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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
イタリアへようこそ
96/261

大道芸人

 一階に下りると、食卓の上にはすでに朝食らしきものが並べられていた。

 といってもイタリアの朝食は非常に簡素だ。

 パン二個にコーヒー。朝ごはんしっかり食べる派の龍樹に取っては、これで足りるのかと本気で思う。 

 席は昨日と同じ配置だった。別に決まっているわけではないが、これが妙な習性か、最初に座った場所に座らなければ落ち着かない。

 パンを口に運び、コーヒーを一口。

 口いっぱいに広がる本場の味。淹れたてのそれは、通である龍樹の舌を唸らせた。 

「それで、今日はどうするんだい?」

 目前のミシェルが、なにかを聞いてきたらしかった。すっかりお馴染み、アテナがそれを翻訳してくれる。

「どうするって……どうするの?」

 その選択権はどちらかというと、アテナにあると思う。聞き返されたアテナは、やはり朝だろうと、相変わらずの無表情だ。

「そうねえ……まだ回ってないところはたくさんあるから、案内でもしようと思っているのだけれど……どうかしら?」

「観光、ねえ」

 多少なりとも教養のある人間なら、芸術の国を堪能できるとあって喜ぶのだろう。だが正直なところ、あまりそういった感性を持ち合わせていない龍樹。

 といっても、他に何かしたい事がある訳でもないのだが。

「嫌そうね」

「いや、そういう訳じゃないんだけど……」

 勘繰るような、アテナの視線。なんだか全て見透かされているようであまり落ち着かない。

 逃げるように隣を見る。

 雀はパンをちびちびと食らい、コーヒーを飲んでいた。

 動きは実に機械的で、寝ぼけ眼だ。キャスケットを被ってはいるものの、髪もいまだボサボサ。

 どうやら朝が弱いらしい。いつもはうるさい彼女だが、起きてからこの方、一言も言葉を発していない。

 一応雀にも意見を窺ってみたいところだが、今はまともな答えが返ってくるとも思えない。

 と、その時。雀の向こう側にいるミレーナと目が合った。 

 だが余程恥かしがり屋さんなのだろう。

 びくっと反応した彼女は、すぐに俯いて視線を逸らした。

「もしなにも用がないなら、少し付き合ってほしい事があるんだが」

 聞こえたミシェルの声。

 そちらを向く。

 髪を後ろで束ね、服もタンクトップにショートデニムという軽装。昨日の夜はあんなに寒かったのに、今は少し暑い。はっきり言って思春期の龍樹にとってはやや意識してしまうミシェルの格好だった。

 彼女の言葉をアテナに翻訳してもらう。

 その意味を頭の中で整理する。

 アテナの瞳を見ながら瞼を瞬かせる。

 目配せで会話をした後、龍樹は返事をした。

 

 今日のイタリアの空は雲ひとつなく、清清しいほどの青だ。気候も暖かく丁度いい。近くに海がある精か、どことなく潮の匂いが鼻を摩った。

 人混みで溢れる道を、龍樹は荷物を抱え歩んでいた。

 何のことはない。ミシェルの用事とは、買い物に付き合ってほしいというものだった。

「悪いね。最近忙しくて全然買い物できなかったからさ。どうしても休みの今日にしておきたかったんだ」

 前を歩くミシェル。外に出ても家同様相変わらずの軽装で、髪すらもそのままだ。

「それにしてもやっぱり男の子はいいね。こういう時に頼りになる。家も次産むなら男だな」

 なにやら独り言を呟くミシェル。

 陽気なイタリア人の気質が関係しているのだろうか。

 知り合いか、先程から幾度か道ですれ違う人にも挨拶をしたりしていた。 となれば益々分からない。

 娘であるミレーナの大人しさが。

 ちらっとミレーナを見る龍樹。小さな身体で荷物を抱え、母親であるミシェルにぴったりだ。挨拶のときも話しかけられたのに、ごにょごにょとなにかを言って母の影に隠れていた。 

 まあ、別に珍しいものでもないか、と龍樹は適当に考える。

 次に隣を歩く大きな犬を何気なく見る。結構な年寄りだろう。垂れた眼がどことなく哀愁を漂わせ、毛並みもやや少なめだ。

 聞けば元狩猟犬らしい。今はもういないお爺ちゃんが狩りに行く際に連れ添っていた名犬だという。

 それが関係してだろう。

 老いても足取りはしっかりしていて、軽い荷物をホルダーのようなもので身体に巻きつけてある。 

 ニーナという名前らしい。もちろんメスだ。

「さて、どうだい、腹の具合は? 次の店での買い物が済んだら食事を取ろうと思うんだが」

 ミシェルが何かを訊いて来た。アテナに訳して貰う。

「食事? えらく早いな……やっぱり朝あれだけじゃ足りないんだろ」

「そうじゃなくて。イタリアではこれが一般的な食事サイクルなの。朝は軽めに取って、今頃の時間にもう一度朝食を取るの」

「なんで?」

「さあ、出所は分からないけど、習慣よ。イタリア人はのんびり屋の気質があるから。後、あなたも体験したから分かると思うけど、夕食が割かし重めだから、朝昼を本格的に食べる人は結構少ないの。昔は反対だったんだけどね」

