1.砂都での待ち合わせ
薄暗い一室の中、部屋よりも暗い黒マントを着た十数人が円卓に沿って席に着いていた。全員黒いフードを被っているため、顔が見えることはなかった。円卓の中央には燭台がひとつだけ乗せてあり、その蝋燭の火の光だけを頼りに、彼らは何かの書類を見ている。
一人の男が全員に話しかける。
「今回の"M"は"CS"だ。その"E-0109"はそこに書いてあるとおりだ。今回も、抜かりの無いように実行せよ。"DN"は"Q-5346"だ。"SA"に伝えておくように。意見のある者、挙手」
誰かに盗聴されて計画が漏れない為か、言葉の一部を暗号化して話している。当然かのように異議のあるものは一人もいなかった。そして、その書類をすべて読んだ後、全員がその書類を燭台の火に近づけ、燃やしていく。
「よし……では、解散」
即刻に会議は終わり、瞬く間に彼らは薄暗い部屋から出ていく。そして、それぞれはバラバラに散り、姿を消していった。
*
《ウォーク》
真夏日和に完全に入ったアミューダ地方全域は平均最高気温37度という57年ぶりの最大数値が出た。その中でもサルト国は特に暑く、国の中で最も暑い砂都の最高気温は58度、王都は最高42度の超猛暑だった。
僕はその猛暑の中を出歩いていた。今、僕は王都から北方面にある砂都にいる。
何故、わざわざそんな一番暑い街にいるのか。その目的を暑さで忘れないためにも、もう一度頭の中で思い返す。
数週間前にアーカイドが話してくれた「キケノ」という情報屋に会うため。その人との待ち合わせ場所が砂都の「砂丘公園」。とはいえ、砂漠や海岸のような立派な砂丘がある訳でもない。
僕らはそこへと向かっている。確かそうだったはず。もう王宮に帰りたいと思うばかり。
できることなら、今の時期いちばん爽やかで涼しい街の"水都"を待ち合わせ場所にしてほしかった。しかし、アーカイド曰く「本人にとって都合がいい」らしい。
赤髪の青年ハンターのアーカイドもその人に僕を会わせるため、同行している。
岩や干し煉瓦でできた何の飾り気もない四角形の淡黄色の建物が並ぶ中、僕とアーカイドは目的地へと歩き続けていた。
だが、僕らは砂漠の町の真夏の本領を思い知らされることになる。
「……あつい」
暑い。とにかく暑い。気温や湿度とか関係なく、ただただ暑い。いや、暑さ越えている。火山の中にいる気分だ。
汗が間欠泉のように吹き出し、「ジュウッ」と蒸発していく気がした。額に汗がだらだらと伝い、水滴となって顎から流れ落ちる。頭も少しクラクラする。熱中症寸前かもしれない。
「あ~っ! 暑いっ!」
アーカイドが砂の道の真ん中で叫ぶ。通行人の視線は一気に彼へと向けた。僕はその気まずさで恥ずかしくなり、さらに顔が熱くなった気がする。それでもアーカイドは暑い暑いと言い続ける。
「そんなに暑いって言わないでくれ。こっちまで暑くなる」
「言わなくたって暑いだろぉ。もうぶっ倒れそうなんだよ。あはー! 海ん中飛び込みてぇーっ!」
暑さのせいか、彼の口調が少し荒っぽくなっている。そして声が情けないくらい裏返っている。
「大衆の面前でそんなこと大声で言うなよ。みんなこの暑さに我慢しているんだから」
しかし、そんな言葉を無視し、彼は発狂寸前のフェイスで僕に叫ぶ。ああ、麻薬中毒者みたいだ。
「ウォーク! なんか冷たいもん買いにいこう! 日射病と熱中症が同時にキテるんだよ」
「そうだとしたらもうとっくに倒れてるよ。それに、ここらへん店なさそうだし。ずっと思ってたんだけど、あのとき竜車でそのまま待ち合わせ場所に一気に行けばよかったのに、なんで途中で降りたんだ?」
「あいつとの待ち合わせ場所は必ず徒歩で行かなきゃなんねぇんだよ。御者に行き先を知られるのもあれらしいんだとよ」
「そうなのか。そういえばさぁ」
「あぁ~……あ? なんだ?」
「ドラゴンハンターって火山地帯や昼間の砂漠地帯に行くとき、絶対必要とするものってあるよな」
