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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第二章 一節 一人の友
19/99

8.最初の友達

《サクラ》

 2日後、晴れ渡った初夏の天気も沈み、夜を迎えた頃、ウォークには無断でサルタリス山脈へと向かった。早速ウォークに言われた条約や約束を破っているけど、まぁよしとしよう。

 夏に入り始めているため、体は少し暑く感じる。服装はもちろん、信仰祭に着た古の龍の素材でできた巫女の服である。暑さにも寒さにも適応する素材なので、言ってしまえば全季節オールシーズン向け。特に着ていて暑いということはなかった。


 あの夜と同じように私はナウルに乗り、サルタリス大橋前で下り、社へと歩いていく。


 ――いた!

 今日も災龍は人間の姿。前と同じように社の屋根の上で寝ていた。いつもこうやって過ごしているのかな。

 私はぐっと勇気を出して、友好的にと気易く声をかける。


「(災龍さん!)」

 災龍は目を開け、私の方に顔だけ向けるとびっくりして起き上がった。

 私の見てきている人とは違う。だけど、根本としては人間と同じに違いない。

 しかしこの瞬間、気安く声をかけた愚かさを知ることとなる。


「(帰れ! 今すぐ帰れ!)」

 彼が叫ぶと、周りの木々が悲鳴を上げるような軋みを立てる。この前のような雰囲気とは大きく異なり、単純な彼の感情が私の頭の中に焼き付けられる。

 怒り。

 その次には、死。


「(帰れっつってんだろうが!)」

 アマツメの大樹に成っていた木の実を握り取り、いきなり投げ飛ばした。

 ドゥン! と潰れた木の実は、まるで銃弾のような速さ。国軍の銃撃練習でみた弾の速さに近かった。蒸れていた木の実だったそれは、地面にめり込む音を立てた。

 私の首筋を掠って。

「……っ!!!」

 人間離れした行為。彼から放たれる覇気。私は恐怖に包まれる。

 怖い、逃げたい……そんな感情が反射となって強制行動に移る。

 後ろを一度も振り替えず、気付けばただナウルのもとへ必死に走っていた。

 その青ざめた表情は、次の日まで続いていた。


     *


 二日後、気持ちが治まったので、トラウマを感じつつも、リベンジとして再び災龍のもとへ訪れる。

 大丈夫。大丈夫。

 ウォークからもらったお守りの指輪をさわりながら、私は息を整える。

 大丈夫、大丈夫。


「(まだ懲りねぇのか!)」

 その声はこの間の叫び声とは違う。その声を聞いた瞬間、私は突風に飛ばされたかのように後ろへ吹き飛び、草が生い茂る地面に勢いよく倒れる。まるで、声が実体化し、衝突したような感覚に襲われたようだった。

