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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
始まりは突風のように
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女の助言

「驚いたわ」


 部屋に入るや否や、彼に背を向ける格好のままアテナは言った。

 龍樹はとりあえずドアを閉め、


「なにがだよ?」


 とぶっきらぼうに聞き返す。

 促されたその質問にアテナは、


「この家があなたの住む家だったなんて」


 と答えた。


「……なんだ。今朝会ったの気付いてたのか」


 反応を示さないものだから、龍樹はてっきり気付いていないと思っていた。

 ええ、と肯定したアテナ。

 ただし、感情に留まらずトーンさえも相変わらず低かったので、驚いたと言った割にはいまいちピンと来ない。


「本当に世の中って狭いのね」


 愚痴のようにそうこぼすと、アテナが小さく息を吐いたように見えた。

 話を詳しく聞こうと、龍樹は勉強机の前にある椅子へと腰掛ける。


「それで、朝のあれはなんだったんだよ」 


 二人きりになれたという事もあり、龍樹は訊きたい事を訊く事にする。

 アテナは特になんの反応も起さない。

 聞こえなかった訳ではあるまいに。


「……まあ喋りたくないならいいけどさ」

「ありがとう。そういってもらえると助かるわ」


 これまたなんの起伏もない返し。

 逆に分かりやすい性格なのかもと、龍樹は複雑な感情を抱く。


「でも、やっぱり父さんの事はもう少し教えてもらいたいな。あの男、俺達はおろか、母さんにさえ何も言わずに出て行ったんだ。有り得ないだろ、一家の大黒柱だってのに」

「そうね」

「そもそも団体ってなんなんだよ。そこにあの男が居るって話だけど」

「ごめんなさい。規則で、それは言えない事になっているの」

「……そんなに怪しいところなのか」


 難しい顔をする龍樹。

 良し悪しに関わらず、秘密という響きはあまりいいものではない。


「まさか犯罪者とかになっていないだろうな」


 無くは無いその可能性に一抹の不安は拭えなかった。

 それに対しアテナは、


「法に触れるような事はしていない。だから安心して」


 と意味深な言葉を口にした。


「本当かよ……」


 詳細はあやふやにされているので手放しで安心など出来る訳がない。

ここまで頑なに口を閉ざされるとは、とますます不安になる龍樹。

 彼女が詭弁ではなく沈黙を選んだという事は、嘘を吐かない証拠なのかもしれないが。


「じゃ父さんがここを出て行った理由って分かるか?」


 首を振り分からないとアテナは表現した。


「どこに居るのかも……分からないんだよな」


 こく、と今度は頷いた。

 う~ん、と龍樹は唸る。

 何せ無表情な彼女の事。その心境が全く読み取れない。


「ん? そういえば、鳥はどうしたんだよ」


 ふと気付く。

 朝、彼女の頭に乗っていた喋る鳥。

 いまさら感が半端ないが、アテナをなんとなく見ていると、あの鳥がいない事にやっと気付いた。

 アテナはまた眼球だけで龍樹を見て、


「……お使いを頼んでいるの」


 なぜか間を空け、そう言った。

 すかさず龍樹は訊く。


「お使いってなんのだよ。そもそもあの鳥はなんなんだ? ……喋ってたけど」

「鳥というのは合っているけれど、ちょっと特別でね。ペットのようなものだと解釈しておいて貰って構わない」

「へえー……で、なんで今はいないの?」


 龍樹はあくまでも素朴な疑問をしたに過ぎない。

 だが、それは先ほどもした質問だ。

 察しの悪い彼はそれが触れてはいけない事であるが為に濁されたとも気付かず、もう一度訊いた。

 表情にはやはり出さないものの、アテナが面倒くさがっているのは間で分かった。


「……欲しいものがあってね。それを頼んでいるの」

「なに? 欲しいものって」

「悪いけど、それも言えないの」


 イラついているのか、少し言葉遣いが崩れたような気がした。

 鈍感な龍樹はそれすらも気付かない。


「ふーん。あ、そうだ。あの風はなんだったんだ。ほら、これこれ」


 といって、龍樹は自分の頬にある掠り傷を指さす。

 じー、とそれを見るアテナ。

 悪いと思っているのか、いないのか。

 表情は相変わらず変わらないので、やはり心境が分からない。


「あの逃げた男も地面を砕くし、自販機を引っくり返すしさ。一体全体どういう原理が働いてたんだよ、あれ」

「それは別に教えてあげてもいいけれど、結構複雑でね。出来ればまたの機会にしてもらいたい」

