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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
沈静化された猛威
32/261

明らかになる惨状

「いや、それにしても礼をゆわねばなるまい」

突然アテナの手を取り揺さぶりながら、労いの言葉を投げ掛ける合堂。

紫色のペンキでも被ったようなそれは手にも付着しているが、合堂は全然気にしていない。

「君がいなければ事態はもっと深刻化していただろう。それにしてもどこで剣を習った? 見たところフェンシングに似たり寄ったりだったが……どうだ。我が剣道部に入部してみる気はないか? 和洋折衷、是非そちの技をものにしてみたい」

言ってる最中も、ずっと合堂は腕を振り続けている。

取り払うタイミングが掴めないのだろう。

アテナはどこか困ったように、握手している手を眺めていた。

 

 一方で。


「大丈夫か?」

「……ああ、なんとかな」

 雫に肩を貸し、立ち上がらせた龍樹。

 少し、雫は気が動転しているようだった。無理もない。あんな光景を目の当たりにしたら、ほぼ全ての人がこうなるだろう。

 そこに無能だとか有能だとかは、あまり関係ないはず。

 頭が良かろうが無かろうが人間、未知の境地に遭遇すれば驚くものである。

 と、そこで、

「これは……どういう事ですの?」

 新たな声が、耳に付いた。

 その声に場にいた全員が振り向く。

 藍原だった。

 いつも通り扇子で口元を隠し、無残な周囲を見回している。

 流石というべきか。

 穴ぼこだらけの床。散乱する硝子。原形を留めていない物資達。まるで災害にでも遭ったかの様なそんな光景を目の当たりにしたところで、藍原はその立ち振る舞いを崩していなかった。

 今しがた有能無能の有無を話したばかりだが、例外もある、という事で。

 それでも不思議には思っているのか。

 藍原はゆっくり近づいて来て、状況を説明するよう促す。

「なにが起こったのかしら。竜巻でも発生したの? そんな訳はない。となると、全く見当が付きませんわ」

「いや、まあどこから話せばいいのかな……」

 困ったように頭を掻く龍樹。

 そんな彼に救いの手が伸ばされる。

「侵入者だよ」

 合堂が説明役を買って出た。

 藍原はそちら側に視線を移す。

「既にお前にも行き渡っているんだろ、褐色の男の件は」

「……ええ。その件に関してはすでに伝聞で入ってきているわ」

 なら話が早い、と合堂はほくそ笑んだ。

「その男が異常な筋力の持ち主でな。不覚にも、私も一度のされてしまった。で、男が暴れ始め、辺り一帯をこんな見るも無残な姿に変えたんだ。それを――」

 合堂はアテナの背を軽く叩いた。

「この異人が滅した、という訳だ」

「……いや、滅したって」

 合堂の概要説明は雑だった。というより、信じがたかったのだろう。藍原の扇子の向こう側がどうなっているのか少し、興味深い。

「今の話を要約させて貰うと、これを人間が描いた惨劇と? 馬鹿げた話ですわ。朱愛羅、あなたとは長い付き合いだから分かっていると思いますけれど、今はおふざけしている場合じゃないです事よ」

「ふざけてなんかいないさ。にわかに信じがたいがそれが現実だ。このまなこでしかと見たそれは当分、いや、一生忘れる事はないな」

 腕を組み、なにやらしんみりする合堂。先刻の出来事の一端を回想しているのだろう。

「……ところで」

 ふと、藍原が話の脈絡を逸ら――いや、逸れていなかった。

 藍原はアテナへと視線を向けた。

 扇子の向こう側から、鋭い指摘が飛ぶ。

「あなた、この校内の者では無いですね」

 断言だった。

 なぜだろう? と頭を捻る龍樹。

 端的にアテナを見ただけでは、そんな自信が生まれるのは少し引っ掛かる。

 なにせアテナは校内ここの制服を着ている。リボンもちゃんと留学生を示す白。見た目も妥当。となれば、疑う余地もそうはない。

 それともどこか違和があるのだろうか、と龍樹は考えても見たが、結局これといったものは浮かばなかった。

 やがて藍原は理由を言う。

「ここの生徒達はあらかた把握しています。ましてや留学生、特異な生徒に至っては数は勿論の事、名前、特徴、出世国すらも網羅しています。それを照らした上で――貴女のような生徒は在学いたしません」

