8、小鳥とあいつを犠牲にして、僕は笑う
学園二年目の新学期だった。北校舎の隅、古い木立の影で、カミユは膝をついていた。
そこには、巣から落ちたばかりの、まだ産毛の残る小鳥がピイピイと鳴いている。
カミユは、周囲の生徒たちが自分に注ぐ眼差しを背中に感じながら、慈愛に満ちた微笑を浮かべ、雛を両手で掬い上げた。その行動が尊く見えると、彼はよく知っていた。
『可哀想に……。怖かったよね。大丈夫、僕の部屋で大切に守ってあげるから』
『なんて優しい人なの』
背後からそんな声が上がる。だが、その光景を真っ向から否定する、通る声が響いた。
『その雛を連れ去るな。カミユ。君がしているのは保護ではなく、救える可能性を無くしてしまう行為だ』
カミユが振り返ると、そこにはリュートが立っていた。一切の無駄を削ぎ落としたような端正な顔立ち。そのアイスブルーの瞳は、雛の状態を厳格に見極めようと鋭く光っている。
『リュート様……。でも、この子は巣から落ちていたんです。僕が連れて帰って、温めてあげないと死んでしまいます』
『今すぐ元の場所に戻し、人間がその場を去れば、親鳥が降りてきて育児を再開する可能性があるよ』
『で、でも、カラスとか猫が狙ってるかもしれないし……』
『なら、すぐに巣に戻すんだね』
カミユはうつむき、雛を包む手に力を込めた。
(せっかく、周りにいい所を見せようと思ったのに……。これじゃ僕が、ただの無知な奴みたいじゃないか。こいつの言いなりにはならないから)
『この子には人の匂いがついてしまいました』
『鳥の嗅覚は鈍い。人間の匂いがついた程度で親は見捨てないよ。……だいたい、人が介入するべきではなかった。巣から落ちた以上、捕食されるのも自然の摂理だからね』
リュートは一息に告げたが、それでも雛の安全を案じるように、じっとカミユの手元を見つめた。その眼差しに敵意はないのだが、鋭い正論が刃となってカミユを突く。
『……っ、なんて冷酷な方。僕、信じられない!』
カミユの瞳に、一瞬だけ屈辱の色が混じる。だが、背後から近づく足音に気づくと、彼は即座に「悲劇の美少年」へと姿を変えた。
『どうしたんだ、騒がしいな』
そこへ、仲裁に入るようにカール王子と、その後ろを歩くメイドのローズが現れた。カミユは待っていましたと言わんばかりに、目にうっすらと涙を溜め、王子へと縋り付く。
『殿下! リュート様が、この子を僕から奪って、猫の餌にするとおっしゃるんです!』
『そんな事、言っていない。適切な飼育が必要だと言っただけだ』
リュートは補足するが、王子の目には、「泣きじゃくる純真なカミユ」と「それを冷たく見下ろす傲慢なリュート」という構図に映った。
『リュート、君の言い方は少しトゲがある。彼の優しさを少しは理解したらどうだろう。カミユ、その鳥は君が世話をするといい。飼育室の使用を私が許可しよう』
王子の言葉に、カミユは花が綻ぶような笑みを浮かべて頷いた。
リュートは小さく溜息をつき、
『勝手にすれば』
と吐き捨てて背を向ける。ローズだけは、その背中を苦い表情で追いかけていった。
だが翌朝。
カミユが飼育室に用意した鳥籠の中で、小鳥は冷たくなって横たわっていた。
『ああ、ああ……っ! ごめん!ごめんね、僕のせいで……!リュート様の言った通りになっちゃった……』
カミユは崩れ落ち、ハンカチを濡らしてわんわんと泣き伏した。カール王子はそんな彼を痛ましげに抱き寄せ、何度もその肩を撫でて慰める。
その様子を見ていた生徒たちの間で、何故か根拠の無い噂が広がる。
『……昨日、リュート様が「死を招く」って予言じみたことを言ってたわよね。まさか、自分の言葉を証明するために、魔法で……?』
『ありえるわ。あの人、最近カミユ様が殿下に可愛がられるのが気に入らないのよ』
噂はあっという間に広がり、リュートを「嫉妬に狂った怪物」に仕立て上げていく。
当のリュートは、心ない中傷を浴びても、眉一つ動かさなかった。否定したところで、「悪役のあがき」として処理されるだけだと理解していたからだ。
『坊ちゃん、こんな人を中傷する噂、正式に抗議しましょう!』
ローズの怒りに満ちた訴えに、リュートは窓の外の青空を、ただ静かに見つめたまま答えた。
『しなくていい。騒ぐだけ、無駄だ』
◇
その日の放課後。
学園の裏手にある木立の影で、カミユは手鏡を覗き込み、乱れた栗色の髪を整えていた。
泣き腫らしたはずのその瞳は、今は不気味なほどに冷たい。
カミユはポケットから一枚の白い小さな羽根を取り出した。指先でそれを弄びながら、彼は昨夜の感触をゆっくりと思い起こす。
夜の飼育室は、静まり返っていて当然誰もいない。
籠の中で眠る白い小鳥を、カミユはそっと、慈しむように取り出す。しかし、その直後、彼は小さな体を躊躇いもなく握りこんだ。
パキパキと小さな骨が少しずつ折れる感触が指に伝わる。
小鳥は必死に空気を求め、喘ぐように小さなくちばしを開く。だが、その無力な体は、最後に「バキリ」という一際大きな音を立てて短く鳴くと、二度と動かなくなった。
(……可愛い声)
暗闇の中、カミユは静かに息を吐く。
(リュートも、こんなふうに鳴くのかな)
指先に残る感触を確かめながら、暗い微笑みを浮かべる。
(明日、派手に泣きながらリュートの名前を出してみよう。 そうすれば勝手に周りはこの小鳥の死とあいつを連想してくれる。殿下も僕を「可哀想な被害者」として、抱きしめてくれるはずだ)
カミユは喉を鳴らしてクスクスと笑った。
『リュート様、あなたの言う通り……僕が、この子を殺してあげました』
◇
カミユは昨夜に犯した罪に全くの罪悪感を持たず、地面に白い羽根を落とし、口元を歪めた。
「……結構、簡単だったな」
先ほどの殿下の反応を思い返す。
「あの二人、お互いに遠慮しすぎて、腹の底が全くわかってないんだ」
土に落ちた羽根を、靴の先で無慈悲に踏みにじれば、白い羽は、泥の中に沈んでいく。
(まあ、今日一日は、傷ついた顔をしておこうね。殿下以外にも、僕のこの儚さをたっぷりと刻み込んであげないと)
カミユは、再び「悲劇の少年」という名の仮面を貼り付けたが、その顔は瞳孔部分だけが妙に浮き出し、ひどく濁っていた。
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