「ああ、『冷却飲料剤』だろ? ハンターの基礎中の基礎だぞ。それがどうした」
「なんで今それ持ってないの?」
会話に無言の間ができる。暑さの為かアーカイドはとうとう暑そうな顔を通り越し、無表情になっていた。なんだか怖い。
『コールドポーション』とは、体中の熱を下げると同時に皮膚を熱から保護し、暑さをほとんど感じさせない薬剤飲料水である。そのメカニズムを僕は知っているが、暑いのでそれを頭に思い浮かべる余裕はなかった。
それを飲めば砂漠であろうと、火山であろうと、ある程度までは暑いと感じることはない。
アーカイドは顔中から汗を垂らし、肩と頭から湯気を発生させながらゆっくりと話す。
「こういう依頼や仕事以外のときは、必要な道具は持っていかないんだよな~。俺の服装からして一狩り行くような服じゃねぇだろ」
確かに、藍色の吸汗性のノースリーブに同じく吸汗性、蒸発性に優れた伸縮性の短パンを履き、ラフ感MAXの服装だ。さらに藁のサンダルや黒いグラサンと、近くに海がないにもかかわらず完全に海に行こうとしている姿としか言いようがない。
「でもこういう暑い日は普通持ってるだろ」
「忘れてきたんだよ。てか今はハンターじゃなくて一般市民だから~。ほら、あれだろ、なんだっけ」
アーカイドが暑さで思考回路が働かなくなっている。せめて砂都の市民が着ている熱反射ローブを買っておけばよかった。あのとき何の根拠もなく、アーカイドが「こんな暑さぐらい大丈夫だって」とか言って買わなかったのだ。"砂都"の暑さは格段に違うのに。
彼は夏季に決して砂都に行こうとしなかったから、知らないのも無理はない、と済ませられる話ではない。とりあえず彼のこういうところはバカなんだと身をもって知る。
僕は彼の言葉を無視し、彼に続いて道を曲がった。すると、何か公園らしきものが見えた。僕ら二人は汗だくで目が虚ろになっていながらも、その公園を見て力の入らない声で喜びの声を上げた。
「やっと着いた……遠かったな」
「つっても、2キロ程度しか歩いてないけどな。降りるの早すぎたな」
「馬車の中暑すぎたんだよ。窓開けても風入ってこないし。むさ苦しくて限界だった」
結局そんな理由じゃないか。気持ちは分からなくもないが。
何はともあれ、砂丘公園についた。僕らは公園の時計台前で「キケノ」という人物を待った。
待ち合わせまであと10分。この時間ならコールドポーションを買いに行けるかもしれない。知っている限りでは、この公園の近くに販売店がある。 そこに行けば買えるが、少々急ぎ足でなければ10分以内で購入し、ここに戻ってこれない。この有り得ないほどの暑さの中、動くことすら嫌になる。それ以上に苦痛。アーカイドに任せようかな。
「ウォーク、ここの近くに店があるんだけどよ、そこ行ってクーラードリンク買いに行ってくれねぇか」
アーカイドも同じことを考えていたようだ。
当然、拒否する。
「え~、アーカイドが行けばいいじゃないか」
「暑くてダルいんだよっ、お前が行けよ。こういうことはお前がやるんだよ」
「なんだよそのパシリキャラ設定。僕は行きたくないよ」
「使用人がそんなこと言っていいのか?」
「ぬ……じゃあ、じゃんけんで決めよう。もめても時間が経つだけだ」
「いいじゃねぇか。やってやろうじゃないの」
二人は暑苦しい中、公園でさらに暑苦しい勝負が今行われようとしている。二人は真剣に立ち向かい、闘志がメラメラと燃えたぎっている。傍から見れば、ローブすら着ていない無防備な野郎ふたりが暑さで頭がおかしくなったんじゃないかと思われそうだ。
自分は行きたくないという願望が強く拳に込められる。
「――久しぶりだな、こうやって真剣にお前と勝負するのはよぉ」
ヘッ、と彼は笑う。僕もフッと笑った。
「……そうだな、僕も同じことを思っていたよ」
「勝負の行方が楽しみだぜぇ。勝つ気しかしねぇ」
