頼みのシガー
「それで、これがハバナで一番人気のある種類です。甘くマイルドな味わいが特徴で、なおかつ値段もお手頃。コストパフォーマンスという点を考えれば、このシガーの右に出るものは無いかと」
机の上に並べた商品の説明をするダニエル。
前もって頭に入れて置いた知識も身になっているし、滔々と語りはっきりとした語気は、日々のビジネスマンとしての経験が生かされているからだろう。
隣に座るロニーも少しキョロキョロと眼を泳がせているが、それは高級感あふれる室内に戸惑いを感じているだけであり、彼の年を考慮すると特におかしなところは無いはずだ。
現にカッサローニの後ろに立つ護衛達も不信感は抱いていないようだったし、カッサローニ自身、ダニエルの事を本物の商人だと信じ込んでいる様子だった。
だからと言って、雰囲気が穏やかなものかと言えばそうではなかったが。
ダニエルの話を聞くカッサローニはどこか険しい表情を浮かべていた。
ソファーに背を預け気だるそうな恰好を取るその様は、退屈な話を聞かされている事に対しての態度の表れ。
それはダニエル自身感じ取っているようで、何か違和感がある事を言ってしまっただろうかと、引きつった笑顔で話を続けながらも内心焦る。
そして紹介していたシガーの特徴を一通り説明し終え、次に移ろうとした時だった。
「それで、こちらのシガーは今年出たばかりの新作。ブランドは同じですが、こちらは少しスパイシーな味を楽しむことが」
「もういい」
少しばかりやり辛そうに商品を説明し始めたダニエルを、カッサローニが制した。
聞いていられないと言いたげに首をもたげ、退屈なのか自前のシガーをケースから取り出し、専用のハサミを使って吸い口を作ろうとする。
これには不安を隠せないダニエル。
苦笑いすら崩れ、明らかに機嫌の悪いカッサローニを見ながら固まってしまっている。
「あ、あの、話を続けてもよろしいでしょうか」
耐えかね、恐る恐る訊いてみるダニエル。
カッサローニはシガーに火をつけ一吸い、煙を宙に漂わせながら、
「もちろん構わねーさ。ただ一つ言わせてもらいてえのは、あまり俺を舐めるなという事だ」
ぞわ、と、その発言に嫌な感覚を覚える。
もしかしてバレてしまっているのだろうかと焦るダニエル。蛇に睨まれた蛙のように、鋭いカッサローニの視線に息を飲んでしまう。
「えっと……と言いますと」
カッサローニの発言を色々と自分なりに解釈してみて、もしかしてというものはある。しかし明確な言葉が無い以上それを口にする訳にはいかず、本人にかみ砕いて説明してくれと要求するダニエル。
カッサローニは眼光をさらに鋭くして、
「確かにお前の紹介するシガーはどれも値段が手軽で人気のある商品だ。だが俺が求めるのは、そんなポピュラーなものじゃねえ。俺が求めるのはもっと上質で刺激的な、この世のものとは思えないほどの極上な味のする嗜好品だ。それはそこにいるガキもよく知っている事だと思うがな」
ロニーを睨みながら、最後にそう付け加えたカッサローニ。大人の威圧を受けどう対応すればいいのか分からないロニーは、たじろぎながら目線を下に向ける。
ようするに、金ならいくらでもある。そんじょそこらの庶民が吸うような安物を勧められても全然そそられないと、そういう事なのだろう。
確かにカッサローニはその財政力を使い、世界中のありとあらゆるシガーを手中に収めてきた。
中には百ユーロする代物もあり、そういったものを一日に十本近く吸う彼にしてみれば、大衆受けするシガーでは物足りなさを感じる事だろう。
「それはさておき」
話にはまだ続きがあるようだ。
ほんの少しばかり、カッサローニの言葉のニュアンスが変わった。
未だ鋭い眼光に睨まれるダニエルは只でさえ委縮している肩を更にすくめ、発言の先を待つ。
勘ぐるように目を細めると、カッサローニはこう言った。
「思わず俺に何か隠し事をしていないか?」
「……ッ」
あまりに直球過ぎて、思わず顔に出てしまった。
わずかとはいえ、頬を引きつらせてしまったダニエル。無意識にメガネをくい、と上げると、リカバリーせねばと話をつなぐ。
「まさか。一体私が何を隠していると言うのです」