「……そうか」


 椅子の背もたれに頬杖をつき、考える。

 目に見えない何かを放ったのも、地面を砕き自動販売機を引っくり返したのも、あれは見間違いではなかったのだ。


 何よりもアテナの今の言い様。

 やはりあれは何かしらの現象らしいと、龍樹は一応の解釈を持つ。


 しかし武器のような物を持っていたようには見えなかったし、これまでの常識からは想像もつかない。

 あれは本当にどうやったのだろう。

 当事者は目前にいるが判然としない仕組みに、心のもやもやが腫れない龍樹は難しい顔をする。


「悪いけど」


 とここでアテナが何かを言い始めた。

 それにより龍樹は例の現象の原因を探っていた思考を一旦止め、そちらへと意識を移す。


「これから用事があるの。少し出かけるわ」


 アテナはこちらに背を向け、部屋の出口へと向かっていく。

 その背をきょとんと見ながら龍樹は訊いた。


「出かけるって……どこにだよ?」


 龍樹はベッドの宮に置いてある時計を見る。

 時刻は午後九時を回ったところ。そんな時刻に女が一人で外出など、あまりよろしいことではない。

 ましてやここいらは郊外という事もあり夜は静まり返っていて、人通りも少なくあまり治安がいいともいえない。

 そんな事を思い、アテナの背を見ていた訳だが、


「あなたに一つだけ言っておくけど」


 龍樹の疑問に対し、背中越しに返事が飛ぶ。

 ドアにたどり着いたアテナは、そこで首だけで振り返り、


「知るという事は時と場合によっては危険因子にもなりうる。あまり何でも知りたがらないほうがいいわよ」


 静けさの中に厳粛を覗かせ、そう言った。


 そしてそれに対しての返答も待たずに、女は部屋から出て行ってしまった。


 バタン、というドアが閉まる音と共に訪れた静寂。

 自室のドアを眺めながら、龍樹は不満そうな顔をする。

 きっとそれは遠回しに牽制したつもりなのだろう。

 これ以上は探りを入れようとするなという、彼女なりの警告。


「……なんだよ、あいつ」


 当然の事ながら勝手に来といて何も訊くなだなんてと、龍樹は納得がいかない。


 だが今朝の件もあるので、とりあえず夜道が危ないというのは等閑視しても問題はないだろう。


 地面を砕いたり自動販売機を投げるような人間を追い掛けていた人間がそこらのチンピラに危害を加えられるという光景は想像も付きやしない。


 アテナとはまだ今日会ったばかり。

 いつまでいるつもりなのかは分からないが、当分と言った以上、それなりに居座るつもりなのだろう。


 だとすれば、崇子の真似をする訳ではないが、足回りから固めていけばそれなりに聞ける情報もあるはずだ。

 そう焦っても仕方が無い。


 龍樹は改めてベッドの宮に置いてある時計に視線をやった。

 チクタクと、秒針が聞きなれた音を奏でている。


 午後九時十分は今時の若者にとってはまだまだ遅いとは言えない時間帯なのかもしれない。


 だが基本早寝早起きの習慣が身についている龍樹に取っては充分夜分だ。

 おまけにいつもなら食事後すぐ取り掛かる入浴もまだで、妹が長風呂なのでその前にと一番に浸かる湯船も今日は譲ってしまっている。


 食事を食べ終わったのが今から十五分前。それからすぐに入浴したとしても彼女の場合軽く三十分は掛かるから、最低でも十五分は待たなければいけないのだろう。


 その間に勉強でもすればいいのだろうが、生憎と今日はやる気が出ないと龍樹は腑抜ける。

 実際はいつもする気が起きないのだが、今まさに遭遇している問題と父親の件を思えばそれどころではないのは事実。


 言うなればこれはインターバル。

 父親について絶対にまだ何かを知っているであろうあの女から情報を聞き出すためにはどう働きかければいいのかを考えるその時間なのだと、龍樹は信じてやまなかった。


 しかし考え事が苦手な彼の事。


 最初こそ真剣な顔でその具体的な案を模索していたのだが、段々と眠気が色濃くなっていく。食事前に三時間ほど寝たというのに睡魔はまだ満足しないらしく、ついには椅子に座り腕組みをしたままの状態で頭をカクンカクン。

 特に運動や頭も使っていないというのに休みボケがまだ抜けないのか、放っておけば朝方まで寝てしまいそうなほど呼吸は整っていた。


 そしてニ十分ほど経つと部屋のドアをノックする音で慌てたように目を覚ます。

 湯船から上がり、濡れ髪のままそれを知らせに来た崇子。


 彼女がドアを開けると同時。


 慌てて起きた事によりあたふたしたかと思うと、バランスを崩した龍樹は盛大に椅子ごと後ろにひっくり返った。

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