鳴り響く銃声
もう数十分近く場にいて目が慣れてきたのか、工場内の概要はあらかた把握できてきた。
といっても全体図ではないが、少なくとも今いるエリアの大きさや出口などは分かる。
好き勝手物音を立てたアテナと龍樹はまた壁際で身を潜めながら二階の様子を探る。
一度目ならまだしも、あれだけの音が工場内に鳴り響いたのだ。
カッティス達も聞こえなかった訳ではあるまい。
にも拘らず、
「出てこないな」
身を屈め二階を見上げる龍樹。
彼の隣で同じく身を屈め二階を見るアテナは、特に言葉を発しない。
「ひょっとしていないんじゃないのか。裏口みたいなものがあってそっからどっか行ったとか」
二階にある部屋がどういう構造なのか分からない手前、確かにそれも全く有り得ないという話ではないが、しかし幼稚な発想であるには違いないだろう。
恐らくその考えはアテナの頭の中には片隅にもないだろうし、電気が付いているのだから部屋に人が居ると考えるのが自然だ。
そもそも裏口が無いというのは、外から工場の面積を見れば図れる事。
アテナほどの人間になれば、もうすでにそうしているのかもしれないが。
「どうする。もう一回何か投げつけるか」
あれほど消極的だったのに、龍樹はそう提案をする。
何も言葉を発しないアテナに不安を覚えたのだ。
だがその問い掛けに対しても特に反応を示さないアテナ。
彼女はいまだ二階を見上げたまま、微動だにしない。
また自分の世界にでも入ったのだろうかと、龍樹もほんの少しばかり嫌気がさす。
(……それにしても)
本当にどうするのだろうかと龍樹は考える。
これだけアクションを起こしても敵からの反応が無いとなると、この女はどういった行動に出るのかが、龍樹には全く分からない。
まあこれまで彼女の行動を予知できたことなんてただの一度もないのだが、それにしたって起こった出来事に付いていくのがやっとだ。
はあ、とため息一つ。
この状況でいまいち緊迫感を持たないのは性分だが、やる事の無い龍樹は屈んだ体勢が段々きつくなってきた。
どうせ敵も出てこないし、立ち上がっても問題ないだろうと、軽い屈伸運動でもしようと思い膝に手を置く。
そして探りがてら一度膝を曲げようとした、まさにその時だった。
「動かないで」
「え?」
ここまで静かだったアテナが何かに気づき、立ち上がろうとした龍樹にそう呼び掛けた。
どうにか引っ込みの付く体勢だった龍樹は言われた通りにして、そしてなぜ彼女がそう言ったのかを理解する。
静寂に包まれていた工場内に、大きな音が響き渡った。
二階の部屋の扉が、勢いよく開かれたのだ。
まるで今までの音に対抗したかのような派手な登場。
二階の部屋から現れたカッティスは出てくるなり、一階の作業所を俯瞰する。
その後ろにはもう一人の男もいて、ミレーナを連れている。
カッティスはきょきょろと辺りを探っていた。
先程の音源をまずは探しているのだろう。
龍樹にも緊張が奔る。いくら死角が多いとはいえ、誰かを探す体となれば完全に隠れられるほど、この工場も大きくは無いはず。
どうするんだ、と声に出せない現状、龍樹はアテナの背中に問い掛ける。
女は未だに動こうとはしない。
やがて。
何の動きも無い光景を見ていても埒が明かないと思ったのか、カッティス達が階段を下り始める。
なるべく音を殺して歩きたいところなのだろうが、革靴だとそうも行かず、静寂な暗闇に複数の足音が反響する。
カッティスが一階に下りてまずした事。
それは作業所の照明を付ける事だった。
階段の脇にあるスイッチを押すと辺り一帯が明るくなり、口からのぼる白い吐息がはっきり見えた。
そして場が鮮明になった事により、音の正体が判明する。
機材の前に無造作で、あまりにも不自然な在り方をする金物達。
明らかな動揺は出なかったものの、それが逆に男達を取り巻く緊張の度合いを示していた。
「猫……じゃなさそうだな」
辺りを見渡しながら、恐る恐る言ってみるエドモンドという男。一方のカッティスも、他に何か不審な点が無いかを探している。