「ふーん……変なの」

 とはいえ世界は日本基準ではないので、その言葉もどうかと思うが。

「まあいいや。俺も朝あれだけじゃ物足りてなかったし……あ、でもあんまり高いところとかだと無理だぞ」 

 財布の中はあまり潤っていない。どこかで聞いた話だと、イタリアの食代は結構高いらしい。

 もっと都会の方にいくと、一品が四桁は当たり前だそうだ。

「どうしたんだい?」

 神妙な顔をする龍樹に気付いたのか、ミシェルは立ち止まり、振り返った。すかさずアテナが旨を伝える。それを聞いたミシェルは大口を開け、朗らかに笑った。

「心配しなくてもいいよ。手伝ってもらってるんだ。むしろそれくらいさせてもらわないと。やれやれ。日本人は気を使いすぎると聞いた事があるが、まさにその通りだな」

 明るく語ったミシェル。こちらの反応を気にする様子もなく、また前を向き歩き始めた。

「……なんて言ったんだ?」

「お金は心配しなくていいだって」

 龍樹の問いにアテナはそう答えた。

 ああ、奢ってくれるのかと龍樹は解釈する。

 いや、実を言うとなんとなくそんな空気は醸し出していたのだが、おいそれと乗っかるのは野暮というものだ。

 建前上、ね。

 そして約束どおり次の日用雑貨店で買い物を終えると、外装も割かし豪華な店へと足を運び、食事を取ることにした。

 荷物は結構あったが、それを悠々と足元に置けるスペースはある。見上げれば豪奢なシャンデリラがぶら下がっている。

 更に、目前に広がるは蒸されたロブスターをまんまあしらえたパスタ。大きさも龍樹の顔以上はあろうかというサイズだ。

「おい、アテナ」

 彼女に顔を近づけ、耳打ちする。

「これっていくらするんだよ」

「……私が言うような事じゃないんだろうけど、気にしなくて言いと思うわよ。さっきも言ったけど本当に陽気だから。下手すれば明日には奢ったことも忘れてるかも」 

 サラダを突きながら、アテナは言った。相変わらず丁寧な食事マナーで、フォークを進めている。

(陽気、ねえ……)

 すっかり忘れていたが、彼女もまたイタリア人。じゃお前はどうなんだよという言葉は、ここは言わないことにする。

 雀は相変わらず気苦労する様子なく、皿の上のパスタはみるみる減っていった。

 周りの客はまばらだった。やはりこの時間帯にここまでがっつりは食べないのではないだろうか。

 それとも値段が破格とか……

 改めて龍樹はパスタを見る。

 茹でられたロブスターがお洒落に解体され、エビ目でも蛇腹というのだろうか、その部位から茹でた身がパスタと絡まっている。大きなハサミは息を引き取ってなお威圧的で、つぶらな瞳を見ていると今にも動き出すんじゃないかと心配になる。

 絶対に安くはないと思う。

 決して貧乏気質ではないが、両親の職業柄精進的な生活を送ってきた龍樹。

 失礼なのは承知だが、口に運ぶのを身体が少しばかり拒絶している。

 フォークにパスタを巻きつけて、上げてみる。つややかに光るパスタは、実においしそうだ。

「どうしたんだい?」

 パスタを一心不乱に眺める龍樹。そんな彼に、ミシェルも違和を感じたようだ。

「もしかしてまだ気を使ってるのかい?」

 アテナからその言葉を訳してもらった龍樹は、しまったと思った。机に肘をつき、目前で手を組むミシェル。少し機嫌が悪くなったらしかった。

「いいって言ってるのだろ……しょうがないか。性格だもんな。いや、別に怒ってる訳じゃないからね。ただ、やっぱりあまり気を使って欲しくはないな。性に合わなくてね。ここでの親は私だと思ってくれ。ん? 急にそれは無茶だったか。まあいい。とにかく私が言いたいのはだな。腹を割って話そうという事だ。なにせ君とは、会った時からあまり喋れてないからな。少しの間とはいえ仲良くしよう、少年」

 捲くし立てるようなミシェルの物言い。それをアテナが通訳してくれる。その口調もほらね、とどこか含意が込もっている様だった。

 どうやら陽気なイタリア人というのは、思った以上に色濃いらしい。

「……分かりました」

 面と向かってそう言われれば、こちらとしてもやり易い。

 上げていたパスタを、龍樹は口に運んだ。

 ……うまい。

 ボキャブラリーが乏しい身なのでやや表現力には欠けるが、口いっぱいに海鮮類の味が広がり、麺も喉越し爽やかだ。

「そうそう。十代なんてまだ子供なんだから、変な気を使わなくていいんだよ。少なくともこのミシェルおばさんにはな」

 満足したのか、ミシェルも食事を再開し始めた。

 その後も何度かミシェルは質問をしてきた。日本の学校生活はどんなものなのかとか、今は何が流行しているかだとか、恋の一つや二つはしていないのかとか、至極下世話な世間話を、アテナを介して、雀と龍樹に投げ掛けてくれた。