「(帰れ!)」

 怒号は荒れる風として吹き付けてくる。風までもが怒っている。

 これ以上いると殺される。

 そんな気がした私は、すでにそこから逃げていた。


     *


 4回目の挑戦。夜更かしのおかげで専門教師の授業を居眠りしてしまい、注意されたので、今回から早起きして行くことにした。

 また災龍のもとへ行った。やっぱり、怒った。

「(今すぐ帰れ! ウザッてェんだよ!)」

「――っ!?」

 今度は石ころを掠りつけられた。弾丸速度で。頬から少しの血が流れ出る。

 ウォークには、本の切れ端で切ったと嘘を吐いた。


     *


 また訪れる。これで10回目だ。

 飽きっぽい私自身、このしぶとさには驚いている。これも災龍の惹きつける力のせいなのか。もしかしたら、呪われているのか。そんなはずないと私は信仰地に足を踏み入れる。


「(あの、すみませ――)」

「(目障りなんだよ!)」

 木の実をぶつけられる。あのときのような、弾丸ほどの速さではなかったけれども、痛いぐらいに強くぶつけられ、果汁で顔と防いだ腕がベトベトになった。

「(殺されてぇか!)」

 今日も仕方なく帰った。べとべとになった顔は渓流の川できれいに洗った。


     *


 やはり自然の世界には慣れていないのか、体調を崩してしまう。みんなからすごく心配された。ウォークにも、お父さんにも。

 だけど、専門の薬剤師のおかげで3日ほどで完治した。もう2日、私は音に出ず、王宮で過ごした。


 14回目。

「(なんなんだよお前は! 何度ものこのこと来やがって!)」

「(おねがい聞いて! 私は――)」

 災龍は地面に突き刺さるほどの速さで、大樹の折れた枝を投げつける。真横に来たので、びっくりして倒れてしまう。

「(お前に俺の何が分かるんだ。帰れ! 所詮クズの人間に話すことなんて無ぇんだよ!)」

 木の実を3個ぶつけられた。おなかと肩にぶつけられ、痣ができていた。

 だけど、腕や顔じゃなくてよかった。ウォークに気づかれちゃうから。使いの人には上手く誤魔化しておこう。


     *


 18回目。

「(いい加減にしやがれ! 虫唾が走るんだよ!)」

 岩を私の目の前に投げつけられ、土が飛び散り、体全部に覆い被さる。けほけほと咳を私は立てた。

「(お前の顔なんか見たくもねェ)」

「(でも私はっ――)」

「(聞こえなかったのか? いいから帰れっつってんだろうが!)」

 今度は1個の小さな土の塊を、人の本気位の強さで投げつけられる。腰に当たり、痣ができる程痛かった。


     *


 24回目。

「(もうほっといてくれ! 構うな!)」

「(いやだ! 災龍さんと仲良くなりたいんだもん!)」

「(しつこいんだよ! いつもいつも! 今日でここに来たの何回目だ! もう嫌なんだよ!)」

「(なんでそんなに嫌がるの? 少しは仲良く――)」

「(黙ってろ! オレは関わりたくねぇっつってんだ!)」

「……(でも)」

「(なにが『仲良くなりたい』だ。何も知らねぇくせに、バカみてぇに懲りずにまたオレの所に来やがって。いい加減死にてぇのか? お前はオレのことどう思っているのか興味ねぇけどよ、オレはお前の事が大嫌いだ。殺してぇほどになァ!)」

