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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
イタリアの闇達
164/261

黒い煙

静まり返った室内。

その部屋はパーティールームなのか物資のようなものはほとんど見受けられず、人を百は擁することが出来そうなほどの広さを誇っていた。

床に敷き詰められたレッドカーペットの上には一人の少年が立っている。

広大な面積に佇むその様はさながら迷い込んだ子供のようであり、平坦な顔をするそれはとても悪名高いマフィアの巣窟にやってきている事を自覚していない。

無論彼は迷っているのではなく、ただ単純にアテナに言われた事を真に受け、あえて堂々と室内を歩き回っているのだ。

アテナの考えとしては幼かろうと裏世界の住人。

その辺りの危機管理にはここへ連れてきたという点からも少なからず信頼を置いていたのだろうが、どうやらアランという少年は思った以上に精神年齢が若いらしい。

十歳児となればそれなりに判断能力が培われている年齢。今自分が置かれている立場を理解し、警戒心は持つはず。

例えそれが裏世界の住人であろうと例外は無く、むしろ、だからこそより構えなければならないところ。

だが当の本人にその気配はない。

好ましい者から与えられた任務を忠実に成し遂げようと張り切ってさえおり、彼があえて堂々と室内を動き回るのもその為だ。

 恐らくは隠されているであろうカメラを意識し、誘き寄せようとしている。

 自分の力を過信し、一度食わせた相手だからと相手の力量を甘く見積もる。

 それはいつの日かアテナにも注意をされた点。都合の良いようにばかり解釈し、そこに付随する問題ごとを度外視する。 

 アランの精神年齢が低いというのは、そういう意味を踏まえての事だ。

 そうとは考え及ばず、相変わらず呑気な足取りで室内を物色するアラン。隅にある天使をモチーフにした像の前にまで至ると、ここにカメラでも内蔵されているのかと暇つぶしに探してみる。 

 背を伸ばして覗き込んでみたり、カメラを内蔵しているから空洞になっているのではないかと指でコンコンと叩いてみる。

 しかし何らおかしな点は無い。

 となれば、ひょっとして普通のブロンズ像なのかもしれない。


「それはガキには少々高すぎる代物だ。あまり軽々しく触るんじゃない」


 部屋の入り口付近から声がした。

 その声に振り向くアラン。見れば、そこには見覚えのある男と、後ろには同じくスーツを着込んだ強面の男達が何人か、銃を手に集まっていた。

 よくもまあぞろぞろと、と呆れからかアランはやけに野暮ったい鼻息を吐く。

「僕子供だよ。それなのにそんなにいっぱい引き連れちゃって。暇なの、お兄さんたち」

「お陰様で大忙しさ。それにお前がただの子供じゃないのは分かっているんだ。今度は油断しない。泣き喚いたってママは助けに来てくれないぜ」

 勝手なもので。

 嫌味ったらしい子ども扱いにイラッとするアラン。自分はそれを武器にするくせにいざ面と向かって言われると腹を立ててしまう。

 それもまた精神年齢が低い証拠だろう。

 アランは不機嫌そうな顔をしたまま、

「まあ、なんでもいいよ。大人数で来てくれた方が、こっちとしてはお姉ちゃんの負担が少なくなるんだろうから」

「お姉ちゃん? ああ、あの女の事か」

 発言を受け、なぜか不敵に笑う面々。

 そんな彼らに眉を寄せるアラン。

 何がおかしいのだろうかと、必死にその原因を探ってみるもすぐに答えは出てこなかった。

 それを感じ取ったのか、カッティスは意地悪な笑みを浮かべたまま説明をする。

「女ならすでに対処済みだ。今頃ボスにこってり搾り上げられてるだろうさ」

「またそんな嘘を」

「ならなぜ俺これがこれほどの人数を従えここに来れている」

 カッティスのごもっともな発言に、アランの顔が曇った。喜々として話すその様は子供ながらに嘘とは映らず、もしかするのではないかという考えが頭をよぎる。

 カッティスは更に畳みかける。

「あの女の力量は俺も知っている。その上で奴は真っ先に対処しなければいけない存在だ。となれば人員を割いている余裕は本来無い。だが俺達はここにいる。必要ならまだ詳しく説明してやるが」