「どうする。やっぱり二手に分かれるか」
「馬鹿いうな。只事じゃないと分かったんだ。なおさら離れるのは危険だ」
そんな事も分からないのかと言いたげなカッティス。
まだ判断を委ねてくるだけでもマシだ。
組織の中では上司に当たるのだから当然といいたいところなのだが、結局マフィアなんてものは大本の人間にしか従事しないもので、彼の言う事を聞かず動き出す人間も少ない訳ではない。
そういう意味では今いる男は扱いやすいというのが、カッティスの評価だ。
「油断するなよ。わざわざ自分達が居る事を示してきたんだ。きっと何か企みがあるはずだ」
その時だった。
遠くを探る視界の端で、機材と機材の間を何かが駆け抜けた。
反射的にそちらへ銃口を向け、思わず発砲したカッティス。
唸りを上げ放たれた弾丸はそこにあった機材へと直撃し、人間の目では追えない跳弾を展開した。
空間に響く薬莢の落ちた音。他に何か聞こえないかとカッティスは耳を澄ませるが、特に関心を引くような音は聞こえない。
「何だ、誰か居たのか?」
興奮気味にそう問い掛けるエドモンド。その様子を見るに、彼にはカッティスに見えた影は見えなかったようだ。
「あの向こう側だ」
銃を構え、ゆっくりと影が見えた方へと歩み寄るカッティス。
固まって動くというのを忘れた訳ではないのだろうが、遠のいていくその背を心配そうにエドモンドは眺める。心境としては害虫をプロに駆除してもらうそれだろう。
弊害の排除を自分よりも出来る者に託し、妙な労働をしなくていいのならそれに越したことは無い。
そう思っていた矢先に――エドモンドの視界の端にも、誰かが駆け抜ける姿を捉えた。
情けないくらい大げさに反応を示し、そちらへと銃を構えた。
発砲はしなかったものの、安全装置を外し、すぐにでも発砲できる準備は整えておく。
「今あそこを駆け抜けたぞ」
エドモンドの切迫した声を聞き、何? と訝しむカッティス。注意していたにも関わらず動いた事が分からないという事は、抜き足が相当にうまい人物。
そうでないにしても、銃を持ったマフィア相手にこれだけ挑発できる者が一般人な訳が無い。
只者ではないと判断し、より警戒レベルを引き上げたカッティス。
仲間の男が掴んでいる少女を剣のある表情で見る。
ミレーナは震えていた。彼女が塞がれているのは視界と手足だけであり、今の発砲音や会話などは全て聞こえている。
ミレーナを見ながら、しばらくの間思考を巡らせるカッティス。
侵入者が何者なのかは分からない。
だが大体なら見当は付く。
震えるミレーナへと、カッティスは銃口を向けた。
突然の動作に傍にいる男は戸惑った様子で、「おい。何する気だ」と疑問を投げかけるが、カッティスは気にも留めない。
最早どうでもいい疑問に答える余裕など、今の彼には無かった。
「娘がどうなってもいいのか!!」
未だに姿を現さない者に、そう声を荒げるカッティス。
「早く出てこないと頭をぶち抜く! これは脅しでも何でもないぞ! 五秒やる。その間に姿を現せ!」
静寂な空間に響いた脅し文句。その迫力には仲間であるエドモンドも押し黙ってしまい、大声を出したことにより震える空気を静かに眺める。
言った通り、五秒の間は何かしらの反応が無いかを待つカッティス。
しかし反応はおろか気配すら感じない。
もしかしたら見当違いなのだろうか。
そう思えるほどに、荒げた声に対しての返答は無い。
「……目隠しを解いてやれ」
ふいにそう言ったカッティス。これにはエドモンドも不思議そうな顔をするが、己の意思というもの持っていない男は言われた通りにする。
目隠しを取ると、そこには当然のように不安そうな顔をする少女の顔があった。
久方ぶりに見た光はお世辞にも良いものとはいえない。
自分に向けられている鉄塊を、幼いながらも少女は知っている。
もちろん、その用途も。
だがミレーナは大きく動揺しなかった。
不安そうな顔をしているのは前述の通りだが、自分がどういう状況に置かれているのかを理解しても、その反応はいまいち薄い。
