彼女の苗字
今日起こった出来事は、あまりにも衝撃的過ぎた。
まるでファンタジーの世界にでも飛び込んだ様な経験。なにか住む世界がすげ変わったような、不思議な感覚。
にも拘わらず。
いち早く帰ってきて汚れを落とし私服に着替えていたアテナは、
「普通の事よ」
ズバっと、そう言ってのけた。
思わず、帰宅を果たした龍樹は眉を顰める。
「普通の事って……あれがか?」
「ええそうよ」
部屋の壁に背持たれ座りながら、アテナはなんのことなく綴る。
彼女の頭に乗るおしゃべりな鳥は珍しく言葉を発っさない。
もしかして――龍樹は知らないが合堂の一件で怒こられたのかもしれない。
「公には出回っていないだけで、今日びのあれは世界で頻繁に起こっている事象の一つに過ぎない。取立てさわぐほどのものでもない」
「そりゃ貧国だとかだったら珍しくないのかも知れないけど、ここは日本だぜ。あんな事件、明日の一面は間違いなさそうだ」
「そうね」
と、ここでアテナは目を瞑った。
もしかして話の途中で寝る気かこの女と龍樹も不満は禁じ得ない。
その後も龍樹は、事の元凶は言えないのか、あいつは一体何者かも教えられないのか、とか色々と質問をする。
低姿勢なそれも悪いが、女はそうねそうねの一点張り。一向に耳を傾ける気はないらしい。
相変わらず必要以上の接近は試みないアテナに、龍樹もむくれる。
このままでは消化不良だ。
「……大体さあ」
龍樹はぶつける。
実のところ、少し前から気になっていた事を。
「そんなに触れて欲しくないならホテルとかの施設に泊まれば良かったじゃねぇか」
そうすれば、誰に何を言われる事もなく、煩わしさを覚える必要もないはずだ。
都心にいけばそれこそホテルなんていくらでもある。
場所だってそう遠くはない。
ここまで抜かりの無い彼女にしては、その発想が無かったのだろうかと龍樹は不思議にすら思う。
しかしそれに対して、アテナは目を瞑ったままの状態で答えを返す。
「私だって出来ればそうしていたわよ。そこも小難しい理由が色々とあるの。なによりも家族の者が紹介したとあれば、断る人はそういないでしょ」
「そりゃそうなんだろうけど……」
「それに、滞在の日取りも不定期。金銭的な問題もあるしね」
「金銭的?」
なんだその間抜けな理由は、と顔をしかめる龍樹。
「前に言ったでしょ。私たちは自発的に動いていると。だから金銭などの直接的な報酬は発生しないと」
そういえば言ってたなそんな事、と龍樹は思い出した。
あの時は父の事を聞き出そうと頭がいっぱいだったから正直よく覚えていないが。
「じゃちょっと待て。お前は無償であんな危険な事をしているのか?」
「……さっきからそう言っているでしょ」
今更驚く龍樹に、アテナも難しそうだ。
しかしと龍樹はもう一度考える。
今日の彼女の行動をふまえると、あれは文字通り命を掛けた仕事だ。それ相応の報酬がなければ割に合わない。
という訳で、今の答えはおかしいというか、龍樹の中では納得がいかなかった。
無償でやりた事をやっていると言い張る人間に対し、他の人間が納得がいかないというのもおかしい話だが、うん、とにかく龍樹にはよく理解できなかった。
彼ぐらいの年ごろは、損得勘定で動くのが常なのだ。
その考えが顔に出ていたのか。
龍樹の不満を感じ取ったであろうアテナは、
「いいわよそんなに難しく捉えようとしないで」
と投げやりに言い放った。
「何なら無償ではないし。やりたいからやっている事なのよ、所詮は」
「……」
唖然とする龍樹。
充足感が報酬、とでもいいたいのだろうか。
だとすれば、申し訳ないが頭が悪いとしか思えない、と龍樹は随分と失礼な事を内心で呟く。
しかしそういう人がいるからこそ世の中がうまく回っているのだろうという事は、彼にだって何となくではあるものの分かっている。
いや、うまくと、それは偏見でしかないのかもしれない。
