卑劣な男
瀟洒で豪勢な豪邸。
氷山のようにぶらさがる大きなシャンデリアは値段の想像が付かないほど豪奢で、すっきりとした空間に並ぶモダン的な家具はお互いが良さを引き立て合い存在感を示している。
場所は二等地の山奥。
あえて目立たない場所を選ぶ事でより大きな面積を買い取る事ができ、歓楽街から三十分という立地も社会との距離には丁度いい。
家を取り囲む外壁の高さは三メートル近くあり、外から中の様子を窺えなくする辺りがこの地の主である男の性格を反映している。
自慢の豪邸で間食をする小太りの男。
カッサローニだ。
彼の周りには五人ほどの人間がいる。
だがその中の誰もが微動だにせず、傍から見ればまるでマネキンのように見えなくもない。
間食を終え、大好きなシガーに火をつけ一吸い。やはりいいものだと恍惚な表情をしてから、カッサロー二は対面で座る男に訊く。
「バレていないとでも思ったか?」
恍惚な表情から一変、厳しい目つきになる。
「お前がコソコソと何かをしているのはすぐに気づいたさ」
カッサローニは見透かしていた。
だからいつの日かカッティスに自分に何か後ろめたい事があるなら言えよと促したし、敢えて昨日の夜は席を外させ、他の連中に監視するよう命じていた。
案の定、部下である男は隠し事をしていた。
しかも彼だけではなく、他にも数人、彼と同調していた男達もいる。
昨夜工場にいたもう一人の男はあの銃撃戦の巻沿いを食らって死んだ。
当たり所が悪かったのと位置取りが悪かったのが災いして、仲間の銃弾に倒れるという悲劇が起こってしまっていた。
だがカッサローニはそんな事を気にするような男ではない。
死んでしまったのなら運が悪い。
そうなってしまったのならそこまでの男。
彼はそんな風にその事故を片づけていて、今に至っては亡くなった部下の事など頭の片隅にもない。
「俺は悲しいぜ。信頼していた部下に裏切られたショックは、今後癒えることはないかもな」
悲しそうな顔をして、やけに芝居がかった、カッサローニの言い方。
よく言うよと彼の事を知る者がいたのなら口を揃えて言った事だろう。
本当に信頼しているのなら、部下を監視させるなんて行為が思いつくはずがないのだから。
「それで、この落とし前はどうつけるつもりなんだ?」
ギロリと、野性的な眼光が失敗を仕出かした男を捉える。
慣れ親しんだとはいえその睨みにだけは耐性が付かず、思わず委縮してしまう。
拘束を解かれ、対面に座るカッティス。
今彼は詰問をされていた。当然それはミゲルを殺し損ねた件に関連するものであり、これといった理由を述べれない現状、その額を一滴の汗が流れる。
間を取り持つために何か言わねば。
そう思うカッティスの口から出たのは結局謝罪の言葉だった。
「す、すみません」
深々と頭を下げ、誠意を示す。
「騙すつもりは無かったんです。ミゲルを殺せばそれで全てが丸く収まる。ボスに迷惑を掛けては駄目だと思い、俺たちの手でと」
どうにか許してもらおうと必死にアピールするカッティス。
しかしカッサローニがそれで納得するようなお人よしではない。
「ミゲルの野郎を殺せば全てが丸く収まり、それで良かった?」
すでに怒っているのが言葉のイントネーションで分かった。
次の瞬間、カッサローニは机の上に置いてあった物品を乱暴に手で払いのけ、
「じゃなぜ俺が動く羽目になっている!」
置いてあった皿が、コップが、火が付いたばかりのシガーが、地面へと零れていき音を奏でる。
自分の手をわざわざ煩わせなければならない。
物事を進めるには本来当たり前のことだが、他人任せで生きてきたカッサローニにはこれ以上のストレスは無い。
少し怒鳴ったくらいでは怒りが収まらない。
「取り逃がした時にお前が俺に連絡を入れればこんな事にならなかったはずだ。すぐに仲間を向かわせて、包囲網を敷けばあんな身寄りのない奴を見つけるぐらい訳ない。それをお前は!」
「ボス、血圧が」
興奮しすぎて顔が真っ赤になるカッサローニを、傍にいた男が宥める。
カッサローニは年齢的な問題で高血圧の持病を患っている。あまり興奮しすぎるのは身体に良くないのだが、その辺りの限度を超えないようにするには性格上難しい。
息を荒げるカッサローニ。どこからともなく薬を持ってきた男がそれを差し出す。
「あまり興奮しないほうが」
「ミゲルの野郎を野放しにしておけば今までの事が全部外部に漏れる可能性があるんだぞ! これが興奮せずにはいれるか!」
せっかく身体を心配してくれたというのに、叱責するカッサローニ。それでも薬を乱暴に受け取ると、口に含みこれまた持ってきてもらった水を煽り飲む。
薬を飲み終えると、
「とにかく、今夜が最後のチャンスだ」
幾分か落ち着きを取り戻したカッサローニ。
目前に座るカッティスに視線を戻すと、こう言い放つ。