「どうした? 死ぬのが怖いなら泣き喚け」
どこまでも卑劣な男だ。
わざわざ目隠しを外させたカッティスの狙いは、少女を追い込み、侵入者の憐憫を誘おうという目論見の元実行されたものだった。
しかしいざやってみると少女は声を上げるどころか、身震いすらしない。
これにはカッティスも不満そうな顔をする。
「何だ。恐怖のあまり怯える事すら出来ないか」
それはあるのかもしれない。
結局のところ六歳の少女にとってはこんな境遇に合う事自体が負担であり、恐怖という概念を超越する経験なのかもしれない。
いずれにせよ、その作戦は無意味だった。
ガチ、と安全装置を外し、照準をミレーナに合わせる。
後は引き金を引けば、弾丸は確実に少女を絶命させるだろう。
「ほ、本当にやるつもりかよ」
堪らず訊いたエドモンド。
カッティスは何ら気にかけない様子で、
「どのみち死ぬ運命なんだ。すでにミゲルの場所には向かっているし、何の問題もないだろう」
極めて冷静な声で、カッティスは言った。
後は引き金を引けば手にする銃から弾丸が飛び出し、幼い少女の命を撃ち抜くだろう。
そうなれば侵入者も出てくるだろうし、そこもまたカッティスにとっては順序が違うだけで何ら問題はない。
携帯を取り上げたのは正しかった。
例え侵入者が知り合いであろうと、今娘を殺しても母親がその事実を知る術は無い。
カッティスとしてもここまで計算していた訳ではなかったが、やはり備えていてやりすぎる事は無かった。
引き金に指を掛けるカッティス。
本当に娘を殺して自分達に損は無いかどうかをもう一度考える。
その結果、何も無かった。
逆に少女を殺せば侵入者が炙り出てくるというメリットがあるはず。
命の危険を感じたのか、少女は瞼を強く瞑り、そんな事をして何になるのか顔を背ける。
逃げ出すことも出来ずに、怯える事しか許されない少女。
そんな彼女を見てもカッティスは眉一つ動かさない。
人間を殺すのはこれが初めてではない。
流石にその中に幼子の姿は無かったが、だからといって躊躇いのようなものはカッティスの心には無かった。
――悪いな娘。
そんな哀れみの言葉を内心で送ると、カッティスは引き金を引こうと指に力を加える。
が、ここで邪魔が入る。
横合いからの衝撃。
構えていた銃へとピンポイントで、何かが衝突した。
見えたのは空間を歪め、球体の形をした謎の物質。
威力は中々のもので、まるで鉛でもぶつかったかのように手の甲が痺れている。
傍にいたエドモンドも反射的にそちらへと意識を向ける。
機材の間を縫うように、誰かが素早い動きで迫ってきていた。彼女が何者かを彼らはもちろん知らない。
突如現れた謎の女に戸惑いつつも、その動作の躊躇いの無さに警戒心をむき出しにするカッティス達。
プレッシャーに耐えかね、エドモンドは銃を乱射する。発砲音が立て続きに工場内を反響し、冷えた空間に煙を上げる。
だが当たらない。
弾の速度が見えている訳ではないのだろうが、放たれる弾丸は全て回避され、虚空へと消えていく。
「な、なんで当たらない!?」
苛立ちを超えた恐怖が男を襲う。迫ってくる人という大きな的を捉えられないだなんて普通に考えれば有り得ない、と経験者なら感じる事だろう。
困惑するのも束の間、敵はついに手を伸ばせば触れられる距離にまで迫っていた。
ひぃ、という情けない声を出すエドモンド。
彼らに迫る謎の女というのはアテナだった。ミレーナに銃口が向けられたのを影から見た途端に形振り構ってられなくなり、飛び出した格好だ。
それはカッティスに取って思惑通りだったはず。
誤ったのは侵入者の力量を過少評価していたという点だろう。
一目散にエドモンドへと迫ったアテナの手にはすでに風が集められていた。半透明で渦を巻きながら高速回転するそれはすでに放つ準備を終えている。
「風の弾丸(Proiettile di vento)」
エドモンドの胸元に手を押し当て、そう唱えた。