嘘は無いと手の平を返して示し、結局出たのはその場しのぎの言葉。
当然そんな事では状況が改善される訳もなく、ダニエルの言葉に対しカッサローニは特に反応を示さず、その眼を逸らさない。
周りにいる連中はカッサローニに同調するしか芸がないらしく、恐らく彼に何が見えているのかさえ分かっていないくせに、その時に備え立ち位置を変えていく。
完全なアウェー。武器も持たぬダニエル達に対し、相手は皆が皆拳銃を持っていてもおかしくない。おまけにガタイの良い連中に対し、一方はお世辞にも肉付きが良いとは言えない大人一人に、場の空気に飲まれてしまっている子供一人。
絶体絶命の状況である事は、誰が見ても明白だろう。
冷や汗をかくダニエル。外面で妙な所を見せる訳にもいかず、水滴が滴る前にふき取り、どうにか平常を装う。
だが完全に抑えられる訳もなく、
「どうした? 汗が凄いぞ」
追い詰めるように前のめりになり、わざとらしく指摘するカッサローニ。
汗の量は更に増幅していく。先程の件からも分かる様に、その場しのぎの言い訳を提示しても仕方がない。
自分の身に危険が及ぶと何を仕出かすか分からないカッサローニの性格。どこかおかしななその挙措に不審を覚えただけで銃をぶっ放す、という可能性も全く無い訳ではない。
紛い物ではない、本場仕込みのプレッシャー。
これ以上の引き伸ばしは無理だ。
そう思い至ると、ダニエルは溜め息のようなものを吐き観念する。
「分かりました」
肩の力を抜き、虚脱したように俯くダニエル。それに気づいたロニーはすぐさま何かを言おうと息を呑む。だが今自分が置かれている状況を考えると思い留まるしかなかった。
再び顔を上げたダニエルは険しい表情になっていた。そこには先刻の気弱な彼の姿は無い。この変わりようにはカッサローニも只ならぬものを感じたのか、前のめりになっていた構えを解き、少しばかり距離を取る。
威厳を示す為か眼鏡を外すと、ダニエルは机の上で広がっているシガー達を隅に追いやる。
そして傍らにあったヒュミドールと呼ばれる葉巻専用の保管箱を手にすると、今しがたシガーを捌け生まれた空間にそれを置き鍵を開けた。
「もし私が隠し事をしているように見えたのであれば、それはこの精なのかもしれません」
箱の中には更に小さな木箱が入っており、取り出してカッサローニの方に向けて蓋を開ける。
これまで箱いっぱいに詰められていたものとは違い、専用のケースのようなものにいれられ明らかに待遇の違う葉巻たちが木箱にほどほど詰められている。
突如現れた毛色の違う物達に目を細めるカッサローニ。流石の彼でもシガーケースに嵌められているシガーの銘柄を見抜ける能力は備わっていない。
ダニエルはその内の一本を取り出し、ケースから取り出した。中身に傷がつかないよう慎重に離していき、やがて露わになった謎の物体の正体。
カッサローニが思った通り、それはシガーだった。
これまで幾度となく彼が吸ってきたであろう代物。恐らく金銭の面で言って一般人の何十倍も注ぎ込んでいる、彼が最も愛す嗜好品。
だからこそ分かる。
ダニエルが見せたそのシガーが、そんじょそこらにあるシガーではない事を。
「それは……」
反応はこれまでに比べずっと良い。今度は別の意味で前のめりになるカッサローニ。ダニエルが手にするシガーをまじまじと見て、自分の見解を口にする。
「まさかダビドフのシャトー物」
かつて最高級と呼ばれ、製造が中止された経歴を持つ銘柄。根絶されていないとは聞いたが、莫大な財力を持ってしても手に入らない幻のシガー。
「メキシコ産のものか?」
「いえ、本場のものです。お気づきかとは思いますがこれは二十年前の代物。にも拘らず良好な状態。保存には随分と神経を使っていたという事が窺えるかと」
あの冷酷非道なカッサローニが子供のような無邪気な表情になっていた。
攻撃的だった瞳孔が見開かれる。生粋のシガー愛好家として胸躍る。
「よく見せてくれ」
声を弾ませ、食い気味に手を伸ばしたカッサローニ。
おっと、とダニエルは腕を引きその要求を拒否する。
堅固な姿勢を示されたカッサローニは面食らう。
未だ手を伸ばしたままの状態の彼に、ダニエルは言う。
