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ベルセルクの冠 〜ハズレ聖女はすべてを暴力で解決する〜  作者: 友ヶ見狗々


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第5話 ハズレ聖女、北へ

 鑑定の儀式から十日が経って、ついに私は北の辺境に向かって移動することになった。

 私の護衛を引き受けてくれる商人がようやく見つかったからだ。


 正確には護衛というよりも、私たちが勝手に荷馬車隊に同行させてもらうだけなんだけどね。商人の荷馬車隊には用心棒や護衛の傭兵が同行するから安心なんだ。

 幼い貴族令嬢を乗せた馬車が、単独で長距離を移動するのはやっぱり危険だからね。

 たとえその貴族令嬢が、〝バーサーカーの聖女〟だったとしてもね。


 バーサーカーといえば、屋敷の庭を台無しにしてしまったことで、当然ながら私は両親に怒られた。

 ただ、それほどこっぴどく叱られたわけじゃない。マルシャン伯爵との縁談を潰したい両親としては、私の悪評が広まるのはむしろ歓迎らしい。

 おかげで王都の貴族街では、バーサーカーのスキルを暴走させて屋敷の庭を荒らした〝元神童〟の〝ハズレ聖女〟の噂で持ちきりなのだそうだ。もちろん噂を広めたのは、うちの両親の命令を受けた我が家の使用人たちである。おぼえてろよ。


 とはいえ、あまり危ないことはするな、という両親の言葉には、さすがの私も反論できない。

 キトリーやロジェが魔力持ちだったから良かったけども、私の攻撃に巻きこまれたのがスキルを持たない平民だったら、死ぬか大怪我をしていたところだ。

 安全には充分に気をつけていたつもりだけども甘かった。これからはもっと慎重に行動しないといけないな。いや、本当に。


 ともあれ、バーサーカーの加護の使い方に関しては、ある程度は把握できたと思う。

 どうやらバーサーカーの固有スキルである【暴装バーサーク】は、単なる身体強化スキルではなかったらしい。

 

 剣士や斥候スカウトなどが使う普通の身体強化スキルは、使用者の肉体を魔力で強化するものだ。

 肉体に魔力を纏うことで、筋力や敏捷性を何倍にも嵩増しするのだ。

 便利な能力だが、そこには当然ながら限界が存在する。

 強化のベースになっているのが生身の肉体である以上、あまり無茶な強化をすると、その反動に耐えきれずに骨や筋肉が壊れてしまうからだ。


 一方、私の肉体は、そもそも【暴装バーサーク】では強化されない。

 暴装スキルが強化するのは、物質化して実体化した私の魔力。すなわち例の着ぐるみだ。

 私は自分でも気づかないうちに、あの毛皮モドキを魔力で強化していたのだ。


 魔力で着ぐるみを実体化して、その着ぐるみを魔力で強化する。どう考えても二度手間だ。

 バーサーカーが魔法を使えないというのも、着ぐるみの実体化というわけのわからない用途に魔力をぶちこんでいるせいだろう。

 そう、バーサーカーは魔法を使えないのではない。あの毛皮モドキを実体化するという魔法を常に発動しているだけなのだ。なるほど、ハズレの加護といわれるのも道理だよ。


 だがそのネタみたいな加護と、アホみたいに膨大な私の魔力が組み合わさると、少し事情が変わってくる。

 魔力で創った着ぐるみを、魔力で強化しているのだ。強化の上限はほぼ存在しない。

 平均的な魔法師六千八百人分という自分自身の馬鹿げた魔力を、私はそのまま物理的な打撃力に変換することができるのだ。その結果が先日の我が家の惨状である。

 つまり【暴装バーサーク】の本質というのは、魔力を物理パワーに変換する能力というわけだ。

 言葉にするとめちゃめちゃシンプル。地味なのか派手なのかよくわからないスキルだね。


 というわけで、バーサーカーの攻撃力の謎は解けたのだけど、同時に欠点も発覚した。

 暴装スキルというやつは、どうやら手加減というものができないらしい。というか、目いっぱい手加減した状態があれなのだ。

 まあ、なんといっても六千八百人分の魔力だからね。

 危なっかしくてまともに使えたもんじゃないですよ。


 かろうじて利用価値があるとすれば、土木作業で邪魔な岩をぶっ壊すときくらいかな。

 それだって土魔法師のロジェに頼めば、そっちのほうが安全確実だ。

 うん、やっぱり使えないわ、バーサーカー。とんだハズレ聖女だよ。


 私がバーサーカーの加護で屋敷の庭を荒らした噂は、そろそろ王都の下町にも届いているはずである。そのうち私の顔を見ただけで子供たちが泣き出したり、王都の騎士団に危険人物として監視される日が来るかもしれない。

 こうなってくると、父上が私を辺境送りにすると決めたのは正解だったね。

 余計なトラブルに巻きこまれる前に、王都から逃げだそうと思います。


 ■■■■


「ベルローズ男爵令嬢でいらっしゃいますか? ラシーヌ商会の第一商隊を預かっております、商隊長のバルダーヌと申します」


 早朝、王都の広場で私を出迎えたのは、旅装に身を包んだ長身の男性だった。

 年齢はたぶん三十歳くらい。柔らかな物腰はいかにも商人って感じだけど、体つきはけっこうがっしりしている。辺境で商売するくらいだから、荒事にも慣れているのかもしれない。

