第33話 アリデイ到着
ラプラド郡からアリデイの領都アリーまでは、馬車で一日半の距離だった。
いつものキトリーとロジェに加えて、護衛十人を引き連れた私は、出発日翌日の午後になってアリーに到着する。
さすがに王都には及ばないが、アリーもかなり大きな街だ。
歴史も古く、そこかしこに背の高い石造りの建物が見える。
人口も多く、この街に住んでいる人々だけでもベルローズ領の全領民より多い。
しかし通りを行き交う人々の表情に、活気がないのは気になった。
通り沿いの商店も、どことなく寂れた印象がある。貿易で儲かっているザーズや、ここ数年の成長が著しいベルローズに比べれば、その違いは歴然だ。
そんな活気の乏しい大通りを抜けて、私たちは領都の中心部にある神殿へと向かった。
歴史ある建造物の多いアリーでも、ひときわ目立つ荘厳な建物だ。
「ベルローズ男爵令嬢。よくぞお越しくださいました」
豪華な祭服を着た男性司祭が、神殿に到着した私を出迎える。
嫌な雰囲気はあまり感じない。
謹厳実直という顔つきではないが、悪徳司祭という印象も受けない。融通の利きそうな世慣れた感じだ。
アリーのような大都市の神殿を任せられるだけあって、現実的で要領のいい人物なのだろう。
「滞在を許可していただき、ありがとうございます。まずは女神様への礼拝をお許しいただけますか?」
「もちろんでございます。聖女としての加護を与えられたアルセリカ様がいらしたことで、女神様もお喜びになるでしょう」
「感謝いたします。それでは、こちらを寄進としてどうかお受け取りください」
「おお、これは……! たしかにアルセリカ様の献身、見届けましたぞ」
たっぷりと金貨を詰めた袋をロジェから受け取って、司祭は満足そうに破顔した。
裏表のない、わかりやすい人だな。まあ、そのほうがこちらも気を遣わなくて済むからいいけどね。
女神様へのお祈りを済ませたあと、私たちは神殿内の客室へと案内される。
このように王国内の神殿は、しばしば貴族の宿泊場所として使われている。
普通の宿屋と違って、神殿というやつは防衛設備としてもしっかりしているし、何百人もの信者を受け入れられる程度には敷地も広いから、気兼ねなく兵士を逗留させられる。
そしてなによりも神殿内は一種の治外法権であり、その土地の領主といえども手出しはできない。
アリデイ伯爵家といつ敵対してもおかしくない私たちにとって、神殿というのは貴重な安全地帯なのである。
金貨百枚もの出費は正直痛いが、安全を金で買ったと思えば、多生の出費はやむを得ないのだ。
「それでは司祭様。アリデイ伯爵家への仲介をお願いできますか?」
「もちろんですとも」
「当家からは、こちらのロジェという者を同行させますので」
「ほうほう。これは立派な若者ですな。では、ロジェ殿。参りましょうか」
司祭のおじさんが美形のロジェを見て、なぜか嬉しそうに相好を崩す。
うーん、大丈夫か、この司祭。
まあ、土魔法師のスキル持ちであるロジェなら、滅多なことはないだろうけど。
■■■■
メッセンジャーであるロジェを送り出してしまうと、私はいきなり暇になる。
こういうときは部屋に引きこもり、水晶板で動画を見まくりたいところだが、その前にひとつだけ気がかりなことがあった。
「ねえ、キトリー。今日の夕飯はどうしよう?」
せっかくよその領地までやってきたのだ。どうせならご当地の名物である美味しい料理を食べまくりたいと思うのが人情だろう。うちの領地の新しい特産品のヒントになるかもしれないし。
「夕飯……ですか? 神殿で用意していただくのではなかったのですか?」
「え⁉︎」
怪訝な顔をするキトリーを、私は頰を引き攣らせながら見返した。
「待って待って。神殿の食事って、なんとなく質素なイメージがあるんだけど」
母上が神殿育ちだから、私はよく知っているんだ。
神殿の食事は、よく言えば控えめで慎ましやか。悪く言えば、しょぼいのだ。
