綻んでいく男
カッサローニ邸のとある一室。
先程までいた部屋ではなく、また例のごとく極度の心配症であるカッサローニは、侵入者である女からミゲルの居場所を聞き出すと、脅威になる因子を傍に置いておきたくないとiいう理由からここへと追いやった。
それがかえって彼女を動きやすくしてしまったとも知らずに。
「……凝縮(condensazione)」
手を縛られ身動きが取れず、銃を持ったマフィア数人と同室という一見して悪条件の中。
そう唱えたアテナはこれといった前触れは見せず動き始める。
風をかき集め、自分の手首を絞めているガムテープを引きちぎる。
密着している状態であてがうものだから手首を痛めかすり傷ができたが、彼女はそんな事気にも留めない。
自力で拘束を解き、突如立ち上がった女に面食らう男達。
銃を構える事や仲間に報告しなければと瞬時に判断するのは中々に難しいかっただろう。
その呆気に取られるリアクションを利用し、アテナは早々と連中を片づける。
不意打ちにも近い状況で人体の急所を目いっぱいの力で殴打し、近くにいた二人の意識を瞬時に奪うまでに三秒。
この頃になると場にいる他の連中の思考も追い付いてくる。だがとても冷静でいられる訳もなく、銃を構え発砲という極めて原始的な所作を取り、優先的な手順というものを踏めていない。
パニックになっている間が勝負。
余裕はあれど、足早に事を進めていくアテナ。
セオリーに習った構えから発せられる弾丸など彼女にとってはボールを避けるようなもの。
あらかじめ推測した軌道を避けるように接近し、こちらも急所を的確に叩いていく。本当なら銃声が鳴る前に仕留めたい所だろうが、それは贅沢というものだ。
「この野郎!」
一人ぼっちになった男は焦りを振り払おうと威勢がいいが、やはり甘い。
そもそもセオリーを崩すというのは常識を瓦解し無ければならないという意味であり、それを一瞬で判断し実行に移すのは困難を極める。
サービスという訳ではないのだろうが、最後の一人は地面に後頭部を思い切り打ち付けるという禁じ手ともいえる手段で意識を奪った。
マフィア四人を制圧するのに掛かった時間はおよそ十五秒。
それはカッサローニが自分の身を案じるばかりに招いた結果と言えよう。
無様に倒れ込む男達を尻目に歩き始めるアテナ。
手首からは結構な血が滴るが相変わらず気にしない素振り。体質柄問題はないのだろうが、それにしたって痛みはあるはず。
とはいえ中には意識が戻りつつ者もいるので、ここから早く立去るのが無難であり、構っている場合ではないという状況も関係しているのだろう。
ちゃっかり全員から奪い取った銃の弾丸を全て抜き、そのうちの一つだけ手に持ち、後は道端の死角へと捨てていく。
向かう先は決まっている。
先程まで彼女が居た部屋――言い換えるなら、親玉である男がいる部屋だ。
迷路のような家中を迷いなく進んでいく。
違う部屋へ連れて行かれる際に経路は確認済み。何ならこの屋敷の見取り図はほぼほぼ頭に入っているのかもしれない。
途中に小型カメラがあろうとお構いなし。この時彼女の中ではすでにシナリオが完成していたのだろう。
その為に必要な伏線もいくつか実行しておいたのだから。
二分ほど歩くと、やがて目的の場所へ辿り着く。
他の部屋とは違う豪奢な作り。
改めて見ればここに重要人物が居ると一目で分かってしまう。
それを利用したカモフラージュというのは大道だが、先程の件で無いと判断しているのか、あるいはその眼で確かめなければ気が済まない彼女の事、どの道ここに来なければと判断したのかもしれない。
とにかくアテナは、まずドアを普通に開けようとする。
取っ手に手を掛け、引こうと力を加える。
しかし開かない。
血が滴る手で何度も力を加えるがドアは一向に動く気配が無い。
恐らくは中から鍵が掛けられているのだろうが、アテナは焦る様子を見せない。