 元々お喋りが好きな人なのだろう。そこに国境の壁なんてものは無いように感じられた。毎度通訳をするアテナは一人忙しいだろうが、無表情なのでその真意はやはり図れない。

 こうなってくると、こちらから何も質問しないのはまずいだろう。

「ミシェルさんとダニエルさんってどこで知り合ったの?」

 いきなりこの質問はどうかと思ったが、実のところ気にはなっていた。なぜなら二人とも性格が正反対なのだから。

 アテナを介して会話が続く。

「ああ、それはだな。私と彼が初めて会ったのは随分と昔で、もう十年も前になる。大学で同じだったんだよ。専攻は音楽分野でね。彼が一年上で、私が後輩だったという訳だ。当時から根暗な性格でねぇ。いかにもな眼鏡なんか掛けて洒落っ気のない地味な男だったよ。そんなだったからもちろん女になんて興味なかったらしいし、私も全然男として見てなんていなかった」

 アテナを気遣ってか、ミシェルは一旦間を置いた。

 かくしてアテナはミシェルの言葉を凝縮する形で、短く龍樹に伝える。

 ふむふむと龍樹が軽く相槌を打つと、ミシェルが話を再開させる。

「で、なぜそんな奴とくっついたかっていうと、これがもう本当に我ながら馬鹿げた話でな。ある日の事さ。公私共に息詰まってた時期があってな。そんな私を気遣ってくれた友人が気分転換にディスコテークに誘ってくれたんだ。なんと、そこにいたんだよ、あの地味な男が。心のどこかで好奇心はあったんだろう。なぜ大人しそうな男があんな場所にいたのかという。カウンターで酒を飲むあいつに私が話し掛けた。するとどうだい。彼も同じ理由で踊りに来たというじゃないか。そこで妙なフィーリングを感じてな。アルコールも入り、意外と会話は弾んでいき、一緒に踊るくらいに仲良くなってな。そしてこれもまた意外なんだが、誘ったのは彼からだったんだ。酒は人を変えるっていうだろ。それからの奴は、もうなんというか口にするのも恥ずかしい言葉の連続さ。後でしらふの時にそれを問い詰めてやったら、顔を真っ赤にして否定してな。それから興味がわいて、後は流れのままさ……な、馬鹿げてるだろ?」

 確かに、それは中々に面白い話かもしれない。

 あのダニエルの口説き文句というのも気になるところだ。

「音楽学校だって事は、仕事はやっぱりそれ関係?」

 龍樹が訊く。

「まあ、そんなところだ。今は専門学校で講師をしているよ」

 アテナを介してのミシェルの言葉に、へえー、と龍樹は相槌を打った。

「私も別の場所でだが音楽を教えていてな。とはいえ教える側がこう言っちゃなんだが、人に教えるほど熟知しいている訳ではなく、毎日が勉強さ」

 そう言い、ミシェルはパスタを口に運んだ。麺はつるつると静かに彼女の口へと吸い込まれていく。家ではがさつな食べ方だったが、外では気を使うらしい。

「って事は共働きなの?」

「ああ、そうさ。恥ずかしながら、イタリアの音楽事情も結構複雑でな。安くはないけど、別段高給でもないんだ。ましてや駆け出しなんて、例外で無い限りそれこそ人っ子一人生きてくぐらいさ。一世帯を養うまでになるには、もう少しがんばらないと。それはどこでも一緒なんだろうがな」