 何たることだ。

 蓋世大学付属高等学校の女子達はやはり只者ではない。

 今の話から察するに、その女は全校生徒二千弱、内、留学生百前後を、ほぼ完璧に網羅しているというのか。

 藍原 知恵、恐るべし、と龍樹は桁外れな記憶力に畏怖すらも覚える。

「まあ待て」

 そんな事が出来るのは校内で多分、親友である彼女だけだろう。

 合堂が藍原の肩に手を置き、その問い詰めを制した。

「曲がりなりにもその者がいなければ惨状はもっと膨れ上がっていたかもしれない。今回に限った事ではないが、尋問のような追い込みは自粛しろ」

 その片鱗を幾度となく当て擦りされた龍樹は、うんうん、と人知れず頷いた。

 が、目敏い藍原はそれに気づき、妖美な目つきを更に尖らせ龍樹を睨む。

 後が怖くなり思わず顔を逸らす龍樹。

 そんな彼を確認した後、藍原は目を瞑り、

「なにを、言ってますの」 

 合堂に言葉を返す。

 それから双眸を艶かしく開け、

「別に尋問する気などは無くっての事よ。仮にこの者が騒ぎを鎮圧してくれたものとしましょう。それ自体はとてもありがたく、冥利に尽きます。ただ、その元凶を持ち込んだ可能性も否定できません。あなた達に取っては『校内に侵入者が紛れ込んだ』程度かもしれませんが、私達は生活が掛かっておりますの。事情を聴取して物事の起こりを明確にし、対応を練る必用があります。助けてくれたから見逃す、だなんてそんな人情的なもので済ませる訳にはいきません」

「……」

 藍原が合堂に気を奪われている時だった。

 今がチャンスと踏んだのか、アテナが体勢を低くしたかと思うと、この場から――逃げた。

「!? 待ちなさい!」

 それには龍樹達も驚いた。

 逃げた事にではない。初めて藍原の張り声を訊いた事に、だ。

 だがアテナは聞き入れなかった。

 彼女はすでに二階の窓に足を掛け、脱出を試みていた。

 こちらを振り向きもせず窓から飛び降りる。

 それに続く様に、パードリッジとかいう鳥も羽ばたいていった。

 女が消えた窓を見上げる一同。

 騒ぎが収まったのを聞きつけたのか、二階には少しづつ人の影が見え始めていた。

「……仕方が、ないですね」

 先刻の仰天もどこ吹く風。

 上方に向けていた視線を龍樹達に戻した藍原は、何事もなかったかのように口を開く。

「今得られるものから算出を図りますか……千石さん」

 ん? と雫はわずかに顔を顰めた。

 藍原は気に留めない。

「あなたの知覚は何を描いているのかしら」

「何をって……まあ概要は合堂先輩のと同じですよ。気づいたら巻き込まれていたといった感じで、自分も混乱している最中です。なので、特に私から述べられる事はありません」

