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妖美なるこの世界  作者: 桂馬
イタリアの闇達
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腹の探り合い

「……出て来ないわね」

 二階のカッティス達のいる部屋を見ながら、そんな事をぽつりと言い放ったアテナ。

 隣で心臓をバクバクさせている龍樹は訊く。

「どういうつもりなんだよ。いきなりバケツ投げるなんてさ」

 水を掛けて機材を冷やす為のバケツか、近場に合ったそれをアテナはいきなり放り投げた。

 場内の中ほどで甲高い音を発生させたそれには隣で息を殺していた龍樹は当然のように驚いた。

 明確な言葉を告げないものだから、彼の怒りも当然か

 アテナはいまだカッティス達がいるであろう部屋を見上げながら、

「反応を窺おうと思って」

「だとしても何をするかぐらい一言くれてもいいだろ」

「ええ。だから言ったじゃない。気を付けてって」

「そんな抽象的な言葉で察せる訳ないだろ。いつぞやの時もそうだけど、急なんだよいつも」 

「思い立ったらすぐ行動するタイプでね。余計な注釈は入れてられない」

「バケツを投げるから耳を塞いでっていうくらいどうって事ないと思うんですけど」

「そのほんの数秒が命取りになる時だってある。無駄なことに労力を割きたくないの」

「労力って、何もそんな」

「それに私あなたの事をお荷物と思っていないもの」

 ふいに、そんな事を言ってのけたアテナ。

 予想だにしない言葉に、思わず押し黙ってしまう龍樹。

 その発言はどういう意味なのだろうかと考える。

 本人は何となく言っただけかもしれないが、言われた方は深く考えてしまう。

 目をパチパチさせる彼の反応を背中越しに感じたのか、アテナは一言、

「今は動ける人間も限られているしね」

 と付け加えた。

「ほら、次の作戦に移るわよ」

 今しがたの発言を誤魔化すように、という訳ではないのだろうが、身を翻すと、自分達の背丈よりも大きな機材のお陰か、堂々とどこかへ歩み始めるアテナ。

 月明かりも届かない暗闇の中。

 二階の部屋から漏れる明かりによりかろうじて見えるその背に、龍樹は訊く。

「何だよ、次の作戦って」

 彼の問い掛けに、くいくい、と指でこっちに来いと促すアテナ。訳が分からないがとりあえず彼女の指示に従うしかないので、龍樹はそちらへと歩み寄る。

 アテナに付いて行くと、今度は壁際にまで来た。

 詳しい用途は不明だが、鉄を扱う際に必要なのかショベルや壁掛けフックにはスコップなどがぶら下がっていた。

 これで一体全体何をするのだろうかと眉を顰める龍樹。

 そんな彼の疑問に答えるように、壁掛けフックにぶら下がっていたスコップを一つ手に取ると、アテナは材質を確認しながら口を開く。

「さっき反応を窺ったって言ったわよね」

「ん? ああバケツの件か。さっきも何もたった今だろ。結局成果は得られなかったみたいだけどさ」

 言いながら二階の部屋を見上げる龍樹。バケツの音が届かなかったのかは知らないが、あれから数分経っても部屋からは誰も出てこない。

 まあ確かに音は大きかっただろうが、例え聞こえていたとしても、猫か何かと思い気にする程でもないと考えたのかもしれない。

「そうね。反応は全く無い」

 手にしたスコップは必要な材質ではなかったのか、また壁掛けフックに戻すと、その隣にあるトングへと手を伸ばす。

 それをカチカチと開け閉めすると、納得がいったのか今度は辺りを見渡すアテナ。

「……どうしたんだよ。一体何をしようとしているんだ」

 不審に思い、訊いてみる龍樹。

 今度ばかりは、事前にアテナが教えてくれる。

「奴らをおびき出す」

 女は工場の中央にある機材類を見ながら、

「こうなれば根競べよ。あれだけ警戒心の強い男。きっとさっきの音は聞こえたはず。それで出て来ないという事は、単なる物音と捉えているのか、あえて無視をしているのか」

「……ああ。まあそうだろうな」

 バケツが地面に落ち甲高い音を発した場所から二階はそう遠くはない。

 距離の問題ではなく、先程の大きな音が届かないという意味で、だ。

 しかし龍樹には引っかかる事があった。

 そもそもなぜこんな粗雑な行動に打って出たのだろうか。

 音を出して反応を窺うのは分かるが、あまり大胆にやりすぎるとそれこそミシェルの身が危なくなってしまうはず。

 それをアテナに伝えたところ、女は用意していたかのように間を置くことなく、

「別にミシェルの仲間だという証拠を掴まさなければいいのよ」

 と言った。

 そんなに簡単なものなのだろうかと疑問に思う龍樹。だがよくよく考えてみれば、確かにそうすればミシェル達に危険が及ぶ直接の理由にはならない。