一見して何の変哲もない言葉は射出のトリガーとなり、大の男を吹っ飛ばすほどの凶器と化す。
エドモンドは自分が何をされたのかさえ分からなかった。
その場にうめき声を残し宙を舞う身体は後方にあった機材へと打ちつけられると、鐘を鳴らしたかのような音がその場に反響する。
本来音を奏でる構造でない筋肉でそれだけのものが生じたところからも、威力は相当であった事が計り知れた。
後頭部を盛大にぶつけてしまい、意識を失うエドモンド。
となれば、現状残るは一人。
一発で伸びてしまうような雑魚には目もくれず、手の早いアテナはすでにカッティスの懐へと潜り込んでいた。
突如現れた旋風に、今だ理解が追いついていないカッティス。
拾い直した銃で目標へと照準を定めようとするが、その時にはもう目前にまで迫っていた。
カッティスが構えた銃先に顔を持っていくアテナ。
それは挑発ではなく誘発。
驚きを隠せない表情のカッティスは、すぐさま引き金を引いた。
もちろんそうくるのを理解していたであろうアテナは身を屈めやり過ごした。
銃の最大の欠点は撃つ時と撃った後に隙が生じてしまうという事。そのラグは人が拳を繰り出すよりも遥かに遅い。
とはいえ簡単なものではない。
確かに銃を放つには三動作必要だと言われているが、それも熟練の腕を持ってすればものの一秒も掛かりはしない。
つまり、はっきり言って引き金を引く状態にすればよほどの素人でない限り大抵勝負は決する。
ひとえにそうならないのはアテナの機敏な動きと、ずば抜けた動体視力の良さ。
銃を構え引き金を引くまでの寸毫の間に彼女は放たれる弾丸の発射経路を読み、どう動けば次の動作に繋げられるのかを判断し、銃弾が放たれたその後のわずかな隙を狙っているのだろう。
そして。
がら空きになっているカッティスの胸元に、アテナは掌底を見舞った。
防御はもちろんの事、力を入れる事も出来ない状況下で受けた攻撃は、まともに身体へと響く。
一瞬息が出来なくなり悶えるカッティス。
痺れに身体に檄を飛ばし、すぐさま反撃に転じようとする。
すでに標的は眼下に迫っており、照準を合わせるまでも無い。
弾丸を素早く装填すると、カッティスは直ちに発砲した。
しかし、当たらない。
弾丸と女が磁石で反発しているかのように、ことごとくかわされていく。
そこでやり方を変える。
焦ったカッティスはせめて一矢報いようと、今だ固まっているミレーナへと銃先を変えた。
照準を大雑把に合わせ直ちに引き金を引く。銃が唸りを上げ弾丸が射出、壁際にある窓ガラスが割れ、寒風が場内の温度を一気に冷やす。
つまり、ミレーナに直撃するのは免れた。
間一髪の所でアテナがカッティスの元へ辿り着き、手首を押し上げたのだ。
どこまでも邪魔を、と歯噛みするカッティス。
力任せに銃を振り下ろし、またアテナに向かって発砲する。
最早当然のごとくそれを避けたアテナは、ステップを踏み込みカッティスとの間合いを一気に詰めた。
引き金を引いた手を戻せないでいるカッティスの腹部に、反動を利用した前蹴りが叩き込まれる。
カッティスの身体が思わず後退し、後転しそうになるのをどうにか堪えるのが精一杯。
アテナはすでに次の動作に入っており、左の拳で殴る――と見せかけ、そちらに意識を持っていったカッティスの右頬をもう一つの拳で叩く。
いくら威力が無いとはいえ、人間の拳が顔に当たればそれなりのダメージはある。
しかしいちいち食らったダメージと向き合っている暇をアテナは与えない。
右かと思えば左。左かと思えば右。左と見せかけた右かと思えば左と、経験したことの無い攻撃にカッティスの思考もこんがらがってしまう。
このままでは駄目だ。
防御するのは不可能と結論付けたカッティスは一転、攻撃を仕掛けることにした。
ボクシングをかじっていた経験を生かし、至近距離から中々様になっているワンツーを繰り出す。
だが考えても見れば弾丸を避けるような人間に半端な攻撃が当たる訳もなかった。
攻撃を放ったと同時に、待ってましたと言わんばかりにお得意のカウンターを顔面へと減り込ませたアテナ。