「……っ!」

「(――っ、泣いたって無駄だ)」

「……っ、……っ」

「(もう、帰ってくれ)」


     *


 数日後。

「王女、ひとつ訊きたいことがあります」

「?」

 心配そうな顔でウォークが訪ねてくる。

 少し、嫌な予感がした。

「使用人の方から聞きました。転んで体にいくつも痣ができていると」

「……っ」

 話してしまったのか。なんともお節介な。

 使用人として当然の義務だろうが、できればそのようなことはしてほしくはなかった。

「私もここ最近のあなたの振る舞いで違和感は抱いておりました。本当なのですか?」

 ウォークにウソは通じない。仕方なく、頷いた。

「……うん。でも、大丈夫だから」

「そうとは言い切れません。明日、宮廷の医師に診てもらいます」

「大丈夫だから、そんな心配しなくていいよ」

「しかし――」

「大丈夫だって!」

 ついカッとなってしまった。ウォークは驚き、互いに黙ってしまう。

「……っ」

「あ、えと、ごめんなさい……」

「いえ、私に非がありました。申し訳ありません。ですが、話を聞く限り、怪我がひどすぎるらしいですね。遊んでいてできるようなものではないとおっしゃっていました」

 そこまで聞いていたのか。これはばれるわけにはいかない。

 もう少しなんだ。もう少しで、災龍と話せるんだ。黒龍神からこの国を守るためには災龍の力も必要なんだ。

「で、でも実際遊んでできたものだから問題ないでしょ」

「……本当はどこで何をしているのですか?」

「別にいいでしょ。私の身体なんだから」

「いい加減にしてください!」


 部屋中に声が響く。

 ウォークが怒鳴った。

 見たこともない怒りだった。聞いたことない声だった。

 一歩引き下がりかける。びくりと震えてしまう。

 急激に温度が下がったような、沈黙。大きな物音にびっくりして、泣く寸前に陥っている赤子のような顔をしているであろう私に、ウォークはやさしい声で話しかけた。

「そのお体は、あなたのお母様から授かったものでしょう。自分の身体だから関係ないというわけではないのです。それに、私たちは心配でならないのです」

 そして、震えた声で、囁くように、彼は確かに言った。

「……何度言ったら、わかってくれるんだ……!」

「!」

「僕は怖いんです。これ以上、あなたの身に何か起きてほしくはないんです……!」

「ウォーク……」

 彼の哀しみ。涙を堪え、潤んだ瞳。とても、胸が痛くなった。

「ごめんなさい……」

 申し訳ない気持ちでいっぱいだった。軽率な言動に私は自分を恥じた。迷惑をかけてきたんだと改めて自覚する。

 だけど、それでも私は――。


     *


 1週間後。

 25回目。

 あれから一カ月経った。

 私は今までの罵倒を受け止め、また立ち直る。駄目だとしても、何度も何度も立ち向かい、粘り強くいけばいつか彼も私を受け止めてくれる。

 私はいつも通り、ナウルに乗って社前のサルタリス大橋で降り、そこから歩いていく。明るくなった夜空も、冷たい風も、今ではもう見慣れたものとなっていた。


「あれ、いない……?」

 いつもとは違い、災龍は社の屋根に寝っころがっていなかった。どこか行っているのかな。

 待つこと20分。社の階段に座っていた最中、突然空気が変わった。

 とっさに立ち上がり、大樹の方面を見てみる。すると、社の屋根の上で、大樹の極太い幹に寄りかかっている彼が、こちらを白眼視で見つめていた。

「……っ」

 正直、怖い。彼と話すのがとても、とても怖い。今すぐ逃げ出したい。何かを言われる前に、何かをされる前に。

 それでも私は何もなかったかのように、明るく振る舞う。

 いつものように、笑顔で。


「(こんにちは! 災龍さん!)」

 災龍は重い口を開いた。少し時間がかかるけれど、彼の言った言葉が頭の中で翻訳される。

「(二度と来るなと、あのとき言ったはずだ)」

 やっぱり怒っている。でも、今日は退かない。それに、いつもよりなんだか大人しい感じがする。

「(でもずっと、帰ってくれとしか言ってなかったよ)」

「……(じゃあもう来ないでくれ。関わっても後悔するだけだ。下手すれば、死ぬ)」

「(そんなこと言われても今は後悔してないし、それに死ぬっていわれても根拠がないから)」

「(おまえは分かってねぇ)」

「(うん、わかってない。だから、こうやって話してるんでしょ)」

 災龍は怒っている顔から少し困惑した表情になった。

「(……お前の目的がわからねぇ)」

「(目的? ずっと言ってる。あなたと友達になること。ただそれだけ)」

 今日はなにかと会話が続いている。今日の災龍は珍しく穏便だ。チャンスかもしれない。

「……っ、(本気で言ってんのか?)」

「(本気だよ。あ! まだ名前言ってなかったね。私はサクラ=ホルネス=サルト。サクラでいいよ。あなたの名前は何?)」

「……」 


 災龍は躊躇っていたが、私は彼の赤い眼を見続けると、それに押されたのか、その重たい口を開けた。


「…………"Riola"」

 リオラ――か。不思議と、しっくりくる名前だった。

「(へぇ~いい名前だね! じゃあよろしくねっ、リオラ♪)」

「……(勝手にしろ)」

 災龍――リオラ――は眼を逸らし、仏頂面でただその一言を吐き捨てた。

 いいぞ、かなり会話が進んでいるし、リオラもきりがないと思ったのか、なかなか怒らない。今日はいける!

