放課後の勉強会
「――で、ここがこうなる訳だ。だから……おい、ちゃんと聞いているのか?」
机を挟んで放たれた言葉に、上の空状態だった龍樹はハッとした。
聞いていなかった。
「んあ? ごめん、何だって」
誂えたかのような間抜けな反応。
これに雫は本日幾度目かの溜息。目頭を押さえ頭を振る様は本当に参っているようで、そんなに辛いならやめればいいのにと龍樹は切に思う。
彼女がここまで辟易している原因は机の上に広げられたプリントにあった。
現在龍樹は雫先生による補習授業を受けている最中なのだが……これが全くと言っていいほど理解できていなかった。
話の冒頭まではどうにかついて行けたが、途中からなぜそうなるのかが分からなくなると脳みそがストライキを起こし始める。
そもそも身を入れる気の無い彼がそこで分からないから詳しく教えてくれと問題ごとに真摯に向き合う訳もなく、逃避の手段として新校舎の見事な内装につい見入ってしまっていた、という訳だ。
それでも、望んではいないがこれは自分の為に開かれている勉強会と割り切る龍樹。
千石雫という時間を有効的に使える女の手を煩わせてしまっているのだからと、どうにかプリントに向き合う努力ぐらいはする。
だが、分からないものは分からない。
「何だこれは。本来は数字がくるべきところなのに、印刷ミスしてるぞ」
「……それはπだ」
ふーん、とろくに分かってもいないのに適当な相槌を打つ龍樹。
「何かいやらしいな」
「やらしくない」
まるで小学生の発想。
どういう脳味噌構造をしてるんだこいつは、と雫は思った。
それにπも知らないでよく高校に入学できたものだ、とも。
「そんな馬鹿なことばかり考えているから知識が頭に入らないんだろ。第一に、お前やる気あるのか?」
今さら何を、と龍樹は思った。
「おいおい、面白い事を言うんだな」
お前のその質問は的外れだと言わんばかりの笑み。
「あるわけ無いじゃん」
答えを放った直後。
筆箱が飛んできた。
素材は布製なのだが、何が入っているのやらとても硬かった。
筆箱が激突した鼻を押さえ込み、本気で悶絶する龍樹。
「――痛ってぇ。何するんだよ」
その質問に、腕を組みご立腹の雫はふんと鼻を鳴らした。
「お前がやる気ないだなんて言うからだろ」
「じゃ嘘でもあるって言った方が良かったのかよ」
「そういう事を言っているんじゃない。始めに言っただろ。これは気持ちの問題なんだ。お前がそんな心構えじゃ、為し得るものも為し得ない」
「……なんだよ。自分に嘘をつけってのか」
だったらとんだ徳育だ、と龍樹はやや皮肉な事を思う。
「嘘なんかじゃないさ」
床に落ちている筆箱を拾う雫。
顔を上げ途方に暮れるように溜め息を吐くと、今度は一転して、褒めて伸ばす事にしたようだ。
「お前はやれば出来る子なんだ。ただ少し不器用なだけ。ほんのちょっとしたきっかけさえあれば好転するはずだと、私は信じている」
キリッとした目付きは、期待の現れだとでも表現したいのだろう。
だがその言葉を聞いた龍樹は不満を一層増幅させた顔付きを取る。
その原因は彼の腰元にあった。
「だったらせめてこの紐を取り外してくれよ。これじゃまるで囚人だ」
極めて真っ当とも言えるそんな些細な願いも、駄目だ、と即答されてしまった。
「外せば逃げるだろ、お前」
作り物の期待の眼差しは一転、懐疑的なものになった。
先程の発言はどこへやら、信じているが聞いて呆れる。
踏ん反り返る雫には、龍樹は最早嫌な顔で抗議するしかない。
「なにも鎖で繋いでいる訳じゃないんだ。そんなに気にならないだろ」
「確かに感覚は気にならんが……周囲の視線が気になる」
「おかしな事を。周囲の視線を気にするなら、こんな点数取らないようにしろ」
