4.Human Arm
《レイン》
国軍第一訓練所と王宮をつなぐ、前までは居心地が良かったこの庭も、今では夏の日差しによって熱帯地となっている。噴水と似たような機能をする装置みたいなプラトネル国製の機械道具。確かスプリンクラーだったか。それを庭に設置し、そこから水をまいて地面の暑さを和らげようとするも、やはり凄まじい日差しの前では焼け石に水、まさににそのままの意味で、撒かれた水はたちまち蒸発していく。
この暑い庭の中、訓練を終え、休憩時間を迎えた俺は水を頭からかぶっては大量の汗を流したあと、王宮へと歩いていた。その理由は単純。王宮の中は涼しいからだ。
この王宮の壁の素材はかなり珍しい鉱石でできているらしい。その仕組みがよくわからないが、簡単に言えば熱を冷気に、冷気を熱に変える特性を持っている。つまり、夏対策も冬対策も万全ということだ。
訓練所もそうしてほしいものだと毎年思う。あれはサウナそのもの。焦熱地獄だ。実際に訓練中に何人もの同胞が熱中症で倒れている。今日は14人も倒れた。黒龍神よりも、まずこの環境を何とかしてほしいものだ。
王宮に入った時、涼しい空気が肌を撫でた。
「はぁぁ……」
その涼しさについ声を漏らしてしまう。これだけ涼しいということは、外は相当暑かったということになる。さっきまで引き締まっていた顔もつい緩んでしまう。きっとこの顔は軍人失格のNGフェイスとなっているだろう。幸い、周りには誰もいなかった。
はずだった。
「おい、いくらここが涼しくてもその顔は流石にキモいぞ」
いないはずの人の声に驚き慌てて顔と姿勢を引き締め、振り向く。
そこにはサルト国四英雄のひとり、「サハド」殿がおられた。
「さっ、サハド殿っ」
大変なことをしてしまった。後悔が俺の頭を襲う。
しかし、驚いた顔をしたのは俺だけではなく、サハド殿も半ば意外そうに驚いていた。
「……そんなに驚くなよ。あとそんなキビキビしなくていいぞ。お前今休憩時間だろ?」
「す、すいませんでした。あれ、そういえば今の時間は確か国王様と四英雄様との会議があるとお聞きしたのですが」
「ああ、あれ? もうとっくに終わらせてきた。なーんかめんどくさいことになっちまったけどな」
「な、なにが……ですか?」
「ん? ええと確かな――あ、お前なんて言う名前だっけ?」
「え、レイン・ハミルス・サノライドと申しますが」
滅多に言わない本名を憧れの英雄の前で告げる。すると、思い出されたのか、パン、と手を叩く動作をした。
「あぁ! お前ウォークのマブダチか! いや~わりぃな!すっかり忘れてたぜ!」
忘れた、といっても任務以外で稀にしか話したことないから実質普通に話すのはこれが初めてのはずだけど、そんなことよりもウォークの顔の広さは相変わらず広く、深い。それにあの召使はエンレイ国王様とコーダ軍帥にも深い信頼におかれている。ここまでくると嫉妬を感じる。
「ウォークを知っているのですか?」
「あったりまえだろ! 王女専属の使用人だからな。それに結構話の分かるやつだし。んで、そいつがやけにお前のことについて楽しそうに話すからな。どんな奴か少し気になっていたんだよ。そっか、お前がレインか! 流石あいつのダチだな。顔と目がいい」
もちろん、ウォークを評価した上での言葉だろうけど、あの四英雄に褒められるのはこの上なく嬉しい。
「あ、ありがとうございます」
「お前感情が顔から出ていて嬉しさが丸わかりだぞ。鏡でもありゃ見せたかったけど……いいからその伸びた鼻下早く戻せ。さて、話を戻すか。なんかなー、そのウォークに伝えてほしいことあんだよ」
スケジュール的に俺とウォークが会える時間帯は最近滅多にない。黒龍神対策の訓練で忙しすぎるからだ。どちらかといえば、時間が縛られていないサハド殿が直接尋ねればいいのではないかと思うが、尊敬している方だ。断るわけにもいかない。
