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ベルセルクの冠 〜ハズレ聖女はすべてを暴力で解決する〜  作者: 友ヶ見狗々


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第35話 ガチでミステリー

 運ばれてきたデザートは冷やした果物だった。私も名前を知らない果実だ。

 異世界の動画で見た桃に似ている。ちょっとクセのある味だが、甘くて美味しい。


「傭兵を雇って、噂を広めているそうですね」

「そうですね。まあ、どこまで効果的かはわかりませんが」


 コンスタンスさんの質問に、桃もどきを頬張ったまま私は答える。


「いえ……面白い試みだと思います。噂を使って市場を操るのは商人の常套手段ですが、まさかこのような悪辣あくらつなやり方で、伯爵家の嫡男を交渉の席に着かせようとするとは思いませんでした」


 いや、悪辣て。失敬だな。

 思わず顔をしかめた私を見て、コンスタンスさんが苦笑した。


「いちおうめているつもりなのですよ。アルセリカ様との交渉に応じなければ、〝バーサーカーの聖女〟にひるんで逃げたと思われる。だからといって、すんなりとマリエット様を返還すると、エティエンヌ様の遺児という手札を失ってしまう。上手くドミニク様を追い詰めてめましたね」


 まったく褒められている気はしないが、コンスタンスさんの分析は的確だ。

 私の目的は、従叔母いとこおばのマリエットさんを連れて帰ることと、戦争を止めることだからね。どちらにしてもドミニクなにがしを挑発して、私を無視できなくしてやる必要があったのだ。


「アルセリカ様が怒っているという噂は、すでにドミニク様の耳に入っていますよ」

「あれ? そうなんですか?」


 私が〝暁の鷹〟経由で傭兵たちを雇って、噂をばら撒くように依頼したのは一昨日だよ。

 いくらなんでも早くない? 噂がドミニクなにがしに届くまで、一週間くらいはかかると覚悟していたんだけど。


「私が、商会の手の者を使って、報告するように仕向けましたから」

「え?」


 それは早いはずだよ。あんたの差し金かい。


「アルセリカ様からドミニク様への使者は送られたのですか?」

「ええ。神殿に取り次ぎをお願いして、部下を行かせています」


 私とは行き違いになってしまったけど、ロジェはそろそろ神殿に戻ってきた頃合いかな。

 首尾良くドニミクなにがしとの面会の約束が取れているといいんだけど。


「ふむ。それでは我々が知る状況を、早めにお伝えしておきましょう。伯爵家の正室の実家と第二夫人の実家の争いについてはすでにご存じなのですよね?」

「いちおう簡単に聞いています。反ザーズ派と親ザーズ派なんでしたっけ?」

「はい。概ね正しい認識です」


 私の返事を聞いて、コンスタンスさんは満足そうにうなずいた。


「伯爵家の正室であるドゥニーズ様のご実家は、アリデイ古参の豪農です。一方、第二夫人のエルネス様のご実家は鉱石の取り引きで財を成した一族なのです」

「あー……」


 なるほどね。鉱石の利権を持っているのか。それなら港のあるザーズが発展すればするほど、売り先が増えて儲かるな。

 一方で、収入が土地に縛られている正室の一族としては苦しいところだ。これまでと同じ暮らしをしていても、周囲が発展すれば置いていかれて、相対的に貧しくなってしまう。


「それで羽振りのいい親ザーズ派が、第二夫人の息子である次男を次期領主の座に就けようとして、それを脅威に感じた反ザーズが次男を暗殺したんですよね?」

「いえ。それがそういう単純な図式ではないのです」

「え? そうなんですか?」


 意外な言葉に、私は戸惑う。


「焦っていたのは、むしろ第二夫人の派閥なのですよ。なぜなら次期伯爵の座は余程のことがない限り、嫡男であるドミニク様で確定していたからです。そしてドミニク様が領主の地位を継がれれば——」

