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7.世界一簡単だけど難しいリハビリ

 臨海地帯の大自然「シェイダ」に訪れてから数日後、同じようにまたウォークや王族の目から免れ、王宮を抜け出し、古の社に住むリオラのもとへ駆けつけた。よく何度も抜け出してもバレないなと思う。逆に怖くなるが、それが事実なのだから別に気にしなくてもいいだろう。


 私たちはシェイダに行ったときと同じ方法で今度は「ホスノの森」というエルド教の発端地である神聖の地――「黄金色の森」と云われるほどの黄の錦をまとう辺境の森で私はリオラの「体質」を治すことに努めた。


「リオラ、このペンを壊さずに持ってみて」

「ああ」

 リオラは切り株の上に置かれたペンを抓むと瞬時にペンはお菓子みたいにパキッと折れてしまった。二つに分かれたペンから黒いインクが漏れてきた。そのインクがリオラの手に触れた瞬間、凍りつく。


「……ごめん」

 リオラはばつが悪そうな顔をして謝る。笑うしかなかった私の表情は、おそらく微笑というよりは苦笑に近かっただろう。こちらも気まずくなってくる。

「ペンは王宮にいくらでもあるし、今日はいろんなものたくさん持ってきてるから大丈夫だよ。じゃ、続けよ」


 次はその折れたペンをリオラの手のひらに乗せてみると、今度は溶けてしまって跡形もなくなった。

「あ、あー……」と気まずい声を出してしまった私は頭を掻きながらちらりとリオラを見る。どうしようといわんばかりの困惑した顔に僅かな申し訳なさがあることに気づく。


「……も、もう少し簡単なことから始めてみようか」

 これ以上簡単なやり方はない気もするけど。

 私はそう言い、そう思いながらも落ちている葉っぱや枝を使って、リオラの体質を治そうと試行錯誤で何度も繰り返した。が、葉や枝はリオラの手や足、体、口に触れるなりたちまち溶けたり、凍ったり、焦げたり、砂化したり、毒化したりした。かなりランダムだし、そうなってしまう仕組みがわからない以上、何度繰り返しても進展がないように思えてくる。

 どうなっているんだと叫びたい。


 こんな作業を何日も続けた。持って来たペンやそこら辺に落ちてる枝葉、木の実やキノコ、川の水、石を触らせ続けたり、掴ませたりしていたが一向に解決策は見つからない。しかし、こんな無謀なことを続けて二週間すると、あることに気づいた。


「もしかして、感情によって現れる体質が異なるのかも」

「どういうことだ?」


「どういうことって……えっと、例えばリオラが怒ったときや威嚇するときの体質は『燃える』、『溶ける』で、悲しい時や冷めたときは『凍える』、『液化』といった感じ。表情に出ていなくても、心の中のちょっとした気持ちが体質と触れたものに与える状態を変えると思うの」

 リオラは黙って聞いている。怪訝そうな顔だったが。


「最初はたぶん、感情がコントロールできなくて、アンバランスな感情に伴って体質もそれに比例したんじゃないかな。今は私のような人間と話し続けてきたからだいぶ感情が安定してきたのだと思う。この二週間くらいでちょっとだけそういうのが変わった気がするの。えっと……わかった、かな?」

「さっぱりだ」

 リオラは眉を潜め、率直に首をかしげた。

「あはは……まぁ気持ち次第で体質が変わるなら、気持ちをコントロールしていけば体質を治せるかもってことかな」

「……少しは、分かった」

「ならよかった。じゃ、そういうことで! もっかいするよ!」


 感情が体質の属性を決めると考えた私は、リオラの心を安定させてみることを試みた。もちろん、力の押さえ方も王宮の図書室の文献や、ウォークから聞いたレウという異常な力持ちの話を参考に学び、それらも試してみた。


 目標としては至って単純で、ただ物を掴む、椅子に座るといった程度だ。最終目標は人に触れられること。聞けば意識もしないような当たり前すぎることで、3歳児以下でもできることだがリオラにとってはかなりの困難。何をするにあたってもすべて破壊へと繋げてしまうからだ。


 気付いたことがもうひとつあった。それは、彼が眠るとき、そして戦うとき、つまり臨戦態勢に入った時、岩を持ち上げたり木々へ飛び移るなど、物に触れたとき、壊れずにその形状を維持していたことだ。

 一瞬だけしか触れていないこともあるが、彼が戦うとき、彼の体質と力は安定しているのは間違いないと言える。しかし、それが治す方法だとしたら彼は常に臨戦態勢をとらなければならない。それではさすがにリオラも辛いだろう、というより結果的に破壊してしまうので意味がない。


「そう言えばリオラってさぁ」

「ん?」

「なんで着ている服は何ともなんないの?」


 そう、触れたものを最終的には壊してしまう身体であるにもかかわらず、肌身触れている浮浪児か蛮族の着ているようなボロボロの質素な服は一切の劣化がない。矛盾しているのでとても気になっていた。


「……服の、素材」

 何の混じりけのない声で淡々と言った。

「そ、素材?」

「この服、昔の親友から、貰った。たぶん、特別な、素材で、できてる」

「リオラの体質に長期間耐えられる素材って、アマツメの大樹の素材やあの黒い岩以外にもあるんだね」

「だけど、これ、ボロボロになってるの、長い間、着ているからもそうだけど、オレの、体質で、ボロボロに、なってると、思う」

「やっぱり完全に耐えられる素材はないのかなぁ……でもまぁ、その親友に感謝しなきゃね。服が溶けたりして裸にでもなったら大変だから」

「そうなのか?」

「へ?」

「そこまで、大変、なのか?」

「……んー、と、えっと、ううん、なんでもないよ」

「……?」

「じゃ、休憩はこのくらいにして体質治し、始めよっか」


 それから一カ月、毎日とまではいかなかったが、リオラと会ってはアミューダ地方の色々なところへ連れていってもらっては体質治しの特訓を続けた。進展はそこまでないものの、リオラといる時間はすぐに過ぎてしまうほど楽しかった。

 無愛想でたまに荒っぽいけど、根はやさしくて、案外気の弱い一面もある。不器用で素直じゃないけれど、今のリオラを見る限り、初対面のときよりも私を認めてくれている。

 時々、あの神話に出てくる災龍であることを忘れてしまう。錆びついた鉄のような無機質だと思えるほどまでに未だ心を閉ざしているが、どこか熱い何かをもっている。

 まだ、人間味があった。

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