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ベルセルクの冠 〜ハズレ聖女はすべてを暴力で解決する〜  作者: 友ヶ見狗々


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第34話 会食

 ラシーヌ商会のアリデイ支店は、領都の大通りに面した一等地に建っていた。

 建物は一見古びて見える。それほど目立つ大きさでもない。

 しかし見る者が見れば、店構えから漂う高級感にすぐに気づく。華美ではないが上品なたたずまいで、さすがは王都に本拠を持つ老舗だと私は素直に感心した。


「アルセリカ・ベルローズ様。本日は突然のお招き、大変失礼いたしました」

 

 私を出迎えた支店長は、想像していたよりもずいぶん若かった。

 たぶん二十歳そこそこの綺麗な女性だ。


「いえ。ご招待いただきありがとうございました。おかげで神殿の味気ない食事を避けられたので、とても感謝しています」

「あら。それでは我が家の料理長には、腕を振るうようにあらためて言っておかなければいけませんね」


 私の挨拶を冗談だと思ったのか、支店長はクスクスと笑う。

 うん。頼むよ。アリデイ料理、期待してるからさ。


「ラシーヌ商会アリデイ支店長のコンスタンス・ラシーヌです。お目にかかれて光栄ですわ、アルセリカ様」

「ラシーヌ……?」

「はい。私は王都にいる当商会の会長の娘です。といっても、八人兄妹の末っ子ですけどね」


 なるほど。だからその若さで支店長なのか。

 だってこの人、バルダーヌさんよりも十歳以上は若いもんな。


「合理主義者の商人が、家族というだけで大事な支店を預けるとは思えません。コンスタンスさんは幼いころから相当に鍛えられてきたのではありませんか?」

「だったらよかったのですが、うちの父も末娘には甘いみたいで。お飾りの支店長として、優秀な部下にいつも叱られています」


 支店長がのらりくらりと私の言葉をかわす。

 まあ、この辺の社交辞令でボロを出すような相手ではないよな。


 私が連れてきた護衛は、キトリーを除けば二人だけだ。

 彼らは、食堂の隣にある護衛用の控え室に案内されて、そこで待機する。

 一方のキトリーは、毒味役という名目で私に同席。彼女たちのぶんの食事も用意されているというから、私は気兼ねなく料理を楽しむことができるというわけだ。


 食卓についた私たちの前に、まずは果実水のグラスが運ばれてくる。

 私に合わせてくれたのか、コンスタンスさんもお酒を飲むつもりはなさそうだ。


「お食事の前に、まずは謝罪をさせてください」


 グラスに手を伸ばしかけた私を制止するように、コンスタンスさんが唐突に口を開いた。

 なんかいきなり不穏だな。

 なんで初対面のお姉さんに謝られなければならないんだ。そんなことより果実水を飲ませてくれよ。


「え……と、謝罪というのは?」

「護衛の依頼を受けた商隊長のバルダーヌが、アルセリカ様にご迷惑をかけてしまったそうで。本当に申し訳ありません」


 ああ、なんだ。そのことか。


「べつにその件はなんとも思っていませんよ。護衛の傭兵はつけていただきましたし、荷馬車隊と別行動したおかげでベルローズ領に早く着くことができました。大叔父の窮地を救うこともできたのは、そのおかげです」

「寛大なお言葉をありがとうございます。ですが、それは結果論で、当商会がベルローズ男爵の依頼を充分に果たせなかったことに変わりはありません。本日、アルセリカ様をお招きしたのは、まずはその謝罪のためでした」

「わかりました。謝罪を受け入れます——ということで、この話はもう済んだことにしましょう。私はもうお腹ペコペコなので、謝罪よりもご飯のほうが嬉しいです」


 そう言って私は強引に話を切り上げる。


「それは大変失礼いたしました。ではすぐに料理を運ばせましょう」


 コンスタンスさんは苦笑して、給仕役の使用人に指示を出した。

 そして私たちは乾杯する。用意された果実水はベリー系だ。爽やかな酸味が口の中に広がって、私の空きっ腹を刺激する。


「バルダーヌさんとは親しいんですか?」


 運ばてきた料理を口に運びながら、私はとりあえず確認してみる。

 共通の知人の話題から入るのは、こういうときの定番だからね。

 うん。この前菜はファルシだな。キノコに挽肉とハーブを詰めてオーブンで焼いたものだ。手が込んでいて、なかなか美味しい。


「バルダーヌは、私の姉の婚約者なのです」

「あ、そうだったんですか」

「ええ、実に不本意ながら。まったく我が姉のことながら、あの程度の男のどこがいいのか」


 露骨に不機嫌な表情を浮かべて、コンスタンスさんが答えた。

 なんだ、これ? どういう状況だ? 大好きなお姉ちゃんをバルダーヌさんに取られそうで拗ねている、というような可愛らしい感じの話ではないよな?


