第7話 ゆる野営△
王都を出て六日目の夕暮れ前。
私たちは街道沿いの野営地で、少し早めの夕食を取っていた。
野営地といっても、飼い葉桶と水場が置かれているだけの殺風景な広場だ。
旅慣れた商人たちは移動中、このような野営地で外套を被って夜を明かすのが一般的らしい。徒歩や馬車で移動していると、そうそう都合良くたどり着ける距離に宿泊できる町があるとは限らないからね。
もっともそのような野営地を、貴族令嬢が使うことはあまり多くない。
安全面での問題があるのはもちろんだけど、それ以前に、まともなトイレすらないような野外で夜を明かすのを令嬢たちが嫌がるからだ。そりゃそうだ。
まあ、私はあまり気にしないけどね。
べつに不潔なのが平気なわけではなくて、我が家の装備が特別だからだ。
「アルセリカ様には感謝しないといけないわね。こんな美味しいごはんが食べられる仕事は初めてよ」
「うん。このギュードンってやつも美味しい」
傭兵パーティー〝暁の鷹〟の女性二人が、用意された料理をがっつきながら、満足そうな感想を洩らしている。
あまり傭兵らしくないかっちりした服を着た、知的な雰囲気の女性がソフィーさん。
もう一人の小柄な女性がノエミさん。
ソフィーさんは〝暁の鷹〟の副リーダーで、本職は治癒師。
しかし仕事の契約や交渉、経費の計算など、パーティーの実務をすべて取り仕切っている実質的なまとめ役だ。
ノエミさんはパーティー最年少の十七歳で、水魔法師。
無口な人だが身長が私にいちばん近いので、実は話しかけやすかったりする。
向こうも自分より年下がいるのが嬉しいのか、私に対してはほかの人よりも饒舌なのだそうだ。
そんなノエミさんが気に入っているギュードンというのは、つまり牛丼だ。
私が、異世界の動画を参考に我が家の料理人にレシピを伝えて、それっぽく再現したものである。
醤油という調味料が手に入らなかったので、牛丼といいつつ、実体はネギ塩焼肉丼なのだが、それでも充分に美味しいと思う。〝暁の鷹〟のメンバーにも好評だ。
「皆さん、普段はどんな食事を召し上がってるんですか?」
「まあ、普通は日持ちのする堅パンとチーズだな。雇い主によってはスープもつく。スープといっても干し肉の欠片と野菜屑が入っているだけで、こんなに美味いものじゃないが」
私の質問に、エグルさんが答える。
護衛の食事は雇い主が用意するのが決まりだけど、バルダーヌさんの商隊は、総勢八十人以上いたからなあ。そりゃ全員分のご馳走は用意できないよね。
その点、うちは人数が少なく、移動の日程が早まったので食材に余裕がある。スープの具材が豪華になったのはそのおかげだ。
決して私が王都を出るときにワガママを言って、大量の食材を馬車に積みこんだせいではない。ないはずだ。
「あとは酒があれば最高だったんだがなあ……」
どこか遠い目をして呟いたのは、斥候のゴーチェさん。
骨っぽい感じの美形だが、どことなく軽薄そうな雰囲気の男性だ。
見た目どおりの女好きなのか、出会って早々にキトリーを口説こうとしてこっぴどくフられている。
ただ、なんとなくこの人、軽薄そうなのは見せかけだけで、根は真面目なのではないかと私は睨んでいる。本人が隠したがっているみたいだから言わないけども、立ち居振る舞いの端々に育ちの良さが滲んでるんだよな。
「私はお酒のことはわからないので、必要なら自前で調達してくださいね」
明確な決まりがあるわけではないが、成人前の子供には酒を飲ませないのが聖王国の慣習だ。十歳になったばかりの私に、お酒を用意しろと言われても困るよ。
「ああ、すまない。大丈夫だ。さすがに仕事中に酒を飲むようなやつは、うちのパーティーにはいない」
エグルさんが私に謝罪しつつ、ゴーチェさんを横目で睨みつけた。
「でも、こんだけメシが美味ければ、酒が欲しくなるだろ。なあ、マルタン」
「俺は酒は嫌いだ」
ゴーチェさんに同意を求められたマルタンさんが、言葉少なに否定した。
マルタンさんの本職は盾士。全身がすっぽり隠れるほどの大盾と、反撃用の武器を兼ねた小盾を使って、魔物などの足を止めるのが役割だ。
魔力持ちではないそうだが、体格に恵まれており、長身のエグルさんよりもさらに一回りでかい。
しかしそんな見た目に反して温和な人物で、暇な時間には絵を描いたり、詩集を読んだりしているようだ。
