5.王女と災龍のお出かけ
《サクラ》
今日も太陽が活気溢れ、この地に熱波を送る。山火事でも起こるのではないかというくらいの暑さだ。きっと国内では結構な人数が熱中症で搬送されていることだろう。
しかし、私はいつも通り、信仰祭で使われた古の龍の素材でできた羽衣の形をした純白の巫女の服を着ているおかげで、衣装の見た目とは裏腹に暑さはほとんど感じない。
今日もリオラに会いにいった。
コミュニケーションを取り続けて分かったことだが、彼は人の姿のみならず、竜の姿にも変貌できるらしい。「竜化」と呼ばれているそれは、竜人族の一部にできることだが、通常は一種のみであり、どの竜人族も類族種――型があるらしい。しかしリオラは数種類の龍型に変化でき、その例はリオラの知る限り他には見られないらしい。
また肉体の一部のみ竜化ができるらしく。実際に見せてもらったときは神秘を感じた。肌がスーッと変色し、筋肉が顕著に、活発的に隆起収縮を繰り返し、まるで細胞そのものが変化させていくような変態に、開いた口が塞がらなかった。
信仰祭、初対面であった時の竜の姿もリオラの竜化の一種だとすれば、説明がついた。
「なあ……どこか、いくか?」
「ふぇ?」
そんな会話の中、あまりにも突然すぎるリオラの提案。思わず間の抜けた声を出してしまった。
「どこかって……どこ?」
「いろんなとこ」
「いろんなって?」
「えーと……サトレア、とか、シェイダ、とか……」
リオラにしては珍しく地域や場所の名前を答えた。しかし私はその名前を聞いた途端、驚く。
「そんな遠いとこに今から行くの!? 今1時ぐらいだよ! 今からじゃ日が暮れるって」
「だいじょうぶ」とリオラは目を逸らしながら言う。それ自信なさげな人が使うモーションだよ。
「オレなら、すぐいける。よく、いろんなとこ、行ってる」
言うには、リオラの移動の速さなら、広大なアミューダ地方はもはや私たち人間でいう王宮内の部屋を移動する程度らしい。
なるほど、と簡単に納得はし難いが、とりあえず何かの方法があるのだろう。少なくとも、騙すなんて事はない。
「そっかー、でもね、そんな何か所も行けないな」
「なんでだ?」
リオラの素朴な反応が、まるで無垢な子供のようにも見えた。
「時間も限られているし、それになんていうのかな。私、初めて行く場所は満喫するまでそこにいるから正直数時間じゃ全然足りないくらいなの。それに、サトレアとかシェイダとかなんて特に広大な場所でしょ? だったら尚更。一日一か所で十分!」
「じゃあ、そうしよう。行こう」
今日のリオラは積極的だけど、何かいいことあったのだろうか。
「え、ちょ、私はどうすればいいの?」
「少し、待ってくれ。用意する」
*
「――よし、じゃあ、レッツゴー!」
私はテンション高く叫ぶ。
リオラは極彩色の始祖鳥のような、爬虫類と鳥類が混じった姿になり、私はその大きな背に乗って、出発した。
ナウルには王宮に帰ってもらった。リオラが帰るとき、王宮のどこかまで送るらしい。バレるんじゃないかと不安になるが、そこはリオラを信じよう。
私は今、リオラの背中の上に乗せた2メートルくらいの黒い巻貝のようなものの中に入っている。しかし、その黒い物体は巻貝ではなく、ある鉱物が殆ど含まれている大きな黒岩を私が入れる程度に空洞を作ったものである。そして、その空洞の中に衝撃性を和らげる、密度の高い蒴果の長毛綿が敷き詰められている。
そして、その黒岩の宿をアマツメの大樹の蔦でリオラの身体に縛り付けてある。
この黒岩に含まれている鉱物は火山の深部にあったもので、かなりの硬度と断熱、断冷等の性質を持ち、絶縁体機能もある為、リオラの無意識で過激な放電や発熱、吸熱反応でもあまり通さないらしい。
リオラの背中に直接乗るよりは命のリスクは少ない(本人曰く)し、亜音速に近いスピードで飛ぶらしいので、岩の中に入ってないと吹き飛ばされるからだそうだ。怖い話、生身で音速のものに乗ると、人体がその速度に耐えきれなくて身体がバラバラになることもあるそうだ。亜音速でも相当だが、そこまで速度はださないようにするとリオラは言う。
移動の際、強い衝撃を受けるので岩の中に衝撃緩和性の蚕寝樹の綿花を敷き詰めて、人体に影響を及ばせない対策をとった。
アマツメの大樹の太幹に巻いてある蔦は大樹と同じ成分と特別な耐性組織が入っているため、リオラの体に巻き付けても燃えるといった問題もないらしいが、リオラとの接触時間に比例し、蔦も脆くなっていくので安全性として行き帰り一回分だそうだ。
ちなみにその蔦はゴムのように伸縮性がある上にかなり強靭にできていて、蔦一本であの10トン近くある緑虫獣の体重を支える程らしい。
龍化したリオラは、ふわっと数十メートル垂直に跳んだ瞬間、その巨体が消えたと思うほどのスピードで目的地へと飛んだ。亜音速速度による豪速風と気圧等はこの黒岩によってほとんど遮断されるが、体が押さえつけられたかのように動けなく、顔の表情も変えることも困難だった。
それよりも亜音速でも人体が潰れないってどういうことなのだと逆に不思議に思う。やはりこの黒岩のおかげなのか。
