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ベルセルクの冠 〜ハズレ聖女はすべてを暴力で解決する〜  作者: 友ヶ見狗々


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第39話 策謀

 その日の夜、宿泊先である領都アリーの神殿に戻った私は、久々に黒水晶モリオンでのんびりと異世界の動画を鑑賞していた。

 ちょうど探偵役が容疑者たちを集めて、真犯人を名指しする場面に入ったところだ。

 しかし私は彼らの会話を、ぼんやりと聞き流していた。

 昼間の従叔母いとこおば様との会話が頭に残っていたせいだ。


■■■■


「アリデイ伯爵……なんですね。エティエンヌ様を殺したのは」


 私の唐突な発言にも、マリエット様は表情を変えなかった。

 ほんのわずかな逡巡のあとで、長い溜息を吐き出しただけだ。


「ええ。そうね。エティを……私の夫を殺したのは、伯爵よ」

「どうしてそんなことを?」


 マリエット様の夫であるエティエンヌ・アリデイは、アリデイ伯爵家の次男である。

 側室の子とはいえ自分の息子だ。アリデイ伯爵は、そんな彼を殺したのだ。


「あれは事故だったのよ」

「……事故?」

「エティの死因は毒殺よ。でも、伯爵が本当に殺そうとした相手はエティではなかったの。彼が殺そうとしたのは、エサイアス・サニエ卿よ」

「どちら様です?」

「エティの伯父。アリデイ伯爵にとっては、義理の兄にあたる人物ね」


 次男の伯父。つまり次男エティエンヌの母親である第二夫人のお兄さんか。

 続柄としては伯爵の義兄だが、立場としては伯爵家の家臣の一人なんだよな。ややこしいな。

 そして次男エティエンヌが次期伯爵になったら、伯父として伯爵領の運営に口出ししてくるのは確実だ。

 伯爵がサニエ卿を邪魔だと感じるのは、たぶんそのあたりが原因なんだろう。


「ついでに言うとサニエ卿は、ザーズ子爵の親戚でもあるの。つまり親ザーズ派の中心人物ということね」

「なるほど。伯爵はサニエ卿を排除することで、親ザース派の勢力を弱めたかった、と……」

「ええ。このまま親ザーズ派の発言力が増して、伯爵家の実権を奪われてしまうのを恐れたんでしょうね。あとは伯爵本人がサニエ卿に大きな借金をしているという噂もあるから、そのせいかも」

「ああ……」


 それは間違いなく借金のせいだな。

 金を貸した上に命まで狙われたサニエ卿もいい迷惑だな。


「あの日は家臣を集めての狩猟会だったの。そして猟を終えたあと、野外で宴会が始まったらしいわ。その宴には、サニエ卿も参加していた。もちろん私の夫であるエティエンヌも」

「そこで伯爵はサニエ卿に毒を盛ろうとした?」

「ええ。野外での宴会なら、誰が料理に毒を入れたかはわからないでしょう?」

「そうですね」


 領主舘の厨房に入れる人間は限られている。給仕以外の人間が料理に近づけば目立ってしまう。

 しかし野外での宴会なら、話は違ってくる。

 運んできた食材や調理器具にも簡単に近づくことができるし、料理に毒を入れても事故で片付けられてしまう可能性が高い。魔物やキノコなどの毒が料理に混入した可能性を、誰も否定できないからだ。


「毒は、酒に混ぜられていたらしいわ」

「お酒……ですか?」

「正確に言うと、毒が仕込まれていたのは酒杯のほうね。もしサニエ卿がその酒杯で酒を飲めば、命を落とすのは彼のほうだったでしょう」

「ですが、そうはならなかったんですよね?」


 私の質問に、マリエット様がうなずく。


「ええ。サニエ卿が酒を飲む前に、義兄あにがエティエンヌの酒杯を割ってしまったの」

「酒杯を……割った? 偶然ですか?」

「ええ。そのとき義兄あにはすでにだいぶ酔っていたようで、よろけてぶつかってしまったのだとか」

「はあ」


 なんとなくその光景は想像できるな。いかにもガサツそうな雰囲気だったし。


「それに気づいたドミニク……様は、本来サニエ卿が使うはずだった酒杯をエティエンヌ様に渡したのですね?」

「ええ、おそらく」

「そして知らずに毒をあおったエティエンヌ様は亡くなられてしまった……」


 そうかそうか。それでドミニクなにがしが、エティエンヌを殺したという噂が流れたのか。

 しかしドミニクに殺意はなかった。彼は毒を仕込んだ酒杯を、そうと知らずに弟に渡してしまっただけだ。


少なくともアリデイ伯爵は、長男ドミニクが犯人ではないことを誰よりもよく知っている。

 サニエ卿を殺すために酒杯に毒を仕込むように命じたのは、ほかならぬ伯爵自身だからだ。


「サニエ卿は、自分が命を狙われていたと気づいたのですね?」

「ええ。だから彼は、実の妹である伯爵家第二夫人のエルネス様と、彼女の息子であるリュシアンを連れて逃走し、ザーズ子爵に庇護を求めたの。だからサニエ卿は、まだ真犯人が伯爵だとはわかってないんじゃないかしら」


