2.情報屋が告げる事実
《ウォーク》
「お前いきなりあれはないだろ」
アーカイドが怒り心頭でキケノさんに文句を言う。
あのとき、アーカイドはキケノさんによって腕と足の関節と顎を捻られてしまった。そのためか、アーカイドは今でも苦虫を噛み潰したような顔をして体を震わしている。幸い、靭帯に異常はないようだ(キケノさん曰く)。
キケノさんの仮住宅は外の砂都とは違って、とても涼しい。部屋はいたって普通で、きちんと整理整頓されている。僕はアーカイドと並んでソファーに座り、キケノさんは僕らと向かい合う位置のソファーに座る。その間には膝丈のガラステーブルが置かれてあり、氷水の入ったコップが3つその上に置いてあった。
中世風の白いブラウスにブラウンの太めの洒落たベルト、脚線美を強調させるジーンズ。キケノさんは長い髪を片耳にかけ、文句を言うアーカイドに対し更に文句を言い返す。
「私、自分より遅れる人嫌いなのっ。あれぐらいして当然でしょ?」
「ンなこと言ったってお前、限度ってものがあるだろ」
「死にはしないわよ」
「そーゆー問題じゃなくて――」
「あの、もう止めませんか」
ここは第三者の僕が止めるべきだ。二人は数秒睨みあった後、同時にぷいっと頭ごと視線を逸らした。まるで子供のケンカだ。
呆れつつ、苦笑した僕は話題を変える。
「そういえば、キケノさんって女性だったんですね。僕のイメージでは情報屋は男性って感じでしたし、アーカイドの友達っていうのでてっきり男かと思っていました。……あ、失礼なこと言ってすみませんでした」
しかし、情報屋は男というイメージがあったから僕は彼女を男だと考えていたわけではない。砂丘公園でキケノさんと会ったとき、僕はあまりの暑さで視界が眩んでいたため彼女の素顔をはっきり見えなかったが、耳もおかしかったのか、彼女の声が若い男性の声に聞こえたのだ。それか、少年のような声。
このことをわざわざ今言わなくても良かっただろうに。僕は言ってから後悔した。
しかし、キケノさんは全く気分を害することはなく、むしろ笑っていた。
「あっはは、まぁそういうこともあるわな。改めて紹介しよう。私はキケノ.U。年はぴちぴちの17才よ☆」
「俺と同じ25だろうが」
アーカイドが即答かつ冷たく訂正する。
「うっさい、少し黙ってて」
彼女はむっとしてアーカイドを睨みつけた。しかし、17才と言ってもおかしくない程きれいな顔立ちをしている。それ以前の話、率直、何歳なのか全く予想できなかった。
キケノさんは自己紹介を続けた。
「えっと、職業はこの通り情報屋をやっていま~す☆ わからないことはだいたいありませんっ♪ 仕事上、名前は数種類に分けていますっ! 外では営業のプライバシーの都合もあるのでシャルって呼んでね☆ 今はキケノって呼んでもいいよ♪」
「はぁ、はい……」
このテンションの高さにはついていけなかった。サクラ王女と並ぶ明るさだが、その質はまったくもって違う。
「な? 変なやつだっただろ? だからあまり会わせたくなかったんだ」とでも言いたげなアーカイドのジェスチャーフェイス。しかと伝わりました。
「特技は情報をいち早く集めることと、男声とかいろんな声を出せることなどです! これ以上のことは秘密です☆」
「え? 男性……?」
ひとつの疑問にアーカイドが答える。それを聞き、僕の捉え違いであることに気づく。
「あ、言ってなかったな。こいつは数種類の男の声と女の声を出せる『両声保有類』なんだ。今何種類の声出せるんだっけ?」
「今は各40種類ぐらいで計80種。結構増えたでしょ」
「まぁな。お前やっぱすごいな」
「当然でしょ。私を誰だと思ってんの?」
「キケノ」
「……まぁそういう意味にもなるよね」
「だ、だからあのときキケノさんの声が男性の声に聞こえたのは――」
「そういうことっ、この80パターンもの声を使い分けて、変装もして仕事してるってわけ。色々と都合がいいんだよね~」
キケノさんは誇らしく言う。しかし、表情からしてナルシストだなと思ったりもする。
アーカイドがキケノさんに話しかける。
「ところでよ、なんでこの暑い時期に限ってわざわざ砂都で待ち合わせしたんだ? 風都や水都の待ち合わせ場所でもよかっただろ」
「わかってないわねぇ、この時期で一番暑い砂都はほとんど人がいないでしょ。だからあえてこの場所を選んだのっ」
「人が多いと自分の存在がばれやすくなるから、ですか?」
「そゆことっ、ウォークくんはしっかりしてるわね! 鈍感な誰かさんと違って」
「う、うるせぇっ」
アーカイドが悔しそうに言い返す。そんなにムキにならなくていいのに。
しかし、キケノさんは思っていたより明るくて話しかけやすい。あまりペラペラと話さないとアーカイドは言っていたけれど、これなら何とか聞き出せるかもしれない。
そう思っていたときだった。