「(ねぇ、こっちに下りてこない? ちゃんと向き合って話そうよ)」

「(それはできねぇ)」

「(どうして?)」

「(……死ぬからだ)」

「(……? どういうこと?)」

 首を傾げ、そう尋ねたときだった。

 上空から何かが降りてきた、というより墜ちてきたといった方が妥当であろう。ここは山頂ではないが、一体どこから降りてきたのか。

 その姿は全長6メートルほどの巨大な猿と言える風貌だが、その黒い眼は複眼で、腕は4本、口からはみ出る程の複数の牙は全て黒く、手から肘までの太さが上腕二頭筋の部分より太く、全身に覆われた緑毛は毛というより金属でできたような金属光沢がみられた。まるでしなやかな針のようだった。

 確か、この牙獣の名は『緑虫獣』。生態管理同業者組合ハンターギルドでハザードランクAに認定されている生物だ。

 その存在は図書室より既に知っていた。しかし、資料と実物はやっぱり迫力が全然違う。

 どうしよう、逃げ場がない。

 私はすぐさま災龍リオラの方へと見上げる。

 しかし、リオラはかなりの肉体差があるのにもかかわらず、恐怖どころか緊張すら感じられず、つまらなさそうにその巨大な霊長類を見ていた。何故こんなにも余裕が持てるのだろうか。私はただ口を開けっ放しにすることしかできなかった。


 ――ヴオオオオォォォォオォォオォォオオォ!!!


「――痛っ!」

 私は獣の咆哮に耳を塞ぐ。獣は咆哮しながら4本の腕でドラミングを連続する。拳を胸に打ち付けただけで、こんな雷みたいな轟音が出るなんて考えられなかった。

 すぐに私は、前にレインに頼んで貰った軍事用対音響兵器防音具という両耳に装着する装飾具を耳に設置する。いわゆる、耳栓の役割を持つらしい。災龍の声で以前鼓膜が破けそうになったので、一応持ってきていた。


「――rda-ryuui」

 軍用耳栓をつける直前、リオラの口から微かに発した声が私の頭に透き通る。

 『耳をしっかり塞げ』……?

 こんな状況で言われなくてもわかっていることを告げられ、装着しながら少しムッとなったそのとき、


 ――バゴォォオオン!!!


「っっ!!!」

 一瞬気を失いそうになった。軍用耳栓をつけなかったら、鼓膜だけじゃなく、脳神経まで破壊されていたことだろう。軍用耳栓がひび割れ、使い物にならなくなる。

 緑虫獣の咆哮やドラミングの音がかき消され、火山噴火のような、一発の爆音が山脈中に鳴り響いた。木霊し、森中の獣たちが騒めく。大地が揺れた気がした。

 緑虫獣は逆に威嚇され、痛みを堪えるように怯む。耳や頭がキーンと鳴りながらもリオラの様子を見てみると、彼の右拳を左胸に当てていて、表情は平然としていた。その右胸から細い煙が出ていた。


 ――もしかして、リオラもドラミングで威嚇した?

 予想はおそらく的中。しかし、ドラミングだけであんな音を出せるなんて。常識としておかしすぎる。

 リオラは巨大な緑の獣に向かい、大樹から飛びかかった。獣は一つの拳に力を込め、リオラに思い切り殴りかかる。

 リオラの身長が拳の大きさと一緒だった。まるで人が虫を叩き落とすような光景。リオラも相手の拳に対抗し、拳を繰り出す。

 二つのパンチが衝突する。ドォン! と空震を呼び起こすぐらい響いたとき、バキッと何かが折れる音がした。互いの表情から見てみるからに、獣が苦しそうだった。拳が砕け、その腕が押しのけられても、獣は空中にいるリオラを両拳で潰すが、リオラは左右からくる自分の身長と同じ大きさのパンチに対抗し、同時に左右の裏拳を放つ。ボキリと鈍い音が鳴り、思わず目をつぶってしまう。どうやら腕ごと折れたようだ。