しかし、こんな不便移動でも、憧れていた外の世界の奥へこんな一瞬で進めるとは夢にも思わなかった。私は期待でいっぱいだった。
これから向かう先がどんなところか、楽しみでしょうがなかった。
*
『シェイダ』って確かグリス国と隣接している地帯だったような。
猛スピードで飛んでいる始祖鳥型災龍の容貌をしたリオラの背中に乗せている黒岩の空洞の中で、私はふと行先地点のことについて、資料の記録に沿って思い出してみる。
これから行く場所は「シェイダ」という臨海地帯のことだ。
アミューダ地方で一番自然豊かな地帯とされ、空気と水が澄んでいる、生き物にとっての楽園。二つの山脈のような半島(溺れ谷)と、そこから広がる平原、二つの大きな川、鍾乳洞やドリーネ、ウバーレがあるカルスト地帯。
半島周りに幾つかある小島、半島先端にある海沿いの集落「ナギサ村」。
そしてシェイダでいちばん高く聳える絶景の宝庫「イダヌス山」、その山の麓にある「シーズ村」がメインスポットだ。
それに、生き物の楽園なだけに多種多様の生物がたくさんいる。もちろんハザードランクの高い危険生物も結構いるらしい。やはりどんなところにも弱肉強食があるものだと改めて感じる。
飛ぶ速度が少し遅くなった。そろそろ到着するのだろう。私はもうすぐで大自然をこの目で見れるのだと思うとさらに胸がドキドキしてきた。
どんどん速度が落ち、遂には停止した。
外から何か筋肉や骨格が組み替えられるような振動を感じた後、「着いたぞ」
と、リオラの声がした。ウォークから聞いたことだが、サルタリス山脈からシェイダまで大体300キロらしい。それを僅か20分ほどで移動したのは凄い。やっぱり生き物離れしている。それよりもよく生きれたな、私。
リオラが黒岩を降ろし、私はその表面の熱い岩の空洞から出る。
「――うわぁ……っ」
私は口を思わず開け、目を輝かせる。
目の前に広がる世界は正に絶景だった。
向こう側までずっと続いている瑞々しい草原、なだらかに並ぶ丘陵、自分のいた国とは違った、透き通る青空とその遠く先に見える光り輝く海。ここまでうつくしいと思える場所があったとは。絵の中のような世界と言ってもいいほど。
自分のいる場所から数メートル先に鹿のような草食動物が数頭、この広がる丘の上を走り回っている。空には鳥の群れが飛び回っている。
しばらく私はこの景色に感動し、感嘆の声すら出なかった。秘密の楽園と並ぶかもしれないほどの美しい自然だ。嫌いで憧れている自然のことが少し好きになった気がした。
「どうだ? 初めて、ここに、来たんだろ?」
リオラが目を合わせようとせずに訊く。
「うん! こんなにきれいな景色なんて初めて見た」
「そうか、よかった」
「ねぇ! 早速探検しようよ」
私がそう言い、リオラを引き連れようとして彼の手を掴もうとしたが、リオラは反射的に自分の手を引っ込めて、私の手から避けた。そのときの彼の目はとても脅えていた。
「あ、ご、ごめん……じ、じゃあ行こうか」
リオラの手に触れて死ぬのは私なのに、つい謝ってしまった。でもある意味不注意だった私を死から守ったにしても、あんな目で避けられるような感じになるのは流石に傷ついた。
広い丘を下りきると少し高い崖に囲まれた、浅く広い水辺のあるところに来た。途中で見た、ちょっとした崖や高台から流れる滝の水がここまで流れてきたのだろう。おそらく、この水辺の流れに沿って進んでいけば海へ行けるはず。
ところどころに数頭の水獣が水辺で体を潤している。他にも50センチほどの甲虫類や竜の子の群れがいた。水獣と竜は共に肉食だが、私たちの存在に気づくことはなかった。
「あ~のどかだね~」
私は歩きながら腕を高く上げ、体をぐぐっと伸ばした。私がふとリオラの方を見ると丁度目が合い、リオラはすぐにそっぽを向いてしまった。
「ねぇ、さっきからそうだけどさ、なんでそんなにそわそわしてるの?」
リオラは図星を突かれたかのような顔をし、前方を向いたまま無機質な声色でぽつりと言葉を添える。
「してない」
「してるよ?」
「いつも通りだ」
「でもちょっと耳とか赤いよ?」
「別に……なんでもない」
「あ、わかった! 一緒にこうやって喋りながら散歩するの嬉しいんだ! ねぇ、そうなんでしょ、それ照れ隠しでしょ」
「……」
リオラは無言で顔を赤くしている。素直っていうかわかりやすいっていうか、なんかリオラのかわいらしいとこを見た気がする。
「あ、やっぱりそうなんだ! えへへっ、私もうれしいよっ」
「あ、ああそうか、オレも、よかった、思った……」
「あはは、言葉変になってるよ」
自分でもわかるくらい楽しそうに笑いながらリオラと話し、そのたびリオラは照れくさそうな顔をした。
ふと足元を見てみると、リオラの歩いている部分がパキパキと凍ったり、ジュワッと蒸発したりしていた。なんともまぁ不安定な体質だ。私の着ているこの羽衣が属性耐性のあるものじゃなかったら足が凍ったり溶けていたことだろう。
常に「死」と紙一重。怖いけれども、それでも私は構わない。