はるばるアリデイまでやってきて、そんなものを食べさせられるのは残念すぎる。
「それでは馬車に積んである携行食糧を取ってきましょうか?」
「いやだよ。なんで旅先で非常食をボソボソ食べなきゃいけないんだよ」
私がプロデュースしたベルローズ家特製の非常食は美味しいが、それはしょせん非常食の中ではマシというレベルなのだ。作りたての熱々の料理とは比較するのも烏滸がましい。
「そうじゃなくて、せっかくアリデイの領都まで来たんだし、街の食堂か屋台で食べるというのはどうかな? 私も平民に変装するから、お忍びってことで」
「お嬢様のような平民はいません」
「いやいや。男爵令嬢なんて、貴族の中ではだいぶ平民寄りだよ?」
「お嬢様、鏡をご覧になったことはないのですか? お嬢様は黙って座っておられる限り、王族どころか女神の使いといわれてもおかしくない美貌をお持ちなのですよ?」
「いくらなんでも、それは欲目が過ぎるでしょ」
ダメだこれは。
キトリーの目は、私のことになると途端に節穴になってしまうからな。
ただまあ、見た目でバレるというキトリーの主張にも一理ある。手入れの行き届いた手や髪を見て、私の素性に気づく者はいるだろう。
「じゃあ、神殿の人に頼んで、神官の服を借りるというのはどうかな? 神官なら身綺麗にしていても、それほど不思議には思われないだろうし」
「神官は、街の食堂や屋台で食事をしないと思うのですが」
キトリーの冷静な反論に、私はなにも言い返せない。
教会の神官なら、それこそ神殿で食べるよね。そりゃそうだ。
「ドナさんあたりに頼んで、屋台の料理を買ってきてもらうしかないかなあ」
「大丈夫ですか? あまりおかしな行動をすると噂になってしまうのでは?」
「うぐぐ……」
たぶん大丈夫、と言いたいところだが、そうとも限らないんだよね。
なんといってもここはアリデイ伯爵家の地元だし。神殿で働く神官やその見習いにも、伯爵家の家臣の関係者はいるだろう。そこから私の情報が絶対に漏れないとは言い切れない。
つまり私は大人しく、神殿で出された食事を食べるしかないということか。
私はがっくりと肩を落とすと、ごろりとベッドに横になる。
だが、その直後に部屋の扉がノックされて、私は慌てて跳ね起きる羽目になった。
「姫さん、ちょっといいか?」
私の護衛としてついてきたドナシアン兵長が、遠慮がちに私に声をかけてくる。
「ドナさん? どうしました?」
「あー……なんか、姫さんに客が来てる」
「お客さん、ですか? 私に?」
特に予告したわけでもないのに、なんで私がアリーにいることを知ってるんだよ。いったい誰だ?
「神殿の関係者ですか?」
「いや、ラシーヌ商会の人間だそうだ。アリデイ支店の支店長の使いらしい」
「ラシーヌ商会?」
ということは、バルダーヌさんの同僚か。
なるほど、それなら私の到着を知っていてもおかしくないな。エグルさんたち〝暁の鷹〟傭兵団はラシーヌ商会のアリデイ支店を拠点にすると言ってたし、そこから私の行動が漏れたのだろう。
「夕食の誘いらしいが、どうする? もし招待に応じるなら、すぐに護衛の人選をするが」
「夕食の誘い……!」
私は思わず声を弾ませた。
うむうむ。付き合いのある商会との晩餐なら、貴族令嬢が出かけてもなにもおかしくない。
しかもラシーヌ商会は、王都に本店を持つ大商会だ。当然、振る舞われる料理も豪華なものになるだろう。
「そういうことなら、ご招待に応じましょう。ドナさん、護衛の手配をお願いします。あと、キトリー」
「衣装の準備ですね」
「ドレスはお腹周りの締め付けがきつくないやつにしておいてね」
「かしこまりました」
こうして思いがけず豪華な夕食にありつけることになった私は、いそいそと外出の準備を始めた。
食べる気満々で張り切る私を見て、有能侍女のキトリーは優しく苦笑するのだった。