 怪しいから仲間だと断定するなんて、名目上取引をしているという今の状況では中々踏み切れないだろう。

「少なくともミシェルが家に着くまで奴らは性急な行動は取れないはず。逆に言えばタイムリミットはそこで、それまでに試せる事は試しておかなければならない」

 アテナの見立てはそうだった。

 仮にそれが事実だとすれば、時間はそこまで残されていない。

 手にしたトングを大きく振りかぶるアテナ。彼女が何をしようとしているのか理解すると、龍樹は身を縮こまらせた。

「無視できない状況になればどんな反応を見せるか。それによって動き方は変わってくる」

 ちゃんと説明する辺り。

 一応は先程の龍樹の見解を反映してくれているのは、彼女なりの優しさだろうか。

 事前連絡というより説明。

 それを終えたアテナは、手にしたトングを思いっきりぶん投げた。

 大きな機材に命中したそれは、静寂な闇を叩くと、やがて地面へと落ちていく。




「……まただ」

 外から聞こえてきた甲高い物音に、雑誌を開けたまま固まる男。

 どこか怯えているような彼に対し、警戒心を仕舞いこむカッティスは声を掛ける。

「今日は風も強いからな。きっと隙間風か何かだろう。この辺は海だって近いし気にする必要は無い。それよりそろそろ準備をしておけよ。ミゲルの野郎をやった後始末」

 カッティスが話をしていたその矢先、

 また外から大きな音が部屋の中に流れ込んできた。

 固まる男達。

 傍で椅子に座るミレーナも、何事かと目を見張る。

「……おい。絶対にあれは風の悪戯なんかじゃないと思うぜ。もしかして誰か入り込んだんじゃないのか?」

 物言う男。

 それに対しての返答は無かった。

 カッティスの思考も当然、その線を探っている。

 謎の音は先程からこれで三度目。

 音色自体は単調だが、頻度が不自然だ。

 今まで何の音沙汰も無かったというのに。

「どうする。俺が見てくるか」

 机の上に置いてあった拳銃を手に、男が立ち上がろうとする。だがカッティスの頭の中にその考えは無いのか、いや、と言って動きを制す。

 そこでまた、あの音が鳴った。

 最早ここまで来ると流石に無視が出来ない。

 場に緊張がはしる。

 動きを制された男も一旦椅子には座り直したが、手にした銃を離さない。

 そしてまた、音が鳴った。

 外からではない。

 机の上に置いてあった携帯電話が、着信音と共に小刻みに揺れる。

 敏感になった神経は思わず過敏に反応してしまい、驚く一同。

 そしてどうにか気持ちを落ち着かせてから、カッティスは通話のボタンを押した。

「もう着いたのか?」

 ポジティブな発言をするカッティス。もちろん一時間半の道のりを三十分で辿り着けるわけも無く、

『いや、まだだ』

 と電話の向こう側の人物は言った。

『渋滞に嵌まっちまってな。到着時間が少し遅れそうになる』

 伝えられたまさかの展開に、耳を疑いたくなるカッティス。

 しかし考えても見ればこの時間帯でなくともイタリアの道は混む事が多い。

 車社会であるお国柄、交通のインフラも発達していない現状、帰宅や夕食などそのほとんどが交通機関などを利用せず直接運転をするのだ。

「他に近道は無いのか」

『俺もそれは言ったさ。だが無いんだとよ。本当かどうかは知らないがな』

「女に不審な動きはあったか?」

『どこか挙動不審だが、まあ銃を持った男を二人連れているんだ。平常心でいろというのが無理かもしれない。何かあったのか?』

 その質問に、いや、と言葉を濁すカッティスの背後から、また甲高い音が響いてくる。

 一瞬、この事を伝えようかどうか迷ったカッティス。

 しかしそれを伝えた所で何も変わらないような気がした。なら、今から重要な仕事をこなす人間に余計な懐疑を持たせるのも支障をきたさないとは言い切れない。

「出来るだけ早くしろ」

 口調が乱暴になるカッティス。

「女から住所を聞きだして本当にその経路が最短かどうかを調べろ。もしかすれば時間稼ぎの可能性だってあるかもしれないからな。それぐらいの事は言われなくても頭を回せ。お前も何年マフィアをやっているんだ。少しくらいは自分で考えて行動しろ」

 気が立っているのか、そうダメ出しをするとカッティスは一方的に電話を切った。

 通話の間にも例の音は二回ほど鳴っている。

 疲れ切った表情でカッティスは立ち上がった。机の上に置いてあった銃を懐に忍ばせ、何やら動き出そうとする。

「行くのか?」

 そう問い掛けるもう一人の男。

 ああ、と言ったカッティスは、几帳面なものでスーツの袖を整える。

 促すように男を見ながら、カッティスはこう言った。

「別れるのは危険だ、娘も連れて行け。もしもの時に備え全員で動くぞ。誰だか知らないが見つけ次第ぶっ殺せ。ここだと死体処理にも困らないからな」

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