 リオラは着地し、獣の懐に入り、腹にアッパーを繰り出す。体格差を無視したその一発は、6mもの獣を高く吹き飛ばす。

 しかし、獣は空中で姿勢を立て直し、着地する。しかし、その一発はけっこう応えたのか、獣は少しよろめく。殴られた腹部はなぜか焼け焦げていた。


 すごい、あの体格差であの凶暴な緑虫獣を追い込むなんて……。

 拳を腕ごと砕かれた獣は息を突風のように大きく、激しく吸い込む。大樹に生る木の実や枝、遂には鳥までもがその獣の口へと吸いこまれていく。

 引き寄せられるようによろめく私は木にしがみ付く。そうでもしないと、あの大きな口へと飲み込まれてしまう。

 獣は胸いっぱいに空気を溜め込み、今にもその空気を吐きだそうとしている。

「gary-urayo-furyubas」

 再びリオラが私に話しかける。『社に隠れろ』。確かにそう言った。


 そのとき、獣は10メートル先のリオラに向かい、巨大な衝撃波のブレスを吐き出した。

「きゃあっ!」

 地面や岩が抉り取られる。攻撃外にいたのにもかかわらず、私は今度は逆方向に吹き飛ばされそうになり、社の柱にしがみつく。ただの息吹が周りを抉り取り、吹き飛ばすほどの風速を放つ。

 生き物離れした肺活量はまさしく兵器。これが迦雷獅子に並ぶハザードランクA。こんな生き物がこの山に住んでいたのか。

 しかし、リオラはまともにブレスを受けているのに全く動じない。それどころか、獣の方へと普通に歩いている。不自然な光景に、錯覚でも見ているのではないかと自信を疑った。


 息を切らした緑虫獣はさらに凶暴な顔になり、もう一度息を深く、大きく吸い込む。

 リオラは立ち止り、足を踏み込む姿勢になる。次の瞬間、リオラの姿は消えた。


 それと同時に獣が呻く。緑虫獣の方へ視線を向ける。

「!?」

 鎧のように固いはずの獣の身体が金属光沢を放つ剛毛ごと貫通し、大きな穴が胸に開いていた。その獣の後ろには災龍リオラが両腕を赤く染めて立っていた。

 大量の血を呻き声と共に吐き、ズウゥゥン……と緑虫獣は倒れる。どうやら命を絶ったようだ。僅か数十秒の出来事だった。

 私は恐る恐る倒れた獣の傍にいるリオラのもとへと近づこうとしたが、怖くて一歩も動けない。リオラは腕に付着した緑虫獣の血を舐め、その巨大な死骸を見ては、風穴の開いた胸から肉を掴んでは引きずり出した。気持ちの悪くなるような音に私は耳と目を塞ぐ。

 私は、その肉をぐちゃぐちゃと咀嚼しているリオラを細めでちらちらとみた。

 弱肉強食をこの目で見てしまった気がする。はじめて見た強烈過ぎる世界。

 一口食べたリオラは一言何かを呟いては、片手で獣の巨体を掴んでは崖下に捨てる。数秒後に大きな音が響いてくる。

 リオラは口周りを舌で舐め拭くと、社の階段に座り込んだ。私も座ろうとしたが、リオラは睨んだような眼つきで立ちあがり、席を空けた。まるで私を避けるかのように。

 社の柱の傍に立つ彼は、そばに転がっている石ころを拾い、階段に座っている私に話しかける。


「(オレが触れたものはみんな死ぬ。燃えたり、凍ったり、腐ったりする。簡単に壊れるんだ。触れたもの全部な)」

 リオラの握っていた石ころが赤く染まり、どろどろに溶ける。ぼたぼたと地面に落ちた石ころだったそれは草や土を溶かし、焦げたような煙を出した。私の目は驚きを示していただろう。