世界の闇を――問題を知らないだけで、表面しか見ていないだけで、色々と取り沙汰されている難題以外にも、複雑怪奇なそれがあるのは間違いないはずだ。
つまり、先ほどの頭がおかしいという考えは決して侮蔑的な意味を孕んでいるのではなく、逸格者だな、という意味での、おかしいなのだ。
そうはいったものの、好きなものの為とはいえ命を賭けるのはどうかと思ってしまう。
その思想にしばらくの間葛藤に苦しむ龍樹。
それはある人物を想っての悩みだ。
しおらしい顔付きを取る龍樹は、やがてその不安を口にする。
「父さんも、そんな理由で出て行ったのかな?」
恐る恐る放たれた言葉に、女の双眸がゆっくりと開いた。
「さあ。あそこでは基本的に、探りあいはしないようにしているから。ただ、理由は分からないけど、軽蔑するのはまだ早いんじゃない。今のあなたに取ってその思い込みは身体に毒でしかない。あそこは色々な理由で人が集まってくる。それと同時に、色々な蜜謀や、闇に葬られた事柄の続報もね」
慰めとも取れないアテナの言葉に、龍樹はさらに渋い顔をする。
父親に対し軽蔑、とまではいかないながらも身勝手さは感じてしまう。
やりたい事をやるからではない。
心配している人間に断りもいれずに出て行った事に、だ。
「……で、」
事のついで。
龍樹は更に気になる事を聞いてみる。
「結局のところ、お前はここに何しに来たんだよ?」
その言葉を聞いたアテナは心なしかズルっとお笑いのコントよろしく滑ったように思えた。
いや、きっと見間違いではないだろう。
今の発言は彼女ならずとも、ずっこける内容だ。
アテナは軽く溜め息を吐いた。多分、いつぞやの脅しが全く効いていない事に対しての呆れからだろう。
はたまた、脅しに全く動じない放胆な彼に対しての感心か。
「あの男を追ってきたのよ」
龍樹のしつこさに負けたのか。
渋々と言った具合に、アテナは質問に答えた。
少年は矢継ぎ早に、
「あの男、って褐色の男か?」
「ええそうよ」
「なんで?」
「訊きたい事があったから」
「訊きたい事? なんだよそれ、……つーかあいつは一体何者で、何であそこにいたんだよ」
それが訊きたい事よ、とアテナは言った。
「別に珍しい事じゃないでしょ。ある機関で犯罪の目論みが噂される組織の情報を追いかけるなんて、近代のスパイものとかにもよく出てくる題材だし」
「……まあ、そういわれるとそうなんだけどさ」
確かにそんな映画はごまんとありそうだし、見た事もある。
だが現実で、それも身近で起こったともなれば、当然なんらかの覚えるものがある。
それにこんな――口に出してはいえないがちんちくりんな女が、あのセクシーでカッコイイどこぞの妖艶な女スパイかと思うと、なんだか信憑性に欠けると、龍樹はまたしても失礼な感想を覚える。
学校での一連を見た限り、技量はそれ相応、もしくはそれ以上なんだろうが。
「でもそれならやばいんじゃないのか。なにせ褐色の男は……きっと死んじまったんだろうから」
「……そういう事になるわね」
わずかな沈黙を展開したアテナ。
表情からは窺えないがやはりまずいらしい。
「だけど活路が完璧に遮断された訳ではない」
と、女は言う。
「詳しい事はいえないけど、それは確実よ。あの男が亡き者になった今、きっと新手はやってくる。いえ、正確にいえば炙り出てくる」
断言したアテナ。
なぜそこまで自信を持てるのか気になるところだが、きっとそれには確固たる理由があり、確証があるのだろう。
詳しい事は言えないけれど、と言った以上、聞いたところで教えはしないのだろうが。
いつになく真剣なアテナに釣られ――といってもまだあって日は浅い――龍樹は妙な緊張感に包まれつつ、わずかに得られた言葉を頼りに情報を整理する。
代わりの者。
そいつもきっと、あの常軌を逸したところの褐色の男と同類だろう。
そもそもあれは人間なのだろうか。
そしてそれに打ち勝ったという、この女も。
「という訳だから」
ふと、
険しい表情を取る龍樹を尻目に、淡々とした口調でそんな言葉が緊張感漂う空間に放たれた。