「今夜七時に連中がミゲルを連れてやってくる。恐らく何かを企んでいるのは間違いない。これでもお前とは長い付き合いだ。今度こそ奴の首を持ってこい。それが出来なければ命はないと思え」
一見してチャンスを与えたかのような発言。
現にそうなのかもしれないが、内実は違う。
ようするにまた他人任せにしているのだ。
連中が警察に駆け込んでいないとも言い切れず、そうなった際の身代わりとしてカッティスを向かわせたいのだ。
この期に及んでもまだ自分の身を守りたいカッサローニ。
その厚かましさに怒りすら覚えるカッティスだったが、失敗を仕出かし命運を握られている現状、従うしかない。
「ありがとうございます」
下げたくない頭を下げ、どうにかカッサローニの気に触れないように努力する。それが奏功したのか、どうにか怒りの沸点が下がったカッサローニは疲れた声で、
「下がれ」
とカッティスに命じた。
断る理由などない。
十分な睡眠をとれていないが為に出来た眼の下のクマ。顔には昨日地面に押さえつけられた際に出来た擦り傷に、ナイフが刺さった脚はまだ完治しない。
心身ともに耗弱しているカッティス。
そんな彼に取って今しがたのカッサローニの言葉は願ったり叶ったりだ。
しかし喜んでばかりもいられない。
カッサローニにバレた以上、今度こそ、本当に最後の機会だろう。
そう考えると休息を取っている暇があるかどうかは微妙だが、いずれにせよ準備には取り掛からなければならない。
弱々しく立ち上がるカッティス。
ボスであるカッサローニに一礼してから、夜に備えるために傷を負った脚を引き釣りながら現場を後にする。
「……手間取らせやがって」
カッティスが部屋を出ていくと、そうぼやいたカッサローニ。
床に散らばる食器達を片す部下の一人に新しいシガーを取ってくるよう指示を出すと、机の上に喫煙道具一式が並べられる。
専用のハサミでシガーを好みの吸い口に切りマッチで火を着け、一吸いして吐く。至福の時間を堪能したカッサローニの顔に落ち着きが舞い戻った。
「娘の状況はどうだ?」
高級ソファーに背を預け、そう問うカッサローニ。近くにいた部下は即座に答える。
「言われた通り別の場所で保護しています。人員もそれなりに割いて、あまり目立たないように」
「そうか。今カッティスの野郎も向かわせたから合わせて……」
自らの指示通りというのに、どこか煮え切れない反応を取るカッサローニ。
警戒心の強い彼の事。
色々と手回しはしたつもりだが、まだ物足りないのだろう。
他に何か出来る事は無いかと、頭を巡らせる。
「ツァギールの奴を呼べ」
「……ツァギール、ですか」
カッサローニの口から飛び出た言葉に、驚いた表情を取る部下の男。
あの男を呼び出すとなればいよいよ本気だと、男のうちにも緊張が走る。
なにわともあれ、ボスの指示には従うのみ。
不服そうな顔をすれば何を言われるか分かったものではないので、その感情をおくびにも出さない調子で男は、
「分かりました」
と素直に従う。
とりあえずの仕事を終えたと思ったのか、カッサローニは再びシガーを堪能し始めた。
頬に煙を溜め、口を開けゆっくりと煙を舞わせる。
暇さえあればシガーを楽しむ。
ゴルフなどの運動もしない彼にとっての唯一の趣味がシガーであり、それが彼の身体を蝕んでいるのは確実だ。
「でも、よろしいのですか?」
ふと、せっかくの時間を遮る言葉。それにカッサローニは不機嫌な顔をしながら答える。
「何がだ?」
「あ、いえ。娘をあえて別にするのは何か理由があるのかと」
娘。それは攫った娘の事だ。
ミレーナは現在、この家にはいなかった。
こことはどこか違う場所で監禁されていて、それを男はなぜなのかと疑問に思った訳だが、言ってしまったという顔をする男。
ちょっとした疑問を提示しても機嫌が悪くなるカッサローニ。
現に今、耳障りな発言を聞いたと言わんばかりの表情を取っていた。
その睨みに委縮してしまう男。
流石にこれで銃を引くとまではいかないだろうが、それでも他人の命を道具と思っている捉え方は変わらない。
「お前馬鹿か」
かくして、カッサローニはそう言い放った。
先程の質問に対する回答。それは最も彼らしく、カッサローニという男の人格を表すものだった。
「厄介ごとを家に入れ込んで俺に被害が及んだらどうする」
「……なるほど」
当然の事だと言いたげなボスの発言に、百戦錬磨のマフィアの男も少し怯む。
どこまでも自分本位な物言いは今さらだが、やはり仲間内から見てもこの男の性格は破綻していると感じてしまう。
数人の人間を殺そうとしているのに、その気持ちも考えようとせずシガーを嗜む図々しさ。
他人を使うのに偉そうな接し方。
自分の身が一番可愛いというエゴな心。
それぐらいの世間ズレが無ければ、ならず者たちを治める地位には辿り着けないのかもしれない。
間隔を置いてシガ七ーを吹かすカッサローニに、護衛のためか傍で佇む男達。
約束の時間まで後六時間。
彼らに動く気配はまだ無い。