常人なら鍵が閉まっているという事で何かしら否定的な感情を抱いてしまうかもしれないが、彼女の様な非人道的な力を持つ者は違うのだろう。
この時、きっとアテナこう思ったはず。
――ここにカッサローニはまだいる、と。
大きな破裂音と共に、ドアが吹き飛ぶ。
風の力により部屋の中心部まで飛ばされたドアは床を大きく転がった後に停止し、痛々しい姿で横たわった。
突如目の前で起こった光景に慄くカッサローニとその部下達。
護衛、または使いっぱしり役として残る三人の男は反射的に銃を構え、エグゼクティブデスクで呑気に爪を切っていたカッサローニは目を見開いた。
「お前……どうやって」
暴挙に打って出た女に委縮しつつ、歯噛みするカッサローニ。
対して、彼に銃を向けたまま近づくアテナはこう口にする。
「攫った娘を解放しなさい」
刺激を与えすぎない距離で立ち止まり、出来る事なら穏便に済ませようとする。もちろんそう簡単に収まるようならここまで話はこじれていないだろうが。
「ならまずミゲルの野郎を差し出せ」
売り言葉に買い言葉で睨みを利かすカッサローニ。自分自身にも銃口が向けられているので身構えなければいけないところだが、そこは代わりに部下達が担っている形だ。
「おい、いい加減にしろよ」
とここでカッサローニが苛立ちを露わにする。拗れに拗れる展開に嫌気がさし、本音で語り始めたのだ。
匙を投げ出す様に両手を上げるしぐさを取り、
「なぜそこまであの男にこだわる。何が目的なんだ。こんなちっぽけな組織の情報を聞き出したって出来るのは精々強請る事ぐらい。それほどの行動力があるなら他にやりようもあるだろう」
「ええもちろん、彼を必要とする理由は他にある。そして娘を誘拐しなければあなた達と関わる気も毛頭なかった」
「それは無理な話だ。言ったはずだぞ。奴は組織の情報を知っている。それが外部に漏れれば厄介な事になる。例えお前たちが知りたい情報が他のものであろうと、ミゲルが俺達の目からいなくなるのが問題なんだ」
切迫した様子のカッサローニ。
ミゲルを一刻も早く抹殺しなければという焦りと、自分に銃口が向けられているというプレッシャーが彼の気持ちを急き立てる。
「言ってみろ。お前が知りたい情報ってのは何だ。ミゲルが受け持つ案件は全部俺を経由する。もしかすれば知っているものかもしれない」
カッサローニのその言葉に、沈黙が降り立った。
銃を構えながらも眼をキョロキョロさせるアテナ。それは主に周りの男達の動きを窺っているようだった。
男達は勝手な真似はしない。
銃をアテナに向けたまま待機。
ボスであるカッサローニの言葉に対する彼女の返答次第と言ったところなのだろう。
程なく、沈黙は彼女の口から静かに発せられた言葉が破った。
「今から少し前に中東で武器の取引が行われた。私たちが知りたいのはそれに関しての情報よ」
もしかしたら、という考えが彼女の中にあったのかもしれない。
あるいは、試せるものは試しておこうと。
カッサローニの提案をまともに取り合ったアテナ。
衝突していたこれまでの場面を考えれば、カッサローニからすれば絶好のチャンスかもしれない。
ここで中東の――彼女が欲している情報を提供することが出来ればそれでミゲルを必要とする理由が無くなるはず。
しかし物事そううまくいかないもので。
「……中東の件?」
アテナの言葉を聞いたカッサローニは毛虫の様な眉を顰め、一番近くにいる部下の顔を眺めていた。
カッサローニはアテナに聞こえないよう、なるべく小声で、
「おい、何だ中東の件って。あいつはどんな取引をしたんだ」
「え? いや、分かりませんよ。そもそもあいつがどういう繋がりかも分かっていないんですから」
銃を構えたまま、困惑する部下の男。カッサローニは続けて他の者たちを見るが、皆彼同様首を振るか肩を竦めるかのどちらかだった。
これでは話が進まない。
せっかくのチャンスなのにどうにかならないものかと、カッサローニも色々と頭を巡らせる。