一見して龍樹の質問に懇切丁寧に答えていてくれたのかと思いきや、やはりアテナは無駄な事はしないタイプの人間なようで、
女はこの家の長男をはたと見据えると、
「申し訳ないけど、目的が達成されない以上、まだ日本を離れる訳にはいかない。いつになるか正確な日取りは分からないけど、なるべく迷惑は掛けないようにする。だから――もうしばらくだけここに居座わせてほしい」
真剣なトーンでそう懇願した。
どうやらやけに話す今までの流れは、そう懇願するための伏線だったようだ。
それを聞いた上で話を戻すと、アテナは必要最低限の言葉で宿泊延期の理由を述べたのが分かる。
全く、やっぱり抜け目のない女だ、と龍樹は不愉快だが感心する。
そして滞在の延期については、
「……別に構わないけど」
見知らぬ女を、あんな突飛な事をしでかすような人間を家に泊めるなんて道理に反しているかもしれないが、別に悪い奴ではなさそうだと結論付けて、龍樹はそう言った。
そもそも自分の一存で決めるような事でもないのだろうが、きっとあの二人なら了承してくれるだろうという予測もたつ。
ありがとう、とアテナは言った。
頭に乗る鳥は相変わらず喋らない。
「でも、お前も色々と大変そうだな。そんな小柄な身体であんな事よくできるよ。なんか次元が違うって言うか――ああ、生きてる世界が違うんだもんな……」
ぼやきに近い感じで言葉を並べていく龍樹。
椅子の背もたれに頬杖をつき、なにげなくアテナを見る。
自分の用件が済めばいいのか、彼女はまた伏目がちな眼でどこかを眺めていて、こちらを見ようともしない。
今更何を言おうとも思わないが。
「……」
ジーとアテナを観察する龍樹。
以前、雫に聞いた事がある。
秘密を持つ人間の口を割らすにはどうすればいいのかと。
その答えとして如才ない彼女が提案したのは、相手を饒舌にするという事だ。
ようはいきなり根幹には触れず、足元から攻め、機嫌を取り、もっと教えたくなると思わせるのが大事だと、そういう意味なのだろう。
だがアテナはその前提から破綻してしまっている。
秘密主義の性分かどうかは知らないが、本人も言うように、まず自分から話を切り出そうとはしない。
それどころか都合が悪くなると無視とも言えるようなこの反応。
元々コミュニケーション能力もそう高くない龍樹。
つっかかるきっかけが掴めない。
つっかかる、きっかけが。
「……あ、そうだアテナ」
ここでふと、何かを思いついたように語りかける。
その問い掛けには流石に耳を傾けたようで、眼球をぎょろりと動かし、アテナは龍樹を見た。
「何?」
「いや、大した事じゃないんだけどさ。喉渇かないかな、って思って。なんか飲むか?」
「いえ、気持ちだけ貰っておくわ」
「そうか……じゃ腹とか減ってないか? ほら、あれだけ運動したんだしさ」
「……大丈夫」
急に変な事を言い始めた龍樹に、アテナも疑問を抱いているようだった。
構わない調子で、少年は言葉を並べていく。
「漫画とか読むか?」
「いいえ、結構よ」
「テレビは?」
「別に見たくない。静かなのが好きだから。もちろん、あなたが見たいのなら構わないけど」
「俺もどっちかっていうと静かなのが好きでね……なあアテナ。その、なんだ。なんかあったら言ってくれよ。欲しいものとか分からない事があるんだったら、出来る事は出来るだけしてやるから」
「……どうも」
少年のおもてなし精神に、妙な間を開け怪しむアテナ。
それにしても下手すぎる。
龍樹の今しがたの発言達。
もちろん、全てが本心から来る言葉ではなかった。
つっかかるきっかけをなんとか取り繕おうと考えた末の言動。
いくら扱いにくかろうと彼女も人間だ。それなりに親切にしていれば、そのうち気が変わってくれるかもしれないと、そんな浅はかな考えに基づいてのもの。
ようは媚びようと考えた訳だ。
だが、それに彼女が気付かないわけが無い。
アテナは龍樹に勘ぐるような視線を向けた。
「な、なんだよ」
