第8話 魔物襲来
「お嬢様。ご歓談中に失礼します」
「キトリー? なにかあった?」
「どうやら、その行商人らしき一行がこちらに近づいているようなのですが——」
「あ、そうなの? 噂をすれば影がさすってやつだね」
「ただ……魔物の群れに追われているようです」
「はい⁉︎」
「魔物だと?」
私は飲みかけだったスープを思わず噴きだし、エグルさんたちが慌てて立ち上がった。
「ゴーチェ!」
「待ってくれ。どっちの方角だ?」
索敵担当でもある斥候のゴーチェさんが、魔物の気配を探ろうと周囲を見回す。
「街道に沿って、ベルローズ領の方角からこちらに向かっているようです。距離はおよそ二公里ほど」
「二公里? あんた、スキル持ちだったのか?」
キトリーの報告を聞いたゴーチェさんが、驚いたように目を瞠った。
二公里も先から接近してくる魔物の気配など、たとえ本職の斥候であっても普通は感知できない。キトリーがそれに気づけたのは、彼女の持つ【索敵】スキルの働きだ。
「侍女さん、近づいて来る魔物の種類はわかるか?」
「残念ですが、そこまでは。ただ、かなり数が多いようです。少なくとも五十は超えているかと」
「五十だと……⁉︎」
エグルさんの頰が引き攣った。
どんなに弱い魔物でも、数が集まるとそれだけで脅威になる。
そして〝暁の鷹〟は精鋭パーティーだが、数が少ない。五十体もの魔物に一斉に襲われて、護衛対象である私を守り切れないかもしれない。その危険性に気づいてしまったのだろう。
「お嬢様」
「うん、ロジェ。お願いするね。馬たちを守ってあげないとね」
私は、馬車を牽く馬たちを土魔法の壁で囲むようにロジェに命じる。
「嬢ちゃん、あんたたちも壁の中に入っててくれ!」
エグルさんに指示されて、私は少し戸惑った。
ロジェの土壁は頑丈だけど、外の様子がまったく見えないんだよな。私たちだけが壁に籠もっている間に、〝暁の鷹〟の人たちが全滅しているという状況は避けたい。
「キトリー、ごめん。本当に危なくなったら壁の中に入るから、それまでここで見学させてもらっていいかな?」
「かしこまりました」
キトリーが私の願いをあっさり受け入れ、ロジェも無言でうなずいてくれた。
襲ってくる魔物を実際に見てみないと、対策の立てようもないからね。せめて敵の正体くらいは、ちゃんと見届けておきたかったんだ。そのことはキトリーたちもわかってくれていたのだと思う。
しばらくするとキトリーの言っていたとおり、逃げてくる人々の姿が見えてきた。
行商人らしき服装の男の人が三人だ。荷馬車は途中で捨てたのか、全員が自分の足で走っている。
そんな彼らのすぐ背後を、津波のような黒い影が追いかけてきていた。
影の正体は、犬に似た顔をした人型の魔物だ。
「エグル! 野狗子だ!」
「野狗子だと⁉︎ なんであんなのの群れがこんなところにいるんだ⁉︎ 街道だぞ⁉︎」
斥候のゴーチェさんが真っ先に魔物の正体に気づき、それを聞いたエグルさんが愕然と叫んだ。
「……野狗子? たしかコボルトの亜種だよね」
「はい。屍体漁りとも言われていますね」
私のつぶやきに、キトリーがうなずいた。
野狗子とは、死体が残された戦場や墓場に現れるという、獣頭人身の凶暴な魔物だ。彼らは主に人の腐肉を漁るが、生きた人間を襲わないわけではない。
通常のコボルトよりも二回りほど大型で、そのぶんだけ強いと聞いている。
そんな野狗子が五十体以上。それを見たエグルさんたちが慌てている。
あれ、もしかして今の私たちって、けっこう窮地だったりするのかも……?