とはいえ、敵もそこまで待ってはくれない。
「どうやら駄目みたいね」
あれこれと考えるカッサローニへ淡々と突き付けたアテナ。どういうつもりかここで一歩を踏み出し、更にプレッシャーを与える。
これにはもちろん周りの部下たちも黙っておらず、アテナが踏み出した以上に大きな一歩で、その距離を詰めた。
「ま、待て。早まるんじゃない!」
一触即発の状況に、分かりやすく狼狽するカッサローニ。
これにまた踏みとどまったアテナ。
だがそれは一刻の猶予でしかない。
「待つ? 待つって何を待てばいいのかしら」
「過去の案件は全てデータで残してある。それを掘り返せばすぐに出てくるはずだ」
「すぐという具体的な時間は?」
「十分あれば可能だ。今から別室に行ってパソコンのファイルを調べる。そうすればお前の知りたがっている情報も見つかるはずだ」
「どうかしら。知っているわよ。あなたは汚れの仕事には極力関わらないようにしている。それに例え記録が残っていても、私たちが知りたいのは生きた情報であって現場にいなかった人間が書き留めた日記帳ではない」
カッサローニの言葉を否定で返していくアテナ。これがまた的を射ていて、カッサローニもそう簡単に答えを返せない。
そもそも怪しい取引などと関わりを持たないようにしているという情報は誰から得たのだろうかとカッサローニは考える。
答えはすぐに出た。
(ミゲルの野郎か)
奴が何かしら口走ったのだろうとカッサローニは直感し、やはり野放しにするのは危険だと確信する。
「ようするにミレーナを解放する以外ミゲルを明け渡す方法は無いという訳」
頑なな姿勢で、そう言い放ったアテナ。
その口ぶりを聞くに、彼女の中では端から取引をする気は無かったのかもしれない。
子供でも分かる様に順序立てて話すことにより他の選択肢を排除していく。
それはこれまで彼女が幾度となく使ってきた手法だ。
「逆に私から言わせてみればなぜあの子を解放できないのかが分からない。それこそあなた達に取っては無益なはず。むやみに一般市民を巻き込まないのがマフィアとやらのルールじゃなかったのかしら」
「そりゃ出来れば俺だってこんな真似はしたくないさ。だが部下どもがヘマをやらかしたせいでそれしか方法が無くなっている」
「答えになっていないわね。私はなぜ解放できないのかと聞いているの。彼女を解放すればミゲルを明け渡す。こんな簡単な事が出来ない理由を」
とここでアテナは咄嗟に動く。カッサローニに向けていた銃口を横合いに――引き金を引こうとした男へと向けた。
ずっと頃合いを見計らい今と判断したのか発砲しようとした男だったが、アテナの方がずっと早い。
放たれた弾丸は男が持つ銃にヒットし、その手から零れ床へと落ちる。
「妙な真似はするな」
威圧を込めた忠告。
「次動けば身体に穴が空くわよ」
ぎょろりと、碧眼を仕向けるアテナ。睨みを利かされた男は痺れているのか右腕を押さえながら冷や汗を掻くことしかできない。
「さて、カッサローニ、と言ったかしら」
再び銃口を戻し問い掛けるアテナ。
状況を鑑みれば分があるようにも思えるが、人数を考えるとそうとも言えない。
マフィアなんてのは横のつながりが強いのが相場だ。
ましてや警戒心の強いその男ならすぐに増援を呼ぶ可能性もあるので、時間を掛けるのはあまり好ましくない。
彼女がそう判断したかどうかは定かではないが。
いずれにせよ追い込んでいる状況で慎重にいく必要はない。
アテナは鋭い目つきでカッサローニを睨みながら、
「大人しく要求を呑んだ方が身の為よ。こう見えて私、機嫌が悪いの。無抵抗の少女を攫ったというだけでも胸糞悪いのに、どこかの誰かさんが女々しくこそこそと隠れまわってくれたお陰でね」
皮肉たっぷりにそう告げるアテナ。
そしてそのどこかの誰かさんと言えば、一丁前に悪口を叩かれるのは腹が立つのか唇を噛み締めワナワナと震えている。