 年端もいかない少年に銃を突きつけたままそう告げるカッティス。

 そもそもこの場で嘘をつく理由が見当たらない。残念ながら今しがた男が言ったのは事実なのだろうとアランは解釈してから、

「で、どうするの。僕を殺すの」

 億劫そうに言い放ったアラン。

 相変わらず生意気な態度の彼にカッティスは嫌悪感を覚えつつ、

「このままだとな。念のために訊いておいてやる。ミゲルという男の居場所をお前は知っているのか」

「うん、知ってるよ。教えたら見逃してくれるの」

 やけにあっさりとした返答に、煮え切れない様子のカッティス。

 相場で考えればなにか裏があるに決まっている。

 しかしあの女と一緒に行動していたという事はミゲルの居場所を知っている可能性は大いにあると男は判断していた。

 となれば話ぐらいはしてみるかと口を開く。

「奴は今どこにいる」

「どこって言われても、正確な住所は分からないよ。ここからの道のりならもちろん覚えているけど」

 アランはわざとらしく首を傾げ、思い出すようなしぐさを取る。

 それから合点がいったと言わんばかりにスッキリした表情をして、

「良かったら案内するよ。ここからだとそんなに遠くは無いだろうし」

 言いながらカッティスたちの元へと歩み寄ろうとするアラン。

 不用意な一歩に誰もがすぐには反応できなかった。

 だが彼の能力を一度目にした事があるカッティスはそこでどうすべきかを悟り、 

「下がれ、お前ら!」

 カッティスが吠えた、次の瞬間。

 ほんの少しばかり距離を詰めたアランは気付かれたかと咄嗟にポンチョを広げ、素早くナイフを投擲した。

 鋭利で軽量の凶器は子供の力でも十分な速度を纏い、最前線にいるカッティスの元へと向かっていく。

 カッティスはバックステップを踏みながら後退することで回避を図る。そこまで不自然な程の勢いで迫っていたはずのナイフはある一点で浮力を失うと、本来の運動に則り狐を描くような形で地面へと落ちた。

(やはりな)

