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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
イタリアの闇達
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鳴り響くサイレン

(……何だ?)

 工場の敷地内。

 端にある大きな木に身を隠し建屋の方を覗き見る龍樹は、その視線の先で起こった出来事に眉を顰める。 

 そこには黒光りする高級車が二台止まっていたのだが、建屋から出てきたカッサローニが車に乗り出たかと思えば、それに習うような形で出てきたか男達も、もう一台の高級車に飛び乗り急いた様子で車を発進させた。

 低く唸るエンジンが門へと尾を引くような音を響かせながら、やがて聞こえなくなっていく。

 どうやら外へと向かったようだ。

(でも何で……) 

 あれこれ考える龍樹。

 だが全くもって思いつかない。

 結局原因は分からなかったが、これはチャンスだと思った。 

 カッティスは一人で乗っていったが、二台目の車には五人の人間が乗り込んでいた。

 今龍樹確認できている数が十。

 その計算で行けば、建屋内には後四人の人間がいる事になる。

 それはわずかながら希望が見出せる数だ。

 他の建屋で何かしらのアクションを起こし誘き寄せたとして、全員で来るというのはいくらなんでも虫が良すぎるが、この場所で異常が起きている事を察知されたくない連中の気を汲むと一人で収束に当たる可能性は低く、何なら三人で見に来るかもしれない。

 まあ例えそうなったとしても相手は銃を持った人間だ。彼らの目を掻い潜りミレーナを救出するというのは相変わらず無謀なのかもしれないが、龍樹は他の案が思いつける気がしなかった。

 動き出すには少しばかり発奮材料が足りないのかもしれない。

 ただ窓越しに見た弱々しいミレーナの姿が、龍樹は忘れられなかった。

 いつの日か街で見せたあの笑顔に、一刻も早く彼女を戻したやりたい。

 意を決し、龍樹は立ち上がった。

 車でどこかへ向かった連中はいつ帰ってくるか分からない。もしかしたら人数が増えて戻ってくるのかもしれないし、そうなってしまえばもうどうすることも出来なくなってしまうだろう。 

 となれば行動するのは今しかない。

 険しい顔つきになった龍樹は二つある建屋のうちの一つに足を運んだ。

 入った瞬間、ひんやりと冷たい空気が頬を撫でる。閉ざされた窓は全てステンレスなので中は昼間でも暗く、随分と閉鎖的。

 電気を付けられずうらびれた空間は改めて人がいないんだろうなと感じさせる趣を漂わせている。

 恐る恐る足を踏み入れ、目的のモノを探す龍樹。

 実のところ彼は騒ぎを起こす為にある程度の目星はつけていた。

 そしてそれはすぐに見つかる。

 海外なのであるか無いか微妙だなという不安もあったが、薄暗闇の中赤く煌々と光るそれは日本で見たものと大きな違いは無い。

 当然ながら書かれているのは横文字だったが、流石の龍樹でもFIREぐらいは読める。

 見つけたとはいえすぐに押すような真似はしない。

 これから起こるひと騒動に深く息を吸い、目を閉じて集中力を高める。静かな空間と命を懸けるという緊張感からか、従来以上に効果は得られた気のする龍樹。

 それでも心臓の早鐘は収まってくれなどしない。それどころか上昇の一途をたどり、今にも張り裂けそうなほどにその音は大きい。

(落ち着け……冷静になるんだ)

 胸を押さえ、自分に言い聞かす龍樹。結局踏ん切りがつくまでに一分ほどの時間を要してしまったが、やがて訪れた安定期。

 今一度己に発破を掛けると、龍樹は保護の役割を担う扉を開き、中にあるそれらしきコックを握り、力強くプルダウンした。


 ジリリリリリリリリリリリ!! という金切り音が、敷地内を暴れまわる。 


 突如鳴り響く轟音に、マフィアの男達は戸惑いを隠せない。

 どうすればいいのかが分からず慌てふためき、壁で見えないが音が鳴っているであろう他の建屋に一同目をやる。

「何だ。一体何が起こっているんだ」

 アウトドア雑誌を読んでいた男は目を見開く。

「分からねえ。ただ工場内の警報機が作動したらしい」

 オールドメイドをする男は相手のトランプに手を掛けたまま静止していた。

「んなこた分かってんだよ。問題はなんで作動したのかってところだ」

 その相手である男は後二枚ずつというクライマックスに水を差されたのが気にくわないのか、少しばかり腹を立てているようだ。

 椅子に座り机に向き合う面々。各々の時間を過ごしていた彼らの顔が一斉に強張る。

「おい、誰か行って止めて来いよ」

 未だ鳴り響くサイレンの中、雑誌を読んでいた男が二人にそう告げる。もちろん上下関係のない二人はそれに反論する。

「だったら言い出しっぺのあんたが行きな。俺達は今忙しんだ。男の真剣勝負でな」

「ああそうだな。といっても、その真剣勝負とやらは俺の勝ちだがな」

 男が手を掛けていたカードを引き抜く。それはジョーカーではない方のカードであり、取られた男は悔しそうに唸り、揃い札の山に突っ伏す。二人でここまで熱くなれるのだから大したものだが、はっきり言ってそんな事をしている場合ではない。