とんとん、とテストの点数が明記されたプリントを指で叩く雫。
ああいえばこういう。
昔からそうだが、龍樹は彼女に口で勝った事がない。
そしてそんな状況に陥った彼の取る行動と言えば、嫌々ながらも受け入れるか、態度で抗議するという何とも往生際の悪いものだった。
今回はどうやら後者のようで、
「……はあ~分かったよ」
押し黙る龍樹がここも仏頂面で抵抗を試みていると、面倒見のいい雫はふいに机の下に置いてあった鞄に手を伸ばし、中を漁り始めた。
やがてその手が元の位置に戻る。
だが先程と何かが違う。
「お前に数学を教えるのは時間が掛かりそうだから、先にこちらを攻めるか」
別の問題文が携えられていた。それも結構な分厚さだ。
「数学が駄目ならまずは歴史だ。安心しろ。幾何学や方程式やら色々と覚えておかなければならない数学と違って、歴史はただ出来事を覚えればいいだけなんだからな」
心の底から容易そうに言った雫。
しかしながら、そんな理論は彼女のような秀才にのみ当てはまる了見だ。
龍樹はギョッとし、反論する。
「おいおい待てよ。もしかしてそれいまから全部するつもりか?」
もう終わりかけだと思っていた。
それが蓋を開けてみれば新たな教科に取り組むなど、この女は一体いつまで勉強をさせるつもりなのだろうかと恐怖すら覚える。
一方の雫はそんな彼の慄きに考慮する気はないようだ。
どこぞの頑固おやじのごとく目を瞑り、甘ったれた意見を聞き入れようとしない。
「ああそうだ。安心しろ。一見してページ数が多いように見えるがそれは図解が入っているからだ。これなら文字が苦手でも目で覚えられるはず」
「俺が言ってるのはそこじゃねえよ。そんなにやってたら日が暮れちまうぞ。なあ、今日はもう帰らないか? 中間テストまでまだ日にちがある。心の準備ってもんが必要なんだよ。あんまり突き詰めると俺、ストレスで鬱になっちまうぜ」
龍樹の提案に、雫は瞼をパチクリとさせた。そして彼の言わんとしている事を理解すると、そのたるんだ考え方に幾度目かの険しい顔つきを取る。
「そんなことを言ってるといつまで経っても前進しない。後に回せば回すほど苦しい思いをするのはお前自身なんだぞ……まあ、しょうがない。そこまで言うのなら勉強量は減らしてやる。だからとりあえずペンを握れ」
卓上に転がるそのペンに指差す雫。
まるで鬼教官だ、と龍樹は本気で泣きそうになってきた。
椅子に繋がれた紐を手に取り、眺める。
その視線から今度は周囲を見回す。
生徒の数は先程よりもずいぶんと減っている。
「ほら、見ろよ。みんな段々帰っていくぜ。その、なんつうかさ……やらなきゃいけないのは分かっているよ。ただ今はなんか集中できないんだよ。色々と考え事していてさ」
「集中できないのはいつもの事だろ」
龍樹に冷たい視線を浴びせ、もっともな事を言う雫。
返す言葉もない龍樹は渋い顔をするしか術が無い。
これも普段の行いが招いた信用の無さなのだろう。
本当に今は集中できないという状況下にあっても、その信憑性は皆無に等しいのかもしれない。
しかし、そこは相手の立場に立って考える事の出来る人間。
押し黙り、それでも何かを言いたそうな彼の顔を見た雫は、ハァ、とまた溜め息を吐くと、
「例の女の件か?」
目を眇め、勘ぐるようにそう訊いた
浴びせられた言葉には龍樹も一瞬固まる。
それが答えとなったのだろう。
雫はしょうがない奴だとでも言いたげに目を更に細めると、頬杖をついた。
目ざとい彼女はどうやらずっと前から気付いていたようだ。
思えば最初謎の女関連の話を切り出そうとした時、後でな、とすでに躱わされている。
今ここにその女が居るという事も伝えたのに、それも後回しだと。
果たしてそれが勉強に妨げになるからとただ単に邪険にしているだけなのか、それとも他に理由があるからか。
