歴然たる力
広い工場内に、銃からのぼる煙と薬莢の匂いが充満していく。
息を荒げ、明らかに動きが鈍くなってきたカッティス。
肉体的というより、精神的にやられていた。
男の前にはアテナが立っていた。
女は機材や地面に無数の弾痕が描かれた辺りを眼で見渡した後、もう終わりなのかと言いたげに、肩で息をするカッティスに視線を当てた。
運動量で言えば遥かに彼女の方が上だと言うのに、アテナは息はおろか汗一つ搔いていない。
そういう体質といえばそれまでだが、如何せんその力量は相当なのが窺える。
何を考えているのか分からない表情でカッティスを見るアテナ。
やがて勝算が見えたのか、守りに徹していたこれまでと違い攻撃に打って出る。
身を屈め一気に接近する。
疲れたが休む訳にもいかず、再び銃を構えたカッティス。
しかし引き金を引いた瞬間、カチ、という乾いた音がした。
しまったと言ったような顔をするカッティス。
何が起こったかなど考えるまでも無かった。
弾切れだ。
あれだけ無駄弾を使ってしまったがために、二十九発あったはずのそれらがもう無くなってしまった。
「くそ!」
苛立ちを隠せず、苦し紛れに空になった銃を放り投げるカッティス。弾が無くなったから待ってくれだなんて言える訳も無く、再び展開される肉弾戦。
傍から見れば最早素人とプロ。
万が一にもアテナが負けるビジョンが浮かばないほど、力の差は歴然だった。
特に抵抗らしい抵抗も施されずに、
「ぐはッ!」
カッティスは地面に叩き伏せられ、後ろ手を取られた。半端だった先程と違って今度のは力尽くでは解けないであろう形だ。
「観念なさい」
馬乗りになりそう諭すアテナ。
絶対的不利な状況。それでも暴れて素直に諦めようとしないカッティスの腕を、女はきつく締め上げる。
「ぐああ!」
悶絶するカッティス。
背中に乗る女の体重は軽いはずなのに押しのける事が出来なかった。それは動くカッティスに合わせアテナも動いているからだ。
これ以上の抵抗を試みれば、腕の骨ぐらいは平気で折られてしまうだろう。
「わ、分かった。降参だ」
観念したカッティス。
とはいえもちろんアテナがその拘束を解く事は無い。
完全に心が折れてしまったのか、先程の抵抗が嘘のように大人しくなったカッティス。
頭のキレる人間と言うのは勝算が立てられなくなった場合、存外諦めがいいのかもしれない。
と、アテナがカッティスを捻じ伏せたその時、
「……う、うう」
工場内の片隅で、小さなうめき声があった。
先程アテナに瞬殺された男――バルナバだ。
機材に頭を打ち気絶していたようだが、ここでようやく意識が戻ってきた。
彼はこれまでの一部始終をもちろん覚えていない。
しかし目の前に広がっている光景を見て自分が何をすべきかは瞬時に分かった。
カッティスが地面に押さえつけられ、その上に敵である女が乗りかかっている。
バルナバのいる方へと背中を向けながら。
「……」
いまだ痛みの残る後頭部で、起きたのを気づかれないよう慎重な動作で辺りを探る。
そしてすぐ近くに銃がある事に気づく。
しめた、と喜びたいのを堪え、とりあえずは手の内に納める。
それは先程彼自身が使っていた銃なので取り扱いは十分分かっている。
寝転がった体勢のまま静かに上体を起こし、構える。
安全装置はすでに外してある。後は引き金を引けば、弾丸が勝手に敵を絶命させてくれるはず。
女に照準を合わせると、指に力を込め、引き金を引こうとするバルナバ。
しかしここで思わぬ邪魔が入る。
「うおおおおおおおおお!」
そんな野蛮じみた声が、どこからともなく彼へと近づいていく。
びくっと震え、思わずそちらを見るバルナバ。
何やらスコップらしきものを持った少年がそれを振りかぶりながら、すぐ間近にまで迫っていた。
仲間の存在を知りえないバルナバに取っては突如現れた少年が奇声を発する様は異端者にしか見えなかった。
ほどなく、
唖然とするバルナバの顔面へと、振りかぶられていたスコップが叩き込まれた。
一応は考慮しているのかなるべく丸みを帯びた裏面だったが、鉄の素材を考えると良心的な痛さではないだろう。
ゴン、という鈍い音。
本来は絶対に鳴らない音を無理やり奏でたようなそれが威力を物語っており、必殺の一撃を食らった男白目を剥きながら倒れていく。
後方で繰り広げられた展開に振り向くアテナ。
彼女の事だ。男が銃を発砲しようとした時点では気づいていたのだろうが、仮に対処しようとするとその拘束を解かなくてはならなかったはず。
そうならずに済んだのだから、今しがたの龍樹の行動はある意味では手助けになったことだろう。
「やるじゃない」
抑揚の無い言葉。
しかしそこからはほんの少しだけ龍樹の事を信用していたと思えなくもない何かがあるように思えた。
だからこそ拘束を解かなかったといえば、言い過ぎだろうか。
スコップ片手に、何やら不安げな顔でアテナへと近寄る龍樹。
「やばい。やり過ぎだかな」
今一度スコップで殴った人間の有様を見て、オロオロとしながら意見を窺う龍樹。
他人もろくに殴ったことの無い彼としては、人間の耐久力と言うものがどれくらいか分からず怖くて仕方がないのだ。
一方その辺りに精通しているアテナ。
これまで幾度と無く人間が壊れていくのを見た彼女の見立てによると、
「大丈夫よ」
との事。
その理由を、彼女は言う。
「痙攣はしていないみたいだし、ただの気絶でしょ。中々うまくやったじゃない。スコップで殴るだなんて、加減する方が難しいわよ」
嘘か真か、アテナは龍樹にそんな事を言いながらも、カッティスの後ろ手は解かない。
肩甲骨へと掴んだ腕を押し上げ、力を入れれば痛みが増すという流石の手際で男の動きを封じ込む。
「そう……なのか」
目の前で繰り広げられている光景にきょとんとしつつ、アテナの感心に返事をする龍樹。
それなりに体格のいい男の上に乗る華奢な女。
改めて考えてみても、物理的に妙な違和を感じる。
一仕事を終えたアテナは小さな息を吐いて、
「さて、一応こちらはひと段落かしら。まだもう一組の方が残っているけど」
「あ、そうだ。ミシェルさん達の方はどうなってんだろ」
ミシェル組が出発してからすでに一時間近くは経っている。
もうそろそろ着いていてもおかしくないだろうし、そもそもあちら側がどう対処法を取るのか龍樹はいまいち分かっていない。
それをアテナに詳しく訊くために口を開こうとした龍樹だったが、ここでデフォルトな着信メロディが空間に鳴り響いた。
急な横槍に言葉を発せない龍樹であったが、それはどうやってもう一組が動くのかよりも優先される事柄であろう。
緊迫した場面に融通の利かない携帯電話から流れ続ける着信音。
それは地面に押さえ込まれているカッティスのズボンのポッケから聞こえてくる。




