夜のBARにて
酒と煙草の匂いが充満し、天井に吊るされた無数のミラーボールからは目が眩むほどの光がその場を攪拌する。
イタリア・市街。ならず者が集うBAR
そこはまさに無法地帯と言った具合で、酒に酔ったのか裸で踊るパーリ―ピーポー野郎や、露出の多い服を来た男女が非合法の薬でアガり、法律で縛られた世界に対して最大限の抵抗を催していた。
そんな場所にカッティス達は足を運んでいる。
随分と奇抜なファッションを好む場でスーツ姿は流石に浮いているが、彼らがここにきた理由は日頃のストレスを晴らしにきた訳でもなれば、レジスタンス運動へ参加しに来た訳でもない。
後ろに二人の同胞を従えたカッティスはこの店のマスターらしき男にカウンター越しで話し掛け、浮かれた周りとは違う真剣な眼差しで問い掛ける。
「この男を見かけなかったか?」
ある人物の写真を見せる。それは目下捜索中の男のある日の姿だ。アフロヘアで丸眼鏡サングラスという店の雰囲気に恥じないセンスのマスターは、作った怪しげな色のカクテルを客に提供してから、
「さあ、来てないと思うZE。例え来ていたとしても、ここは見ての通り荒んだ現実におけるパラダイス。いちいち他人の顔を覚える程、退屈な時間は提供しちゃいねーZE」
場内を反響するダンス系音楽に乗りながら、グラスを磨き始めるマスター。正直こういった俗な場所を好まないカッティス。おまけに頭がお花畑な話し相手に、その表情には少々怒りが見て取れる。
「どんな些細な情報でも構わない。例えば顔を隠すような怪しい男がいたとか、妙な噂話を聞いたとか」
「だから知らないって。大体なんなんだよあんたら。そんな暑苦しい服装しちゃって。ここはパラダイスなんだぜ。ハジける気がないのなら帰りな。全く、金にもならない客なんて相手にするのも疲れるぜ」
敢えてだろう。大音量の中でも聞こえる程の声量でぶつぶつと小言を垂れるマスター。彼だってイタリアの住人だ。こんな場所にスーツ姿で現れたカッティス達の正体にも薄々気付いているはず。
それでも物怖じしないのはやはり、自分たちが至上と信じてやまないからだろう。
ましてや彼はこの店の経営者。その信条を崩さない為にも、折れる訳にはいかないのだ。
自由を愛し、権力に屈しない。
平和ボケした世界しか知らない人間にはよくある話だ。
彼らは本当の恐怖というものを、分かってはいない。
「おいおっさん達」
背後で声がした。カッティスは振り返る。見れば、後方にいた二人に、薬か酒のどちらかでラリッた若者が絡んでいた。
単体ではなく、グループだろう。それこそすぐには数が割り出せないほどの連中が、二人へと好奇の目を向けている。
この空間ではどこまでが知り合い、という明確な境目が分からない。
そもそも同じ考えを持った集まりなので、例え見ず知らずの人間であろうとそういった概念が存在しないのかもしれない。
相棒には似たものを選ぶものとは、よく言ったものである。
見れば傍らには女がいて、男はそんな彼女の腰に手を回していた。周りには似たような連中が群がり、気分の悪くなるような笑みを顔に浮かべ酒をボトルごと煽っている。
何て醜いのだろうかとカッティスは思う。
自分の弱さを認めず、それを認めさせようとしてくる敵には数で対抗する。
マフィアという組織に属する身として言える義理では無いが、彼はそういった人間が大嫌いだ。
「な、おい、なんだ、触るな!」
カッティスの仲間の一人がちょっかいを出され始めた。肩に手を回されたのを振り払うと、若者達は暴力だ何だの妙な盛り上がりを見せた。
その後も収まる気配のない煽り精神。マスターの言った通り、ここは彼らに取ってのパラダイスなのだろう。
息苦しい現実にうんざりした者たちが集まり、普段できない事を、自分のやりたいようにする。そしてそれを脅かそうとする存在と全員で戦う、いわば小心者達のコロニー。
抵抗する同胞達はついに遊び道具に成り下がりつつあり、脱ーげ、脱―げというコールと共に大多数の若者にスーツを脱がされようとする。二人とも必死に抵抗するも数には敵わず、ついには上着をはぎ取られ、今度はシャツへと無数の手が伸びる。