「あ、ウォーク。こいつを見た目で判断するなよ。キケノはこう見えて腹黒いし、冷酷で危険でけっこう怖い奴だから。話を聞き出そうなんて百年早いぞ」
だからなんで人の心の中を読めるんだ。お前の方が怖いよ。
「それは言い過ぎ。ただ人に合わせていろんなポーカーフェイスを演じているだけよ。こいつにもね。ま、ウォークくんに対しては素で話してるけどね♪ きゃはっ♪」
ぶりっ子ポーズでお茶目さを決めてきた25歳はなんとも言えない程の新鮮さだ。
「その口調で素だったらお前相当ヤバいぞ。一回医者行って脳みそ解剖してこい」
「黙れ下種野郎」
「えええっ」
突然の怒りを含んだ無表情と暴言を含んだ声色の変貌に僕は驚愕した。その反面、アーカイドはその変わりように慣れている様で、平然としていた。
――というかこの二人仲悪すぎだろ。
アーカイドはキケノさんの暴言を無視し、本題へと移る。彼はそのきっかけを僕に振った。
「そういや、お前聞きたいことがあってキケノに会いに来たんだろ。どんなことか言ってみろよ」
「俺は喋るの面倒くさいし」とも聞こえてくるその意味に僕は蟀谷を人差し指で掻く。
キケノさんはころっと表情を変え、可愛らしいけど少しうざったい声で僕に話しかける。
「え、なになに? どんなこと? もしかしてプライベート的なこと? いやん、そんなことだったら私困っちゃうよぉ」
「だれがそんなこと言った」
アーカイドがドン引きした目で言う。だが彼女の返事はなかった。
「……黒龍神の事です」
キケノさんのおちゃらけた表情がなくなり、少し真面目に訊く。
「……黒龍神って言った?」
「はい」
「それのどんなことを知りたいの?」
「この時期、黒龍が凶暴期を迎えたらしく、その種は子孫種ではなく、祖先種だという話をアーカイドから聞きました。そして、それはキケノさんから聞いたという話です。その祖先種――ルデオスのことについて詳しく聞きたいのです」
その言葉を言い放った瞬間、キケノさんの目元が一瞬強張った。しかし、それとは裏腹に、出た答えは至って普通だった。いや、意外な答えだったとも言える。
「ふ~ん、まぁ、いいよ」
「え?」
「別に話してもいいかな~って思わなくもないかな」
「でも、それってとても重要なことでは……」
「基本、情報は人に話さないんだけど黒龍神に属する龍のことは別。あれは人類を滅ぼす為に生まれてきたような化け物だから。あんなの操って世界をひっくり返すようなバカはいるはずもないし、別にそのことについての情報を隠すこともないでしょ。そもそも催眠とか調教とか、あの龍は通用しないから操れないけどね。ま、こういうことは人類全員に話すべきかな~って最近思ってたの」
そう言っては肩を竦める。「っていっても、知ったの最近だったんだけどね」
つまり、キケノさんの仕事で一番重要なものである『情報』を決して人に話さず、世間に知らせないようにしているのは、ある情報を伝えるべき人以外に知られた場合、その情報を悪用されることがあるからであろう。
しかし、黒龍についてはどんなことでも世間に知らせるべき情報らしく、むしろ知ってることを知らせなければ黒龍と同じく『人類の敵』扱いされるのである。
それにしても、人のことは言えないが、アーカイドがこのことを知らなかったのが不思議に思う。それに、なぜキケノさんはアーカイドに黒龍のことについてもっと教えなかったのか。
「じゃあ、教えてもいいという意味でとってもいい――」
「うん、いいよ。国の為なら尚更、ね」
キケノさんは今年凶暴期を迎えた黒龍神の祖先種ルデオスについて知っていることをすべて話した。
「あらかじめ言っておくけど、知ってるって言ってもほんの少しだけなんだけどね。それでもいいかな?」
「はい、大丈夫です」
僕の真剣な答えを聞き、キケノさんはにこっと口元だけを微笑ませ、説明を始める。
「じゃあ話すね。まず、いつこのアミューダ地方に訪れるのかというと、およそ3か月半後。正確に言えば今日含めてあと108日前後」
「そんなはっきりわかるんですか?」
「そこは企業秘密よ♪」
そう言ってはウインクをする。正確なデータを提供する人がいるのか、それとも自ら調べたことなのか。
「その間、祖先種はどこにいるのかっていうと、おそらく人のいない未開地に行くと思う。なんでかは知らないけど」
「……どこからの情報なんだ? それ」とアーカイドは懐疑的な表情をする。
「これも秘密。まぁちょっとばらすとしたら、ご当地情報からかな。で、ここでひとつ残念なことがあるんだけど」
「なんですか?」
「まさか情報はこれだけってわけじゃないよな?」と眉を潜める。
「あのね、よく聞いて。その祖先種だけじゃなくて、他の種の黒龍神も同時に凶暴期を迎えたんだよね」
「なんだって!?」