 しかし彼が浮かべていたのは、どこか困ったような物憂げな表情だ。


「アルセリカ・ベルローズです。同行を認めていただき、ありがとうございます」

「いえいえ。ドルレアック卿には日頃から取り引きでお世話になっていますからね。大姪御様であるベルローズ男爵令嬢のお役に立てるのを嬉しく思っていますよ」

「そう言っていただけると、少し気が楽になりますわ」


 ベルローズ男爵領で商売をしているのだから当然だけど、バルダーヌさんは、代官である大叔父様と私の関係についてもきちんと理解しているらしい。

 だとすれば、私の加護がバーサーカーだってこともバレてるな。十歳の小娘相手にやけに丁寧に接してくれているのは、もしかして私にビビっているのだろうか。大丈夫、怖くないですよ。


「どうぞ私のことはアルセリカとお呼びください、バルダーヌ様」

「では、お言葉に甘えます、アルセリカ様。それで、ひとつご相談なのですが、出発時間を少し遅らせてもらってもよろしいでしょうか?」

「それはべつに構いませんが、なにかトラブルですか?」

「ええ、まあ。トラブルといいますか……」


 バルダーヌさんが、一瞬だけ荷馬車隊のほうへと目を向けて気まずげに言い淀んだ。

 あ、なんか面倒なことを言い出しそうな予感がする。

 

 そういえば、少し離れた場所に停まっている荷馬車隊のほうが、さっきから少し騒がしい。

 革鎧をつけた商隊の護衛たちが、激しく言い争っている気配がある。


 しばらくしてそんな護衛の一人が、少し疲れたような表情を浮かべて私たちのほうへと歩いてきた。

 燃えるような赤い髪が特徴的な体格のいい男性だ。


「エグル殿。傭兵団の様子はどうですか?」

「どうもこうもねえな。あいつら全員ビビっちまって、契約違反だって騒いでやがる。バーサーカーの護衛なんて話は聞いてないんだそうだ」


 赤髪の男が、苦笑まじりに頭をかく。

 彼の言葉を聞いて、私は、「え?」と声を上げた。


「もしかしてトラブルの原因というのは、私ですか?」

「あんたは?」


 赤髪の男が、不思議そうな顔で私を見下ろしてくる。

 それにしてもこの人、本当にでかいな。あまり近くに立たれると、目を合わせるだけで首が疲れるから少し離れて欲しい。


「初めまして。アルセリカ・ベルローズと申します」

「は?」


 今度は赤髪の男のほうが、間の抜けた声をもらす番だった。


「ベルローズ男爵令嬢っていうのは、あんたなのか? 〝バーサーカーの聖女〟だと聞いてたんだが?」

「そうですね。先日、バーサーカーの加護の持ち主だと鑑定された聖女は私です」

「……話に聞いていたのとだいぶ違うな? 加護が目覚めたその日に自分ちの屋敷で暴れて、庭をメチャメチャにしたと聞いていたんだが?」

「それは間違いなく私ですね。べつに暴れたわけではなく、スキルの練習をしていたときに、力加減に失敗してしまっただけですが」

「凶暴すぎて婚約破棄されたという話も聞いた」

「そっちはデマです」


 なんで私の噂に、そんな迷惑な尾ひれがついてるんだよ。

 まあ、その情報の出所はわかってるけどな。アドリアンの野郎め。


「バルダーヌ様。こちらの方は?」

「ああ……彼はエグル・ジュアット殿。王都の傭兵ギルドに所属しているフリーの傭兵です」


 私が質問すると、バルダーヌは慌てて男を紹介した。

 フリーの傭兵。つまり、大規模な傭兵団に所属して戦争などに参加するのではなく、小規模なパーティーを組んで民間人の護衛や魔物退治などを引き受けている人々ということだ。


「家名があるということは、貴族家のご出身ですか?」

「領地も爵位もない傍流の三男坊だがな」


 特に卑下するような感じでもなく、ごく自然な口調でエグルさんが答える。


「それでも貴族は貴族ってことで、今回の商隊の護衛のまとめ役を任されていたんだが——」

「集まった傭兵の皆さんが揉めていると」

「まあ、そういうことだ」

 揉め事の原因である私に言われて、エグルさんは苦笑した。


「〝バーサーカーの聖女〟の護衛なんか、やってられないってことですか?」

「やってられないというか、不安に思ってるんだよな。聖女の加護というのはスキルと違って、周囲の人間にも影響を及ぼすだろ? 何年か前には毒の加護を賜った聖女の家族が、毒で死に絶えたなんてシャレにならない事件もあったらしいしな」