「……別に」
彼の腹積もりに気付いたであろうアテナ。
しかしそれを口にする事もない。
というか無駄だと思っているのだろう。
あれだけの高圧で物怖じしない、この少年は。
「ところで」
意外にも口を開いたのはアテナ。
これは別に話を逸らそうとしたのではなく、本当に気になったのだろう。
「あなたのお友達に怪我はなかったのかしら?」
「友達? ……ああ、雫の事か」
思い返す龍樹。
もしかしたら合堂の事も含まれているかもしれなかったが、余計な心配はさせない方が無難なので伏せておく事にする。
「心配には及ばないよ。ちゃんと無事だ。あいつは俺なんかと違って、色んな意味で適応力があるから。そりゃ少しは驚いていたけど、身体的にはなんの問題もない。これもお前のお陰だな」
「……どうかしら」
アテナは妙な間を空けそう言った。
これは藍原も指摘していた事なのだが、あの奇天烈怪奇な事柄のそもそもの元凶は、きっとアテナが持ち込んだのだろう。
否定はしてやりたいが、そこは否めないと、龍樹は思う。
でもこうやって自責の念が見えるという事は、やっぱり、悪い奴ではなさそうだ。
「そんな神妙な顔になるなよ」
これは愛嬌ではなく率直な気持ち。
「済んだ事は、仕方ないんだからさ」
その言葉を放つ途中、龍樹の心には妙なわだかまりがあった。
嘘だからだ。
褐色の男の被害にあった者が一人だけいる。
合堂 朱愛羅。
確か全身打撲で安静が必要な怪我を負ったという話だ。後遺症とか、その変の分野は、龍樹はまったくの専門外なので分からないが、とにかく、結構な怪我との事らしかった。
それでもあの合堂 朱愛羅の事だ。
下手な心配はするだけ無駄なのかもしれない。
そもそも全治二週間の怪我を負っていてあれだけ動けるのだから、きっと一週間後にはもう校内で風紀委員の活動にでも復帰していそうなものだ。
そう思うことにしようと龍樹は思う。
彼の言葉を聞いたアテナは、案の定無言だった。
それは合堂が怪我を負ったという事を知っているからか、褐色の男という情報源を失ってしまったからか、または他に考え事をしているからか。
相変わらずの無表情なので、心境が読み取れない。
「ねえ。もう一つだけ聞いてもいいかしら?」
次の一手を考えていた龍樹の耳に、そんな言葉が入ってきた。
まさかの追加質問に、思わず声が上擦る
「何だよかしこまっちゃって。別に幾らでも質問してもらって構わないぞ」
「……そう、有り難う」
どこかアテナは警戒しがちだった。
きっと彼女は恩を作るのが苦手なタイプなのだろう。
だったら好都合だと龍樹は思う。
この親切を続けていればいつかは、と妙な腹積もりがほんの少しだけ膨らむ。
まあ別に喋りたくない事を無理やり聞き出そうだなんてそんな気は、無いといえば嘘になるが、あまり困らせる気も無い龍樹である。
ただ、売っておいて損はないだろう。
あわよくば、というやつだ。
「で、なんだ訊きたい事って?」
「この辺りで天海って苗字の名は聞き覚えない?」
「あまみ?」
不良品な脳を使って記憶を辿る龍樹。
あまみあまみあまみあまみ。
はて、聞きなれない名だ。
「知らないな……で、その人がどうしたんだよ」
「いえ、なんでも無いわ。忘れて」
「?」
首を傾げる龍樹。
なんでもない事はないだろう。
まさか発作的の思いつきでもあるまいし。
きっとその名前には何かしらのヒントが隠されているというのは、頭の悪い龍樹でも分かった。
今の言い方から推測するに、どうやら探し人らしいが。
しかしそれが何を意味するのか取っ掛かりすら分からない。
もちろんアテナがそれ以降の言葉を述べる事はないのだからなおさらだ。
見るとアテナは先程の質問を幻にするかのようにお決まりの伏目で、ジーっとしている。
「……」
またアテナを注視する龍樹。
考え事をする。
もし今の質問に答えられていたのならどうなったのだろう。
律儀な性格であろう彼女の事だ。