「ふーん……じゃもうちょっと余裕が出来てから結婚すれば良かったのに」

 なんのことなく放ってしまった言葉。

 もしかするとアテナも思っていたことなのかもしれない。彼女はそれをそのままミシェルに伝えた。するとミシェルはやや苦笑いし、龍樹へとフォークの先端を突き付けた。

「それを言うか少年」

「……?」

 それを言うか少年。どういう意味だろうかと龍樹は考える。澄ました顔でそれを伝えてきたアテナはなにかを察したようだが、どうやら教える気はないようだ。

 やがてもしやと、龍樹も思い至った。

 ミレーナを見る。彼女もパスタを食べている最中だった。

 ――流れのままに。

 もしかしてミシェル達はデキチャッタ婚なのだろうか。

 それを直接聞くのには少々躊躇う。

「あ、分かった。二人はできちゃった結婚ってやつなんですね」

 かくして、雀はなんの躊躇いも無く訊いた。

 気配りというものを知らないのだろうかこの女は。

 まあ別に悪い事ではないだろうし、少なくともミシェルにはそっちの方が愛嬌はあるのだろうが。

 アテナもアテナで律儀にそれを訳すし。

「まあね。だけどもちろん後悔はしてないよ」

 思った通りミシェルも平然とした感じで語り始めた。

「万国共通だとは思うが、やっぱり自分の子供は可愛いものだ。それが愛した男の子ならなお更な。確かに経済面では苦労しているが、それでも幸せさ」

 娘を慈愛の眼で見るミシェル。その視線を感じたミレーナは親とはいえ恥じらい、強引に意識を食事に集中させた。

 それをしばらく暖かい眼差しで見たミシェル。だがやがて、その眼に不安のようなものが覗いたような気が、龍樹にはした。

 しかしそれも束の間。

「そういえば、君達は何か勘違いしているようだな」

 いつも通りの陽気な面に戻ったミシェルは、龍樹達へと視線を向けた。

 勘違い。

 その答えを、龍樹はまた探す。

「一応言っておくが、ダニエルと私はまだ夫婦じゃないからな」 

 アテナからそれを伝えられた瞬間、え? と龍樹は驚いた。

「いや、まあいずれはなるつもりなんだがな。なにも急いでする必要はないって事だ。ほら、結婚となると色々手続きとか面倒だろ。君もさっき言ったように、もう少しゆとりができてからだな」

「ゆとりって……」

 そんな悠長な事を言っていていいのだろうか。見ればミレーナはすでに五歳ぐらいだと思う。

 なのに面倒くさいという理由で結婚していないとは、どういう了見だ。

「イタリアでは珍しくないのよ」

 龍樹の心境を汲み取ったのか、アテナがなにやら説明してきた。

「結婚する前に子供が生まれることが少なくないという意味じゃなくて、もしそうなった場合にも籍をいれないケースがね」

「……そうなんだ」

 その理由までは深く語らないアテナ。

 恐らくは宗教とか気質とか、そんなところだろう。

 だが考えても見れば、子供が生まれたから結婚しなくちゃいけないというのは議論できそうだ。

 そりゃ道徳的に責任を持つというのは一理あるだろうし、日本もそれに倣っているのだろう。

 しかしそれで結婚という上辺だけ塗りたくってけじめをつけたところで、逆に切羽詰まるところもあるだろう。

 何事も準備期間は必要。のんびりやればいいさ。陽気なイタリア人はそう思っているのかもしれない。

 それでもやはり籍を入れないのはどうなのだろうかと、日本育ちである龍樹は思っていた。

「え、って事はミレーナちゃんの戸籍は……どうなってるの?」

「どうもなにもないさ。この子は間違いなく私が腹を痛めて産んだ子なんだ。そりゃ私に親権はある」

「旦那さんには?」

「手続きを踏めばもちろん得られるさ。ただ、さっきも言ったが色々面倒くさいんだ。もちろん得た方が良いに決まってるんだが――まあこのさい紙上に記載があろうがなかろうが、ミレーナは私達の愛の結晶だというのは揺るぎようの無い事実だろ」