アーカイドが思わずコップを倒しそうになる程の勢いで立ち上がりかける。僕も手に持ったコップを落としそうになった。すぐに置き、
「え、じゃあ、祖先種だけじゃなくて、子孫種のミラネスや中間個体のバルアスも襲ってくるってことですか?」
信じられない話である。こればかりは気候変動のように「何年ぶりの最高記録」ではなく、「史上初」の事態。
当然のように疑うが、キケノさんは動じることなく、冷静に話す。
「まぁね。それも一体ずつじゃないらしいわ。複数いるの。そして……変異種が誕生したっていう話も数日前明らかになった」
「変異種?」僕とアーカイドは偶然にもほぼ同時に言った。
「変異種っていうのはここ近年、ある大陸で新たに発生した新種の黒龍神よ。通称"アポラネス"。発見地の言語で"王龍"の意味で名付けられた個体なんだけども、知っているのはそこまでで、その情報源は既に消されしまったわ。王龍によってね」
「……マジかよ」
「そいつについてのデータは一切わからない。けど、被害を出した以上、危険であることに変わりはないわ。もしかしたら、祖先種の伝説以上を作り出して、比喩表現とかじゃなくてガチで世界を滅ぼせるといっても過言ではないってなるかもしれないわね」
「……」
何も言いようがなかった。黒龍神一体でも多大な被害を与えたのにそれが複数体いる。その上、祖先種どころか新種まで。予想以上の最悪の事実に、僕はどんな顔をすればいいかわからなかった。
アーカイドは過去に黒龍に挑んだことがある為、その恐ろしさを実感している。そのためか、彼の目は絶望に陥っていた。
この沈んだ部屋の中、キケノさんの口が開く。
「知らなきゃよかったでしょ、こんなこと」
「……いえ、むしろ知ってよかったです。何も知らずに国にそんなに来たら、何も対処しようがないですし。あと3ヵ月半。まだ打つ手がありますよ」
僕は無理にでも微笑む。そして、アーカイドも希望を取り戻し、話す。
「そうだな、まだ3か月半もあるんだからな。今からでもなんとかなる。にしても、その情報の発信源はどこからなんだ? まぁそれも秘密企業っていうんだろうが」
そうアーカイドが言った矢先、あっさりとキケノさんは答えてくれた。
「オブ帝国政府直属第5危険生態観測所のデータから。そのデータが政府の裏に送られたと同時にその施設からの連絡は途絶えたわ。黒龍によってね。あと……」
「まだ何か情報があるのか?」
「うん、また残念なことだけど。別の大陸情報より、年々黒龍神の強さが増しているらしいの。これは黒龍神だけじゃなくてほぼ全種の竜にいえるんだけどね。昔はハザードランクAだったけど、今ではハザードランクG(Gadolinius-超高稀少種)を越えたランクS(Supreme-最高種)となっているの。で、王龍はランクX(未知種・測定不能)。データはないけど、おそらく桁違いの危険度を誇ると思う。そして、その王龍の出現によって黒龍はチームを組んで人類を襲おうとしている」
「マジかよ。あんな人間滅ぼすためだけに存在するようなやつらが互いに協力する考えをもつっておまえ……野生の龍として考えられんな。その王龍ってのはかなりのリーダーシップだな」と感心するアーカイド。
「そんなこと言ってる場合か? 最強と云われる龍同士が協力するってことは、もっとマズい事態になるということだぞ」
「その通り。普通なら黒龍同士争い合う可能性もあるはずだったのに、それがなくなるどころか、協力するようになっちゃう。あくまで推測も含めたものだったけど、大きく外れることはないわ。だって私だし」
「それが不安なんだよな……」と、アーカイドはぼそりという。
「だとしたら尚更早く対策を練らないと! 早速国王に報告しなければ! アーカイド! 急ごう!」
「おお、あの平和ボケしてたウォークがいつもより増して凛々しくなった。ハンターだった頃のお前を思い出すな~。やっと久々しくいい顔になっ―――」
「いいから早く! キケノさん、今日は本当にありがとうございました!」
アーカイドの腕を掴み、急いで部屋から出る。
「あ、いえいえこちらこそ~♪ 困ったらまた相談してねー。アーカイドは来なくていいけど」
「おい」
「では、これで失礼します」
僕らはキケノさんの仮住宅から急いで出ていった。キケノさんは暑い中、外まで見送りに来てくれて、僕らの姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
僕はすぐにプリウス大臣を通じて国王へ伝えた。その翌日、国軍は直ちに「軍兵強化制度」をさらに強化したという。
数日後、アミューダ国家連合の会議が行われ、グリス国、プラトネル国、アーク国も黒龍神の群れ――黒龍群対策を練る。そしてその後、オブ帝国をはじめとした同大陸の国々も対策を編み出したという。
黒龍群が訪れるまであと2か月を切った。




