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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
イタリアの闇達
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暗殺組の末路

「……出ないな」

 暖色のライトに照らされる手入れされた庭。

 生え揃えられた人工芝に散水ホースや大きな置石があり、生活観あふれるその庭に立つバルナバは携帯を耳に当てていた。

「自分から掛けて来いと言っておいてこれかよ……まあいい」

 不満そうに携帯を切ると、男は内ポケットに携帯を仕舞った。

 今頃カッティス達がどうなっているのかも考えようとせずに。

「この家にミゲルの野郎はいるんだな」

 目の前に建つ家を見ながら放たれた言葉に、その持ち主であるミシェルはああ、と答えた。

 それを受け男達は互いに眼を合わせ頷いた。

 ミゲルを暗殺するために別れた彼等。

 ようやくミゲルの潜伏先へと到着し、その時が来た。

 この家の中が窺える窓にまで案内しろとミシェルを脅しながら、二人共が銃を構え庭を偲び足で進んでいった。

 静かな足音が豪邸とはいえないがそれなりに立派な敷地内の人工芝を踏みしめていく。

 そして。

 ミシェルに先頭を歩かせ、明かりの漏れる窓にまで辿り付くと、男達は中の様子を早速覗き込む。

 暖色がこぼれる窓から中を窺ったそこに、ミゲルは居た。

 何をしているのかは分からない。しかし椅子に座り身動き一つしないその後姿は、紛れも無く探し求めていた者だった。

 予期はしていたが、いざ目前に獲物が居るとなれば男達は緊張する。

 ふう、と落ち着くためかため息を一つ、バルナバはもう一人の男ジミーと向き合った。準備はいいかと小声で問いかけると、ジミーは懐から拳銃を取り出す事で答えた。

 目標はご丁寧に窓側へ後頭部を向けるという好条件。

 カーテンや余計な障害物も無く、それこそ子供でも命中させる事が出来てしまいそうだった。

 バルナバは銃を構えた。窓越しに見えるミゲルの後頭部に照準を合わせる。安全装置(セーフティ)は外しており、後は引き金を引けば殺傷力を秘めた弾丸が射出されることだろう。

 一人の男を殺すのにこれだけのお膳立て。

 バルナバに最早迷いなど無かった。


 指に力を込めると、直ちに発砲音が鳴り響く。

 弾丸は射出され、緊張からか本来狙った部位とは違う肩を貫いた。その着弾点からは鮮血が噴出し、何が起こったのかも分からないうちに男は膝から折れ、地面へと倒れこんでいく。

 溢れ出た鮮血は地面を赤く染め上げていった。

 ジミーと言う、男の腕を滴りながら。

「な、どうなってやがる!」

 一瞬何が起こったのか分からなかったが、やがて状況を理解するとバルナバは大きな声で叫んだ。それに対しての返答は無く、地面に転がり唸り声をあげる同胞の目が、どうしてだと言いたげに彼を見ている。

 ――なぜだ、なぜこんな事に。

 バルナバは撃った自分を攻めるよりも先に原因の究明を急ぐ。

 確かに窓越しのミゲルに照準を合わせていたはずだった。

 それなのに引き金を引く瞬間、まるで誰かに手を押された感覚があり、銃先が変わった。

 そして放たれた弾丸は近距離に居たジミーへ当たるという最悪の結果になってしまった。

 バルナバは考えれば考えるほど訳が分からくなった。

 脳内が混乱しうまく息が出来ず、眼も泳いでいた。傍にいるミシェルや仕留め損ねたミゲルの事など忘れ、状況整理に一心を置く。


「あーあ。やっちゃったね」


 傍でした幼い声に、バルナバは咄嗟に銃を構えた。そこにはニット帽子を被りポンチョを着込んだ子供が、同胞の傍で座り込んでいた。

「お前はあの時の!」  

 銃を突きつけられても少年は全く怯える様子も無い。

 剣のある表情で警戒心を露にするバルナバ。その少年は肩を撃ち抜かれた痛みから立ち直れない様子の人間を虫でも観察するかのような目で見ているのだから当然といえば当然の反応なのかもしれないが、それを差し置いても襲撃されたあの出来事は忘れられない。