 なるほどね。だからサニエ卿は今でも長男ドミニク次男エティエンヌ殺しの犯人だと思ってるんだね。

 そしてアリデイ伯爵は真実を隠蔽するために、領内に残った親ザーズ派の家臣をまとめて幽閉したわけか。

 ついでに自分自身も幽閉されたと見せかけることにした。

 次男エティエンヌ殺しの犯人役を、長男ドミニクに押しつけるために。


「アリデイ伯爵の幽閉は、伯爵家が示し合わせての自作自演ですか?」

「自作自演……そうね。そうなるわね。伯爵本人は策略だと言っているみたいだけど」

「策略……ですか?」


 なんのための策略だろう、と考えて、私は気づいた。

 そんなの決まっている。ザーズ子爵家をあざむくためだ。


 ザーズ子爵は、伯爵家が長男ドミニクに乗っ取られて、家臣たちは分裂したままだと思いこんでいる。

 だから彼は伯爵家が動かせる戦力を、最大動員数の半分程度だと予想していたのだ。


 人口二十万人のアリデイの兵数は七千を超える。

 それに対して、人口八万人のザーズでは三千がせいぜいだろう。

 まともにぶつかれば、ザーズ側に勝ち目はない。アリデイの兵数が半減していると勘違いしていれば尚更だ。


 自分が息子に幽閉されていると見せかけて、アリデイ伯爵はザーズ子爵を罠に嵌めた。

 このままだとザーズ子爵領の領軍は壊滅して、ザーズはアリデイに併合されかねない。

 それは、二つの領地に隣接している我がベルローズ男爵領にとっても非常に都合が悪い。

 アリデイがザーズを併合してしまったら、ベルローズ領から王都に続く街道を、すべてアリデイ伯爵家に押さえられてしまうからだ。そんなことになってしまったら、通行税や港の使用料をどんなに値上げされても文句を言えない。アリデイ伯爵家に完全に生殺与奪権を握られてしまうことになる。


 くそう。やられた。まさかここにきて、うちがもろに陰謀に巻き込まれるとは思わなかった。


「従叔母様は、本気でエティエンヌ様の仇討ちをするつもりなんですか?」

「ええ、そのつもりよ」

「具体的にどうやって仇を取るか、もう決めちゃいました?」

「いえ……それはまだだけど……」


 私の質問が意外だったのか、マリエット様は困惑するように視線を泳がせた。

 そのことに私は少しホッとする。

 この人、絶対に実力行使で伯爵をぶっ殺すつもりだったな。

 武闘派で知られた大叔父様の娘だからな。さすがに血の気が多い。


 実際、風魔法のスキルを持っているマリエット様なら伯爵を殺すことはできるかもしれない。

 だが、そんなことをすれば彼女自身も破滅する。

 さすがにそれはやらせるわけにはいかない。


「でしたら、やはりそれは私に任せてもらえませんか?」

「アルセリカ様に?」

「ええ。少し考えていることがあるんです。上手くいけば従叔母様が手を汚すよりも、もっと深い絶望を伯爵に与えてやれるかもしれません」

「でも……」


 マリエット様が、胡乱な表情で私を見る。

 まあ、私には次男エティエンヌの仇討ちをする理由がないからね。怪訝に思うのも無理はない。


「もちろん私がアリデイ伯爵を裁いたからといって、従叔母様が復讐してはいけない、というわけではありません。もし私のやり方がぬるいと思ったら、そのときにあらためて従叔母様が手を下せばいいんじゃないですかね」

「なるほど……」


 マリエット様がほんの少しだけ表情を緩める。

 少しは私のことを信用してくれたかな。よしよし、あと一押しだな。


「だから今は従叔母様は元気なお子さんを産むことだけを考えていてください。その子を守ってあげられるのは、もう従叔母様だけなんですから」


「そう……そうね……」


 お腹の子供のことを持ち出すと、マリエット様はハッとしたように目を見開いた。

 次男エティエンヌと彼の正妻はどちらかといえば政略結婚に近い関係で、そのぶん側室であるマリエット様と次男エティエンヌは仲が良かったらしい。

 そんな彼が殺されたことで、マリエット様は思い詰めてしまったのだろう。

 だから尚更、彼女に無謀な仇討ちをさせたくはなかった。

 マリエット様のお腹の子は、亡き夫と彼女の大切な絆なのだ。過去に囚われての血なまぐさい復讐なんかより、その子と一緒に幸せになって欲しいと私は柄にもなく願ってしまうのだった。


 アリデイ伯爵へのお仕置きは、そのぶん私がきっちりやっとくからさ。



ちょっとプライベートのほうがバタバタして、間が空いてしまいました。

明日も更新する予定です。

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