 何かしらの確信を持ったカッティス。

 正面を見据え、銃を構える。

 そして距離を縮めてこようとするアランに向かって、無造作に発砲した。

 一応は殺さぬよう脚や手を狙ったが、アランはこれを軽快に躱していく。

 カッティスに続けと言わんばかりに他の連中も銃を抜く。安全装置(セーフティー)を解除し、銃の照準を逃げ回る子供に合わせようとした。

 だが、カッティスはその動きを制する。

 なぜだと言いたげな仲間の視線を背に受けながら、彼は身構えるアランにこう言った。

「勝手に動くな。言っただろ。お前がただのガキじゃないのは分かっているんだ。次動けば確実に撃ち抜く。子供でもその意味くらいは理解できるだろ」

 再び銃口を向け、子供ごっこをする少年に睨みを利かすカッティス。流石のアランも一筋縄ではいかないと思ったのか、これまでのような無駄口を叩く様子は無かった。

 色々あってナーバスになっているカッティス。

 今彼を刺激するのはあまり賢くは無いだろう。

 めんどくさいなあと思いつつ、両手を上げ無抵抗を主張するアラン。もちろんそれでもカッティスが銃口を下げる事は無かったが。

「じゃどうしろっていうのさ」

 事がうまく運ばず、苛立ち気味に問いかけるアラン。駄々をこねた子供のように、上げていた腕を振り下ろす。

 するといつかのように服の裾から二つの発煙手榴弾が落下した。咄嗟に気付きどうにかせねばと反応を見せるカッティスだったが、時すでに遅し。

 また謎の力でピンが抜かれた缶からは煙が噴き出し、それは見る見るうちに部屋の中へと広がっていき、小さな身体を韜晦した。

 歯噛みし、舌打ちするカッティス。

 だが思考は比較的冷静だ。

「近づくな。中へ入れば相手の思うつぼだぞ」

 慌てて煙へと飛び込もうとした仲間を制し、一度距離を置くよう命じる。

 そして手にした銃を天井へと向ける。そこには拳サイズのスプリンクラーが設置されていた。

 カッティスはそれに向かって発砲した。

 スプリンクラー本体ではなく配管を狙っており、推測で着弾させていく。

 中々当てるのは難しく、なおかつ当たり所が悪ければ作動しないという事もあり五発ほど弾は嵩んだが、スプリンクラーは何とか作動した。

 拡散式の水が勢いよく噴出され、紫と赤が混ざり合った煙へと降り注いでいく。 

 煙はまたたくまに叩き伏せられていき、のちに水浸しになった床が見受けられるほどになった。

 その向こう側には窓から脱出を図ろうとしている少年の姿があった。

 今まさにやっと経路を見つけ、成人男性の胸元はあろうかという高さのそこにどうにか手を伸ばしていたところだった。

 急いた足音が部屋内に響く。

 思わず振り返るアラン。

 その眼には鬼の形相で迫ってくる男の姿が映った。

 近づいてきたカッティスは彼の首根っこを掴むと、力任せに引っ張った。それにより軽い身体はいとも簡単に窓から引っ剥がされ、濡れた地面へと転がった。

 痛! と素の声を漏らし、何が起こったのか明確に理解していない様子のアランへ、カッティスは躊躇することなく銃口を向ける。

「二度同じ手は食わない。これでもお前よりは闇を経験してきているんだ。その辺の奴と一緒にされちゃ困る」

 未だスプリンクラーが放出する水を背景に淡々と述べるカッティス。

 しかし銃を持ったその腕に妙な力が加わっていた。ぐぐぐぐ、と見えない何かに押されているような不思議な感覚。

 またか、と舌打ちすると同時、男は対抗策を思いついていた。 

 大層なものではない。  

 カッティスは制御されている右腕をひとまず放って置き、右脚を繰り出した。放たれた蹴りは目前で尻もちをついていたアランを捉え、彼は壁へと背を打ち付けてしまう。

「かは、あ――!」

 腕を何とか挟んだものの、蹴りが当たった際か壁に背を打ち付けた際か、息が出来なくなりせき込むアラン。

「お前の能力はすでに分析済みだ」

 地面に膝で立つ少年を見下しながら高らかに宣言するカッティス。

 男は相変わらず銃を構えたまま、

「見えない力で物理的な干渉をする事の出来る力。差し詰めそんなところだろう。原理は分からないが、その能力は並行して使えない。つまり、一つの場所へ集中している時、別の場所への干渉は出来ない。さらに言えばそこに有効範囲も設けられている――どうだ。この間の一戦で得た情報。間違ってはいないと思うが」

 カッティスの言葉に、押し黙るアラン。全身びしょぬれになったその水滴はスプリンクラーの飛沫だけによるものではないだろう。

 バツの悪そうな顔をし、アランは固まってしまう。命が掛かる局面というのは裏世界の人間と言えど冷や汗は出るもの。

 能力を封じられてしまってはただの子供と変わりない。単純な腕力では大人には敵わない。この場から逃げなければと、どうにかカッティスの視線を逸らすことを考える。

 近くにあるパイプ椅子を動かし、気を逸らしている間に懐から新たなナイフを取り出そうとするアランだったが、

「無駄だって言っているだろうが!」

 声を張り上げ、再びアランへと蹴りを放ったカッティス。

 衝撃に耐えきれず、小さな身体はまた飛んでいく。その際懐から取り出そうとしたナイフが散らばってしまう。早く拾わねばと手を伸ばすアランだったが――そうはさせまいとカッティスは彼の手の甲を踏みつけた。