 多分ジョーク交えにあえてくさい事を言っているのだろうが、呑気な心持ちのミシェル。

 やっぱりイタリア人って楽観的なんだろうなと、改めて思う。

 もちろん良い意味で。

 ちらっと龍樹はもう一度ミレーナを見る。足元にいる大きな犬にパスタを上げていた。それから目前の皿に眼を移すと、俯き気味に黙々とフォークを進め始める。

 本当に大人しい子だなぁ、と龍樹は再三思う。

「大人しいだろ?」 

 龍樹の視線を追って気づいたのか、ミシェルが言う。

「まあそう言ってしまえば聞こえはいいがな。共働きで家を空けることも多くて全然構ってやれなくて……おっと、子供の前でこんな話をするのはよくないな」

なにかを言ったミシェル。ただそれは伝えなくていい事だったらしく、アテナは訳してはくれなかった。

「どうだいうまいだろここのパスタ」

 それに対して、龍樹達は返事する。

「ええ、こんなうまいの食べたことがない。流石本場って感じ」

「ほうでふよ。特にほのエビ。骨の髄までむさぶれまふよ」

「……口の中空にしてから喋れよ」

 なに言ってるのかよく分からないし。

 それに女がむさぼれるとかいうな。

 その評価をアテナから伝え聞いたミシェルは、満足そうに微笑んだ。

「そうだろそうだろ。なにせ二つ星のレストランだからな。味はミシュランに保障されている。家にあるものを売ってまでご馳走する甲斐があるってものだ」

「え……」

 その言葉を聞いた瞬間、龍樹はフォークにパスタを巻く手が止まった。そんなに高いんだ、とやや顔が青ざめる。

 その反応が見たかったのか、ミシェルはあははと笑う。

「冗談だよ。そりゃちょっとは奮発したが、一般人が手を出せないほど高くはないさ。遠慮せずに食べていいよ。なにせ大事な息子と娘なんだからな」

 それをアテナから聞いた瞬間、ほっとした。

 ようするにからかわれたのだ。

 勘弁してくれよと、イタリアンジョークに龍樹は戸惑った。



「さて腹も膨れたし、そろそろ帰ろうか」

 店を出ると、軽く伸びをし、ミシェルはそんな事を言う。

 現在時刻は午後三時。

 店に入ってからなんと一時間も経っている計算だ。

 マイペースというかなんというか。

 基本的に喋っては食べ喋っては食べと言った感じだった。

 きっとイタリア人はこんなものなのだろうと、龍樹はまた適当に捉える。

「そういえば、ダニエルさんは仕事ですか?」

 今日は平日。

 なので、それは訊かずとも分かる事なのかも知れなかったが、一応は訊いてみた龍樹。

 それをアテナづてに聞いたミシェルはなぜかしぶい顔をした。

「ああそうさ。あの生真面目、昼は家族で食うのが普通だってのに、忙しいときは一人で食事を取るんだ。有り得ないだろ? 職場だってそこまで遠い訳じゃないのに。仕事と私達どっちが大事なんだと本当に訊いて見たくなるよ」

 なにやらぶつぶつと愚痴るミシェル。

 会話のネタになればと思ったが、どうやら間違った方へと働いてしまったらしい。

 それにしても、仕事だったらわざわざ戻ってまで食事は取らないと思うのだが……

 そこもまた、お国柄だろう。

「日本ではどうなんだい?」

 ミシェルが首を捻り何かを言う。それをアテナに訳してもらう。

 日本ではどうなんだい。

 話の流れ的に、この場合は夫婦関係の事を言っているのだろう。

「いやまあ……日本でもそんなものですよ。そりゃ他の家庭は分からないけど、基本的に父親は仕事終わるまで家に帰ってこないし」

 とはいえ二年も帰って来ない奴はそうそういないけどな、と龍樹は内心で毒づく。

「……なんだそうなのか」

 アテナの通訳を介しての返事に、ちょっと眉間に皺を寄せるミシェル。

 もしかしたらだが、同意が得られなかったのが不満だったのかもしれない。

「君の父親は私達と同じ団内の人間なんだろ?」

 アテナが通訳。

 それは別にしなくても喋れることなのだろうが、彼女はそうしない。

 そうした方が会話にも整合性が出るという事なのだろう。

「らしいけどさ。正直その辺の事はよく分からない。知ってるのならお前から伝えておいてくれよ」

 皮肉気にアテナを見て言った龍樹。当の本人は全く気にしてない素振りでまたミシェルへと言葉を伝える。

 そこに新たな情報が付与されてるかどうかはいざ知れないが。

 そして多分、されてないだろうが。

「ふーんそうか。二年も帰って来てないのか。正直考えられないが……いや、別にあそこがどういう場所か分かっていないわけじゃないんだけどな。なんにせよ、大変だな。それを考えると、うちの旦那に対する不満はちっぽけなものなのかもしれないな」

 ぶつぶつ喋るミシェル。それはどうやらアテナへの言葉らしく、彼女がそれを訳して龍樹に伝えることは無かった。

「やっぱり父親がいないのは寂しいかい?」

 ミシェルがまた首を捻り訊いて来る。

 その質問に面食らった龍樹。

「え? そりゃ、まあ、別に俺は構わないけどさ……ほら、家族がさ。妹と母親が心配してて。俺もちょっとは心配はしてるけどさ。心のどっかでは踏ん切りつけてるところもあるから大丈夫だけど、あの二人はちょっと違うような気がするし」

 どこか真意を濁す龍樹。

 とはいえもちろん、まるっきりごまかしている訳ではない。

 正直自分でもよく分からない。

 というより、無駄だと思っているのだろう。

 心配したところでどうこうできる問題ではない。

 だから、そういう意味ではどちらかというと信じているというのではなく、諦めているのだろう。

「そうだよな。男ならまだしも、女はそこまで逞しくないからな……」

 かくして、なにやらしんみりした様子のミシェル。

 言葉は通じなくとも、それとなく空を見上げる瞳はどこか不安げだ。

 陽気な彼女にしては、らしくない表情。

 一体どうしたというのだろうか。

 そんな事を考えていると。

 電話が鳴った。

 小刻みで歯切れのいいメロディの出所は、ミシェルのポッケからだ。

「もしもし」

 日本とはまた違った丸みを帯びた携帯を取り出し、通話する。

 その声はどこか荒っぽい。

 これまた表情を窺うに、あまりいい内容ではなさそうだが。

 それからしばらく、ミシェルの通話が終わるのを待つ。

 彼女は最後に溜め息を吐き何かを言うと、歯切れが悪そうに電話を切った。

「大学でちょっと用事が出来た。なんでも明日出すはずだった論文を今日まとめたいらしい。悪いが娘を連れて先に帰っていてくれ。荷物を運ばせて申し訳ないが、この埋め合わせは必ずする」