「わかりました。どのようなことを伝えれば……」
「んーまぁ、ちょっと長くなるけど――」
「……と、いうことだ」
嘘だろ。
そう口に出そうになった。
「……本当ですか、それ」
「本当も何も、ウソをつく必要ないだろ」
「……」
中央大陸に位置する超大国「オブ帝国」の「政府秘密機関」にて行われている「H・A」――"Human Arm"の開発が行われているらしい。一般市民を誘拐し、実験台にされ、怪物の如き人間兵器へと作り変える、なんとも非人道的な兵器製造政策の存在を、サハド殿は教えてくださった。
黒龍神対策のものかと思われるが、十数年前から取り組まれていたことらしく、別の目的があって行われているという。今後の戦争や支配の為に造られているのだろうとサハド殿は仰る。
王宮の廊下の壁際。歩く音はなく、周囲を見ても俺とサハド殿だけだった。
「なんといえばいいのか……」
「話はここからだ。そんな腐ったプロジェクトが、このアミューダ地方の国々とも関わっている」
「っ、なんですって……!?」
「まさかこの国も関わってはいないだろうと願ってはいるが、一応俺は調べている。ま、今んとこ収穫はないし、この話も情報屋の"U"という変な奴から得た情報だ」
ただでさえ、全軍緊急会議で黒龍神7頭と新種の王龍の存在の報告に驚愕したばかりだというのに、今度は人間兵器。歴史の中で禁忌の行為として倫理どころか人間観、死生観、宗教にまで否定されている行為。
あの"神殺し"に次ぐ禁忌を、このクルム大陸の顔ともいえるオブ帝国がやっているとは夢にも思わなかった。
「ま、これはここだけの話だけどな。んで、この国に軍の狗として置かれている特別一般市民の「レウ・ノバルト」のことは知っているよな」
俺は「はい」とうなずく。あの都一番の暴れん坊、いや、国一番の歩く対竜兵器こと"レウ"の存在は軍の誰もが知り、恐れられている。人類の進化の一つであると、国の研究機関は述べていたような。
先程の話より、その男ももしかすると……。
「そいつはサルト出身だが、オブ帝国で造られたH・Aのプロトタイプだ。まぁあの常人離れどころか兵器離れの破壊力を考えれば納得もいくだろうが。そいつを黒龍神の対策の一つとして、軍に加入させたい、ってことをウォークに話してほしい」
「どうしてそのことをウォークに……?」
「あいつはレウとは昔からの知り合いらしいんだ。レウは俺ら国軍を好いていないから、加入も断るだろうが、ウォークから説得してもらえば、首をタテに振ってくれるかもしれないっていう、考えの無い人任せだ」といっては大きく笑う。「それに、ウォークのことだし、H・Aのことについて、何か知っているかもしれない。ま、別にこれは命令でも何でもないし、人間兵器製造がこの国と関わっているなんてのはただの仮説にすぎないから、信じても信じなくてもどうってことはない」
「さ、左様ですか……」
それにしても、全部ウォーク任せじゃないか、と思った。しかし、4英雄がこうやって任せるのは、召使であるにもかかわらず、以前にも何度か軍に貢献し、功績を残しているからだ。あの才能はなんなんだ、と我が親友ながら本当に嫉妬する。
「俺の言いたいことはまぁなんだ、そんな腐った政策があるってことと、そんな腐った政策に手を貸さなきゃならないほど、深刻な事態になっているということだ。レウを今回の件で一時的に国軍に加盟してほしいこと、忘れんじゃねぇぞ。じゃ、伝達頼んだ」
サハド殿はそう言い切って、走って廊下の奥へと姿を消していった。俺の挨拶も、振り返っては手を振る程度だが、反応してくれたことにほっとする。
「……H・A、か」
人間兵器、レウ……これらの事をウォークに伝えてどうなるんだろうと思いながらも、俺は再び焦熱地獄と化している訓練所へと向かった。
都合上、明日更新しません。少し日を開けます。申し訳ありません。




