第36話 遭遇
「お呼びでしょうか、姫様?」
護衛控え室にいたベルローズ領軍の兵士二人が、食事を中断してやってくる。
名前は、たしかアダンさんとヤニクさんだったかな。
兵士としては腕利きの二人なんだが、ドナシアン兵長の影響で、私のことを姫呼ばわりするのはやめて欲しいんだよね。いちおう領主の娘とはいえ、こっちはしがない男爵令嬢なんだからさ。
「キトリーの索敵スキルが、襲撃者の気配を察知しました。最低でも二十人。すでにこの建物は包囲されているようです」
「なんと……⁉︎」
「襲撃があるかもしれないとは聞いておりましたが、早いですな?」
私の簡潔な説明を聞いて、強面の二人が目つきを鋭くした。
まさかアリデイに着いた当日に襲撃が起きるとは、彼らも予想していなかったのだろう。だから護衛も二人だけしか同行してなかったわけだしね。
「今の時点では、伯爵家長男との交渉は、まだなにも始まってませんからね。逆に言うと、襲撃するタイミングは今しかなかったという考え方もあります」
私はうんざりと笑って肩をすくめる。
一度でも顔を合わせたあとに私が死んでしまったら、交渉に負けそうだから殺した、などという悪評を立てられてもおかしくないからね。だから暗殺するなら、その前だ。
それでも私が襲われるのは、早くても二、三日後だと思っていたんだ。
私の素性や目的が相手に知られていなければ、当然、私が襲われる理由もないからね。
まさか私が広め始めたばかりの噂が、すでにドミニク某のところにまで届いているとは思わなかった。まったく余計なことをしてくれたよ、コンスタンスさん。
「コンスタンスさんは、ラシーヌ商会の用心棒を集めて自分たちの身を守ることに専念してください。頑丈な倉庫に立てこもるなり、抜け道かなにかを使って逃げるなりご自由に」
「……アルセリカ様は、どうなさるおつもりなのですか?」
コンスタンスさんが、少し驚いたように私を見る。
どことなく彼女が落ちこんでいるように見えるのは、責任を感じているせいだろう。
今回の襲撃事件、狙われたのが私だとしても、その私を食事に招待したコンスタンスさんにも責任がある。招待客の安全を守るのは、招待主の当然の義務だからだ。
「私は包囲を強行突破して脱出します。神殿に辿り着けば、襲撃者もさすがに諦めると思うので」
たとえ伯爵家の息がかかった部隊だろうがなんだろうが、勝手に神殿に踏みこめばただでは済まない。いくらなんでもそこまではしないだろう、というのが私の見立てだ。
「それは危険ではありませんか? それよりも私どもと一緒に立てこもって救援を待ったほうが——」
「いいんですか? たぶん、それをやるとこの建物に火をつけられますよ?」
「火……⁉︎」
コンスタンスさんの顔色が目に見えて悪くなる。
巣穴に籠もった獲物を炎で燻り出すのは、狩りの常套手段だ。
そのまま私たちが焼け死んでしまえば、返り討ちに遭う危険も減るし、証拠も残らない。襲撃者にとってはいいこと尽くめだろう。この状況なら、ラシーヌ商会を狙った押し込み強盗の仕業だと公表できるしね。
「それにたぶん救援は来ないと思うんですよね。襲撃者の背後にいるのが、伯爵家の関係者なら、道路を封鎖するくらい簡単でしょうし」
「それは……」
「というわけで、追い詰められる前にさっさと脱出しちゃいますね。私たちがいなくなれば、コンスタンスさんたちが襲われる可能性は低いでしょうし」
絶対に安全かどうかは保証できないが、護衛が八人もいるんだから、そこは自力でなんとかしてくれ。襲撃者の数は、できるだけ減らしておくからさ。
「ですが、強行突破するにしても護衛の兵士がお二人では——」
「ああ、それなら大丈夫です。私とキトリーも戦えますから。こんなときのためのバーサーカーの加護ですからね」
私はにっこりと微笑んで言った。それを聞いたコンスタンスさんが絶句する。
バーサーカーの攻撃はけっこうエグいので、できれば人間相手には使いたくなかったんだけど、相手のほうから襲ってきたんだから仕方ないよね。
ただひとつだけ心配なのは、無関係な領都の住民を私の攻撃に巻きこんでしまうことだ。バーサーカーの加護は手加減できないというか、目いっぱい手加減してあれだからね。