「今のって……!」

 標準語を喋ってしまう。しかし、それが伝わったように、リオラは話を続ける。


「(つまり、オレに触れるとお前は死ぬ。近づいてもダメだ)」

 今度は傍に生えていた2mほどの小さな針葉樹に触れる。すると、ピキピキと触れたところから氷結し、樹体全てが凍ってしまった。ほぼ瞬時に凍ったかと思いきや、瞬時に氷が解け始め、終いには氷が解けると同時に樹もドロドロと溶けていった。

「え……!?」

 その光景にはさすがに驚いた。樹ごと氷のように溶けるなんて初めて見た。

 それに、さっきからそうなのだが、リオラの傍にいると何かの匂いが鼻を劈く。変わった匂い。腐ったような、生理的に不快になるような異臭だ。生物を寄せ付けない為、刺激臭といった不快な匂いを放つ生物がいると聞いたことがあるけど、リオラは無意識に皮膚から発生させているのか。

 顔をしかめたくなるほどの異常な臭い。だけど、そんなことをしていてはリオラが傷つくだろう。それでも、表情を崩さないでいるのは辛いことだった。

 しかし、嗅覚の認識よりも、その眼の前で起きたことと彼の言った言葉の方が衝撃的だった。

 触れただけで……。

 私は言葉に出さず、唖然とした。


 触れただけで死ぬ。最悪、近づくだけで死ぬ。

 そして、先程見たあの怪物のような力。自分の何倍も大きい危険生物を簡単に倒すパワーも兵器のそれとは比較にならない。


「(なんで……そんな体質からだになったの?)」

「(わからねぇ。勝手に、こうなった。抑えることすらできねぇ。食べ物でもこうなる。美味いもの喰えねぇし……誰とも関われねぇ)」

「……」

「(いつも、ひとりだ)」

 悲しみを隠しきれず、表情に出ている。本当に、苦しんでいる目だった。

 その呪いのような制御できない体質と、計り知れない力。それは時に人を、動物を、環境を死へと誘う。

 何も触れられない。何も関われない。何も愛せない。

 この人は、世界でいちばん不幸で哀れな人かもしれない。今までずっと一人ぼっちだったのだろう。孤独で、寂しい思いをずっとしてきたんだ。

「……」

 独りってどれだけ寂しいのだろう。だけど、今の彼の目を見てしまっては、放っておくわけにはいかなかった。

 彼を孤独から助けてあげたい。彼をもう孤独にさせないために、辛い思いをさせないために、私は彼を――リオラを救いたい。

「リオラ」

 私は勇気を込め、息を大きく吸う。決意を表すために。


 ――自分の本当の"姿"を受け入れられる人こそが、本当の"友"です――


 あのとき言ったウォークの言葉。彼の言う通りだと今は思う。

 この人がどんなに危険な龍だろうと、私は心と体から受け入れないと、彼は心を開かないだろう。

 私は決めた。

 黒龍神の討伐協力の為――王国の為だけじゃなく、彼自身の為に、彼と友になることを。


「(私は、あなたが触れただけで死んでしまうぐらいの体質を持っていても、どんなに危険な力を持っていても、決して離れない。もう、ひとりにはさせない。これからは寂しくないように、傍にいる。だから……)」

 少しでも彼の心の奥底の願いに答えたい。彼を救いたい。

 あのときの言葉を再び彼の耳へと伝える。


「mel-syalaiz(私と"ともだち"になりませんか――)」


 夜明け。

 眩しいほどまでに、日の出が私と災龍を照らす。

 光に反射して、良く見えなかった彼の表情。だけど、その目から、赤い赤い涙が流れていたのを、私は確かに見た。

 同時、彼の意志が伝わったかのように、大樹の葉から零れ落ちた朝露の雫が一滴、私の頬を濡らした。


第二章一節、終了。

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