「それは別に構わないだろうけど……」

 急な展開だが、龍樹と雀も納得するだろうと、アテナは確認を取らずともそう言った。

 ただ引っかかる事が一つ。

 アテナは横目で隣を見る。

 なにやら不満そうな顔のミレーナがそこにはいる。

「それじゃ頼んだよミレーナ」

 頬を膨らませ俯き気味の彼女。その意味を、母であるミシェルは分かっているのだろう。

 煽てるように娘の頭を撫でるが、それでは納得しなかったようだ。

「……私も行く」

 か細くもそう主張するミレーナ。

 ミシェルは鼻息を吐き、

「駄目だ。ちゃんと言う事を聞きなさい。大学はここからちょっと遠い。荷物だってこんなにあるのに、連れて行くわけにはいかないだろ」

「……行くったら行くもん」

「いい加減にしろ」

 これまで険しかったミシェルの顔が、より一層深まる。

「どうしていつもそうなんだ。来年はもう小学校なんだぞ。いつまでもそんな調子でどうする。皆を連れて家に帰るんだ」

「……嫌だ」

「ミレーナ」

 今度のは怒ったというより、悟らせるような感じだった。

 彼女の眼をひたと見つめ、ミシェルは続ける。 

「もしも、もしもの話だ。ある日突然私はいなくなるかもしれない。もちろん私はお前の事を愛している。比喩でもなんでもなく、お前のためなら命だって差し出しても構わない。ただな。人生なにが起こるか分からない。そうなってしまった時の為に自立心を持っていないと、困るのはお前なんだぞ」

