殺害へのカウントダウン
表に出ると、すでに車が回っていた。
ミニカーのようにコンパクトで、丸みを帯びカッコいいというよりも可愛いと言った方がしっくりくるフォルム。
フィアットと呼ばれる、イタリア人には馴染みの深い車だ。
見た目に比べれば中は広めなのだが、それでも狭い事に変わりは無い。
こんな空間にギャングの男二人と乗るだなんて大丈夫だろうかと、ミシェルは心配でならない。
「で、誰が行くんだい?」
運転席から降り、確認を取るミシェル。
今現場には三人の男がいる。
カッティスに、先ほど隣にいた男。それから強面で体つきの良いジミーという男だ。
恐らくもう一人は、ミレーナの事を見張っているのだろう。
「三人で行くのか?」
代表者であるカッティスに聞くミシェル。
いや、と否定の言葉を挟んだカッティス。
何だかこの男は絶対にこちらの考えに逆らうなと、その捻くれ具合にミシェルも呆れてしまう。
「行くのはこの二人だ。だが乗る前に確かめたい事がある――おい」
カッティスがそう言うと、他の二人は車へと近づき、まるで自分の物のようにドアを開けボンネットを開け、何かを探すように中を漁り始めた。
「おい。大事な車なんだぞ。あまり粗末に扱うな」
堪らず怒鳴りかけたミシェルだったが、カッティスは意に介さない。
「発信機や盗聴器、妙なものは無いか調べさせてもらう。まあ無いとは思うが、念の為だ。それに携帯も置いていけ。今時のものはGPSが必ず内蔵されている。第三者に妙な連絡を取られても困るからな。俺はお前の事を信用していない。いいか。妙な行動を起こせばすぐに娘を殺す。それを肝に銘じておけ」
徹底した脅し文句。
相手が女だからという事もあってか、いつも以上に圧力を掛けるカッティス。
これには流石のミシェルも気圧された様子で何も反論できず、携帯を出せというカッティスの動作に大人しく従い、黙って自分の車の審査を待つ。
やがて調べ終わったのか。
男達は戻ってくると、特に怪しい物は無さそうだとカッティスに伝える。
「そうか……とりあえずは良しとするか」
頭の中で色々と精査し、そう判断したカッティス。ただ待つことしか出来ないミシェルへと振り返って、
「待たせたな。それじゃあ送り届けてもらおうか。あのくそ野郎がいると言う、お前の家へ」
「……ああ」
許しが出て、ようやく車へと向かえるミシェル。
それに連なるように同乗する男二人が付いて来る。
一人は助手席で、一人は後部座席。狭い空間に三人の大人が入る格好となった。
これからの一時間以上この狭い車に乗り込んだ状態でいる事を考えると、ミシェルは生きた心地がしなかった。
「ミゲルを始末したらすぐに連絡を入れろ」
助手席の窓を開け、何やらカッティスに指示される男。シートベルトを締める最中、ミシェルも耳をそばだてずにはいられない。
「俺はその後の準備をしておく。少なくとも明日までにはこの件にを付けなきゃならない。これが本当に最後のチャンスだという事を肝に銘じておけ」
「分かっているさ。今まで何かと弊害のある状況だったが、今度は逃がしはしない。頭に照準を合わせて引き金を引くなんて、猿でも出来る」
自信満々の男。それはそうだろう。すでに頭の中で、ミゲルを撃ち殺すシュミレーションは出来ているのだから。
ましてや彼はプロと言ってもいい。
素人のように躊躇う事はないし、銃の扱いにだって慣れている。
考えれば考えるほど、失敗する方が難しい。
それでも心配性なカッティスは念を押す。
「油断だけは絶対にするな。十分置きでもいい、連絡を入れてくれ。そっちの状況を把握しておきたい」
「俺も信用が無いな……分かったよ。そのくらいの頻度で連絡は入れる」
呆れたようにそう言った男。
カッティスという男がどういう人物か知った上での反応。この男もカッサローニ同様、部下に取っては扱いにくい類なのだ。
「分かっているな。計画通りにやれよ」
最後にもう一度だけそう伝え聞くと、男は助手席の窓を閉めた。
いよいよ出発の時。
運転席に乗り込んだミシェルが、キーを回しエンジンを掛ける。
ライトが光り、車は静かに起動すると緩やかな速度で動き始めた。
そして曲がり角を曲がる際にコンクリートを踏みしめる音をタイヤから発生させながら、いつしかその姿は暗闇へと消えていく。
それを少しの間だけ見送ったカッティス。
いや、確認したという方が正しいか。
まだ姿が見えているうちに、彼はもう動き始めていた。
今日のイタリアの夜は寒い。
身を縮こまらせながら鉄工場へと戻るカッティス。
先ほど仲間に述べた通り、彼にはやる事があった。
もちろんミゲル暗殺の際に生じる様々な不具合の帳尻を合わせる下準備だ。
ある一家を事故死に見せかけるという手はこれまでも幾度と無くやってきた事なので、順序に迷うことは無い。
完璧には誤魔化しきれなくても、彼らだという明確な証拠さえ隠滅できれば御の字だ。
警察だって一つの事件に固執するほど、イタリアの治安も良くは無い。
――あと少しだ。
そう気持ちを引き締まらせ、鉄工場に入ったカッティス。
男の今の目標は、ふかふかのベッドで気兼ねなく眠る事だ。