いずれにせよ千石雫という女は、やると決めたらとことんやる女なのだ。
「おじさんが気がかりなのは分かるさ。その件についてはお前の気持ちも汲み取っているつもりだ。だが今は他にやるべき事があるだろ。感情だけで動くのは厳禁だ」
「……つっても、今ここにいるって事は絶対何かあるからだろ。もしそのなにかを逃したら、もうこの先手がかりなんてないかもしれないぜ」
「だから、その思考が危険なんだよ」
雫は言う。
彼女の代名詞である、力強い目付きで。
「根拠なんて何もないのになぜそう言い切れる。あるものはあるようにしかならないんだよ。例えなにかしらの手がかりが掴めた所で、お前に何ができる」
「別になにをしようという訳じゃねーよ。ただ単に、事情を把握しておきたいんだよ」
「いいか龍樹。世の中には知らないほうがいい事だってある」
などと、つい最近、誰かさんが言っていたような言葉を口にする雫。
覚えておいた方が良いといったり知らない方が良いといったり色々と忙しいなと龍樹が気だるさを覚える中、彼女は続けざまにこう言った。
「そういった類のものに出会っていないであろうお前には分からないかもしれない。だが、それは絶対だ」
雫の訴えかけるような眼差しと真剣みを帯びた声音に、重苦しい雰囲気が降り立っていた。
勉強に取り組まず怠ける男に対する先程のものとは質が違う、注意喚起。
どうやらそこには便宜的な意味は孕んでいないらしく、心の底から断言できる何かがあるように、龍樹は感じた。
「……なんかあったのかよ」
率直に訊く。
当の本人は現実から目を背けるように瞼を閉じると、「まあな」と短く答えた。
「私だってそれなりに色々とあるさ。人様に言うような事じゃないから控えるけどな。お前に限らず、肝心なところでやはり人は無力さ」
語りというより独白。
相変わらず沈痛な面持ちで話す雫は、やっぱりいつもの明るい千石雫とは違うように思えた。
今まであまり見た事の無い顔をする彼女に、龍樹もつい勘ぐってしまう。
推測するに、何でも自分で解決できそうな彼女にも手の出しようのない事柄が過去にはあって、その時になにかしらの教訓を学んだのかもしれない。
きっとそれは、亡くなった両親について――
「とにかく、そういう訳だ」
読点一つ。
辛気臭い表情を解いた雫は龍樹へと向き直る。
「その女ないしお父さん関連については一旦忘れろ。後で私も一緒に考えてやる。あくまでも慎重にな――それに素性も分かってないんだろ。ならなおさら事を急ぐな。万が一にも危険な目にあう可能性だってないとは言い切れないんだから」
「……はあ」
言い切れないというか、すでに危険な目に遭っているんだよなー、と、龍樹。
それを口にしようとは思わなかった。
これまでの流れを踏まえるに、知られてしまうと心配される云々、そら見ろと怒られそうだ。
「よし」
と、沈んだ空気振り払うかのように、自分の気持ちを上げるかのように、雫はそんな気合を口にしてから、
「という訳だから、それに関しては一旦忘れろ。喋りこんでる間に時間も少なくなってきた。早くしないと本当に何も出来なくなってしまう」
今しがたの辛気臭い空気もどこ吹く風。
笑顔を浮かべ、声も弾ませる。
どうやらいつもの雫に戻ったようだ。
切り替えの早い彼女は早速机の上にある教科書を広げた。
ぱらぱらとページを捲り目的の箇所を見つけ小口に折り目をつけると、筆箱からシャーペンと消しゴムを取り出す。
相変わらず手際が早い。
彼女と違って切り替えの遅い龍樹はいまだにやる気が起きず、むくれた顔で途方にくれる。
どう足掻いたところで勉強をしなければならないという事実が、どうにも面倒だ。
仏頂面の彼を見ると、雫はまた眉と口をへの字に曲げた。その不快そうな顔は龍樹よりも上かもしれない。
