第38話 真犯人
ドミニク某との予期せぬ遭遇の翌々日、私はアリデイ伯爵家の領主舘を訪れていた。
従叔母であるマリエット様に会いに来たのだ。
連れてきた護衛は二人だけだ。
言うなれば敵の本拠地に乗りこむわけだから、護衛の数を五人や十人増やしたところで、舘の中で襲われたら意味はない。焼け石に水というかなんというか、包囲されて全滅するのが目に見えている。
それよりは「信頼しています」という顔をして、必要最小限の護衛で堂々と乗りこんだほうが、相手を戸惑わせるという意味では効果的だろう。
数え年十歳の無防備な小娘をだまし討ちするのは、さすがに外聞が悪いだろうしね。
ドミニク某が曲がりなりにも武勇を誇っているなら尚更ね。
そんな私が案内されたのは、領主舘の敷地内にある別館だった。
別館といっても、ベルローズ領やバロワンの領主舘とは比較にならないくらい大きい。
見た目はほぼ完全に城である。
赤茶けた石造りの建物で、舘の左右に大きな塔が立っている。
拘束した領主を幽閉するにはもってこいの建物だろう。
領主や有力家臣をまとめて捕らえているせいか、館内の警備はかなり厳重だ。
使用人の数よりも兵士の数のほうが多いというのは、なかなか物騒なものがある。
そんなところに侍女と護衛二人だけを連れて平然と入ってくる私を、兵士たちが逆に不安そうな表情で眺めている。たぶん異様に肝の据わった不気味なガキだと思われてるんだろうな。
違和感があるのはわかるけど、悪いが大目に見て欲しい。
文句があるなら、面会の許可を出したドミニク某に言ってくれ。
「こんにちは。あなたが、アルセリカ様?」
案内された応接室には、妙齢の女性の姿があった。
ゆったりとした服を着ていて、よく見ればわかる程度にお腹が大きい。
見た感じ、二十代の前半くらいかな。髪の色と、くっきりした顔立ちは大叔父様に似ている。
快活そうな印象の女性だ。軟禁されていると聞いていたが、やつれた雰囲気は感じられない。
「初めまして、ですね。エルガン・ドルレアック騎士爵の娘、マリエットです」
「アルセリカ・ベルローズです、従叔母様」
「ベルローズの神童の噂は聞いていたから、どんな子かと思っていたけれど、想像よりも可愛らしくて驚いたわ。マリーヌ様にそっくりね」
「母をご存じなのですか?」
「もちろんよ。あの方は私たちの憧れですもの」
従叔母様がうっとりとしたように目を細める。
うちの母上は、教会の至宝と呼ばれた大聖女だしね。従叔母様にとってうちの母上は、憧れのお姉さんみたいな存在だったのかもしれない。
「それで、わざわざ私に会いに来てくれた理由を聞いてもいい?」
少しだけ声を潜めて、マリエット様が訊いてくる。
その瞬間、私はかすかな魔力の揺らぎを感じた。マリエット様がスキルを使ったのだ。
そうか。マリエット様も貴族令嬢だから、スキルが使えてもおかしくはないのか。
「これは風魔法ですか?」
「ええ。【秘話】の魔法よ。私たちの会話の内容は、ほかの人たちには意味のない言葉の羅列に聞こえているわ」
マリエット様が、壁際にいる伯爵家の兵士たちにちらりと視線を向ける。
表向きは護衛という形になってるが、あれはどう見ても見張りだもんな。たぶん私たちの会話の内容を、報告する役目を与えられているのだろう。
しかし報告するといっても、いったい誰に?
あのドミニク某がそんなことに興味を持つとは思えないから、彼の後ろ楯になっている反ザーズ派の家臣か? うーん、なんかしっくりこなくて気になるな。まあいいか。
「私が従叔母様に会いに来た理由は、三つあります」
「あら……多いのね」
マリエット様が意外そうに私を見る。
「一つは従叔母様の無事を確認するためですね。もし投獄されたり酷い目に遭っているようなら、無理やりにでもベルローズ領に連れて帰ろうとかと」
「……そうするように父様に頼まれたの?」
「いいえ。大叔父様は、私がアリデイに行くことに反対しておられました。実は従叔母様がアリデイ伯爵家に嫁いでいることを私にも隠そうとしていたくらいで」
「そうなのね。まあ、他家に嫁いだ娘のために、本家の跡取りを危険に晒すわけにはいかないか」
父様らしいわ、とマリエット様は苦笑した。
考えようによっては、実の娘を見捨てたと思われても仕方のない大叔父様の行動だが、マリエット様はそのことを恨みには思っていないらしい。
「二つ目の理由は、ドミニク・アリデイに嫌がらせをするためです」
「ドミニク義兄様に? どうしてそんなことを?」
マリエット様が困惑したように眉を寄せた。
ふーん、ドミニク義兄様ね。
マリエット様にとって彼はいちおう義理の兄だ。ということは、私にとってもあれはいちおう親戚ということになるのか。うーん、気づきたくなかったな、その事実。
「ザーズ子爵に頼まれたんですよ。アリデイがザーズに攻めこもうとしているのは、ご存じですよね?」
「ええ、そうね。この別邸にいると外の情報がなかなか入ってこないのだけど、そういう雰囲気は感じていたわ」
マリエット様が苦々しげに顔をしかめた。
「正面からまともにぶつかればザーズとアリデイでは勝負になりませんけど、アリデイはお家騒動で勢力が分断されていると聞いてます。なので、ドミニク・アリデイの足を引っ張ってあげれば、そのぶんザーズが有利になるのではないかと。まあこれは、従叔母様をお助けするついでみたいなものですね」