 それぞれがそれぞれ、何とも呑気なものだった。結局工場内にいる人間達の中でまとめ役としての者はおらず、警報機が鳴った事により被る被害をどこか軽視していた。それだけでいかにこれまでカッサローニ便りだったかが窺える。

「負けたんだ。警報機を止めに行くのはお前が行け」

「冗談じゃない。後付けルールは無効だ。だいいちこいつは参加していないだろうが」

 雑誌を読んでいた男を指さし、どうでもいいことをブーブーと言う子供のような男。傍から見れば何とも滑稽な光景であり、とても由緒正しいマフィアの部下とは思えなかった。

 幸いだったのが彼らもそれなりに大人だったという所だろう。 

 サイレンが鳴り被る被害とやらに、全く考えが及んでいない訳ではない。

「おい馬鹿言っていないでとっとと止めに行くぞ。このまま放っておくと大変なことになる」

 雑誌をたたみ、立ち上がった男。サイレンが鳴り続ければいずれ周りが気づき、下手をすれば警察が来てしまうかもしれない。

 ようやく事態を飲み込めたのか、トランプをしていた二人も立ち上がり男の動きに参加する。

 丁度その時だった。

 鳴り響いていたサイレンとは別のサイレンがもう一つの建屋の方から聞こえ始めると、三人は不思議そうにそちらの方角へ顔を向けた。


 鳴り響く二重奏は当然ながら別の部屋にも届く。

 

 ミレーナを見張っている男も、耳をつんざくようなけたたましい音に動揺を隠せずにいた。

「どうしたってんだ一体……」

 思わず呟く男。

 すぐ傍で蹲っているミレーナも顔を上げており、そのサイレンを目で追っている。

 やがて男は立ち上がると、部屋の出入り口へ向かっていく。

 何も伝えられなかったが、ミレーナはそんな男の行動に様子を見に行ったんだろうなと推測する。

 まあだからといって自分には関係がない事。

 この場にいる以上そんなはずはないのに、まるで他人行儀な思考を持ち合わせてしまう程、彼女の心身は耗弱していた。

 男が外へ出ていくと、ミレーナは再び顔を伏せる。

 もう自分は助からないのかもしれない。

 大好きなお父さんとお母さんにはもう会えず、このまま死んでしまうのだろうか。

 一日もの間人として扱われた気のしない時間を過ごした思考回路は、ネガティブな事しか考えられないようになりかけていた。

 無理もないのかもしれない。

 食事こそ取らされているものの、昨日の夜は毛布一枚に包まり身を震わせた。

 社会に揉まれそれなりの耐性を持った大人ならまだしも、ミレーナはまだ子供。

 守られるべき立場の彼女が単独で出来ることなど、この場では限られてくる。

 と、外界との交流を遮断しようとしていた少女の耳に、その隙間を縫う形で音が届いてきた。

 コンコン、と何かを叩く音。

 極めて人為的なそれにミレーナは再び顔を上げる。

 この部屋を唯一照らす埃かぶった窓の向こう。

 そこには焦った様子で手招きをする、見知った少年の顔があった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 しばらくすると。

 男が戻ってきた。

 サイレンはいまだに鳴り響いているが、そっちの件はどうやら他の者に任せたようで、男はミレーナを見張る仕事を優先させる。

 そして部屋に入ってすぐ、異変に気付いた。

 外から聞こえるはずのサイレンがやけに通り、まるで遮閉物がないかのように透き通っている。

 まさかと思い窓へと目をやる。確かに閉めてあったはずの窓が開いていた。その原因を探るように辺りを見渡す男。

 そして当たった予想にほぞを噛む。

 埃を被った机や書棚はそのままだったが――先程まで大人しく蹲っていた少女がいない。

 事態に気付き、急いで窓際へと走り寄る。そこから顔を出し辺りを探ると、丁度建屋の角を曲がる少女の端が確認できた。

「あのガキ!」

 怒りを露わにすると男はすぐに踵を返し、逃げ出したであろう少女を追いかけ始めた。

 


「ミレーナちゃん走って!」

 けたたましいサイレンをバックコーラスに、声を張り上げる龍樹。

 その少し後ろには息を切らしたどたどしく走るミレーナの姿があった。

 普段から運動をしていない精かまだ二十メートルも走っていないというのにもう言葉を返す余裕すらなさそうで、ろくな食事も取らされていない小さな身体は今にも走るのをやめてしまいそうなほどフラフラだ。