「バルダーヌは行商人としては優秀ですが、致命的に視野が狭いのです。野心がないといえば聞こえはいいですが、政治的な判断力に欠けているとしか思えません」

「政治的な判断力……ですか?」

「先ほどアルセリカ様にはお許しをいただきましたが、聖王国の将来を思えば、アルセリカ様の護衛を下請けの傭兵団に任せて放置するなどあり得ないことです」

「え……?」


 私は戸惑いながらコンスタンスさんを見返した。

 それはそうと、この干し魚とイモのペーストも美味しいな。

 典型的な北部地方の料理だけど、味付けは王都風にアレンジされている。王都育ちの私の好みに合わせてくれたのかもしれない。そのことだけでも、コンスタンスさんの有能さがわかるというものだ。


「あの……どうして私の護衛の仕事が政治の話に?」

「アルセリカ様の存在にはそれだけ大きな影響力がある、ということです。私や私の両親だけでなく、目敏い商人なら誰もが気づいてますよ」

「はあ。影響力……」


 私は意味がわからず首を傾げた。〝バーサーカーの聖女〟の影響力ってなんだ?

 零細男爵家の令嬢に、そんなものがあるなんて初耳なんだが。それどころか私は王都から追放されて、むしろ政治的な影響力はゼロに近いと思います。


「ベルローズの黒輪こくりん……」

「……⁉︎」

「それに乾飯ほしいいでしたか? ベルローズ家で作られている携行保存食——それらは軍隊の行軍速度や継戦能力に大きな影響を及ぼすと、宮廷でも話題になっているようですね」


 戸惑う私に、コンスタンスさんが続ける。

 私はタコのマリネを口に含んだまま、まじまじと彼女を見返した。

 ベルローズの黒輪というのは、魔物素材を使ったゴムタイヤ。乾飯はいわゆるインスタントご飯だ。どちらも私が自分の快適さを求めて作り出したものである。

 正確に言うと、異世界の動画を見て真似しただけなので、作り出してすらいないのだが。


「それらの画期的な製品を生み出したアルセリカ様に万一があれば、その損失はラシーヌ商会が一社で補填できるものではありません」

「あー……いえ、あの……私が職人さんたちに頼んで作らせた商品は、基本的に私が自分で使うためのものなので、軍事利用のことなんて特に考えてないんですよ、本当に」

「ええ、今のアルセリカ様のお立場では、そう仰るしかないということはわかっています」


 コンスタンスさんが、意味深な微笑みを浮かべて私にうなずく。

 いやいや、そんな「わかってますよ」みたいな顔をされても困るのだが。


「ですから、一度、直接お会いしてぜひお尋ねしてみたかったのですよ。アルセリカ様が、この聖王国をどうなさるおつもりなのかについて」


 コンスタンスさんがキラキラとした瞳を私に向けてきた。

 質問の意味がまったくわからない。どうするもこうするも、聖王国って私がどうこうできる対象か?


「ふふっ、っちゃいますか、アリデイ伯爵領?」

「は……⁉︎」

「わずか三日でラプラド地方の五爵を攻め滅ぼした〝バーサーカーの聖女〟アルセリカ様ならば、混乱した今のアリデイを奪い取るくらい容易なことでしょう」

「いやいやいやいや……」


 なに勝手なことを言ってくれてるんだよ。

 人口一万二千のラプラド郡の統治だけでも、人手不足で大変な目に遭ったのだ。人口二十万の伯爵領なんて、タダでやると言われてもいらないよ。


「そもそも獲ろうと思って獲れるようなものではないでしょう。攻め取る大義名分がありません」

「あら、マリエット様がおられるではありませんか」

「っ……!」

「マリエット様のお腹のお子様は、アリデイ伯爵のお孫さんです。アリデイ伯爵位を継承してもなんの問題もありません。その場合、新伯爵はアルセリカ様の()()()ということになりますね。いまだ幼い()()()の代わりに、執権としてアルセリカ様が伯爵領の統治を行う——それならば王家も文句は言いますまい」