「ついで?」
「ベルローズ男爵家としては、積極的にザーズに肩入れする理由も特にないので、ほどほどに協力したという実績があれば充分なんです。ドミニク・アリデイが本当にエティエンヌ様を殺した犯人なら、もちろん従叔母様の復讐に協力するのはやぶさかではないですが」
私がエティエンヌ・アリデイの名前を口にした瞬間、マリエット様の顔から表情が消えた。
自分の夫を殺した犯人に対しては、彼女も思うところがあるらしい。
「それで、実際のところはどうなんですか? もし従叔母様が無理やり監禁されているようなら、なんとか救出の手立てを考えますが」
「ありがとう、アルセリカ様。でも、そのお気持ちだけで充分よ」
マリエット様が静かに首を振る。しかし彼女の顔は今も硬く強張ったままだった。
「私はアリデイを離れるつもりはないわ」
「なぜです?」
「まだエティエンヌの仇を取ってないからよ」
「エティエンヌ様の仇?」
私は驚いてマリエット様を見返した。
従叔母様は微笑みを絶やしていない。しかし彼女の表情はどこか冷ややかで、自分の夫の命を奪った犯人に対する強い怒りを感じさせた。
「世間では、エティエンヌ様を殺した犯人は、ドミニク某……いえ、ドミニク様という噂が広まっているのですが」
「ドミニク義兄様が? まさか」
マリエット様は呆れたように小さく失笑した。
「あの人が、そんな回りくどいことをする人間だと思う?」
「いえ。そうですね。私が話した限りでは、そういう謀略を巡らせるタイプには見えませんでした。ついカッとなって人を殺すことはあるかもしれませんけど、毒殺という柄ではないですね」
「ええ、そのとおりよ。私もそう思うわ」
「ですが、アリデイ伯爵を捕らえて幽閉しているのは、ドミニク様なんですよね?」
「そうね。実行犯はそうなのでしょうね」
私の疑問に、マリエット様は思わせぶりな答えを返す。
ドミニク某が実行犯ということは、策を巡らせた人物がほかにいるということか。
それはなんとなく納得できる話だな。それならば現在の伯爵家を取り巻く状況と、ドミニク・アリデイの人物像が乖離している理由にも説明がつく。
「従叔母様には、伯爵を幽閉した本当の犯人に心当たりがあるのですか?」
「そうね。たぶん間違いないと思うわ」
「その犯人と、エティエンヌ様を殺した人間は同一人物なんですね?」
「ええ。私はそう確信してる」
「それがいったい誰なのか、私に教えていただけますか?」
「いいえ。それはできないわ。これは私の復讐よ。ベルローズ家を巻きこむわけにはいかないわ」
マリエット様がきっぱりと告げる。
大叔父様をどこか彷彿とさせるその表情が、彼女から犯人の名前を聞き出すのは不可能だと私に確信させた。親子揃って頑固そうだもんな。
しかしドミニクを唆して、アリデイ伯爵を幽閉させるほどの人物か。
そんなことができる人間が本当にいるのだろうか、と私は不思議に思う。
たしかに私が見たドミニクは、難しいことはなにも考えてなさそうなおバカな子だったが、あれを自由に操るのはそのぶん困難だと思う。なにせ理屈が通用しそうにないからな。
それに、アリデイ伯爵を幽閉するメリットが見えてこないのも気にかかる。
ザーズへの出兵を邪魔されないというのは利点といえば利点だが、そのせいでアリデイの家中が真っ二つに割れて、ザーズ侵攻に使える戦力が半減したのだから意味がない。
「……違う」
いや、意味はあるのだ。意味がない、と思わせるという意味が。
アリデイ伯爵が幽閉されたことによって、一つだけ大きな変化が生じた。
それはザーズにとっての致命的な変化だ。
その変化によって最大の利益を得る人物は誰なのか。それを考えれば、真犯人の正体も見えてくる。
「アルセリカ様?」
不意に黙りこんでしまった私を見て、マリエット様が怪訝な顔をする。
「そういえば先程アルセリカ様は、私に会いに来た理由が三つあると言ったわね?」
「あー……はい。そうですね。最後の一つは、もう果たされてしまったんですが」
まさに今この瞬間、その問題は解決してしまったのだ。
「それはいったい?」
「個人的な好奇心です」
「……好奇心?」
言いづらいな、と思わず苦笑しながら、私はうなずく。
正直あまり褒められたことじゃない感じの、めちゃめちゃ身勝手な理由だからね。
そう。私は、ミステリーが好きなのだ。
「エティエンヌ様を殺した犯人の正体を、調べるためにここに来たんです」
私の告白に、マリエット様が目を見張る。
そんな彼女の瞳の奥に、一瞬だけ怒りの気配が見えた。
だがその怒りはすぐに霧散する。
だって私が伯爵家次男殺しの真犯人に興味を持っているのは、従叔母様にとってはむしろ好都合だからだ。
〝バーサーカーの聖女〟の力は、身重の彼女が夫の仇を討つための役に立つからね。
「アリデイ伯爵……なんですね。エティエンヌ様を殺した真犯人は」
伯爵家全体を巻きこんだ策謀を巡らすことができる人物。
そして、あのドミニク・アリデイに、言うことを聞かせることができる人物。
アリデイ伯爵本人なら、自分自身を幽閉することになんの問題もない。
マリエット様を真っ直ぐに見つめて、私は真犯人の名前を口にした。
従叔母様は少しだけ迷うような素振りを見せて、やがて静かにうなずいたのだった。