「まだそんな顔をしているのか」
「……放っておいてくれ。生まれつきこういう顔付きなんですよ」
そっぽを向き放たれた屁理屈に、雫は本日幾度目かのため息。
ここまで言って分からないのだからそれも無理のない話だろう。
龍樹だって子供じみているとは自分でも分かっている。
幼馴染とはいえ他人にこうして時間を割き教鞭を取ってくれることに対しては感謝すら覚えている。
しかし人生経験の浅い彼には物事の優先順位というものがいまいち近視眼的で、遠い所が見えていない。
当面の目標も無ければなければ将来の夢も無い。
おまけに勉強嫌いな人間がとりあえずという曖昧な理由で青春の貴重な時間を割く気には、どうしてもなれない。
そんな大それた学生生活を送っている訳ではないが、それにしても、だ。
「周りの連中はちゃんと先を見据えているんだ」
「……?」
半ば開き直った状態の男に、雫はまた何かを言い始めた。
思わずそちらに意識を向ける龍樹。
それはとても同い年とは思えないほど達観していて、貫禄がある。
神妙な面持ちの少女は、未だぐずつく男へと改めて、人生のなんたるを説く。
「各々がここで共に過ごし、やがて違う道を歩んでいく。当たり前の事だが、それはとても重要な慣習だ。進学する者もいれば社会へと出て世の中に尽くす者もいる。それが必ずしも希望にそぐうものとは限らない。むしろ、世間に蔓延る多くの弊害に屈し、志し半ばで挫折する者の方が多いのかもしれない。それを踏まえればお前みたいに努力なんてしない方が良いという考えが浮かぶのも分かる」
ジッと人の話を聞くのが苦手な龍樹は指先でくるくるとペンを回し始める。
そんな彼を見ても、雫はあえて気にする素振りを見せず話を続けた。
「だがな。いつまでもそのままでなんていられない。どれだけ無力な人間であろうと、時間というものは待ってはくれない。社会という荒波に旅立つ日は必ずやってくるんだ。そうなった時に何の術もなくてどうする。しないのと出来ないは違う。その場しのぎなんてのは、本当にその場しのぎでしかないんだよ――言いたい事が分かるか?」
「……何となく」
手先で回るペンに向けていた視線を雫の力強い瞳に移し、龍樹は返答した。
ようするにお前はまだ土俵にも立っていないと言いたいのだろう。
龍樹を見据える眼光はまさに真剣そのもの。
他人行儀なこのご時世には珍しいタイプの人間だと思う。
それもきっと、自分に余裕があるからだろう。
でなければ、とても他者のことなんて気にしてられない。
と思いたいところではあるのだが、龍樹には分かってしまう。
雫は例え自分が危難な状況に陥っていようと他人を優先する厄介な性質の持ち主だと。
一般から見れば『良い性格』と思われているかもしれない。
だが正直、彼から言わせてもらえば『悪い性格』だった。
というより迷惑な性格。
雫との出会いは小学校に入学したのがきっかけだ。
それから中学と同じ学び舎で学び頭の良い彼女は日本屈指の進学校へ、龍樹は平凡な地元の高校へ入学した訳だが、何の因果かまた同じ学び舎になった理由は前述した通り。
小中はそこまで絡む事も無かったが、合併してその指針に倣う形で元より認識があり一番教え上手な彼女がつきっきりで教鞭を執ってくれた事により、今では学校で一番顔を合わせる存在となった。
そうして仲が良くなったこと自体は喜ばしい事なのだろう。
ただ、身近に完璧な人間がいるというのは自分の矮小さが浮き彫りになって嫌になる。
出会いから今日に至るまでにその片鱗をまざまざと見せ付けられた龍樹。
事なかれ主義で嫌な事からずっと逃げてきた彼に取っては、その才気煥発に触れると胸にチクチクと突き刺さるものがあったのは一度や二度ではない。