もしかしたらその見返りとして父親の事を教えてくれたのではないだろうかと、龍樹は都合の良い解釈をする。
(……いや、ないか)
だがすぐに改まる。
彼女は確かに恩義には報いるタイプのようだが、いつぞや言ったように、きっと組織とやらに不都合がもたらされる事は口にはしないはず。
そこに自分の意思はない。
それは裏の組織に身を置ける条件の一つ。
考えるまでもない、揺ぎ無い絶対。
むしろ今口外した情報すら本来は口にしたく無さそうな体だ。
なにがどうなっているのかは全く持って分からないが、焦っているのは口数が多くなった事から何となく分かる。
落ち着いているように見えて、案外切羽詰っているのかもしれない。
「……ん?」
とここで。
鈍感な龍樹の脳に、奇跡と言ってもいいような出来事が起こった。
いや、流石に奇跡は言いすぎかもしれないが、しかし、彼にしては珍しく、それはそれは遠い遠い記憶を、といっても今から二年前のある出来事を、言葉を、思い出した。
自分の両親がいなくなったという話をした時の事。
それ関連で雫の両親が亡くなったという話を聞いた、あの日の事。
確かその時に聞いた彼女の旧姓が、そんな苗字だったような気がする。
それをアテナに話すと、
「……その子の名前は」
と更に質問を加えた。
もちろんここで下手に出し惜しみする必要はない。
「ああ、雫だよ。千石雫。だから旧姓だとあまみ雫になるのか……なんかカッコいいな」
後半どうでもいい事を呟いた龍樹に対し、これまで全然動く気配が無かったアテナが、ガバッと立ち上がった。
いきなりだったのでびくっと驚いた龍樹。
アテナは彼に構わない調子で、
「その子と連絡は取れるかしら?」
急いた様子でそう言った。
一体どうしたというのだろうかと、龍樹も不審がる。
「取れるけど……なんだよ、取ってどうするんだよ」
「いいから」
「いいからって……」
またそんな秘密主義かよ、と龍樹もふてくされる。
しかしアテナは彼に発言を許さず、
「しずくというのは、それはさっき一緒に居た子?」
「ああそうだ。でもそれがどうしたって」
「もう家に帰ったの?」
「ん? 多分な。あいつは基本的に寄り道はしない」
「お願い龍樹。その友達に少し訊きたい事があるの。悪いけど都合をつけてくれないかしら」
「ちょ、ちょっと待てよ」
思考が追いついていないのにそそくさと変わる展開に、龍樹の脳は追いついていなかった。
気付けばアテナは彼に視線を合わせ、詰め寄っていた。
いつぞやの真剣な眼差しに龍樹の身体が反射的に怯え、その抵抗が言葉となって現れた形だ。
「いきなりどうしたんだよ?」
訊きたいことは多々あるがとりあえず、一番訊くべき事を訊く龍樹。
アテナはそこもやはり、答えになっていない答えを返す。
「詳しい事は言えない。ただ、もしかしたらあなたの友達のその女の子。いま狙われているかもしれないの」
「狙われている?」
そう、狙われている、とアテナはどこか焦るように言葉を綴る。
「それを確かめたいから、直接会って話がしたい」
「……今からか」
「相手ももまだ彼女の存在に気づいていないと思うから大丈夫だとは思うけど――やはり出来るだけ早いほうが無難だわ。そう、今からよ」
捲し立てる様なアテナの発言に、呆然とする龍樹。
何がなんだか分からないが、とりあえずなにかが起こっている。
いや、起ころうとしているらしい。
「……」
いや待て、と状況整理する龍樹。
相手? 狙われの身?
事態が全く呑み込めない。
龍樹の不満そうな顔は増幅するばかりだ。
それでも言われたとおり、雫との面会を取り繕うため、龍樹はポッケから携帯を取り出した。
知らず内に話の中心に上がっている本人がいた方が幾分か理解できる可能性が増すだろうと思っての、素直に応じるだった。
携帯を操作し、アドレス帳機能を開く。
スクロールしていき現れた千石雫という名の番号へとカーソルを合わせる。
そして龍樹は通話ボタンを押した。
彼女がその電話に出ることはなかった。