 踏みつけられた手の甲からはミシミシという音がして、声にならない声を上げるアラン。今にも泣き出しそうなほど歪めた表情をして、痛みを耐える為か俯く。

 大の大人が子供を暴力で押さえつける。

 その様は常人なら見るだけで痛ましさを覚えるが、残念ながらこの場にそこまで思慮深い者はいない。

「正直に答えろ。お前らの目的は何だ。娘を取り戻すためにマフィアのアジトに乗り込むなんてのは常人じゃまず思いつかない発想だ。他に何を隠している」

 高圧的な態度で、真実を述べるよう促すカッティス。アランは未だ踏みつけられている手の痛みに悶えながら、

「な、何も隠していないよ。僕はただお姉ちゃんに付いてきただけだもん」

「あの女は何者だ」

「知らない。そのミゲルって人を追いかけていたらたまたま居合わせたんだよ」

 アランがそう答えると、渋い表情をするカッティスは脚に更なる力を込めた。その瞬間、踏まれているアランは甲高い悲鳴のようなものを上げる。 

「そんな話を信じると思うか」

 浴びせられる冷徹な声。アランは腕を引き抜こうともがくが、大人の体格ともなれば単純な子供の力だけでは抜け出せない。

「たまたま居合わせた人間に付いてきただけ? そんな馬鹿げた理由でわざわざこんな所まで来る訳がないだろう。あまり大人を舐めるなよ。その気になれば女から聞き出せるんだ。お前は真実だけを述べろ」

 威圧を掛け、脅しに掛かるカッティス。

 アランの手を踏みつける足は相変わらず解放する気配はない。

「う、うう……嘘じゃないのに」

 顔を苦痛に歪め、完全に俯いてしまったアラン。

 彼の言葉はあながち嘘ではない。アテナという名前は知っているが、素性、いわゆるどこの誰かは全く知らないし、ここに来てどうやって誘拐された少女を助け出すつもりだったのかも分からない。

 だがカッティスにそんな事情は関係ない。

 結局自分たちに都合の良い答えが返ってこない限り男達が納得する事は無く、まさに誘導尋問。今回の件に至っては完全に巻き込まれたアランが不憫に思えなくもない。

 とはいえ襲撃の一件がある以上、マフィアに黙って見過ごせというのも、それはそれで無理な話だ。

「もう一度聞くぞ」

 俯くアランに圧し掛かる声。

「お前たちの目的は何で、どうしてここにいる」

 この時、カッティスは心に決めていた。

 次に納得のいく説明が無かった場合は引き金を引くと。

 妙な力を使い、組織の秘密を知る人間を追いかけている存在はそもそもが危険。

 例えそれが子供であろうと、その男が同情はせど躊躇う事は無い。

「……どうしても答えないか」

 非常に残念だ。内心でそう呟き、引き金に指を掛けるカッティス。

 後は指に力を加えるだけで弾が射出され、若すぎる命がいとも簡単に絶たれてしまう事だろう。

 あってはならない、どうしようもない悲劇がまた一つ世界で起きてしまう。

 それもまた道理だという考えを持つマフィアには、やはり気にも留めない出来事だ。

(……ん?)

 とここでカッティスが何かに気付く。

 自分が足蹴にしている少年がぶつぶつと何かをぼやいている。

 あまりの恐怖に精神が崩壊したのだろうかとまずは安直に考えるカッティス。

 しばらくすると、今度は身体から黒い煙が昇り始めた。見た目からして害がありそうな感じだが、謎の黒煙は匂いも無く、また煤煙特有の呼吸困難になる事も無かった。

 だからといって蔑ろにする訳にはいかないが。

「また妙な真似を」

 この期に及んで抵抗しようとしてくるアランに苛立ちを覚え、眉間に皺を寄せるカッティス。

 致し方あるまいと、引き金に掛かる指へ力を込めようとする。

 が、動かない。

 引き金に掛けているはずの指が何か別のものに触れられているような気がして、次に引っ張られるような感覚がした。

 カッティスはすぐに例の力によるものだと認識する。

 死にもの狂いなのかこれまで以上に抑制の力は強く、ついには手から銃を落としてしまいそうになる。

 このままではまずい、と先程のように蹴りを繰り出そうとするが、これもままならなかった。

 アランは同時に二つの対象に力は使えないという事実。

 そもそもその解釈には誤りがあり、正確に言えば一つの対象に及ぼす力自体が彼によるものではない。

(くそ、何だこれは!)

