溜息をついた。
「もういっちょ行くか」
その闘争本能溢れる波動のみで心身に影響を与え、環境にも広がってゆく。気圧が大幅に変動し、荒風が巻き起こったことで発生した砂嵐。覆う雲は砂塵。風は甚大な竜巻を巻き起こす。磁気が乱れる高熱の嵐と流動する大地は荒ぶる海原の如く。
眼光を赤く煌めかせ、筋肉を一瞬だけ膨張させる。歯を食いしばり、血管を浮立たせる。アドレナリンが溢れ出し、全神経に稲妻を走らせる。
そして、全細胞が吼え――駆動する。
姿無し。衝撃波と踏み込みによる地面の爆発のみが確認できるだけ。それだけの速度。
視認できるとしても、ボボボボッ、と地面から土柱が巻き起こるのみ。一瞬たりとも、その姿は片鱗すら確認できない。
視界がぼやけていた王龍。だが、直感に等しいも、把握はできていた。
フッと二足歩行で立ち上がったと同時に放った撃拳。腕部の噴射口から焼却熱を爆出させた、紅蓮纏う一撃。巨峰を砕き、大陸を割る一撃。砂嵐で塞がれた土色の世界に一筋の太陽光を差し込ませるほどの一貫性ある一撃。
しかし、その衝撃は砂を吹き荒らす風程度で済む。王龍の黒鋼の拳はリオラの右の掌に受け止められていた。
凄まじい衝撃を手のひらで吸収し、かつ漏れ出した衝撃によって、リオラの身体ごと右腕が持っていかれる。それを利用し、更なる速度で猛回転しながら王龍の懐へ急接近した。
竜道術のみならず、数多ある体術でも応用される衝撃・圧・エネルギーの反射・吸収・転移・解放。
王龍の破壊力はリオラの手中にあった。
「――ッせぃァア!」
見えないほどまでの雷速と、自身の破壊力に加えた王龍の伝達衝撃。3重に重なった威力は王龍の全身の鎧ともいえる黒い金属甲殻を粉砕させた。
瓦礫のように外骨格装甲が崩れ落ちる。今までの微妙な弾力性がなくなり、金剛石のようにただ硬いだけの脆さになったことに若干の違和感を感じた。
しかし、すぐに理解する。
「脱皮だったか」
道理で空洞を感じ、脆いと思った。そう抱いたリオラは王龍の羽化――成体の姿を目にする。
今までのは幼体。闘いの過程で変態し続け、動く蛹として変化していた。そして今、形態変化の一種――不完全変態を成し遂げた王龍の外骨格は黒鋼外装と機械兵器が入り混じったような重々しいそれではなく、黄金色と純白を混ぜたような肉体と羽毛のような鱗毛で構成された巨大な4枚の翼を併せ持つ姿となっていた。
先程の姿を悪魔と呼ぶなら、今の姿は天使と形容すべきか。その天使の外皮はまだ外気に触れたばかりか、その胸部を中心に赤い熱光が漏れている。心臓部だろうか、その輝く太陽を内に封じ込めたような赤光の胸部は全身へと網脈状に広がっている。先端にいくにつれて金属光沢のような煌めきを発している。
禍々しさよりも神々しさを体現させた、まさしく神だと喩えられるような容姿。荒々しい咆哮ではなく、静かに響く、吹奏の音色の調べにリオラはただ、息を飲んだ。
「次の段階……いや、これで最後か」
落ち着き、威風堂々としていながらも、後が引けない、余裕が僅かに感じられなかった王龍の紫の瞳。所謂、最終形態といったところかと、リオラは感ずる。
身構えることなく、脱力した。呆れたのではなく、いつでも相手の先手に対応できるようにと、カウンターを取ろうとした。
その消極的なスタイルは、間違った選択だった。
王龍は吠える。今までのような機械音や電子音が混じったような重低音且つ不協和音をこじらせたようなものではなかった。畏れ慄く咆哮であれ、耳に透き通る、力強くとも美しいともいえる、神の唄声。
だが、それは天罰の兆し。この広大な砂漠に尋常ではない重力が圧し掛かった。
「――のがっ!」
砂の海が沈降し、奥の砂嵐でさえ砂漠の中へと飲み込まれていく。あちこちにみられる岩山や最大峰ラゴスもが耐え切れず崩れていくほど。
その重力が影響する域は、おそらくこの地だけではない。リオラはふと上を見ると、昼間であるにもかかわらず、ちらちらと光る何かが滝のように上空で流れては散っていく様子が眼に入った。
(流星雨か……?)
まるで縛られたような動き辛さに歯を噛み締めるリオラだが、再び王龍を見た途端、
「――え」
雷光。
太陽よりも眩しかった光はリオラの視界を奪い、正面から身が引き裂かれそうな威圧と共に訪れた衝撃。何十倍にも膨れ上がったであろう重力に圧されていたにもかかわらず、その加えられた衝撃はリオラの身が飛ぶほど。
その中で一瞬だけ視認できたもの。王龍の巨大な口と、その奥からさらに輝く真っ白な光。その光によって意識と身を遠くの彼方へ飛ばされたと気づくのは、有頂天を超えた先――誰も到達したことの無い天界の域に達したときだった。