「ほら、もう少しだからがんばって」

 伝わらない日本語で必死に励ます龍樹。

 本当は彼女をおぶってあげられれば一番良いのだが、いくら小さいとはいえその体重は二十キロはあるだろう。

 少しの間なら持てるだろうが、ここから更に五十メートルはありそうな出口までとなると、アスリートでもない龍樹には文字通り荷が重すぎる。

 おまけに出口に付いたからといってゴールではない。

 外は人通りが少なく、だからこそ連中がここを選んだのだろうが、つまりここを脱したとして保護してくれる人間に出会えるとは限らない。

 そして難儀な事は更に増える。

 先程まで自分達がいた工場から一人の男が出てきていた。それに咄嗟に気付くと龍樹はそばにまで来たミレーナを抱え上げ第二工場の脇に隠れる。

 男はキョロキョロと辺りを探り何かを探している。

 となれば、必然的にそれは逃げ出したミレーナである可能性が高い。

 男は周囲を見渡した後、常識的な判断で出入り口である正門へと向かっていく。

 工場の脇で目いっぱい身体を縮こまらせる龍樹達の目の前を、銃を手にした男が駆け抜けていった。

 過ぎ去ったのを確認すると、とりあえず龍樹は息を吐く。もしかしたら隠れる場面を見られたのではないかと気が気ではなかったので、心臓の鼓動はこれまで経験した事のないほどに脈を打っている。

 安心したのも束の間。

(くそ。思った以上に気付かれるのが早かった)

 せめて後一分、気付かれるのが遅かったのなら龍樹達にも勝機があったはず。

 たらればなどこの際思っても仕方がないが、先の件がうまくいっただけに悔しさも一塩だ。

(まあでも……ミレーナを連れ出せたからとりあえずは及第点とするか)

 きっとあそこで連れ出せなければ、もう後にはどうしようも無かっただろう。そう考えると、我ながらナイスな判断だったと、まだ早い合格点を自分に与える龍樹。

 やはり問題はこれからだろう。

 逃げ出したのがバレた以上、連中は正門を封鎖するだろうし、しらみつぶしに敷地内を探し始めるはず。幸いにも三つある工場の中はそれなりに入り組んでおり身を潜めるには適しているが、限度があるのもまた事実。

 まとめると四人いる連中の目を掻い潜り、別の出入り口を、出来るだけ早く探さなければならない。

(……出来ねえよそんな事)

 頭を抱える龍樹。

 そもそもあそこ以外に出入り口があるのかどうかも怪しい。動いたはいいもののあまりの状況の悪さに弱気にすらなってしまう。

 流石のアテナと言えどここを特定しやってくるのは至難の業だろう。

 このサイレンの音を聞いて警察が駆けつけてくれればいいのだが、はっきり言ってこんな過疎地、望みは薄いと龍樹はほんの少し見当違いな事を考える。

 過疎地だからどうこうはさて置き、基本的に警報機が作動した場合初めは警備員が来て状況を確認する。それから有事と判断されれば警察やらの当局へ連絡をしたりする訳で、この工場も民間の警備会社が請け負っていた。

 常日頃から頻繁におかしな出入りがされている工場。

 当然ながらその警備会社も、ここがどういう用途かを知らない訳ではない。

 そろそろサイレンの音も止まられてしまう頃だろう。

 サイレンが止められあの男が仲間にミレーナが逃げ出したと伝えた時、マフィア達はか弱い者達の捜索を始めるはず。

 我ながら荷が重すぎると龍樹は思う。

 映画や漫画で恐怖を覚えたフィクショナルな存在から囚われの少女を救い出すなんて、ほんの二、三日前の生活からは想像も付かなかった。

 見つかればどうなってしまうのか分からない。下手をすればその場で即殺されるかもしれないし、少なくともお仕置きを受けるのは間違いないだろう。

 はあーと辛そうな顔をする龍樹。

 悪魔でも何でもいい。こんな時力があればと、やぶれかぶれな事を考える。

 と、そこで龍樹は自分に注がれる視線に気付く。

 ハッとしてそちらを見ると、ミレーナが心配そうな顔で彼を見ていた。その顔は不安を湛え今にも泣きだしそうで、龍樹の心に深く響いた。

「……そっか。そうだよな」

 ミレーナの表情を見て、改めて気付いた龍樹。

 怖いのは自分だけじゃない。むしろ状況も分らない少女はもっと不安を感じているはず。

 それなのに自分がその不安を助長させてどうすると、龍樹は少し反省する。

 いまだ心配そうな顔をするミレーナに微笑みかける。

 龍樹は彼女の頭を撫でながら、

「ごめんな怖い思いさせちゃって。大丈夫だ。お兄ちゃんが絶対守ってやる」

 何度も言うように、言葉は通じない。けれど彼の微笑みを見て言いたいことは伝わったのか、ミレーナはほんの少しだけ安堵したように息を吐く。

「さて……それじゃとりあえず裏手に回ろう」

 険しい顔つきで立ち上がる龍樹。サイレンはいまだ鳴り響いており、動くなら今がチャンスだろう。

 ミレーナの手を引き、歩き始める。

 そこに先刻までの不安は全く無い。何が何でも、例え命を懸けてでもこの子を守るんだと、少々大げさな理由で己を奮い立たせる。

 ただ、ミレーナを救い出す気がないなら端からここには来ていない。

 敵の数や、あるかも分からない出入り口。不安要素はたくさんある。

 途中色々葛藤があったが、今の龍樹はもう吹っ切れていた。

 諦めるという選択だけは絶対に有り得ない。

 そもそも彼は弱気にはなれど、後悔だけはしていないのだから。

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