 もがくカッティス。

 先程から何度も蹴りを繰り出そうとしているのだが、下半身がまるで動かない。

 原因はすぐに判明した。

 例の黒煙だ。いつの間にか下半身に纏わりつくそれが、カッティスの動きを封じ込める。

 ならばと、まだ範囲が及んでいない上半身で対処するしかないと判断する。

 足を動かせないので距離は縮められない。そこでカッティスは銃を持つ手を二つにする事にした。まともに動かせない右手を左手が覆い、引き金への負荷を大きくしようとする。

 何せ関節が動かせないほどの力。

 両手になったからと言ってそう簡単にいく訳ではないが、それでも徐々に引き金に掛かる指が押し込まれていく。

 あと少し、と最早引き金を引くことに全神経を集中させるカッティス。

 指はやがて弾丸を射出するに必要な力配分にまで達し、部屋内に銃声が鳴り響いた。

 黒煙とは違う煙が立ち上り、地面に落ちた薬莢の音。

 放たれた弾丸は標的へと一直線に向かい、頭を確実に打ち抜き、その小さな命を亡き者にする。

 はずだった。

 目の前に広がる光景に今度こそ目を見開き、驚嘆するカッティス。

 発砲した直後に立ちはだかった黒煙。弾丸は絡めとられたように中空で擦れる音を出しながら高速回転し、やがて運動も完全に停止した。

 煙に突き刺さった状態の弾丸を唖然と眺めながら、未だ思考が追い付かないカッティス。

 その間に黒煙は意志を持ったかのように蠢きながら彼に纏わりつく。まるで蛸が獲物に絡みつくような動きで首から下を黒煙が完全に覆い、ここまでくればそれがただの煙でないのは明白だ。

(か、身体が動かない!)

 引き金を引くどころか、鉄の塊を纏っているようだった。

 身体を必死に動かそうとするが小刻みに震える事しか出来ず、焦るカッティス。

 彼の背後では他の連中が戸惑いを隠せない様子だった。

 銃を構え準備はしているものの、少年の間近にカッティスがいる手前発砲していいのかどうかも判断が付かないのだろう。

「お兄ちゃん達が悪いんだからね」

 やがて聞こえた恨み節。

 俯く少年は、顔を上げる。

 その異様さを目撃したカッティスはゾッとした。

 顔を上げた少年の顔は先程の可愛らしいものではなく、目が黒くなり、頬を吊り上げ、とてもこの世のものとは思えない形相だ。

「あーあ。この顔醜いから嫌いなんだよな。だから女の人には絶対に見せたくないんだ」

 どうでもいいことを話し始めるのはまだ幼い証拠だろう。

 しかしカッティスはそれどころではない。 

 目の前で起こっている状況に顔を青ざめ、頭の中を整理していく。

 得体の知らない何かがいる。それも一つではなく複数。黒い煙の中を無邪気に動き回っているのが、渦中にいる彼には感じ取れていた。

 もしかしてこれが例の現象を引き起こしていた元凶なのだろうかと直感する。

 人間理解しがたい状況を前にすると判断力が鈍ってしまうのか、今カッティスが考えているのは何が起こっているのかだとか、どうこの状況を脱するかなどの打開策ではない。

 黒い煙はついに首元にまで迫り、身体の自由が全く利かなくなった現状、そんな思案は無意味であることには違いなかった。

 絶望的な状況に、今後自分はどうなるのだろかと慄くカッティスと、そんな彼を異相で眺めるアラン。

 年が倍以上も違う両者だが、有りのままの世界ではそんなもの関係ない。

「まあ本当は殺した方が楽なんだけどさ。お姉ちゃんに嫌われたくないから、程ほどにしておいてあげるよ」

 少年が謳うように発言をした次の瞬間。

 カッティスの視界が暗闇に包まれた。

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