野狗子に追われていた商人たちが、次々に力尽きて倒れていく。
押し寄せてくる魔物の群れに飲みこまれて、彼らの姿はすぐに見えなくなった。
可哀想だとは思うけれど、今の私たちにはどうすることもできない。
彼らがいなくなれば、野狗子たちに次に襲われるのは私たちなのだから。
「人が楽しくメシを喰ってたときに……本当に迷惑なやつらだぜ!」
素早く戦闘の準備を整えたエグルさんたちが、迫り来る野狗子たちを睨んで隊列を組む。
前衛は盾士のマルタンさんと、両手持ちの大剣を構えたエグルさん。
後衛は水魔法師のノエミさんと、連射式の弩を装備したリュカさん。
そして両手に短剣を持つゴーチェさんと短槍を握るソフィーさんが、遊撃として補佐する形である。
素人目にも、連携の取れた良いパーティーだと思う。
だが、それにしても襲ってくる魔物の数が多すぎる。
「接敵する前に出来るだけ数を減らすぞ! リュカ! 行けるか?」
「この方角なら問題ないよ。念のために準備しておいて正解だったね」
リュカさんがコートの懐から小瓶を取り出して、弩の台座に装填する。
そして彼は小瓶の蓋に火を点けた。
野狗子の群れが五十公尺ほどまで接近してきたところで、リュカさんは、蓋に火が点いたままの小瓶を撃ち放つ。
「火炎瓶ですか? ですが、その程度の炎では……」
キトリーが、不満げに眉を寄せて呟いた。
リュカさんが撃ち出した小瓶は地面にぶつかって砕け散り、その中に入っていた液体を撒き散らした。
液体は可燃性だったらしく、着弾した地点を中心に高さ数メートルの火柱が噴き上がる。
しかしそれくらいでは、野狗子の勢いは止まらない。
燃え盛る炎をものともせずに、彼らは街道を突き進んでくる。
だが——
「耳を塞いで、口を開けろ!」
リュカさんが私たちに向かって警告した。
ふと見ればエグルさんたちはすでに武器を置き、自分たちの耳を塞いでいる。
わけがわからないまま、私たちも、リュカさんの指示に従った。
その直後。落雷のような轟音が響き渡り、地面が揺れた。
「っっ⁉︎」
吹きつけてくる爆風と衝撃に、私は呆然と目を見開く。
そんな私の視界に映ったのは、吹き飛ばされて空高く舞い上がった魔物たちの肉片だった。
「火薬⁉ これは火薬ですか⁉︎」
「なんで火薬を知ってるんだ? この国にはまだ広まってない南方の技術だぞ?」
驚く私を、リュカさんが怪訝な顔で見つめてくる。
そういえばリュカさんは野営する前、必ず野営地の四方に大きな壺を設置していた。
あの壺の中身は、火薬だったのだ。しかも鉄片などを一緒に詰めこんだ凶悪なやつだ。
そして火炎瓶を使って離れた場所から導火線に火を点け、魔物の群れのド真ん中で爆発させたのだ。
すごいな。これが罠士の戦い方か。
今回は相手が魔物だったからいいものの、もしかして襲ってきたのが野盗や山賊でも、同じように爆殺するつもりだったんだろうか。それはあまり想像したくないですが。
「永久凍土!」
突然の爆発で仲間が吹き飛び、困惑する野狗子の群れに向かって、ノエミさんの魔法が飛んだ。
先頭を走っていた野狗子数体の足元が白く凍りつき、彼らをその場に縫い止める。
「よし! 行くぞ、マルタン!」
「おう!」
エグルさんとマルタンさんが、動きを止めた野狗子たちを目がけて飛び出した。
大剣の一振りでエグルさんが数体の魔物をまとめて斬り倒し、倒しきれなかった野狗子の反撃はマルタンさんが盾で受け止める。
そしてマルタンさんの背後に回ろうとした野狗子たちは、ゴーチェさんとソフィーさんがそれぞれ始末する。息の合った流れるような連携だ。
五十体いた野狗子の群れは、リュカさんの罠とエグルさんたちの先制攻撃で、一気に半分近くも数を減らしている。
だが、魔物との戦闘はそこからが本番だった。