「……そうですの」

 どこか残念そうな藍原。

 次に移る。

「空野君」

 あん? と彼に取っては予想外だったらしく、眉間に皺を寄せた。

「何だよ」

「あなたは何か知らないのかしら。例えばあの女の子が誰なのかとか、あの男の目的、とか」

「あの女の子が誰なのか? ああそれなら」

 その時だった。

 龍樹の太ももを、雫が思いっきり抓った。

 ひりひりと来る痛みにもがき、龍樹の発言が強制的に止まる。

 藍原からは見えない位置からの攻撃だったので、急に妙な挙措を取った龍樹に彼女は目を細め、怪しんだ。

「――っ痛てェ、何すん」

「こいつも私と同じですよ」

 涙目で睨む龍樹を無視し、雫は言う。

「一緒に勉強していたら褐色の男が上方から降ってきたんです。その後は同文で」

「……そうですか」

 納得しているような、していないような藍原。ただ、アリバイとしては成立している。彼女はその場を直接見ているからだ。

「となると」

 限界を感じた藍原は、いままでと異なる観点へと視野を広げた。柔和の中に尖鋭さを兼ねた目付きの先には――仰向けになってピクリとも動かない、褐色の男が居た。

「あれから情報を収集するのが一番手っ取り早いですわね」

 藍原は褐色の男へと歩み寄る。

 臆する様子もなく、まるで銅像にでも近寄るような軽い足取りで。

 遠ざかって行くその背を契機に、

「(……なんだよ一体)」

 龍樹が雫にだけ聞こえる声で言う。

 さっき抓ってきた説明を求める。

 いまだヒリつく痛みもあいまって少し苛立ち気味だ。

 雫は小声で、

「(やめておけ)」

 いきなりそんな一言。

 ? と眉を寄せる龍樹。

 なにがだよ、と言いたいのは雫にも分かっていたので、あたかもそう聞いたと仮定して発言する。

「お前今あの異人の名前を口にしようとしたんだろう」

「……ああ、そうだが」

 雫に軽く溜め息を吐かれた。

 なんでだろう? と龍樹はそのしぐさに疑問を覚える。

「とりあえず後で私に報告してみろ。そこで伝えるべきものとそうでないものを仕分けてやる。あれが例の女なんだろ?」

「……まあな」

「詳しいことは分からないが、逃げたという事は何か知りられたくない事があるという事だ。偏見かもしれないが、助けて貰った以上、それぐらいの融通は利かせてやれ」

 そして最後に、さらに声を落して雫はこう締め括る。

「(あの人がどれほど急進的性格な持ち主か。お前もよく分かっているだろ)」

「……分かった」

 納得した龍樹は『あの人』こと藍原を見た。

 藍原は詰めていく。

 万が一にもまだ息があるかもしれない、褐色の身体との距離を。

 そして。

 藍原は近づいて――至った。

 いきなり触れようとはせず、まず目で状態を確認する。

 が、それだけでは何も得られなかったようだ。

 しゃがみ込んだ藍原は、恐る恐る褐色の男に手を伸ばす。

 一度触れようか迷ったように手を引いたところを鑑みるに、流石の藍原もちょっとぐらいはおっかないらしい。

 それでもすぐに踏ん切りを付けたのか、褐色の男が――藍原に足で引っくり返された。

 結局触る気にはなれなかったようだ。

 なんだか褐色の男が哀れに思わなくもないが、別段理解できない行為でもない。

 かくして仰向けになった褐色の身体。

 動かなくなっても、異様さは健在だった。

 白目を向き、舌がだらしなく口からはみ出ている。歯もおよそ普通の人間とは違って、鋭い犬歯が立ち並んでいる。

 まるで童話にでも出てくる怪物のような造形。

 しかし、その異様な顔を見ても藍原は冷静だった。

 悪魔の様な形相の口元に、触れない程度に手をかざす。だがそれだけでは不確かだったらしく、今度は頚動脈へと一気に触れた。

「……息はしていないようですね」

 それだけ分かれば充分だったのか。

 意外にも藍原はそれ以上の探索はせず、立ち上がった。

 そして諸事情をぼやく。

「全く面倒な事になりましたわ。まさか我が校で死亡事故が起こるだなんて……持病を患い情緒不安定だというのに、お父様になんと報告すればいいのかしら。全く、これも日本の及び腰な自衛権に問題が――」