「こちらも商売でしてね。何せ高価な品物。あまりがさつに扱われて痛みでもすれば商売あがったりです」
件のシガーをケースに戻し、まずは話してからと態度で示すダニエル。
「ふん、がめつい奴だ……おい」
不服そうな顔をしながらも筋は通っていると感じているのか、カッサローニは後方にいた男に何かを命じる。
促された男は直接的な言葉を受けずとも理解したのか、一度頷くと部屋の隅にある金庫へ向かった。周りから見えないよう身体で壁を作りダイヤル式の施錠を外すと重厚な扉が開かれていく。
そして中からアタッシュケースのような物を持ってきて、それをカッサローニへと渡す。
カッサローニはアタッシュケースを受け取ると机の上に置いた。両の留め金具を同時に開けて中身を確認すると、今度はダニエルに見えるようアタッシュケースを反転させる。
中身の正体を確認すると、ダニエルとロニーは驚いた顔をする。
「金ならあるんだ」
アタッシュケースの中には札束が入っていた。しかもどれもが新札で、整然と敷き詰められる様は圧巻だ。
「さあ、早くそのシガーを確かめさせろ。心配するな。俺だって愛好家の端くれ。それがどれほどの価値があるのかを理解している。がさつに触れないのはもちろんの事、何だったら手袋をしてやってもいいぜ」
あれほど高慢的だった態度が一変、彼にしては妙にへりくだった対応だった。
惚れた女と一晩を過ごすかのように興奮した様子のカッサローニ。
それでもとっとと渡せとぎらついた眼光で訴えかけてくる威嚇に、まずい、とダニエルは内心焦る。
口の中が渇き心臓が早鐘を撃つ。手にしたシガーがさながら時限爆弾のようにさえ思え、出来る事ならこのままどこかへ放り投げたい気持ちになる。
シガーが偽物という訳ではない。
かつてキューバで生産された上質なシガーは色々と事情が重なり廃盤という道を辿った。しかしロニーの父親、つまりはカッサローニの直接的な取引相手であるタバッキ屋は今は入手困難なその代物を保管していた。
実のところロニーの父親も相当な葉巻好きであり、いわばダビドフは個人的な趣味という観念に基づいた非売品なのだが、ミレーナ救出の手助けになるのならとロニーがくすねてきたものだった。
つまりそのシガーをカッサローニが口にするという事は、イコールロニーが父親にこっぴどく怒られるというシナリオであり、事情を知るダニエルとしても何とか無傷で返還したいところ。
とはいえ今回の件がそこまで甘くないのは承知だ。
それは一種の希望的観測が招いた考えである事は彼にも分かっていたし、だからこそロニーの父親に事情を話し提示された料金を支払おうという所まで考えが及んでいる。
だが真の問題はそこではない。
厳密な意味ではその件も立派な問題になるのだが、もっと根本的な、プログレッシブな観点から言えば、最も問題なのは――早過ぎたという事だ。
ダニエル達がカッサローニ邸に招かれて早二十分。
やはり警戒心の強い男といった所か、その二十分の間に彼が一人になる場面というものが全く無かった。
これはカッサローニの性格を考えた際予想できたことなのでそこまでの驚きは無いが、問題は思ったよりも切り札を出すのが早くなってしまった事だ。
全体的な手順としては三十分ほど経った所でそのカードを使い、アテナ達の侵入の時間を稼ぐという運びになるはずだった。
たかが十分と思うかもしれないが、三分の一と考えればそれなりに重要な時間だし、何よりそれは最低限の想定時間だ。
思った以上にアグレッシブな態度を取ってきたカッサローニにひるんでしまい、高級シガーという切り札を早々に使ってしまったダニエル。
アテナ達の状況が分からない以上、このまま時間を引き伸ばした方がいいのかどうかさえ分からない。
「おいどうした。まさか見せびらかしただけで、実は売る気はないとか言い出すんじゃないだろうな」
やけに渋るダニエルに、しびれを切らしてきたカッサローニ。
後方にいる金魚のフンたちもそれに同調し、今度は銃でもぶっ放しそうな剣幕でダニエルを睨みつけている。
堪らなくなり、ダニエルは狼狽しながらも、
