9、可哀想な主人公になるため、次の生贄を探す
学園の式典会場は、異様なざわめきに包まれていた。
式が始まり、形式通りの挨拶が続く。そして、ついに予定されていた発表の時が来た。
「本日をもって、伯爵家リュート・フォン・アルヴェリオとの婚約を解消する」
会場にどよめきが広がる。当然だ、カール王子殿下自らが婚約解消を宣言したのだから。
――なのに、どうしてだろう。
殿下の視線が、一度もこちらに向けられないことが、ほんの少しだけ気になった。
それに、当のリュートが現れなかった。
それは僕にとって大きな不満だった。たくさんの生徒の前で彼の悪行を公開し、惨めに反省を促すつもりだったのに。さては逃げ出したんだな、あの臆病者!
不機嫌を隠しながら殿下を見上げる。
だが、壇上に立つ殿下の顔は、なぜか亡霊のように青白い。
もしかしたら殿下は後ろめたさを感じているのかも。僕たちの愛は本物だけど、リュートは確かに殿下の婚約者だったのだから。
不意に、王子が僕を見た。縋るような目で。
だから僕は、精一杯の慈愛を込めて微笑み返す。
――大丈夫、全て上手くいっています。
そう伝えるように。
さあ、次は僕の番だ。
一歩、前へ出る。
殿下が僕との愛を宣言し、周囲の羨望の視線が僕を包み込む瞬間を、今か今かと待ち侘びた。
なのに。
殿下の言葉は、そこで止まった。
重苦しい、一瞬の沈黙。
「……以上だ」
発表は、それで終わった。
婚約“解消”のみが公表され、僕との新たな婚約は、一言も語られなかった。
婚約解消?破棄ではなくて?どうして……?
式が終わり、人々が散っていく中、僕は静かに殿下へ歩み寄った。
「……カミユか」
その声には、何の感情もなかった。ただ、目の前の物体の名前を確認しているだけの、無機質な響き。
カール殿下は、ひどく疲れ切った目をしていた。
「……殿下」
いつも通りの愛らしい声で呼びかけた。でも、殿下はすぐには答えない。
一拍、二拍。ようやく、焦点の合わない視線がこちらに向く。
「お疲れのようですね」
気を引くために柔らかく微笑む。いつものように。
「そんなことはない」
返ってきたのは、突き放すような冷たい視線だった。
わずかに胸がざわつく。
「本当ですか?」
一歩、距離を詰め、殿下の顔を覗き込む。
おかしい。僕を見ているようで、その瞳の奥には何も映っていない。
「……今日は、その」
言葉を慎重に選ぶ。機嫌を損ねてはいけない。
「本来なら、僕たちのことも――」
殿下の肩が、ぴくりと揺れた。
「……今は、やめてくれ」
低い、これ以上踏み込ませない拒絶の声がした。それでも、僕は引き下がれない。
「どうしてですか? 僕、今日のために準備して、こんなに可愛くしてきたのに。ほら、この香水だって……」
抗議の言葉が溢れ出した。今日という日を、どれほど心待ちにしていたか。
「約束、でしたよね。皆の前で――」
「カミユ」
名前を呼ばれて、言葉が止まった。
その呼び方は、まるで鋭い氷の刃のようだった。
「……リュートが、死んだ」
「……え?」
一瞬、意味が分からなかった。
「死んだって……どういう……」
「カミユ。今日はもう帰れ」
「あ、あの!」
「帰れ!!」
怒鳴り声と共に、殿下の視線は再び空虚な宙を彷徨い始めた。
僕は初めて殿下に怒鳴られた恐怖に突き動かされ、会場を駆け出す。
死んだ? 誰が? リュートが?
そんなの――
そんなの、困る。
まだ、終わってないのに。
まだ、ちゃんと分からせてないのに。
僕の方が正しいって。
僕の方が選ばれるべきだって。
あいつの絶望する顔を見て証明したかったのに。
あいつがいなければ、誰が僕に負けてくれるっていうんだ。
胸がざわつく。
これは、悲しいわけじゃない。
ただ――
計画した僕の最高の舞台が、崩れてしまった。
ああ、やり直さなきゃ。
またカール殿下に「可哀想」だと思って貰えるように。
僕を虐めてくれる、残酷で、美しい「生贄」を探さなくちゃ。
日の光が白く霞んで見え、心臓の鼓動だけが、ひどくうるさく感じた。
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