 言葉は分からずとも、明確に叱り付けているのが分かった。

 腰に手をあて、ミレーナを睨むミシェル。

 その視線にミレーナもやや怯えているが、ふくれっ面で全面降伏をしようとはしない。

 ただ、言い返すほど彼女は肝っ玉が据わっている訳ではないようだ。

「それじゃ悪いけど、皆を頼む。鍵はミレーナが持っているから」

 アテナにそう告げたミシェル。

 ええ、とアテナが肯定すると、急ぎなのか、身を翻し小走りでどこかへと向っていく。

 ミレーナはそんな母の背をうらめしそうに眺めるのみだ。

「……」

 場に不穏な空気が流れる。

 いまだ不満そうな顔のミレーナ。

 彼女の心境を察してか、五歳児とはいえ言葉を選んでしまう。

 そもそも龍樹たちには何が起こったのかが分からない。

 ミシェルに電話が掛かってきてなにか用事が出来たのは分かるが、なぜミレーナが怒っているのか、結局これからどうすればいいのかがよく理解できない。

 なので、アテナにその説明を要求した。

 そこでミシェルが大学に行った事、それにミレーナが付いていくと言ったが拒否したことなどを知る。

 で、現在。

 ミレーナは不機嫌という訳だ。

「……行きましょうか、ミレーナちゃん」

 問い掛けるアテナ。

「……」

 しかしミレーナは動こうともせず、いまだいなくなった母の方を睨みつけている。

 それから数秒間沈黙。

 言葉が分からない龍樹にはこれまたちんぷんかんぷんだ。

「行きたくないっていってるのか?」

「別にそうは言っていないけど……やっぱり不満みたいね。まあ、子供にはよくある話じゃない」

 確かにそれはそうだ。

 ミレーナは元が大人しいだけに、自分の気に入らない事を態度で示すというのは、彼女が一番意思を表示できる形なのだろう。

 だがそれで片付けてしまっては、いつまでここにいるか分からない。

 アテナはアテナで黙りこくって何も対策を講じようとしないし。

 だから龍樹はこう言ってみる。

「おいアテナ。どうするんだよ。どうにかミレーナちゃんを納得させないと」

「分かってるわよ。それを今考えているの」

「そうなのか……閃きそう?」

「さあ……こういう場合は本人の気が変わるまで気長に待つのも一つの手かも」

「そんなのいつになるか分からないぞ」

「……うるさいわね。じゃああなたがなにかいい方法を考えてよ」

 ああ言えばこう言う龍樹に、アテナは少しイラッとしたようだ。

 考えても見れば当然なのかもしれない。

 なにかを考えようとしないくせに、やいやい言うのだから。

 という訳で、龍樹も無い頭で考えても見る。 

「……なんか面白い話とかで機嫌を取れないのか?」

「私がそういうの得意な人間に見える? なんだったらあなたが何か話してよ。それを翻訳してあげるから」

「……ごめんなさい」

 揚げ足を取られた。

 いや別に貶めようとかそんな魂胆があった訳ではないが。

 それはさておき、どうしたものかと考えていると、

「ほら見てミレーナちゃん、鳥さんだよ」

 と言って、雀はミレーナに何かを差し出した。

 それを反射的に受け取るミレーナ。

 ちゅんちゅんと彼女の掌で踊るのは、例のスズメだ。

 ミレーナはスズメを一心不乱に見つめている。

 仏頂面ながらも、その眼は興味心身だ。

 というか、鳥って言ったら駄目なんじゃなかったのかよと龍樹は思う。  「ピーちゃんって言うんだよ。可愛いでしょ?」

 雀の言葉を、アテナが訳す。

「……うん」

 なんとなくではあるものの、ミレーナは頷いた。まだ警戒心が完全になくなっている訳では無さそうだ。

 そんな彼女の気持ちをほぐそうとしたのだろう。

 いつのまにかスズメの数は増え、ミレーナの頭に、肩に、まるで彼女に構ってほしいかのごとくちゅんちゅんと戯れている。

 驚きはしたものの、くすぐったそうにすぐさま無邪気な笑顔を覗かせるミレーナ。

 なんだかんだいっても、やはり子供だ。

 完全ではないものの。

 これで機嫌が直ったのか、ミレーナは家へと歩を進める決心をつけてくれた様だ。

 機嫌が直りやすいというのもまた、彼女が子供だからだろう。

 その後の彼女はまるで落ち着いた様子で。

 警戒心があったこれまでと違い、より距離が近づいていたし、途中ちゃんと付いてきているか振り向いてくれるしぐさも見せてくれた。

 そういった場所から窺うに、根は優しい子なのだろう。

「あ、見て見てミレーナちゃん。ニワトリだよ」

 何かを見つけ前に出た雀に、ミレーナが後をついていく。

 その様はまるで姉と妹の関係に似ている。

 それをぼんやりと見る龍樹とアテナ。

「すっかり仲良くなったな、あの二人」

「そうね」

「言葉も通じないのに凄いよな。あいつのああいう所は見習うべきなのかも」

「別に背伸びしなくてもいいじゃない。あなたにはあなたのいい所があるんでしょうし」

「……そうかな」

 疑問に思い、頭で探してみる。

 しかし見付からない。

 具体的にどういうところだよと訊いていようかとも考えたが、まあ、流石にそこまで厚かましい事を訊く訳にはいかないだろう。

 龍樹は雀とミレーナへと視線を送る。

 どうやら昨日の大道芸人がいたようで、ニワトリを使った芸を二人仲良くしゃがみ込んで見ている。

「……本当に仲いいよな」

 ついさっきまで、あんなに警戒心むき出しだったのに。

「感性が似てるんじゃない」

「なるほど」

 さらっと結構ひどいことを言ったアテナに納得しつつ、龍樹は二人の傍へと歩み寄っていく。

「おい何やってんだよ、早く帰ろうぜ」

「あ、龍樹さんも見てくださいよ」

 などと、雀はまるっきり取り合わない調子でそれを勧める。

 実のところちょっと気になっていた龍樹は、形式的に眉を寄せつつ、覗いてみる。

 西欧圏では珍しくないのかもしれないが、今時シルクハットを被った老人と鶏が一匹。

 男性は白い髭を蓄えステッキのような物を持っており、服装はスーツ姿。その容貌はまさに日本人が思い描くジェントルマンではないだろうか。

 鶏に関してはこれといった特徴も見られない。外国だからちょっとぐらい違うんじゃないかと思っていた龍樹だが、そんな疑問はどこ吹く風の極々普通の鶏だ。

 どうやら芸の真っ最中らしく、老人が横幅五センチ、長さ八十センチほどのステッキを横にすると、その上を鶏が綱渡りのように羽を広げ器用に歩く。

