表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約解消の前日、坊ちゃんは死んだ――終わらせたくなかった王子への白い恋  作者: 怒れる布団


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/13

11、夜に香る百合は誰がため

 七年後――。


 ローズが王宮医師の「恋人」となったのは、主を亡くした半年後のことだった。


 初老の王宮医師は優秀で紳士ではあったが、妻を亡くした喪失感に、その命を磨り減らしていた。そんな医師の心に寄り添って、ローズは容易く取り入った。


 そもそもローズは医師に「夫」になって欲しいわけではなかった。彼女が欲しかったのは、王宮という舞台に潜み続けるための、「居場所」だけだったから。


 今では献身的な助手として、薬の調合から王宮の裏事情までを把握する存在となった。そんな彼女を、王子は何も言わずに黙認している。


 「ローズさん。今日も、王子殿下の様子を見てきてくれるかい?」


「はい。先生」


 医師に命じられ、ローズは静かに薬箱を手にする。先生から教わった薬の調合は絶対に間違わない。


 王子の不調は年々深刻さを増している。


 ◇


 学園卒業と同時に、カミユは王太子妃の座を射止めた。元男爵令息が掴み取ったその栄誉は、平民や下級貴族たちから見れば、まさに「愛の勝利」と呼ぶにふさわしい奇跡だった。


 しかし、絢爛豪華な王宮の暮らしの中でカミユは、時折、自嘲の響きを帯びた笑みを浮かべる。


 彼は今でも、あの婚礼の夜を反芻せずにはいられない。


 あの日、王太子カールは確かに、優しく、慈しむようにカミユを抱きしめた。


 カミユは確信していた。自分は誰よりも愛され、至上の幸福を享受するのだと。そして今もなお、自分は愛されていると必死に己を鼓舞し続けている。


 だが、自分達の寝室には、カミユの心を苛む「呪い」が佇んでいる。


 部屋を満たすのは、かつての婚約者・リュートが愛した、甘やかで濃厚な百合の香り。


 カミユがどれほど別の花へ差し替えようと、翌日には真っ白な百合が元の場所へと戻っている。あの忌まわしい女、ローズの嫌がらせに違いない。そう確信して王太子に訴えたカミユを待っていたのは、予想だにしない答えだった。


 『私の好きな花だ』


 空虚な、血の通わない返答。


 その瞬間、カミユは悟ってしまった。王太子が今も見つめているのは、隣にいる自分ではなく、とうの昔に消え去ったはずの「過去」なのだと。


 夜、隣に横たわる王太子の瞳に、眠りは訪れない。彼はただ、虚ろな眼差しで、天井を見つめ続けている。


「眠れないのですか」


 カミユの問いかけも、乾いた「ああ」という一言で切り捨てられる。


 せめて慰めを、と絡めようとした指先は避けるように強い力で振り払われた。


 新婚初夜を境に、王太子がカミユに触れることは二度となかった。


 世継ぎの兆しなど望むべくもない。


 王太子の冷たい背中を見つめながら、カミユは暗闇の中でただ独り、目を閉じる。


「大丈夫。選ばれたのは、僕なんだから……」


 自分に言い聞かせるその呪文は、虚ろな夜の闇に吸い込まれ、誰にも届かない。


 ◇


 ローズは左手に抱えた百合の香りに包まれながら、王子の部屋に入る。


「お薬の時間です」


「……ローズか」


 彼女は、萎びた花を抜いて新鮮な百合を花瓶に突き刺すと、王子が薬を飲み下すのを静かに見届けた。


 「今日も……彼は、そこにいるのか?」


 いつもの問い。ローズは一拍おき、慈しむような微笑を浮かべて答える。


 「ええ。今日は一段と、百合の香りが強いですから」


「……そうか。そこにいるのだな」


 カール王子は、救いを得たように満足げに頷く。


 そんな彼に、ローズは淡々と言葉を添えた。


 「殿下、ご存知ですか? 最近、城の者たちの間では、夜な夜な中庭に現れる『目元の黒い、白い亡霊』の噂でもちきりですわ」


「……白い亡霊? 中庭に行けば、その姿を見られるのか?」


「さあ? 姿を見せてくれるかどうかは、亡霊の機嫌……次第ですわね」


 「そうか……機嫌か……」


 王子は、再び窓の外、空虚な庭へと視線を戻した。


 その背後で、ローズは薬箱を閉じ、冷ややかに目を細めた。



 廊下へ出ると、笑顔を貼り付けた王子妃――カミユに呼び止められた。


「殿下の具合は」


「安定しております、妃殿下」


 二人の間に、七年分の沈黙が堆積する。


 「……『幸せになれると思うなよ』って言ったよね、昔」


 ポツリと漏らしたカミユに、ローズは鮮やかに微笑んだ。


「言いましたね」


「呪いが、よく効いているみたいだよ」


 歪んだ笑みを浮かべるカミユを背にして、ローズは足音を響かせて歩き出す。


 後ろで、誰にともなく縋るような声が聞こえた。


「……大丈夫。僕は、大丈夫」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