第37話 問題ない
「これはどういう状況ですか、ロジェ」
困惑している私の代わりに、キトリーが弟のロジェに訊く。
立ち止まったロジェは私の無事を確認して、少しホッとしたように口元を緩めた。
「私がドミニク様と面会している途中に、お嬢様が襲われているという報告がありました」
「報告があった? 誰から?」
「俺の部下からだ。アルセリカ嬢には、領都に到着してからずっと監視がついていたらしくてな」
馬に乗ったままのマント男が、私たちの会話に割りこんでくる。
私は眉を寄せながら、馬上のドミニク某を見上げた。
「ドミニク様が、私に監視を?」
「いや、俺の部下が勝手にやった。気が利くやつらだからな」
ドミニクは得意げにそう告げるが、他家の令嬢にこっそりつきまとうのは気が利くという問題じゃないんだよ。
私の冷ややかな視線に気づいたのか、ドミニクの側近らしきおじさんが慌てて補足する。
「領都の門衛より、ベルローズ男爵令嬢が到着されたという報告がありましたので、安全確保のために見張りをつけておりました。現在の我が領は、あまり治安状況がよくありませんので」
「そういうことだ。おかげで助かっただろ?」
ニヤリ、とドミニクは口角を上げるが、自分ちの領地の治安が悪いというのは、どう考えても自慢できる話ではないだろう。
とはいえ、キトリーの索敵スキルに引っかからなかったということは、見張りの兵士が私たちに対する敵意を持ってなかったということだ。安全確保のために見張りをつけたという側近のおじさんの言葉は、あながち噓ではないらしい。
「襲撃者の正体をご存じなのですか?」
「いや、知らん。まあ、調べればすぐにわかるだろ」
溜息まじりに訊き返す私に、ドミニクはあっけらかんとした口調で答えた。
そして彼は、破壊した道路や建物を見回し、どこか呆れたように首を振る。
「しかし派手にやってくれたな。これが〝バーサーカーの聖女〟の能力か? その鎖はなんだ?」
「これは本当にただの鎖ですよ。シャンデリアを吊るためのやつだそうです」
「そんなものでこいつらをぶっ飛ばしたのか。その服は?」
「これはただの趣味です」
バーサーカーの装備といえば本来は猛獣の毛皮なのだが、私が魔力で実体化させているのは、もこもこの着ぐるみパジャマである。なぜそうなっているのかと訊かれても、趣味だから、としか答えようがない。
べつにいいだろ。可愛いから。
「趣味か」
「はい。ドレスを汚したくありませんでしたので」
「そういうものか。なるほどな」
ドミニクは特に怪しむこともなく、私の説明をあっさりと受け入れた。もともと、たいして興味はなかったのだろう。
「しかし、噂に違わず強いな、〝バーサーカーの聖女〟。どうだ、俺と手合わせしないか?」
「若様!」
「ははっ、わかってる。冗談だ。いくら俺でも、こんな子供相手に本気で戦うつもりはねえよ」
側近のおじさんに窘められて、ドミニクは豪快に笑い飛ばす。
私としては、あんたをぶっ飛ばしてカタがつくならべつにそれでもよかったんだけどね。だけど、そういう雰囲気でもないんだよな。
どうして襲撃された私を、ドミニク自ら助けに来るんだ?
ドミニクが仕組んだ襲撃ではなかったということか?
側近たちが勝手にやった?
それとも伯爵家の家臣に、ドミニクとは異なる思惑で動いている連中がいる?
うーん、わからないな。側近たちが演技をしている可能性もあるし。
だが少なくともドミニクの態度は演技ではないと思う。こいつにそんな高度なことができるとは思えない。
「彼らのことはどうするつもりです?」
私は、縛り上げられた襲撃者たちを指さしてドミニクに訊いた。
二十人以上いた襲撃者は、八割ほどが捕縛されている。無傷で逃げ延びたのはせいぜい四、五人だろう。
重傷者は多いが、死者は少ない。
これは私たちが手加減したというのもあるが、襲撃者たちのほとんどが戦意を喪失していて、強く抵抗しなかったのが大きい。鎖を直撃させないように、私もだいぶ気を遣ったしね。
尋問して情報を吐かせようと思ったから、というよりも、私の力で人間を殴ると死体が悲惨なことになるから、それを見るのがイヤだったのだ。
まあ、わざと狙いを外したぶん、道路や建物の被害がシャレにならない感じにはなってるんだけどね。
「おう、そうだな。どうするんだ?」
「怪我人の治療をしたあとは、牢にぶち込んで尋問することになりますな」
ドミニクの質問に、側近が答える。
「だそうだ。なにか気になることでもあるのか?」
「いえ。私が狙われた理由を知りたいと思いまして」
「あー、そうだな。そりゃ気になるか。だったら、尋問に立ち会うか?」
思いがけないドミニクの提案に、私は思わず目を見張った。え? いいのか、それ?