「親ザーズ派の権力は削がれる?」

「その可能性は高いです。いくら商売の羽振りがいいといっても、領軍の指揮権や司法権を持っているのはあくまで伯爵本人ですから」

「そっか……極端な話、ザーズとの取り引きにバカ高い税金をかけられたら、それだけで親ザーズ派は詰んじゃうのか」

然様さようです」


 コンスタンスさんが重々しくうなずく。好調に思えた親ザーズ派の足元は、案外(もろ)かったというわけか。


「だから親ザーズ派は、そうなる前に長男を排除したかった?」

「はい。そういう動きがありました。ですが——」

「実際に殺されたのは、次男のほうだった……」

「はい」


 たしかにややこしい状況だ。なんだそれ、ガチでミステリーじゃん。

 長男には殺される理由があって、第二夫人の派閥にも殺す動機があった。

 しかし現実に暗殺されたのは、第二夫人の息子の次男のほうだったのだ。


「次男は自殺扱いですか?」

「対外的にはそうなっていますね」

「あー……もし自殺ではなかったとしたら、犯人の最有力候補は長男のドミニクなにがしなんでしたっけ?」


 次期領主候補が真犯人かもしれないと言われて、まともな捜査は期待できないよな。


「それもありますが、そもそもエティエンヌ様には謀反むほんの容疑がかかっていますので」

「謀反……父親と兄を殺して家督を奪おうとしたということですか?」

「はい」


 実際に死んだのは次男のほうだけど、彼が長男を殺そうとしていたのは確定だったということか。それとも、無理やりそういう罪状をでっち上げたのかな。


「じゃあ、もしかして親ザーズ派の人たちというのは、今は——」

「ええ。第二夫人をはじめ、主だった者は全員捕らえられています。事実上の人質ですね。親ザーズ派の動きを封じるための」


 反ザーズ派は、現在せっせとザーズに対する戦争の準備をしている。

 それを妨害したくても、親ザーズ派の主要人物は囚われてしまっているということか。


「……で、アリデイ伯爵本人も幽閉されている、と」

「そうですね。事実としてエティエンヌ様が亡くなられて以来、伯爵が私どもの前に姿を見せたことはありません」

「伯爵家の三男がザーズに逃げて、ザーズ子爵家にかくまわれているというのは?」

「それも事実です。経緯は不明ですが、エティエンヌ様が殺された直後に、伯爵家の家臣が逃がしたようで」


 その辺は、前にザーズ子爵から聞いていたとおりだな。だけど、なんとなく引っかかる。


「うーん。なんだかあれですね。手際がいいんだか悪いんだかよくわかりませんね」

「よくわからない?」

「自分の敵対勢力をことごとく捕らえて伯爵家の実権を掌握したところを見ると、ドミニクなにがしはずいぶん用意周到で計画的に見えますけど、そのわりには煮え切らないというかなんというか——人質を取って黙らせるなんてまどろっこしいことしなくても、敵対勢力はさっさと潰しちゃえばよくないですか?」


 ここまでやってしまったんだから、いっそこのまま親ザーズ派の財産を没収して、一族郎党を根絶してしまえばいいのだ。それならザーズに逃げた三男なんて、放置しておいても問題ない。


 そんな物騒なことを私が考えていると、コンスタンスさんがクスクスと笑い出した。


「失礼ですが、アルセリカ様はやはり面白い方ですね。とても、十歳になったばかりとは思えません」


 うん。やっぱりそれは褒め言葉じゃないな。

 まあ、悪意で言ってるわけじゃないみたいだけど。


「ですが、たしかに仰るとおりですね。当主が幽閉されているにもかかわらず、今のところアリデイの領内に大きな混乱は起きていません。ザーズとの開戦の準備で多少騒がしくはなっていますが——」