「ま、まさか。ただ、見極めさせてもらいたかっただけです。何せこのシガーを手に入れるのには苦労しましたからね。ありとあらゆる方法を駆使して、やっと手に入れた品物。いわば、私にとってこのシガーは子供の様なものなんですよ。お金を積まれただけで渡せるほど、私のシガー愛も腐っていません」
我ながら何を言っているんだと可笑しくなるダニエル。シガーも何もタバコすら吸えないじゃないかと自虐的な事を内心でぼやきつつ、どうにか時間を伸ばそうとする。
かくして、カッサローニは業を煮やした様子で、
「じゃどうしろってんだ」
とさらに機嫌が悪くなる。
ここは言ってみれば敵地の領域。
そうでないにしても、相手は悪名高いマフィアのボス。
あまり刺激をするのは好ましくないは間違いないだろう。
おまけに要領を得ない事が嫌いなカッサローニ。
ただ単純に話を引き伸ばすだけでは、状況は悪化の一途をたどってしまう。
そこでダニエルはこんな提案をする。
「一つゲームをしませんか?」
人差し指を立て突如妙な事を言い始めた男に、ゲーム? と顔を顰めるカッサローニ。
「俺は無駄な時間が嫌いでな。今日会ったばかりのあんたと遊べるほど陽気な性格でもなければ、そこまで暇な身でもない。遊び相手が欲しいのなら悪いが他を当たってくれ」
「そうではありませんよ」
予想通り突っぱねてきたカッサローニに対し、ダニエルは用意していた言葉を返す。
「言ったでしょ。このシガーを吸うにふさわしいかどうかを確かめたいと。いわばこれは審査の様なものです」
「ふざけんじゃねえ。お前にどんな権限があって」
「もし当てる事が出来たのであればこのシガーは半額でお譲りしましょう」
予想だにしないその提案に、面を食らうカッサローニ。
一体全体なぜそんな不得要領な事を言い出したのか。
廃盤となりプレミアが付くシガーを半値で、しかも売買を生業とする商人が提示するなど、普通に考えて疑問を覚える。
おまけに比較的合理的な思考を持つカッサローニ。
その意図が読めない事に不審を覚え、男の顔はひどく歪む。
「もちろん外れた場合でも通常の値段でお譲りします。どちらにせよカッサローニさんが損をする話ではないかと」
不審に上塗りされる言葉。金額を倍にしてくれと言うのなら分かるが、それどころかこれといったペナルティーも見受けられない。
存分に眉を顰めるカッサローニ。
こうなってくれば訊かずにはいられない。
「お前に一体何のメリットがある?」
睨みを利かせ、正直に話せと暗喩するカッサローニ。
対して、ダニエルは真っ向から視線を合わせて、
「当たれば幻と呼ばれるシガーを適任の方に渡せ、愛好家として本懐を遂げることができる。当たらなければ商人として商売ができる。難しく考える必要はありません。ただそれだけの話ですよ。恐れながら私はあなたを試してみたい。これからも語り合う事の出来る器かどうかを」
動じぬ表情で、もっともらしい事を言うダニエル。
そんな彼の眼を勘ぐる様に睨めつけるカッサローニ。
あえてだろう。
その間ダニエルが視線を外すことはただの一度も無かった。
しばらくすると、
「……いいだろう」
低く唸るような声で、カッサローニはそう言った。
「お前の賭けとやらに乗ってやる」
険しい表情は相変わらずだ。
こちらも負けじとダニエルから視線を外そうとしないカッサローニ。
しかしながらどういう了見か、男は怪しさ纏うその提案を了承した。
単純に自分に損は無いと踏んだのか、裏があると見込んだうえで返事をしたのか。
真相は定かではないが、どんな形であれダニエルの思惑には嵌った。
「ただし時間はそこまで掛けるなよ。俺だって暇な身じゃないんだからな」
釘をさすカッサローニ。
時間をかけるなという言葉に一瞬ドキリとしたが、こればっかりはただの偶然だろう。
内心で胸を撫で下ろすダニエル。
隣にいるロニーも気が気ではないらしく、どうやら無意識に止めていたらしい息を鼻から吐いた。
「分かりました」
本当は分かっていないが、今回ばかりは嘘を吐かないまじめな夫はお休みだ。
考えてもみれば今ダニエルの目前にいるのは愛する娘を拉致している大本の元凶。
腸が煮えくり、本来なら殴りかかりたい相手で、だからこそ気怖じせずに真っ向から立ち向えているのかもしれなかった。