 まさか裏で繋がっていたとは、とバルナバも驚きを隠せない。

「なぜここにいる」

 彼の質問に、頬を手で支える可愛らしいしぐさをする少年は、

「それはこっちのセリフだよ」

 あっけらかんとした様子で、もっともな事を口にした。

 直後、ぽかんとするバルナバの背後へと、誰かが飛びついた。

 突然の衝撃に、慌てるバルナバ。飛び掛った男に力は無く、バルナバが全力で身体を動かすと簡単に振り払えた。

 距離を置き、その人物に銃を構える。地面に転がった男は、まるで恋敵にでも向けるような眼でバルナバを睨んでいる。

 次から次に現れる知らない人物達。

「何だってんだよ」

 相変わらず状況が飲み込めない。しかし分が悪いことだけは分かった。

 こうなりゃ全員殺してやる。そう心に決め、手始めに襲い掛かってきた男を殺そうとするバルナバだったが――順番を間違えている。

 銃を持つ腕が、今度は自分の足へと銃口を向けようとしている。

(な、また勝手に!)

 力を入れれば一応は戻ろうとするのだが、まるで身体が別の意思を持ったように動き、これではまともに引き金を引けやしない。

「……娘を」

 見えない何かと戦うバルナバの耳に、男のうらめしそうな声が届く。

 この家の住人であるダニエルは、バルナバへと怒りを露にしながら、

「娘を返せええええええ!」

 近所迷惑も顧みない大声を放ち、突撃する。

 拳を大きく振り上げる動作は素人にしてもぎこちなく、その走り方からも彼が腕達者には到底見えない。

 案の定、バルナバの元へと辿りついたダニエルだったが、男が謎の力に苦戦しながら放った前蹴りをまともに食らうと、受身もまともに取らず大きく後転した。

 ゲホ、ゲホ、と腹からのぼってくる痛みに咳き込むダニエル。 

 だが怯まなかった。

 ダニエルはすぐさま立ち上がると、再び気合の咆哮を上げながら、バルナバの元へと走っていく。

 迫り来る男に、鬱陶しそうな顔をするバルナバ。

「くそ野郎が。そんなに死にたきゃ死ね」

 手を震わせながらも、大雑把に照準を合わせる。ダニエルに恐れる様子は無く、その距離はすでに二メートルも無い。 

 これだけ近ければ外れないだろうと確信を持つバルナバ。しかし、またしても彼は撃てなかった。

 銃先が空へと向かう。

 それまで負担になっていた何かが解かれ、力を入れていた方向へと腕が上がってしまったのだ。焦りの色を隠せないバルナバ。

 無防備状態になった身体。

 今度は振りかぶられたダニエルの地頭突きが、バルナバの顎を直撃する。 

 場所が場所だけにダメージはあり、鈍い音と共に豪快に飛んだバルナバ。

 倒れ込むと、その腕からこぼれた銃が地面を転がった。

「が、く、そ……」

 軽い脳震盪(のうしんとう)が起き、当たった箇所は若干の赤らみを帯びていた。

 痛みから顔をゆがませるバルナバ。

 そして仰向けになる彼の目先に、見知った顔が現れる。

「動くなよ」

 その男はバルナバが手放した銃を拾い上げ、突きつける。

 今の騒動の内に庭へ回ってきたミゲル。

 お前の精でこんな目に合っているんだと怒りがこみ上げ思わず動こうとしたバルナバだったが――そんな彼の脚に、ミゲルは迷うことなく引き金を引いた。銃声の音と共に男の悲鳴が空へと昇る。

「大人しくしていろ。イタリアでも最近になって正当防衛が認められるようになったんだ。今お前を殺したって何の問題もないんだぜ」

「……ミゲルてめえ」

「動くなって言ってるだろ。今度はもう片方の脚をぶち抜くぞ」

 嘘ではないという証明に、ミゲルはそちらへと照準を合わせる。

 するとそうなるのは御免なバルナバは大人しくなり、諦めたかのように脚の痛みへと向き合い始めた。

 苦痛に顔をゆがめながらも、最後の抵抗といわんばかりに言葉を吐く。

「こんな事して只で済むと思うなよ」

「どの道殺すつもりだったんだろ。なら抵抗した方がいいに決まっている。それに自分の身の心配をした方が良いぜ」

 そう言い放つミゲルの顔は報復に恐れなど何一つ感じず堂々としていた。

 その原因は皮肉にも連中が取った行動にあると言えよう。

「ミレーナにもしもの事があって見ろ。その時はお前の命も無いと思え」

 剣幕でバルナバを睨みつけるミゲル。それは隣で同じ表情をしているダニエルの気持ちも代弁した事だろう。

 銃を奪われ、仲間まで発砲してしまった罪悪感に見舞われるバルナバに抵抗の意思は生まれなかった。

 今一度冷静になると、男は仰向けになったまま静かに両手を上げた。

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