ここまで綺麗に決まればやられた方もすっきりするのではないかと思えるほどの完璧な一撃。
鼻を強打したことにより鮮血が舞い散り、わずかな脳震盪がカッティスを襲う
だがここでひるんでは更に相手が調子付いてしまうと、強引に脳を叩き起こす。
とはいえ、接近して殴打を繰り出したところで結局は先程の繰り返しで、至近距離からの発砲を避けたアテナは大本の銃を振り落としに掛かる。
手首を掴み、身体全体を使って引き込む。
それにより後ろ手を取られた状態になるカッティス。
左肘を固められ痛みは生じるが、それでも銃だけは手放さない。
「龍樹!」
突如、アテナは張り声でその者の名前を呼ぶ。
近場の機材に隠れていた龍樹は恐る恐る立ち上がり、彼女へと返事をする。
「な、何だよ」
「ミレーナを安全な場所へ誘導して!」
抵抗するカッティスの腕を固めたまま、アテナは相変わらずの張り声で言った。
「どこか少し離れた場所へ。流れ弾に当たってしまう可能性があるから、何か防弾のようなものに隠れておいた方がいい」
声を聞いた限りそうは思えないかもしれないが、懇切丁寧に語れるのはそれだけ余裕があると言う事だろうか。
思い立ったらすぐ行動とは先程彼女が言っていた言葉だが、やはり必要なことはちゃんと喋る奴だと龍樹も感心する。
だが感心するだけでは駄目だ。
「分かった」
力強くそう返事をすると、後ろ手を縛られ呆けているミレーナの下へと走る龍樹。
それを目の端で捉えたカッティス。
「く、仲間がいるのか」
不利な状況から、更に悪い方向へ転がる事実が明らかになり、その抵抗もより大きくなる。動けば動くほど間接がきしみ、表情に苦悶の色が浮かぶが男は決して大人しくしようとはしない。
アテナも余所見をしながらの関節技。本当は相手を地面に組み伏せるのが効果的なのだが、龍樹達が気になるのかいまいち身が入っていないようだ。
距離もそこまで無いので、ものの四秒ほどでミレーナの元へと龍樹が辿り着いた。行こうかミレーナちゃんと優しく肩を抱いて誘導し、二人は入り口の方へと向かっていく。
それを確認したであろうアテナ。
無表情だったが、安心したのは確かだろう。
だから油断したという訳ではないのだろうが。
余所見をするアテナを見たカッティスはここだと判断し、腕の事など考えず今までで一番の力を振り絞り、その関節技から抜け出そうとする。
火事場の馬鹿力といえば大げさかもしれないが、半端な形だった間接固めはここで解かれ、すぐさま距離を取ったカッティス。
痛む腕で有無を言わさず銃を構え、引き金を引く。
これまで同様避けられるという描写が展開されるが、めげることなく発砲を続ける。
背後から無数の銃声が鳴り響く中、入り口にある、恐らくは鉄を切断する大きな機材に身を屈めると、龍樹はミレーナを縛っているロープを解いた。
「大丈夫か?」
日本語なので伝わりはしなかったが、縄を解いた瞬間、ミレーナは龍樹に抱きついた。
突然の出来事に戸惑う龍樹だったが、耳元ですすり泣く少女の声を聞き納得する。
きっと怖かったのだろう。
無理も無いか、と龍樹は思う。
大人の男達に囲まれ、自由を奪われる。あげくには銃をつけられたのだから、その小さな身体には相当な負担が掛かっていたのだろう。
よく泣かなかったものだよ、と龍樹は再度感心し、その震える身体をポンポンと叩く。
「……ん?」
とここで妙な感覚を覚える。
服が濡れているような冷たさを感じ、妙な感覚のする胸の辺りを手で探る龍樹。
正体はミレーナが漏らしてしまった尿。龍樹の一連の動作でその事に気づいたのか、抱きついていたミレーナは龍樹から素早く離れ、恥ずかしそうに俯く。
突然離れそんな態度を取るものだから少し不思議に思い眉を寄せる龍樹だったが、今は他の事を気にするべきだろうと頭を切り替える。
日本語では通じないだろうから、身振り手振りを交え龍樹はミレーナに言う。
「ここに隠れているんだよ。お兄ちゃんはちょっと様子を見てくるから」