それを無表情で眺めるカッティス。だが確実に怒りは覚えており、その場に立ち尽くしながらも妙な盛り上がりを見せる場を映す瞳孔はいつも以上に開かれている。
「ほら仲間が脱いでんだ。あんたも脱げよ」
いつのまにか隣にいた若者がカッティスのスーツへと手を伸ばした。その人物は少年と称しても言いような出で立ちであり、少なくともカッティスよりか年下なのは間違いない。
究極の縦社会で生き、本当の闇を経験してきた男に、青くさい少年がちょっかいを出せばどうなるか。
次の瞬間。
カッティスは自分へと延びてきたその手へと、机の上に置いてあったヒメフォークを突き刺した。
かなりの力で付いたらしく、手の甲に刺さったフォークはほぼ根元にまで達していた。
突然の出来事に、初めは戸惑いの表情を浮かべた少年。しかし思考が起こった出来事に追いつくと、断末魔の叫びのようなものと共に、少年の表情が苦痛に染まる。
だからなんだというのだろう。
マフィアにとってそんなものは関係ない。
馬鹿にされた怒りはその程度では収まらず、もう二度と逆らわないようにと、カッティスは付き立てたヒメフォークをぐりぐりと回転させ若者の手の甲の肉を抉る。
そういう意味では彼らもまた、自分たちの立場というものを保守したいのかもしれなかった。
大音響に負けないほどの悲鳴を上げながら、床を転げまわる少年。それを見た周りの連中は警戒心を露わにし、自分たちの領域を侵犯させまいと歯を剥き出しにする。脇に抱えられた女たちは男へと発破を掛け、男達は妙な真似をさせないと、すぐさま飛び掛かろうとする。
だが天井に放たれた甲高い音を聞くと、皆が皆その足を止めた。
引き金を引いた銃先からは煙が上がり、着弾したミラーボールの根元が折れ、カウンターの上へと落ちる。
すぐそばにいたマスターは直撃を避ける為に頭を抱えしゃがみ込む。カウンターに落下した際に剥がれたミラボールの破片が、そんなマスターのアフロヘアへと突き刺さった。
中途半端な悪など恐れるに足りない。そもそもそういう奴らにこそ彼らは強い。例え暴力を上げようが銃をぶっ放そうが、連中は警察に頼ることが出来ないからだ。
この時すでに連中は戦意を喪失されていた。ここでようやく誰を敵に回したのか。
彼らはそれに気付いたのだろう。
なんとも簡単な連中だとカッティスは内心で呆れる。抵抗しなくなったのはいいが、ここまで萎まれてはまともに話も出来やしない。
埒が明かないと、カッティスはしゃがみ込んで頭を抱えているマスターを睨みつける。
「何かおかしな情報を掴めばすぐに知らせろ」
未だに鳴り響くユーロビートの中。静まり返った若者たちを尻目に淡々と告げるカッティス。それを受けたアスターの男は、震える声で返事をする。
「は、はい」
先程の食って掛かるような物言いとはまるで違う反応なのは、仕方あるまい。
何にせよこれで一応の言質は取れた。その恐れようは今度会った時までにはしっかりと活き、事を運びやすくなっているに違いない。
となればここはもう用は無い。
革靴でミラーボールの破片を踏みつけながら踵を返すカッティス。後方にいた二人も慄く若者からスーツを奪い返すと、些細な反撃として乱暴にそれを羽織る。
彼らは店の出口へと向かいながら、
「次はどうする。もう夜も遅い。もう一度奴の行きそうな場所を当たってみるか?」
「そんな事をしても無駄さ。考えてもみろ。命を狙われてるってのに、俺達に悟られるような場所で寝ると思うか? 奴は絶対に予想の付かない場所で寝泊まりしているはず」
同胞の意見を否定するカッティス。
「これからまた別の場所へ向かう。俺達には時間が無い。カッサローニに付きっ切りな現状、大胆に動けるのは夜しかないからな」
その言葉が示す通り、彼らは不眠だった。目の下には隈が出来始め、その精か表情も苛立って見え、体力的にはそろそろ限界だ。
「情報は出来るだけ集める。次は隣町のパブへと出向くぞ」
時刻はすでに二時過ぎ。夜の街はここからが本番だ。
BARを後にするマフィア達。
怯えた若者が端によりモーゼの滝のように開けた道は、最初に来た時よりも随分と歩きやすかった。