 やがて渡り終えると男性が一礼。

 喋れないのか喋らないのかいざ知れないが、言葉を発さずシルクハットを少し浮かせ、とても優しそうな眼で会釈する。

 凄い凄い、と拍手する雀とミレーナ。

 正直なところインパクトは無かったが、そしてすでに大尾だったという事もあるのかもしれないがとにかく、龍樹もそれに倣い拍手する。

 客は他にはいなかったので、パチパチという音もまばらだ。

「さ、終わったんだからもう帰るぞ」

 もちろん余韻を感じているわけでもない龍樹は、足早にミレーナの家へ向おうとする。

 余韻を感じている雀は少し渋る。

「もうちょっと待ってくださいよ。まだなにかあるかもしれないじゃないですか」

「もうないだろ。見ろよ、おじいちゃん荷物を片そうとしてるぜ」

 顎でそちらを示すと、雀もそちらを見る。

 ビジネスバッグらしきものになにかを詰め込む老人。

 鶏はご褒美かなにかを口にしているのか、嘴をもごもごさせながら大人しくしている。

「な、お開きだろ。もうここにいる理由も無いことだし、とっとと帰ろうぜ」

「……龍樹さんてほんと遊び心がないですね。なんでそんなに早く帰りたいんですか」

「この両手見れば分かるだろ」

 むくれる雀に、さらにむくれる龍樹。

 両手。

 彼の手には、いっぱいいっぱいの荷物が携われている。

「お前は全然持ってないからいいかもしれないけどさ。結構重たいんだぞこの荷物」

「……だったら一個持ちますよ」

「そういう問題じゃないんだよ。ほら、行くぞ」

 半ば強引な態度でそう告げた龍樹。

 だがそこで動きがあった。

 龍樹たちにではなく、老人に。 

 いつのまにか接近していた老人は何かをミレーナと雀に差し出した。

 飴玉だ。

 包装紙に包まれた飴が四つ、中老の手の中に収められていた。

 ぱああー、という擬音が発生しような笑顔と共に、雀はそれを受け取る。

 そして得意げな顔で龍樹へと振り返り、

「ほら、ちゃんと何かあったでしょ。日本にも石の上にも三年って言葉があるんですから、駄目ですよすぐどこかに行こうとするのは」

「使い方あってんのかよそれ……にしても」

 龍樹は雀に渡された飴玉を見る。

 これまた表現のしにくいなんの変哲もない飴だ。

 しかも芸を熱心に見ていた二人に限らず、龍樹とアテナの分までくれる親切さ。

 しかしどことなく違和感も覚える。

 数の問題は元より、なぜ見た方がもらえるのかという疑問。

 まあ本当にただの親切心で、勝手にこちらが穿った見方をしているだけなのかもしれないが。 

 龍樹がそんな事をぼんやりと考えている、その時だった。

 これまで大人しかった犬――ニーナが、突然吠え始める。

「な、お、おい。どうしたんだよ!?」

 その挙動には、龍樹だけでなく雀やミレーナ達も驚いている。

 まるで命の危機を感じているような。

 そんな只事ではないような吠え方だ。

「ど、どうしたのニーナ」

 慌ててミレーナはニーナ歩み寄る。しゃがみこんで、その小さな身体で大きなニーナを包み込む。

 吠えるのを止めたものの、いまだ唸るニーナ。

 宥める為に腹辺りを摩るミレーナも困惑顔だ。

 ニーナが牙を向くその先には老人がいる。

 もちろんいるだけで彼に敵意を向けているのかどうかは分からないし、むしろ敵意を向けての行動なのかも分からないが。

 大人の対応か。

 恐らくは自分に警戒心をむき出していると感じたであろう老人は、言葉一つ発さずこの場を去ろうとする。

 鶏を鳥籠にいれ、ビジネスバックを持つ。移動する準備が整うともう一度だけ会釈し、老人はこの場から離れていった。

 せっかく芸を見せてくれたのにこんな形で別れるのはなんだか後味が悪い。

 雀のみならずちゃんと見ていなかった龍樹さえもその背を申し訳無さそうに見送った。

 それから振り返り、驚く。

 まさかあの大人しい犬がここまで激しいアクションを起こすとは。

「大丈夫。大丈夫だから……」

 恐らくは目一杯の力で抱きしめているであろうミレーナ。それが効いてか、ニーナの震えは徐々に収まっていき、やがていつもの大人しい犬に戻った。

「……なんだったんだろうな、今の」

 ぽつりと呟く龍樹。犬を飼った事がない身としてはその行動理由が分からない。やたらと無意味に吠えている犬なら道端で見た事があるが、あれはそういう気質なんだろうなとしか捉えていない。

 ニーナの常が常なので、果たして今の吠えは何を意味するのだろうか。

 まあ。特に意味はないのだろうけど。

 手にした飴の包み紙を解き、飴玉を口に放り込む。

 ……なんともいえない味だ。

「何味なんだよ、これ」

「さあ。オレンジのようなマスカットのような……」

 同じく飴玉を口にした雀と味の探索を図る。しかし結論は出なかった。少なくともオレンジやマスカットではないのだろうが、無味無臭というか、本当に例えが思いつかない。

「イタリアの飴ちゃんってこれが主流なのか?」

 本場の人間であるアテナに訊いてみる龍樹。当の本人は件の飴ちゃんを眺めながら、

「さあ、私は全く知らない人間から貰ったものを食べる気にはならないから」

「……あ、そ」

 人の好意を素直に受け取らないなんて、相変わらず人間不信なやつだ。

 でも言われてみればその通りなのかもしれない。

 なにも考えずに口にしてしまった。近所ならまだしも、海外旅行などの遠方の地ではこういった行動は控えるべきなのかもしれない。

「どうでもいいけどさ。早く帰ろうぜ」

 最早何の味もしない飴を口の中で転がす龍樹。真剣に手が痺れてきた。普段からろくな運動もしていない人間にとっては、荷物を運ぶだけでも体力を使うのだ。

 おまけにこの陽気な気候。

 イタリアの街はもうすぐ午後四時に差し掛かる。それでも空は一向に暗くなる気配を見せず、気温も暑い。

 狙っているのかは知らないが、石で出来たそこかしこの家前には日陰が出来ており、そこには奥様方が集まっている。恐らくは日本同様噂話で盛り上がっているのだろう。

 大道芸人がいなくなった今、ここにいる意味もない。

 直射日光を避けるように日陰を歩み。

 一同は今度こそ家路に着く。


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