それを抜きにしたって利他的すぎるその性格は難儀なものだと思う。
余計なお世話なのだろうが、悪い人に騙されないか心配だ。
「……前から聞きたかったんだけどさ」
これは反論ではなくただの質問。雫の在り方を見ていると、どうしても聞いてみたくなる、一種の好奇心。
「お前って他人の為になんでそこまで一生懸命になれんの?」
冷静に考えればかなり恥ずかしい問い掛けだったのかもしれない。
現に、これには流石の雫も虚を衝かれた顔をしていた。
だがそれもすぐに引っ込む。
持ち前である人付きの良さで、その答えを返す。
「自分の為に決まっているだろ」
世話焼きの性分か、それだけで終わらない雫は事細かな説明を挟む。
「どんな人間であれ、自分の為に生きない人間はいない。そもそも生きるとはそういう事だからな。他人の為に生きるなんて、そんな大層な性質じゃないよ私は。今こうしてるのだってそうだ。お前にいい人生を送ってもらいたいが為に私はこうしてペンを握っている」
「そりゃまた……んん? どうなってんだ」
それは、他人の為というものではないのだろうか。
どうもその辺の勝手が分からないと龍樹。
きっと頭が悪い所為なのだろうがと、ネガティブにもなる。
「ようは神様気取りってやつだ」
雫は平坦にそう言った。
「私はみんなには幸せになってもらいたいんだ。千石雫というちっぽけな人間に関わった人達、すべてにな……無理なのは、儚く、愚かな理想論なのは分かっている。それでも試すぐらいの、努力するぐらいの抗いはしてみたい。幸せの定義なんてものは人それぞれだし、ましてや人が人を救うという考え自体がおこがましい事なのかもしれない。だが、やはり何もしないのは嫌なんだ。他人だからといって、その人の道だからといって、危なっかしい事に関しては口を挟まずにはいられない。龍樹。無論、それは今のお前にも当て嵌まっている。女の件だってそうだ。危ういものに近づこうとする友達を私は見捨てたくない。留学は嫌だという友人を放っておきたくない。これは私の我がままだ」
はにかみも無しにここまで言えるのは本当にそう思っているからなのだろう。
芯の通った瞳に揺らぎは一切ない。
今の鼻を摘みたくなる様な言葉も、彼女が言うならすんなりと入ってくる。
つまりだな。
相変わらずの力強い口調でそう言い放った彼女は、この話を締めくくる。
「皆に幸せになってもらいたいというその些細な抵抗、私の我がままに、お前も協力してくれ」
「……分かったよ」
渋々納得する龍樹。
ここまでされてしまっては、どんな人間もその要求を聞き入れるしかないだろう。
悪いな、と言い雫は微笑んだ。
本来ならこちらが礼を言うべきなのだろうが……。
くさい台詞を平気で、そして本気で言う。
多分、これも馬鹿共の知能指数を上げてきた雫の技量の一つなのだろう。
「よし、それじゃ勉強再開だ。もう本当に時間がない。ちょっと切り詰めていくぞ」
協力を取り付けれたという事もあってか、袖を捲くり、雫はやる気満々のようだ。
その視線は卓上の問題文へと落ちている。
それに釣られるように、龍樹も視線を向けてみる。
(……駄目だ、やっぱり分からん)
こちら向きに展開されるノートに敷き詰められた文字達、と雫先生のワンポイントアドバイス。
字は読める。
その上で分からないのだ。
龍樹だって雫の抗いとやらには協力したい。
しかしながら、この活字の群集を見ていると、どうしても気力が削がれてしまう。
「……なぁ雫」
相談してみる龍樹。
龍樹が勉強に意欲を示してくれたと本気で思っているであろう雫は友好的な笑みで対応する。
「何だ?」
「俺には出会わなかった事にしてくれ」
直後、筆箱の惨劇が再現され、閑散とし始めた食堂内に乾いた音が木霊した。