「よろしいのですか?」
「おまえらが狙われたんだから、その理由を知る権利はあるだろ。なにか問題があるか?」
「我々はそれでも構いませんが、ご令嬢に尋問の様子を見せるのはいかがなものかと……」
ドミニクの側近が渋い顔をする。それを聞いたドミニクは、私の顔をジロジロと眺めて、
「ふーん、そういうのを気にするタマには見えないが……」
なんでだよ。私の容姿はどう見てもか弱い貴族令嬢だろ。失礼だな。
「尋問は伯爵家の皆様にお任せします。なにかわかったことだけ教えていただければ」
はあ……と深い溜息をつきながら、私はドミニクにそう伝えた。
「ん? それでいいのか?」
「ええ。犯罪者の相手をするために、はるばるアリデイまで来たわけではないので」
「ふーん、ほかになにか用があったのか?」
「え?」
私はきょとんとドミニクを見返す。
いや、あんただよ、あんた。
なんのためにうちの従僕を、あんたに会いに行かせたと思ってるんだ。
「あの、ドミニク様との面会の約束を取りつけるために、うちの従僕がお邪魔したはずなのですが……」
「あー……そうか。そうだったな。だったらちょうどよかったな。俺になにか言いたいことがあるのなら、今ここで聞くぞ?」
まじかコイツ、と私は絶句して、ドミニクの側近たちが頭を抱えた。
他家の貴族令嬢に対する態度じゃないだろそれ。呑み仲間と酒場でばったり会ったくらいの距離感じゃないか。考えようによっては話が早くて助かるけどさ。
「えー……実は従叔母との面会の許可をいただけないかと思いまして」
「従叔母?」
「はい。私の大叔父であるドルレアック騎士爵の末娘が、アリデイ伯爵家のエティエンヌ様に嫁いでいるのです」
「おお……エティエンヌの嫁のことか。わかった。いいぞ」
「え? よろしいのですか?」
すげえ軽く請け負ったな。従叔母様のことを軟禁してたんじゃなかったのか?
側近の人たちも呆然として固まってるじゃないか。
「おう。問題ないぞ。わざわざ親戚が会いに来たんだ。好きなだけ話をしていけばいい」
「あ、はい。どうも」
私は毒気を抜かれて、素直にうなずいた。
うん。わかった。こいつ、バカなんだな。
いや、バカというのはさすがに言い過ぎだけど、たぶん難しいことはなにも考えていないんだ。
そういえばザーズ子爵にも、横暴で思慮が浅い、と酷評されてたもんな。
一方でバルダーヌさんは、思慮が浅い事実は認めつつ、少しだけドミニクに好意的だった。
それはドミニクが悪意で行動するタイプではないからかもしれない。商人という立場で見れば、こいつのわかりやすさは魅力的だろう。いいカモとして。
「ドミニク様。盗賊どもの捕縛、終わりました」
「おう。そうか。じゃあ、俺たちの用事はこれで終わりだな」
部下の報告を聞いたドミニクが、満足そうにうなずいた。
ふーん。ドミニクの部下たちは、襲撃者たちをただの盗賊だと思っているわけか。
そのあたりは、やはり演技には見えないな。
「おい、おまえとおまえ。アルセリカ嬢を宿泊先まで送り届けてやれ」
「はっ!」
ドミニクに指名された部下たちが、顔を強張らせながら慌てて敬礼する。
あれは「こいつに護衛が必要なのか?」と思ってる顔だな。
私が十五公尺の鎖をぶん回して建物や道路を切り刻んでるところを目撃してるだろうし、そう思われても仕方ないけども。
しかし、それを考えると、私に対してまったくビビらないドミニクはすごいな。
彼自身も、なにか強力なスキルを持っているのだろうか。
それともなにも考えてないだけかもしれない。バカだからな。
「ではな、アルセリカ嬢。エティエンヌの嫁によろしくな」
マントをサッと翻すと、ドミニクは私に背を向けた。
わはははは、と高笑いを残して去っていく彼を、私はなんとも言えない複雑な表情で見送るのだった。