「生憎、僕も同じ気持ちだ。ここからは……一歩も引き下がるわけにはいかない……!」
結果、アーカイドが買いに行くことになった。
あの落ち込みようは見世物だった。じゃんけんで出した右手のグーを出したまま膝をついて身をかがめる姿は完敗そのものだといえよう。
アーカイドは「ちくしょーっ」と叫びながら走って近そうで距離がある店へ向かった。僕は時計台の傍にあるベンチに座る。そのベンチは真夏の日光をずっと浴び続けていたため、座ると尻が火傷する程熱かった。熱さで飛び上がりつつも、立っているよりましだと思い、我慢しながらも座ろうとした。
僕はベンチに座り込み、ぼーっとしていた。このまま焼け死にそうだ。そんな僕を無慈悲にも太陽はぎらぎらと照らし続ける。
さっきより気温が高くなった気がしてきた。時計台についている気温計を見ると、61度を表している。
「これは流石に……普通に死ぬって。人が味わう気温じゃないって」
周りを見てみると一般市民はほとんどいなく、砂の道路の奥にちらほらと見えたが、全員熱反射ローブを着ていて、僕だけが無防備の状態となっていた。
なんだこの可哀想な状況は。
僕は元ハンターだったため、ある程度の過酷な環境には手慣れている。故に、こんな無防備でも未だ倒れずに済んでいるのだろう。それでも死ぬってこれは、と妙に頭の中の僕は汗だくになってまで考えを駆け巡らせていた。
「……あ゛あ゛ー……」
意識が朦朧としてきた。人間の脱水許容範囲量の5リットル以上もの汗が出尽くし、干からびようとしている。
アーカイド、早く戻ってきてくれ。こんなところでスルメになりたくない。
「あの~、すみません」
朦朧した意識の中、ひとつの若い男の声が聞こえた。少年のようにも聞こえる。気のせいかと思ったが、どうやら本当に呼びかけられたようだ。前を見ると、通行人と同じように熱反射ローブを着ている。暑さのせいで視界がぼやけてフード越しの顔がはっきり見えない。
「あの、あなたが王宮召使のウォークさんですか?」
「はいー……そうですけどー……」
これ以上ない、力ない声で答える。心なしか、僕の死にかけている間の抜けた顔を見ているこの人、小刻みに笑っている気がした。
「あっどうも、初めまして~! アーカイドの友達でぇす!」
「―――っ!」
アーカイドの友人。
ということは、
「キケノ……さん?」
「はい! あ、ここではその名前で呼ばないでね☆」
誰かがわかった瞬間、口調が変わったな。なんだかオネェっぽい。
「あ、すみません……」
「謝ることじゃないですよぉ。そんで、アーカイドはどこにいるの?」
「今、近くの『サンドクーリッシュ』の店にいます。買い物してますけどすぐに――」
「あいつあとで死刑だな」
なにかぼそって聞こえた。不吉な言葉が聞こえたような。
……? そもそもキケノさんって……。
「あ、そうだ。はい、これ」
渡されたのはコールドポーションだった。
命のオアシス! オアシス来たーっ!
「ありがとうございます!」
すぐにキャップを開け、一気飲みする。喉ごしもあれ、口や喉、胃の中、全身に冷水を浴びたような冷涼感に「ぷはぁ」と生き返ったような顔になる。これ以上の幸せはないほどだ。
「はっはっは、礼には及ばんよ」
丁度その時、アーカイドが汗を流しながら走ってきた。二本のコールドポーションを持って。
「おー……い……ぜぇ、買ってきたぞウォークぅ! ってあれ……」
「……」
「……」
「……」
夏虫すら鳴かない、静寂が続く。暑さでアーカイドは頭が回らないのか、状況がわかっていないようだ。そして、口を開く。その声は極めてはっきりと聞こえた。
「ウォーク、お前の分のドリンク買った意味無ぇじゃねぇか」
「……うん」
そして、やっと、彼はキケノさんの存在に気づく。
「あれ、お前、いつの間に……」
「はい、死刑☆」
陽炎が漂う暑苦しい街の中、ひとつの叫び声が響いた。