 コンスタンスさんの言葉に、私は沈黙した。

 冗談を言っているという雰囲気ではない。この支店長、想像よりも百倍くらいヤバい人だ。彼女は本気で、私がアリデイを攻め取るつもりだと信じているのだ。

 そりゃバルダーヌさんと気が合わないはずだよ。あの人は、良くも悪くも堅実な普通の商人だもんな。


「アルセリカ様は、今の聖王国の現状をどのようにお考えなのですか?」


 私がドン引きしている気配を察したのか、コンスタンスさんが少し話題を変えた。


「聖王国の現状……ですか?」

「はい。私は率直に言って、この国はもう詰んでいると感じています」

「詰んでいる?」

「ええ。だって、そうではありませんか? 国内では領地貴族同士が勝手に争い、王家にはそれを止める力がない。領民たちは疲弊し、えをしのぐのに精いっぱいという状況です。それなのに王都の貴族たちは、つまらない権力争いに躍起になっているばかり。聖王国の衰退は誰の目にも明らかでしょう?」


 うん。そうなんだよね。聖王国の現状は、実はかなりヤバいんだ。

 特に王家の衰退がいちじるしく、そのせいで領地貴族たちの争いを止められない。結果的に国内の人口は減り、産業はどんどん衰退していく。それなのに王都の貴族たちは、その状況を放置して、宮廷での出世競争に明け暮れている。

 詰んでいるというコンスタンスさんの言葉は間違ってない。


「国内の領主同士の小競り合いで済んでいるうちはまだいいのですが、この状況を諸外国はどう見るか……シャルヴェンカのような小国はともかく、その背後にある北方のイェンシン、南大陸のディスティンガやスピネラに攻められたとき、今の聖王国があらがえるとは思えません」

「あの……そういうことを口にして、大丈夫ですか?」


 思いっきり王家に対する不敬罪だよ。

 少なくとも初対面の貴族令嬢にする話ではないだろ。私が密告したらどうするつもりなんだ?


「あら、少しお酒が過ぎたようですね。では、このお話は、私とアルセリカ様だけの秘密ということで」

「いやいやいやいや」


 おい、こら。やめろ。私を勝手に共犯者に仕立てあげるんじゃない。ていうか、あんた、果実水しか飲んでないだろ。

 くそう、やられた。この女、最初からそれが狙いだったのか。

 もし今の話が外に漏れたとして、ラプラド郡を攻め取った直後の〝バーサーカーの聖女〟と、平民の商家の支店長——どちらが主犯として疑われるかなんて明白だ。


「今のベルローズ男爵領の人口は、二万人ほど。動員できる兵力は、王家の支援を入れても七百といったところでしょうか。それではシャルヴェンカの侵攻は防げても、イェンシンが動き出したらどうにもなりませんでしょう?」


 コンスタンスさんが指摘する。うん、冷静な分析だ。

 まあ、七百人の兵士を動かせるようになるには、あと三カ月はかかるんだけどね。


「ですが、もしアルセリカ様に伯爵領規模の戦力があれば話は変わります。動かせる兵力は六千を超えて、大国の遠征軍とも充分に渡り合える。その前にシャルヴェンカを攻め滅ぼして、新たな王になることも夢ではありませんね」

「いや、夢ですよ。私は従叔母いとこおばを助けに来ただけで、アリデイに攻めこむつもりはないですから」

「ああ、そうでした。そういうお話でしたね」


 コンスタンスさんが、とぼけた表情で首を振る。


「でも、もしドミニク殿がマリエット様の解放をこばんだらどうなさいます?」

「…………」


 悪戯いたずらっぽい口調でコンスタンスさんに訊かれて、私は無言のままメインディッシュの鳥肉を頬張った。

 この鳥、魔物かな。身が締まっていて美味しいな。


「ふふ、答えは結構です。その沈黙だけで今は充分ですよ、アルセリカ様」


 なにも語らない私を見て、コンスタンスさんが満足そうにうなずく。

 勝手に都合良く解釈されるのはムカつくが、あながち間違ってないので文句も言えない。

 最悪、ドミニクなにがしを決闘でボコして従叔母様を連れ帰ろうとしていた、なんてことがコンスタンスさんにバレたら、この人、大喜びしそうなんだよな。


「ええ、充分です、今は。それでは、当商会が集めたドミニク様とマリエット様の情報をお話しましょう」


 お役に立てばいいのですが、とコンスタンスさんがにこやかに微笑む。

 それにしても散々私をあおっておいて、ここで恩を着せにくるのか。さすがだな。

 商人からタダで情報を仕入れるとあとが怖いが、さすがにこれを断るわけにはいかないな。


 私は食事を続けながら、笑顔でコンスタンスさんに続きを促した。

 それにしてもこの鶏肉、美味しいな。付け合わせのサラダも美味い。それがせめてもの救いだな。


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