「そうだ、コンスタンスさん。ひとつお願いがあるんですが、お店にある商品を売っていただけませんか?」
「商品ですか? 残念ながら、この店の展示品は家具や魔道具が中心で、武器や防具はほとんど置いてないのですが……」
「ご心配なく。必要なのは武器ではありませんので」
「は、はあ」
私が必要な商品の名前を告げると、コンスタンスさんは困惑したように眉を寄せた。
大丈夫。たぶん上手くいくと思うんですよ。私の想定が正しければ。
というか、上手くいくことを願っていて欲しい。領都の一等地を穴ぼこだらけにされたくなければね。
■■■■
「行くよ、みんな。準備はいい?」
「はい、お嬢様」「承知しました、姫様」「お任せを」
私は、護衛の兵士二人とキトリーを引き連れて、ラシーヌ商会の正面玄関へと向かう。
特になにか作戦があったわけではなく、神殿があるのが、たまたまそちらの方角だったからだ。
建物は完全に包囲されているから、どこから出ても同じだしね。だったら少しでも目的地に近いほうがいい。
「——暴装!」
私は久々にバーサーカーのスキルを発動した。
もふもふのオオカミの着ぐるみが全身を覆い、暴力的なまでに濃密な魔力が私の周囲を吹き荒れる。
「続けていくよ、暴操!」
「うおおおおおおっ!」
「わはははは、行きますぞ!」
私は不可視の魔力の糸を使って、護衛の二人にバーサーカーの加護を注入した。
爆発的な身体能力の向上とともに戦意の増した二人が、商店の玄関扉をぶち破って外へと飛び出していく。
ラシーヌ商会には申し訳ないが状況が状況だ。必要経費ということにしてもらおう。
「こいつら、ベルローズ男爵令嬢の護衛か!」
「相手は二人だ! 取り囲んで討ち取れ!」
キトリーが感知したとおり、ラシーヌ商会の支部は完全に取り囲まれていた。
傭兵のような軽装の革鎧を身に着けて、覆面で顔を隠した連中だ。街中なのにすでに剣を構えており、私の護衛とわかって攻撃してきた。これは完全に私の命を狙ってたってことで間違いないな。つまり手加減は無用だね。
「なんだ、こいつら⁉︎」
「つ、強い……!」
うちの護衛と剣を交えた襲撃者たちが、二人の強さに驚愕している。
その二人はベルローズ領軍の中でも腕利きだし、おまけのバーサーカーの加護で強化されているのだ。強くて当然。誰に雇われた連中か知らないけど、そこらの雑兵では相手にならないよ。
たちまちのうちに数人の襲撃者が負傷して、残った連中もじりじりと後退した。まともに斬り合っては勝てないと判断したらしい。
しかし相手は数が多い。中でも特に厄介なのは、建物の屋根の上にいる連中だ。
彼らはクロスボウで武装している。暗殺目的なら矢に毒を塗っている可能性もあるし、そうでなくても遠距離からちまちまと削られたら危険だ。
「というわけで、私の出番だね」
店内に残って様子を見ていた私が、ここぞとばかりに外に出る。
「いたぞ! アルセリカ・ベルローズだ!」
「あれがバーサーカーの聖女か⁉︎ なんだ、あの恰好は?」
「着ぐるみ……だと?」
襲撃者たちの視線が一斉に私に向けられた。
【暴装】スキル発動中の私を見て露骨に困惑しているが、まあ許そう。
着ぐるみの衝撃に目を奪われて、私の持っている武器に気づかなかった己の迂闊さを呪うといいよ。
「ふふふふふ、いくよ、〝凶乱の縛鎖〟!」
なんとなく口に出してみたそれっぽい技名とともに、私は手に持っていた武器をぶん回した。
その武器の正体は〝鎖〟——
長さ十五公尺ほどもある頑丈そうな鉄製の鎖だ。
大型のシャンデリアを吊すためのその鎖は、もともとはラシーヌ商会の展示品で、私がコンスタンスさんからタダ同然で譲ってもらったものだった。
私はその鎖を鞭の代わりに、クロスボウを構えていた襲撃者たち目がけて叩きつけたのだ。
ただの鉄鎖とはいえ、直径は五公分以上。それが長さ十五公尺ともなれば相当な重量だ。しかしバーサーカー化した私の腕力は、それを投げ縄のように軽々と振り回す。
残念ながらわずかに狙いがそれて、襲撃者たちは直撃を免れた。
