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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
イタリアの闇達
156/261

表の正常は裏の異常

「相変わらずいい手際だね」


 男を麻縄で後ろ手に縛るアテナを見て、感心するアラン。

 騒がれない為か口にガムテープを巻くのは一番先に済ませており、もう何度も実践済みなのか身体全体をものの十秒で縛り上げる様はまさに職人技。

 縛り上げられた男ももがいてはいるが、足と手がくっ付くエビ反り状態での拘束に成す術がない。

 アテナは仕上げとして、先に縛り上げた男と二人を更に一緒に縛りながら、

「とりあえずこの作戦だと二人が限界かしら。流石に三度目ともなると連中も不審に思って探しに来るでしょうから」

「二人か……道のりは険しいね」

 単純な計算でしか物事を語らないロニーに対し、一人少ないだけでも随分違うとアテナは言う。

「朝から敷地内を出入りしていた人間と車の量から考えて、多く見積もっても十人程度。後何人行動不能にさせられるかは分からないけれど、決して絶望的な数ではないわ」

 結び目を強くする為に最後の搾り上げを終えたアテナ。

 ようは真っ向から対峙するのではなく、こうして一人になった所を二人で強襲するという、いわば単純な隠密戦略。

 まだ序盤とはいえここまでは順調。

 今しがたのアテナの発言を聞くに、この後の作戦も考えが無い訳ではなさそうだ。

「恐らくこの男が戻らない事により敵が取るであろう行動パターンは二つ。数人で動いて探し出すか、全員がバラけて探し出すか」

「お姉ちゃん的には後者の方がいいんだよね」

「ええ。連中も纏まって動いた方が安全だとか、そこまで頭が回らなさそうでしょうしね」

 ましてや侵入者がいて襲われたとは夢にも思わず、また一人で見に来るという間抜けな選択を取るかもしれない。

 考えてみれば無理もなかった。

 カッサローニ自身この居住地を知られているとは思っていないだろうし、部下としても敵地にわざわざ飛び込む愚か者がいるとは、現段階ではまず思わないはず。

「どちらにせよ、奴らの行動によって私たちの動きも変わってくる。一度ここから離れて、また様子を窺うわよ」

 縛り上げた二人を餌に、連中の出方を窺うつもりのアテナ。その為一旦小屋から出て、また少し離れた所から状況を窺おうとする。

 小屋から出る前に、縛り上げた二人が本当に身動きを取れないか確認。解けないと確信を得ると、アテナは出口へと向かっていく。

 その一連の行動をアランは不思議そうに見る。

「さあ、行きましょうか。連中がここへ来る前に」

 出入り口で立ち尽くすアランにそう促すアテナ。

 アランは何がそんなに気になるのか団子状態で拘束されている二人をいまだに眺め続けている。

「ねえお姉ちゃん」

 やがてぽつりと呟いた。

「何かしら?」

 名を呼ばれた女は平然とした調子で応じる。今から少年が何を言おうとしているのか全く気にしていないと言った様子だ。そもそも、彼女としては一刻も早くこの場を去りたい気持ちが勝っているのかもしれない。

 大した用でなければここを出てからにして頂戴。

 そんな言葉を贈ったアテナに対し、アランとしては大した用だったのか、はたまた年相応の我がままがここでも出てしまったのか、こんな質問をする。

「どうしてこの人達殺さないの?」

 アテナの顔を見上げ、純粋な疑問をぶつけるアラン。

 彼女を見上げる表情は子供っぽさを前面に表し、愛らしく、そして無垢だ。ただし放たれた言葉には容赦がない。

 それこそ日常生活で人を殺している連中に比べれば場数は少ないのかもしれないが、そんな彼でも彼女が取る特殊な行動には懐疑を覚えるようだった。

 確かにそうだろう。

 何か目的があるのならまだしも、わざわざ拘束するだなんて時間が掛かるし要領が悪すぎる。

 おまけに大人しくなる気配もないので、それこそ物音を聞かれようものならすぐにでも仲間が駆けつけ、この状況が明るみに出てしまうはず。

 論理的に考えれば対象を亡き者にする事でその二つは解決できるはずなのにそうしないアテナを、アランは不思議に思ったのだ。

 こんな子供がそんな発言をするだなんてとでも驚いているのだろうか。

 アテナはすぐには答えなかった。

 アランを見下ろす碧眼は常に風前の灯火のように静かに輝き、それでいて今にも失われそうな儚く、もろい印象を漂わせる。

 いつも明確な自論という指針を持っているアテナとしても、これといった答えが見つからなかったのだろう。

 ここに限っては、大人の特権を利用する事にしたようだ。 

「必要ないからよ」

 切り捨てるようにそう言い、質問から逃れる為か部屋を後にしようとするアテナ。

 そそくさと外へ向かうその背を、アランは今だ不思議そうに眺めている。

 彼なりにあれこれ考えてはいるようだが、結局真意が分からず、探索するのを止めた。

 理解する事を早々に諦めたアランはいつも通り取り入るような笑みに戻ると、

「そうなんだね」

 と元気に相槌を打った。

 それからアテナの背を追うような形で歩き始め、彼女同様場を後にする。

 金物やらを保管する物置部屋。

 そこには自由を奪われふがふが唸る二人組だけが取り残される格好となった。

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