ボスの決めた事柄は絶対なのか、場にいるカッサローニの部下達はいわゆる暇つぶしに付き合っている場合なのかと言及する様子もなく、ただただ突っ立っている。
今こうしている間にも愛する娘は怖い思いをしていると考え、自然顔が強張るダニエル。
ヒュミドールから別銘柄のシガーを取り出そうとして同じものを取り出すという地味な時間稼ぎをしながら、とりあえずは自分に出来ることを全うする。
そして。
ダニエルが咄嗟の機転を利かせていたその頃、部屋の出入り口でも動きがあった。
「サボエラの奴はどうした?」
出入り口付近にいる男の一人がそう口にする。それは敷地内を見回りに行った男の名前だ。
言葉を受けた男は受け答えする。
「サボってんじゃないのか。何せ広い敷地だからな。場所ならたくさんある」
男の言う通り、ここの総面積は三百坪を誇る。
広大な敷地内には豪邸の他にもプールやゴルフスペースなどがあり、それらに異常が無いかを確認する見回りは交代制で行われていた。
特に明確な決まりなどは無いが、外出や日々の生活サイクルによって移り変わりはすれど、 見回りは適当な時間にローテーションで回る流れになっている。
しかしながら同じ敷地を見回るのだから、必然的に大体の目安時間は確立されてくる。
その時間帯になっても帰ってこないので、男たちは不審に思ったのだ。
「しょうがない奴だ。遊んでいる場合じゃないってのに――ちょっと見てくる」
帰って来ない男を呼びに行くため、歩を進め始める男。
外に出ると、周りから中を覗かれないよう配置された木々たちが威圧的に彼を出迎える。
手入れされた芝生にヤシの木が影を落とし、通路としての敷石には所々年季が入っている。
辺りを見渡す男。
そこに探し人の影は無い。
ならばと裏手に回り、捜索を続ける。
太陽の光を家屋により遮られた芝生には更に深い影が落ちている精か、表のものと比べればどこか元気が無いように思えなくもない。
と、男が裏手にある小屋に目をやった時だった。
「ん?」
不審な点に気付き、顔を顰める男。
敷地の最深部に位置する、コンクリート製で外観が新しい小屋。
そこは普段物置として使われており、特別な用事が無い限りは基本的に鍵を閉めている。
開かれるのは精々中の物を取り出す時と見回りをする時くらいなものだ。
その場所が、開かれていた。
となれば、見回りをしに行った男が鍵を開けたと考えるのが通俗的だろう。
しかし彼が不審に思ったのは、そこに見回りの男の姿が無かったことだ。
一日何度も、それこそ小屋を訪れるのは年間を通せば数百回では利かないかもしれない。
中に保管してあるものは精々金物や使わなくなった家具などいわゆるガラクタ達であり、故に大雑把にこれまで見回っていたはずのエリア。
「……あいつ。あんな所で何をやっているんだ」
ドアが開いているという事は見回りの男が中に入っているのだろうと男は考える。
小屋の面積を考えるとドアを開けて中を窺い、何も異常が無ければ去ればいいものを、わざわざ時間を掛ける意味が彼には分からなかった。
その真相を探るべく無造作に小屋へと近づいていき、男は中へと入る。
小屋の壁際には金物を収納している棚があり、作業をする為の机が空間のど真ん中に置かれていた。
空間を見た男がまず最初に思ったのは、見回りの男が見当たらなのはなぜかという事。
次に思ったのが先程からどこからか聞こえるうめき声の様なものは何かを言う事。
そして最後に思ったのが、少しばかり安易に踏み込み過ぎたのではないかという後悔。
うめき声のする机の方を見れば、その裏手に見回りの男が拘束された状態で地面に倒れ込み、何かを訴え掛けようとしていた。
うーうーと目を見開き首を上下させ何かを知らせようとしている。
まるで後ろに気を付けろと言いたそうに――
と、直感的にそう思った男だったが、ほんの少しばかり遅かったようだ。
バタン、と扉が閉まる音。
男は咄嗟に振り返る。そしてそこにいつのまにか立っていた女に銃を引き抜こうとするが、それよりも先に女が動く。
男自身何が起こったのかを理解するのはもう少し後の話になる。
突如現れた金髪碧眼の女。
彼女は男が銃を引き抜く前に攻撃を加えると、見回りの男同様、その者の自由を拘束した。