しかし彼らが上っていた建物の屋根は、ごっそりと鎖に抉り取られて豪快に砕け散る。
屋根の上にいた二人の襲撃者たちは、悲鳴を上げながら地面へと落下した。うん。これでしばらく戦線復帰は不可能だろう。
「な、なんだあの武器は……⁉︎」
「ば、化け物……!」
おそらく見たこともないであろう私の攻撃に、襲撃者たちが動揺する。
私は、放り投げた鎖を地面に落とすことなく、空中でグルグルと旋回させた。そして再び襲撃者たち目がけて叩きつける。昔〝おりんぴっく〟の動画で見た、〝《《新体操》》〟のリボンの演技を参考にしてみたのだ。
この鎖のいいところは、なんといっても壊れないところだ。
以前、私が槍を使ったときはあっさりとへし折れてしまったけれど、鎖の場合は、激突の衝撃をいい感じに柔らかく受け流してくれるので、鎖本体にかかる反動が少ないのだ。
それでいて鎖自体の重量と速度が生み出す衝撃はがっつり標的に伝わる。
私が振り回す鎖は襲撃者たちを薙ぎ払い、周囲の建物の壁や道路の石畳に、巨大な刃物を振り下ろしたような痕跡を刻んだ。
それでも私が直接殴るよりは、だいぶ道路に優しいんだよ。これでもね。
「話が違うぞ! 誰だ、ただの小娘だと言ったのは……⁉︎」
「三十人で千人の軍勢を打ち破ったって噂は本当だったのか……!」
「あんな怪物と戦ってられるか!」
すっかり戦意を喪失した襲撃者たちが、倒れた仲間を見捨てて逃げ始める。
あれ、思ったよりも歯応えがなかったな。
とはいえ、まだまだ油断はできない。護衛の二人は剣を構えたまま周囲を警戒しているし、私は鎖を回収して次の攻撃の準備をする。
キトリーはその間に、負傷した襲撃者を拘束していた。彼らを尋問すれば、私の命を狙った相手の情報が少しくらいは手に入るだろう。これはいい交渉材料が手に入ったな。
そんなことを考えて私がにやついていると、少し離れた場所で剣戟の音と、男たちの悲鳴が聞こえてきた。
騎乗した兵士たちが現れて、逃走しようとした襲撃者たちの捕縛を始めたのだ。
つまり救援が来たということか。なんとなく意外だ。てっきり邪魔が入らないように、道路は封鎖されていると思っていたのだが。
しかし騒ぎを聞きつけてきたにしては到着が早いな。
それにただの衛兵にしては、やけに装備がいい。
「——お嬢様、ご無事ですか?」
駆けつけてきた兵士たちの中から一人の若者が抜け出して、私に声をかけてくる。
私のよく知っている顔だった。
「ロジェ? どうして、ロジェがアリデイの兵士と一緒にいるの?」
私は戸惑いながら彼を見返す。
私の使者としてドミニク某に会いに行かせたロジェが、どうして私たちを助けにやってくるのだ?
しかし私がそのことをロジェに問い質す前に、べつの声が聞こえてくる。
「そちらの女性が、アルセリカ・ベルローズ嬢か?」
ごつい軍馬の上から私に訊いてきたのは、真紅のマントを羽織った派手な髪型の男だった。
金髪を半分だけ赤く染め、魔物の棘のように逆立てている。
一見するとアホっぽい恰好だが、騎乗する姿は堂々としていて隙がない。
どうでもいいけど、他人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗れよ。失礼だろ。
そんな私の心の声が聞こえたのか、男は私の答えを待つことなく続けた。
「すまないな。うちの領都で、ゴロツキどもが迷惑をかけたようだ。もっとも俺が慌てて助けにくる必要はなかったみたいだが。〝バーサーカーの聖女〟の肩書きは、看板倒れじゃなかったようだな」
「……うちの領都?」
私は怪訝な顔で男を見上げる。
うちの領都、と言ったのか。この街でその言葉を口にする権利を持つ人間は、私の知る限り一人だけなんだが。しかし、なぜその男が私を助けに来るんだ?
「お初にお目にかかる、アルセリカ嬢。俺はドミニク・アリデイ。アリデイ伯爵家の嫡男ということになっている。いちおうな」
驚きに目を見張る私を見下ろして、ツンツン頭のマント男がニヤリとふてぶてしく笑った。
私はこうして問題のドミニク某と、予期せぬ形で顔を合わせることになったのだった。