しかしそれで殴り掛かるような度胸もなく、苦し紛れに放った言葉が次のようなものだ。
「こんなことしてタダで済むと思うなよ」
今時安っぽい悪役でも口にしない様なセリフを吐き、憎悪で顔をゆがませるカッサローニ。
それだけで彼の器の小ささが窺えるが、油断は禁物だ。
アテナは口を一文字に結び、機会を窺う。
相手は腐ってもマフィアを取り仕切るボス。
恐怖政治とはいえ、その心理掌握は見過ごすのは危険だろう。
何より彼女は一度彼に面を食らわされているのだから。
と、二人が睨み合いを展開するその時だった。
「ボス、大変です! 例の子供が化け物で――」
別の場所にいたカッサローニの部下だろう。
一人の男が壊れたドアに気付かないほど切迫した様子で部屋の中へと走り込んできた。
まるで見てはいけないものを見たようなほどその形相は驚きに満ち、なぜか額からは血を流し、身体全体で息をしている。
かなり錯乱している様子だったが、しばらくすると場の異変に気付いた。
銃を構える仲間を見て、次に手首を抑える仲間。そして中央に位置取りカッサローニに銃を向けたまま振り向いてくる女に気付き、呆ける男。
「何をしている! 早くぶっ放さねえか!」
同じく呆けていた部下達にそう命じると、やってきた男はハッとしたように銃を構えた。そして元から銃を構えていた男はというと、引き金を引き発砲する。
結果は当然の様に当たらない。
それどころか放たれた弾丸は対面にいる仲間の肩部に着弾し、男は唸り声を上げながら膝から折れてしまった。
しまった、と焦る発砲した男。
そう思っているうちにアテナは出入り口にいた男に迫り、発砲させる間も与えずに体術で床へと叩き伏せた。
そしてその際に手にしていた銃で脚を撃ち抜くと、男は断末魔の様な悲鳴を上げながら床をのた打ち回る。
「くそ!」
相変わらずの身体能力に畏怖を覚えながらも、発砲を繰り返すもう一人の男。
頭で無駄と分かっていてもそうせざるを得ないのは自己防衛としての一環かカッサローニへの忠義心かは本人にも分からない。
結局弾丸を全て使い切ってしまい、万策尽きた男の元へアテナは辿り着き、後はご察しの通り。
これでまともに動けるのはアテナとカッサローニの二人だけになった。
動けると言っても、この状況では最早シニカルにしか聞こえてこないが。
邪魔者が居なくなった今、悠々と、まるで猶予を与えるかのような足取りでカッサローニへと歩み寄るアテナ。
この間カッサローニは些細な抵抗として彼女を睨みつける事しかできず、逃げ出す挙措すら見せることが出来ない。
結局アテナは何事もなくカッサローニの元へと辿り着いた。
手にする銃を男の眉間に向け、無言の威圧を与える。
思わず仰け反ろうとするカッサローニ。
だが背もたれがそれを許さず、完全に逃げる機会を失ってしまっていた。
初めて間近でその姿を確認する。
小さな冠を被り金色の髪を二房で纏めた碧眼の女。華奢な身体が銃を持つ姿はなぜか様になっており、整った顔立ちは威容さをより一層醸し出している。
その背後では床に転びうめき声をあげる部下である男達。
アテナの銃を持つ手首から滴り、机の上に落ちていく血を忌々し気に眺めるカッサローニ。
何もかもが滅茶苦茶だと思った。
マフィアの家に乗り込んでくるという発想も含め、自らの身体を痛めつけやってくるなど、常人ではまず実行に移そうとはしないだろう。
それを目前の女は涼しい顔でやってのけた。
あの異端な戦闘力を誇るツァギールの殴打を受け、手負いでこの場にいる全員を倒せるほどの力量。
だとすればそんじょそこらにいる半端者とは訳が違う本物。
まともにやり合うなんて馬鹿げている。
もうこれ以上この女とは関わりを持たないのが身の為だと、この時カッサローニは心に決めた。
「さあ、早くミレーナを解放しなさい。でないとあなたも後ろの連中と同じ道を辿る事になるわよ」