 その後も藍原の小言は止まらなかった。



 遠いところにいる龍樹達には、先輩の優しさが注がれていた。

「君たちも今日は疲れただろう。とりあえず後はこちらで対処するから、家に帰って、ゆっくり休みなさい」

「……いいんですか?」

 と龍樹は言ったが、実は藍原の許可を得ずに帰って、それに対しての制裁を後日、与えられるんじゃないかと少し怯えているのだ。

 そんな彼を察したのかは分からないが、「知恵には私から伝えておくよ」と合堂は言った。

「そ、そうっすか」

 別に怖い訳じゃないんだぜ、と言いたげに頬を緩ませる龍樹。内心はほっとしている。

 が、合堂はこうも付け加えた。

「但し、今回の件についていずればれるにせよ、周囲には他言無用で通すように。親に伝えるのはやむを得ないが、周囲に広げるのはまだ勘弁して欲しい」

 念を押すように、先ほどの優しい口調から真剣な口調に変わった合堂。それは友達である藍原の事情も汲んでのものだろう。

 分かりましたと、龍樹と雫は承諾した。

「かたじけないな」

 合堂が言ったその時だった。

 食堂の出口から数人の生徒達が血相を変えて走ってきた。

 いつも金魚の糞のように連れ添っている連中だ。

 そいつらは合堂の姿を見つけるや否や、無残な周囲になど目もくれず、一目散に彼女へと詰め寄った。

「何してるんですか! こんな所で」

 息を乱しながら言葉をぶつける渡辺。やがて膝をつき、あまりの運動量に口から溢れた唾液を手の甲で拭った斉藤が言葉を継ぐ。

「絶対安静だって言ったでしょう。怪我してんだからあんた」

 それほど怒っていたのか、斉藤は敬語という尊敬語を取り払った。

 だが合堂は特に言及する事なく、

「ふっ、我が学び舎を踏み荒らさんとしている輩を野放しになど出来るか。知行ちぎょうに抜かり、その間に生徒たちにもしもの事があっては切腹してもその堕罪は購えない。時の武将、黒田如水はこう言った。儀にあたりて命を惜しむべきにあら――」

 そこで、合堂の視界がまた揺らいだ。

 全治二週間という自分の状態を今まで忘れていて、指摘されて再燃したのかもしれない。

「……渡辺、お前双子だったか?」

「下に弟がいるだけです! ああほら、またふらついてますよ!!」

 急いで歩み寄った渡辺と鮫島の計らいもあり、倒れ込む寸前で肩を借りた合堂。

 彼女の状態を知らない龍樹達に取っては、驚く事しか出来ない。

「な、なんだよ。どっか具合悪いのか?」

 龍樹の疑問に斉藤は答える。

「ああ、頭が切れててな。他にも肋骨に皹が入っていたりしてるんだ」

 え!? と龍樹と雫は絶句した。

 発作的に、雫が訊く。

「骨を損傷しているというのか」

「それだけじゃない」

 斉藤は保健室へと連れられていく合堂の背を見ながら続ける。

「全身も打撲していて、絶対安静にしてなきゃいけない。とにかく動ける状態じゃないはずなんだが」

「……そういう風には見えなかったけどな」

 龍樹はここに来た合堂の身なりなどの一部情報を報告した。それを聞いた斉藤は深くうな垂れた。予想していたが現実だったか、といったところか。

「捨て置けないよな、全く」

 どこか儚げな視線を合堂に送り、斉藤は言ったものだった。

 一体なにを思っているのかは分からない。だが悲観に暮れているのは間違いないだろう。

「……で、お前らはどうするんだ?」

 斉藤が首を摩りながら龍樹達に振り返った。彼達は苗字ぐらい知っている同級生だが、直接の面識はほとんど無い。

 雫が代表して述べる。

「このままいても私達に出来る事はなさそうだからな。帰宅させてもらうとしよう」

「……そうだな、それがいい」

 頭は慕う先輩の事で一杯なのだろう。

 斉藤は雫の言葉に空返事を送り、急いで食堂の出口――恐らくは合堂 朱愛羅の元へと走っていった。

 取り残された龍樹と雫。

 お互いどうすればいいか分からない。

 正直、これは夢じゃないかと疑っている自分がそこにはいる。

「……帰るか」

 雫が重そうに口を開いた。

 龍樹はすぐに返事をしなかった。妙な沈黙を得た後、いまだ褐色の男の付近に滞在している藍原を見た。

 携帯電話片手に誰かと通話している。

 予想でしかないが、今回の件をどう処理するのかその筋の方々に口添えを受け賜っているのだろう。

 色々大変だな、学校を経営する財閥の令嬢は、と龍樹は藍原に奇特を覚える。

 そしてもう一度無残な周囲を見回した後、ようやく龍樹は雫に言った。

「だな」

 放心状態の二人はどこかに埋まっている鞄を探そうかと思ったがそれはやめ、悲惨な現場を後にする。 

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