もしかすると貴族令嬢の私よりも、よっぽど教養人という予感がする。私はただの動画オタクだしな。
「これは米だね? 南部の領地で育てているという穀物の」
牛丼をじっくりと眺めながら私に質問してきたのは、革製のコートを着たリュカさんだ。
特に小柄というわけではないが、童顔で痩身の彼は、見た目あまり傭兵らしくない。だからといって文官や商人にも見えない。イメージ的に近いのは、芸術家の工房に出入りしている職人あたりか。
そんなリュカさんの職種は、罠士らしい。直接戦闘するのではなく、あらかじめ仕掛けておいた罠や、用意した道具で敵を倒すのが主な役割だ。
傭兵というのは、名誉を重んじる騎士とは違う。どんな手段を使ってでも、引き受けた役目を完遂するのが仕事。そういう意味では、とても傭兵らしい職種だといえる。
だからというわけではないのだろうが、リュカさんは、あまり見かけない食材が気になっているらしい。
「はい、お米ですね。うちの従者はパンが苦手なので」
「ふーん……僕の知ってる米と違うな。米ってのは、薄めた水と山羊乳で煮こむものだと思っていたんだが」
「ポリッジですね。あれも味付け次第で美味しくなりますけど、お米は煮るより炊いたほうが美味しいんですよ。コツは水加減と火加減、あとはお鍋を選ぶことですね。上手く炊くには適度な圧力が必要なので」
「鍋? 鍋なんか使ってなかっただろ?」
私の説明を聞いたリュカさんが、訝しそうに眉を上げる。
よく見てるな、と私は少し驚いた。たしかに今回、私たちはお米を炊いていない。
「これはアルファ化米ですから」
「アルファ……なんだ?」
「乾飯というやつです。炊いたお米を急速乾燥させて長期保存が出来るようにしてあるんですよ。四半刻ほどお湯に浸しておくと元に戻ります。堅パンをスープでふやかして食べるのと同じです」
「お湯に浸すだけで、こんなものが食べられるのか。行軍食には最適だな」
リュカさんが、牛丼をまじまじと見つめながら考えこむ。
いいから早く食べてくださいよ。せっかく作ったのに冷めちゃうよ。
「また軍事技術を発明したのか。まったく……嬢ちゃんはなにを目指してるんだ?」
エグルさんが、私を呆れたような瞳で眺めて言った。
「成人前の子供になにを期待してるんですか。私はただ移動中も美味しいご飯が食べたかっただけですよ」
「だからって子供がここまで考えるか? おかしいだろ?」
「うんうん、おかしいといえば、ベルローズ家の馬車も相当だったね」
ソフィーさんが、エグルさんの言葉を引き継いでぽつりと言う。
「馬車ですか?」
「そうだぞ。なんだ、あの伸びる屋根は? それにベッドで寝られる馬車なんて、王族だって持ってないだろ」
「おかげで快適に野営できるんです。便利でしょう?」
エグルさんの言う伸びる屋根というのは、馬車に内蔵してある防水布のことだ。
支柱を立てて防水布を張ることで、馬車の周囲が簡易的な天幕になる。
そして馬車の客室も、座席を組み替えることでベッドルームに変わる。小柄な女性なら三人でも余裕。大柄な男性でも、二人までならゆったり寝られるだろう。
これももともとは異世界の動画で見た〝きゃんぴんぐかー〟というやつを参考に、私が造らせたものである。
本当は、軍の仕事の関係で移動の多い父上へのプレゼントだったんだけどね。そのおかげで、こうして私も快適に移動できているのだから、なにが役に立つかわからないものだ。情けは人のためならずってやつだね。
「便利過ぎるわ! 俺たちだって、あんな馬車があったら、これまでどれだけ楽だったか……」
「図面は持ってきてますから、職人さえいればベルローズ領でも造れますよ? 注文しますか?」
「高いんだろ?」
「同じ等級の馬車の倍くらいですかね。お湯の出る樽をつけると、車輪も普通の木製ではなくて〝ベルローズの黒輪〟が必要になりますし」
さすがに重量がかさむので、普通の車輪だと、馬車を引っ張る馬たちへの負担が大きいのだ。
「あの樽は絶対に欲しいわね。どうしてお湯が出るのかわからないけど」
どことなく殺気立った表情で、ぼそりと呟くソフィーさん。
そう。うちの馬車はお湯を使って洗顔したり、身体を拭いたりできるからね。女性としては、喉から手が出るほど欲しい装備だろう。野営が何日も続いても、私が平気だったのはそのおかげだ。