実際に示し諭すような口ぶりは、脅し文句としては最高だっただろう。
現にカッサローニの中で自分が傷つくという展開は是が非でも避けたい所だった。
銃で撃たれもがき苦しむなど、これまで外面的な痛みというものをほとんど経験した事のない人間には想像を絶する恐怖だ。
五体満足でこの状況をやり過ごせるのなら、見知らぬ小娘を差し出すぐらい訳は無い。
「……分かった」
毒気を抜かれ大人しくなったカッサローニ。机の上に置いてある携帯を手に取り、ボタンを押し耳に当てる。
ようやく観念したようだと思ったのだろう。
アテナは構えていた銃を下ろしてしまった。
健常な状態であればそんな行動には及ばなかっただろう。恐らく思った以上に傷の痛みはあり、一刻も早く休みたかったのかもしれない。
いずれにせよそれが仇となった。
未だ耳に携帯を当てたままのカッサローニ。
その端末を持つ右手が不自然に動いた。
てっきり発信音が流れているかと思いきや、それは敵であるアテナが気を抜く為のフェイク。
カッサローニの不審な動きに気付いたのか、アテナの目が見開く。咄嗟に銃を構えようとしたが、カッサローニがボタンを押す方が早い。
彼の坐る椅子が床ごと抜け、してやったりの笑みを浮かべる残像を残し、消えた。
アテナは思わず机に飛び乗り後を追おうとするが、先の見えない穴は何が待ち構えているか分からない。
「まさかこんなものまで作っていただなんて……」
呆れからか感心からか、鼻息を吐くアテナ。
流石に敷地から出る程遠くまでは繋がっていないだろうが、何せ広い敷地内。探し出すには少しばかり時間が掛かりそうだ。
だからといって一休みする、というような性格ではない。
予想外に血が出ているのか、銃で服の裾部分に穴をあけるとアテナは力任せにそれを引き千切る。
血がこれ以上滴らないよう手の平に巻き付け、止血を図る。
それは傷の手当というよりどちらかというと銃などが滑らないようにする為の処置。
背後では脚を撃たれすでに戦意を消失した男達。必死にもがいているが立ち上がる事すら出来ず、こうなてしまえばマフィアも可愛いものだった
アテナは彼らに侮蔑するかのような目をくれると、カッサローニを追う為か部屋の外へと歩き始める。
情けない事に男達は彼女に恐れをなし道を開けていった。
「あ、お姉ちゃん」
外へ出てしばらく走ると、廊下の壁に背を預けるアランが居た。
その顔はどこか力ない笑いを浮かべていて、全体的に元気が無いのは明らかだ。そんな状態だからこそ時は一刻を争う場面だったのだが無視する訳にもいかず、アテナは一旦立ち止まる。
そしてへたり込む彼を透き通る碧眼で観察して、
「……力を使ったの?」
アテナのその問い掛けにアランは、ちょっとね、と苦笑いで答えた。
彼の身体からは黒い煙が糸を引いていた。それは力を行使した際の名残。
常人ではまず得られないであろう異端の能力を使用した代償。
「でも安心してよ。他の連中はやっつけたからさ」
ちゃんと仕事したよと、アランは言う。
見て分かるカラ元気。
アテナは悪魔と契約をしている訳ではない。
だからその反動が幼い身体にどれほどの負荷を掛けているのかは理解できないだろう。
それでも同じ異端の力を身に宿す者としては、少なからず同情はしているようだ。
「悪いわね」
だから彼女は謝った。
ミレーナ救出のために力を貸してくれた少年に敬意を表し。
にも拘らず構っていられない現状に。
「あなたのお陰で大体の連中は倒せたと思うけど、まだ全員じゃない。後は私に任せて隠れてなさい。もし動けるようになるのであれば、外へ」
その言葉にアランは、うん分かったと頷いた。
微量とはいえ危険が残る場所に負傷した子供を置いていくのは心苦しいだろうが、だからこそその努力を無駄にしてはいけない。
再び立ち上がり、前を見据えるアテナ。
逃げ出した臆病者を今度こそ捉え決着をつける為、いよいよ女は本気になった。