「あれは聖女さんのご家族が、聖女さんを虐待していたのが原因だったらしいですけどね」

「その辺の裏事情は、俺たち庶民にはわからんよ」


 ごもっとも。

 いちおう貴族籍はあっても傭兵をやっているエグルさんが、社交界の噂話に詳しいとは思えない。


「つまり傭兵の皆さんは、私の加護の影響で、自分たちが理性をなくして暴れ出すんじゃないかと恐れているわけですね」

「そうなるな。なにしろ〝バーサーカーの聖女〟なんて、実際にお目にかかるのは初めてだからな」

「私も自分が〝バーサーカーの聖女〟になるなんてびっくりでした」


 私はしみじみと溜息をつく。だよなあ、とエグルさんは律儀に相づちを返してくれた。


「しかし困りましたね。傭兵の皆さんが護衛を引き受けてくれないと、商隊は出発できませんよね?」

「まあ、そうだな。ただ、それは嬢ちゃんが気にすることじゃないけどな……おっと、失礼」


 貴族令嬢である私を嬢ちゃん呼ばわりするのはさすがにまずいと思ったのか、エグルさんが謝罪した。


「べつに構いませんよ。うちは貴族といっても名ばかりの零細男爵家ですし、私は見た目どおりの小娘ですので。楽にしてください」

「あんた、変わってるって言われないか?」


 エグルさんが、めずらしい動物を見るような視線を私に向けてくる。

 不本意ながら、それはよく言われます。


 私があまり貴族女性らしくないのは、主に〝癒しの聖女〟である母上の影響だ。

 彼女は男爵夫人となった今も治療院で働いているため、市井の人々と関わることが多いからね。

 決して私が異世界の〝動画〟ばかり見て育ったせいではない、はずだ。


「まあ、バルダーヌの旦那としても難しいところだな。ベルローズ領と商売するのに、領主の娘さんを同行させてくれと言われて断るわけにもいかないだろうし。どうせ安くない謝礼だってもらってるんだろ?」


 エグルさんに皮肉っぽく指摘されて、バルダーヌさんは渋い顔をした。


「そうですね。私の誤算は、腕利きと言われている傭兵たちが、まさかこれほどまでに〝バーサーカーの聖女〟を恐れるとは思わなかったということでした。あとは、〝バーサーカーの聖女〟の悪評が、こんなにも早く王都中に広がっているということも」

「あー……すみません。それはうちの両親の仕業です」


 私は少し気まずい気分で頭をかく。


「なんで、あんたの両親が娘の悪評を広めるんだ?」

「望まない縁談を潰したかったみたいでして」

「ああ、なるほど。お嬢ちゃんも苦労してるんだな」


 エグルさんが、私の説明に理解を示した。

 そう。これでも苦労してるんですよ。元はといえば、私がこうして領地に移動する羽目になったのも、その迷惑な縁談のせいなのだ。


「ところで、バーサーカーの加護ってのは、本当に周囲に感染したりしないのか?」

「今のところその気配はないですね。加護と同時に覚醒したスキルも、身体強化っぽいのがひとつだけですし」

「ふーん。そのスキルが、あんたの屋敷の庭をボロボロにした原因か」

「思い出させないでください」


 私が嫌な顔をすると、エグルさんは豪快に声を上げて笑った。


「なあ、バルダーヌの旦那。こういうのはどうだ? この嬢ちゃんの馬車には、商隊とわかれて移動してもらう。その代わりに俺と俺のパーティーが、専属でこの嬢ちゃんの護衛につく。それなら、ほかの傭兵の連中も文句は言わないだろうし、旦那も嬢ちゃんの護衛を投げ出したわけじゃないってことで男爵閣下に言い訳が立つだろ」

「それは……私としては願ってもないご提案ですが……」


 バルダーヌさんが驚いたように眉を上げる。

 厄介者である私の護衛を、エグルさんが、自ら引き受けてくれるとは思っていなかったのだろう。


「エグルさんが、私の護衛についてくれるんですか?」

「おう。うちのパーティーは俺を入れて六人だけだが、そのうちの四人が魔力持ちだ。そこらの魔物や山賊に遅れは取らんぜ?」


 エグルさんはそう言って、自分の革鎧の胸を叩く。

 そうか。エグルさんも貴族だから魔力持ちなのか。

 私とキトリーたちを合わせれば、魔力持ちは七人になる。理屈の上では、山賊が百人いても撃退できる計算だ。

 まあ、その七人の魔力持ちのうちの一人は、ハズレのネタスキル持ちなんですけどね。


「なるほどね。キトリーはどう思う?」

「いい案だと思います。荷馬車隊と別行動なら、そのぶん移動も速くなりますし」


 少し考えてキトリーも賛成した。

 たしかに荷物を満載した荷馬車は遅い。ベルローズ領までは片道十日以上かかると聞いていたが、私たちの馬車だけなら七日もあれば充分なはずだ。


「わかりました。よろしくお願いしますね、エグルさん」

「おう、よろしくな。嬢ちゃん」


 私が礼儀正しく頭を下げると、赤髪の大男はニヤリと笑った。

 そして、無事に厄介払いに成功したバルダーヌさんは、ホッとしたように胸を撫で下ろしていたのだった。



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