 そうなんだよね。幽閉されてる従叔母様とも、普通に手紙のやり取りは出来ているみたいだし。

 実の父親を幽閉してまでドミニクなにがしがなにをしたいのか、正直さっぱりわからない。


「コンスタンスさんは、伯爵本人の人となりを詳しくご存じですか?」

「いえ、残念ながら、私も直接お目にかかったことはありませんので」


 コンスタンスさんが、私の質問に首を振る。


「ただ、私が知る限りにおいては、それなりに有能な人物であると評価されていたはずです。特に軍事に強く、武勇にも知謀にも長けておられたとか」

「軍事に強いということは、内政はあまりお得意ではなかった?」

「それは私の口からはなんとも」


 曖昧に微笑んで、コンスタンスさんは沈黙する。それはほぼ肯定と同義だよ。

 まあ、現在の領都の寂れっぷりを見れば、伯爵の内政手腕にもおおよそ想像がつくけどさ。


 殺されるはずだった長男ではなく、無関係の次男が殺された理由。

 そして現在の伯爵家を巡る違和感について、私はひとつの可能性に気づいていた。


 もし私の想像が事実なら、アリデイとザーズの対立は、思ったよりも大きな争いになるかもしれない。しかし今はそれを証明する方法がない。

 やはり、鍵になるのはドミニクなにがしかな。彼に直接会ってみれば、おそらくはっきりするだろう。


 私がそんなことを考えていると、無言で食事を続けていたキトリーが不意にフォークを置いた。


「発言をよろしいでしょうか、アルセリカ様」

「キトリー? どうかした?」


 黒髪の美人侍女は私の質問に答えずに、コンスタンスさんのほうへと目を向ける。


「まずは確認ですが、コンスタンス様。ラシーヌ商会が保有する兵力について教えてください」

「兵力?」

「具体的には、護衛の人数です。この屋敷の守りはどうなっていますか?」

「用心棒として全部で八人。元傭兵や武芸者を雇っています」


 コンスタンスさんは、一瞬だけ戸惑うような表情を浮かべたが、すぐにキトリーの質問にすらすらと答えた。この辺の判断の速さは流石だな。


「八人……そうですか……」


 キトリーの目つきが険しさを増した。八人の護衛では心許ない、と言いたげな表情だ。


「もしかして囲まれてる?」

「はい。少なくとも二十人。正規の軍人ではないようですが——」


 キトリーも、今度はすぐに私の質問に答えた。

 囲まれている。つまりこの屋敷が包囲されているということだ。

 敵の数は二十人以上。時間が経てば、まだまだ増える可能性がある。


「もしかして、索敵スキルですか?」


 コンスタンスさんも、事態の深刻さに気づいて表情を硬くした。

 ただの侍女と思っていたキトリーがスキル持ちという事実も意外だったはずだが、告げられた話の内容のほうが彼女には衝撃だったはずだ。

 裕福な商家の娘であるコンスタンスさんなら命を狙われた経験もそれなりにあるはずだが、だとしても、こんな街中で襲撃者が二十人以上というのは尋常ではない。


「狙いは、当然、私だよねえ……」

「はい。おそらく」

「広めてもらった噂が効き過ぎたかな?」

「そうかもしれません」


 私のぼやきに、キトリーが淡々と答える。

 そんな私たちのやりとりを見て、コンスタンスさんもどうにか動揺から立ち直ったらしい。


「ずいぶん落ち着いていらっしゃるのですね、アルセリカ様」

「いえいえ、これでも内心は焦ってますよ。護衛の兵士をあまり連れてこなかったのは失敗でしたね」


 まさか到着したその日に襲撃されるとは思ってなかったせいで、二人しか連れてこなかったんだよ。逆に言えば、()()()()()()()()()()()()、というのも事実なんだけどね。


「ところで、コンスタンスさん。私からもひとつ質問なんですが——」

「はい」

「このお店の前に穴ぼことか空けちゃったら、やっぱりまずいですよね? えーと、だいたい直径十メートルくらいの」

「は?」


 コンスタンスさんが、なにを言っているんだこいつは、という目で私を見る。

 いやいや、これ、けっこう大事な質問なんですよ。いや、本当に。


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