本物の暴力
建屋内にまで連れ戻され、乱暴に投げられた。
地面に尻もちをつき、銃を突きつけられると、龍樹は思わず後退りする。
この建屋には電気が無いらしく、相変わらず薄暗い空間。
そこではマフィアの男三人が邦人の少年を取り囲むという構図が展開されていた。
「ガキはどこにいる」
苛立った様子で男Bが言うが、もちろんイタリア語なので彼には分らない。
強張った顔で自分を取り囲む男達を交互に見る龍樹。これから何をされるのかを考えただけでも恐ろしく、自然と全身から汗が噴き出す。
男Bは返事をしない彼に苛立った様子で、
「おい、だんまりは無しだぜ。言っとくがこれは脅しじゃない。このまま何も喋らないってんならマジでぶち殺すぞ」
今にも発砲しかねない殺気立った形相。これには他の二人も少しばかりの緊張感を伴い、慎重に取り扱っていく。
しかし、銃を突きつけられ間違いなく穏やかでない剣幕で迫られようと、邦人である少年は強張るばかりで口を開こうとはしない。
その様子に業を煮やしたのか、男Bの息が荒くなっていく。だが彼に比べれば幾ばくか穏やかな他の二人は、ここでようやくある推測に気付く。
「このガキ。殺されなきゃ分からないみたいだ――」
「待て」
何をする気だったのかは定かではないが、龍樹へと歩み寄った男Bを、男Aが制した。
そしてなぜ止めると不満を露わにする彼にこう告げる。
「言葉が分からないんじゃないのか。さっきから見ているとこいつ瞬きばかりしてやがる。口を閉ざしてるって訳じゃなさそうだぞ」
その見解を受け今一度龍樹を考察する男B。そして言われてみればと、すぐさま納得する。
「じゃこれならどうだ」
言葉が通じないなら態度で示す。龍樹へと近づいた男Bは銃先を彼の頭へと差し向けた。黒光りする鉄塊に、当然ながら耐性の出来ていない心は震えあがっていた。瞳孔は開かれ、大雑把に言えばあたふた。腰が抜けているのか同じ場所を何度も蹴り、逃げ出したいという気持ちと妙な真似をしてはいけないという考えが鬩ぎ合う。
とりあえずの対処策として、逆らう気は毛頭ないと身振り手振りで龍樹は必死にアピールする。
「へ、見ろよ。まるで光を浴びる蝙蝠みたいだ」
生きる為に必死な彼を揶揄する男。
立場的にはそうなってしまうのも仕方ないのかもしれないが、それにしても品が無い喩えと言えよう。
ここでその件を咎める者などいやしないが。
「言葉が分からなくてもこの意味は分かるよな」
しゃがみ込み、目線を合わせる男B。分かりやすい威圧を受けた龍樹はより一層顔を引きつらせ、本気で命の心配をする。
「娘はどこにいる」
男Bはドスの利かせた低い声で追い打ちをかける。
言葉の内容は分からない。しかし流石の彼でもここまで明らかな態度を取られれば予測はつく。
ミレーナはどこにいると訊いてきているんだと気付いた龍樹。
だがその事がバレれば抵抗していると捉えられるだろう。そうなれば更に相手の気を掻き立ててしまう事になってしまう可能性もあった。
ここはとぼけたフリをして時間を稼ぐ。
打開策が見出せない以上それはあまり意味を成さないのかもしれないが、何せ今は考える時間が欲しい。
どうにかしてミレーナを連れて逃げだす、その方法を。
が、その考え自体が少しばかり甘かったと言えよう。
男が銃を下ろした時、最初はうまくいったのかと思った。
とりあえず延命できたのかと、ホッとしそうになる龍樹。
しかし次の瞬間、引かれた銃の代わりに飛び出したのは男の脚だった。
容赦のない強烈な蹴り。
咄嗟の出来事に防御という防御も出来ず、まともに腹へと食らった龍樹は息がうまく出来なくなり咽ぶる。
「遊びじゃねんだよガキが」
男の横暴な態度は続く。
胸を押さえ苦しそうにする龍樹の髪を掴むと、強引に顔を上げさせる。苦痛と恐怖に歪み、そこには理不尽な暴力に対する怒りすらあった。
だが男Bはそれを睨みで抑え込む。
そして男は龍樹の瞳を覗き込みながら、
「本当は分かっているんだろ。妙な駆け引きは無しにしよーぜ。娘の居場所を教えろ。そうすればこれ以上お前に危害は加えない」
伝わらないと分かっているはずなのに、男はイタリア語でそう口にする。時に垣間見える柔和な表情は譲歩するというのを見た目で示している。
当の龍樹はその事に気付いていない。男と目を合わせてはいるが、そんな些細な変化に気付けるほど今の彼には余裕が無い。
そもそも言語が分からない龍樹。会話が出来ればもう少しどうにかできたのかもしれないが、それが出来ない以上、押し黙るしか方法が無い。
当然ながらそれでこの場を逃れる事など出来やしないが。
怯えるばかりで一向にミレーナの居場所を吐こうとしない龍樹に、時間が経つにつれ顔が険しくなっていく男B。
ついには髪を掴んだまま壁に何度も押し当てるという直接的な行動を取り始め、龍樹は更に命の危険を感じ始める。
その後もマフィアの無言の脅しに晒される。
行為は段々とエスカレートしていき、首を絞められたり、抓られたり、時には頬を軽く叩かれたりもした。
当然のごとく龍樹は痛がる素振りを見せる。時には手を払いやめろと抵抗する一幕もあったが、男の行為は止まりやしない。
だが決してミレーナの場所を吐くことは無く、抵抗すればさらに強くなる力加減に諦めさえ覚え、後半はほぼ成すがままの状態だった。
だが残酷非道なマフィアがいつまでもそんな甘ったるい方法を取る訳が無い。
このままでは埒が明かないと思ったのだろう。
これまで割かし弱めだった脅しは、いつしか直接的になった。
突如横っ腹に浴びた強烈な一撃。
堅い革靴は脆弱な肉に突き刺さり、体感した事のない痛みに見舞われた龍樹はその場に倒れ込み悶絶する。
先程の蹴りが可愛く思えた。冗談抜きでアバラが折れたかもしれないと、痛みに支配される感覚の中龍樹は考えた。
これが本気の暴力なのかと、怖さはもちろんの事その威力に危うささえ覚える。
「どうやら徹底的に痛めつけないと分からないみたいだな」
ぼんやりとする意識の中響く声。
「覚悟しろ。本物の恫喝はこんなもんじゃ済まねーからな」
男は指の骨を鳴らし準備万端のご様子だった。
当然ながら龍樹にその言葉の内容は分からなかったが、一体自分がどんな目に合わされるのかは想像できた。