もっともたいして難しい仕組みではないので、リュカさんなら気づいているだろう。
あれは馬車に積んでいる水の樽を金属で作って、周囲を黒く塗っているだけだ。
そうすると樽の中の水が日光で温められて、身体を洗うのに充分な温度になるのだ。
一度温まった水は、保温性のいい二重構造の樽に移動するので、夜中になってもまだホカホカだ。
「俺たちの稼ぎじゃ厳しいな。これでも傭兵としてはそれなりに儲けているほうなんだが……」
「どっかの遺跡で聖遺物でも掘り当てられたらいいんだけどね」
エグルさんたちが力なく肩を落とす。
遺跡か。いいなあ。私は普段から遺跡産の聖遺物である黒水晶の世話になっているので、遺跡探索には憧れがあるのだ。
ただし、残念なことに、ベルローズ領には遺跡がない。既存の遺跡の利権は各地の領主が独占しているので、ちょっと潜って聖遺物を探しに行くというわけにはいかないのだ。
「……俺としては、土魔法の壁のほうがありがたい」
マルタンさんが、ぽつりと静かに独りごちる。
土魔法の壁というのは、ロジェが野営地の周囲に張り巡らせた高さ二公尺ほどの防壁だ。
なんの変哲もないただの土壁だが、ちょっとした魔物の突進くらいは余裕で防げる強度がある。
それを周囲の三方向に張り巡らせているので、側面や背後を気にせずに休息が取れるのだ。
パーティーの防御を担う盾士のマルタンさんには、特に心強く感じられることだろう。
「たしかにそうだな。見張りが楽だ。魔物の奇襲をくらう心配がないのはもちろんだが、周囲の視線を遮れるのがでかい。街道沿いの野営地では、魔物よりも人間のほうが怖いからな」
空になった牛丼の皿を名残惜しそうに眺めつつ、エグルさんがうなずいた。
野営地を利用するのは、私たちだけではない。大規模な商隊はもちろん、個人規模の行商人や旅人であっても、水の補給のためにほぼ間違いなく立ち寄る。
つまり彼らを狙う野盗や山賊たちにとっても、獲物を物色する絶好の場所ということだ。
しかしロジェの土壁があれば、そんな監視の目をほぼ防げる。
一行の中に魔法師がいることも一目瞭然なので、相手に警戒させることができるだろう。それで襲撃を諦めてくれるなら、余計な手間が省けるというものだ。
「土魔法、なかなか便利でうらやましいですよね。戦闘だけじゃなく、こういう普段使いにも向いていて」
大事な従者であるロジェの働きが褒められて、私は少し気分がいい。
だが、そんな私の言葉を聞いて、傭兵パーティーの六人は息を合わせて一斉に首を振った。
「いやいやいや、普通の土魔法師にこんなことはできないからな!」
「こんだけでかい土壁をぐるっと張り巡らせるなんて、どんだけ魔力量があるんだよ⁉︎」
「しかもそのお兄さん、一日中、御者として馬車を走らせたあとでしょう?」
「そのあとギュードンも作ってくれた」
「え? これって普通じゃなかったの? ロジェ?」
あなた、今までなにも言わずにこれくらいやってくれてたよね?
そう言えば私が【暴装】スキルでぶっ壊したゴーレムも、実はけっこうな上位魔法なんだっけ?
「いえ、これくらいのことはお嬢様のためでしたら」
「ええ。当然ですね」
ロジェとキトリーが、表情も変えずに淡々と言った。
やばいな、これ。美形姉弟の私に対する愛が重すぎる。
「今日の野営地には、私たち以外の旅行者っていないんですね」
なんとなく話が不穏な感じになってきたので、私は強引に話題を変えてみた。
「そういやそうだな。この時間なら行商人あたりが何組か到着しててもおかしくないんだが」
「途中で私たちが追い抜いた荷馬車隊もまだ来てないわね?」
エグルさんやソフィーさんも怪訝そうに首を傾げた。
完全に太陽が沈んでしまうと、馬の世話や、焚き火をするための木の枝を集めてくるのも簡単ではなくなる。そうなる前に野営地に辿り着いて、夜を明かすための準備をするのが普通だ。
もちろんそれは私たちが心配するようなことじゃない。むしろ周囲に気を遣わなくていいぶん、野営地にほかの人々がいないのは歓迎すべき事態でもある。
しかし私はなんとなく——そう、なんとなく普通ではないこの状況が気になった。
そしてその悪い予感は的中する。




