第32話 ハズレ聖女は太っ腹
「完成しました! アルセリカ様!」
領主舘の厨房係であるパトリスが、大きなバスケットを持って私の執務室に入ってくる。
赤毛でふくよかな体格のパトリスは、私が旧バロワンの領内でスカウトした料理人だ。
まだ二十歳を過ぎたばかりだが腕は確かで、新しい料理に対する彼の飽くなき探究心を私は高く評価している。
「完成したって、例の試作品が?」
「はい。アルセリカ様から教えていただいた〝ダイフクー〟です」
パトリスがデスクの上に置いたバスケットには、卵ほどの大きさの白い塊がたくさん入っていた。
薄い餅状の生地で餡子を包んだ、まごうかたなき大福である。
「アルセリカ様、またなにかおかしなものを考えつかれたんですか?」
書類と格闘していたレオンスさんが、いつもの皮肉げな口調で訊いてくる。
おかしなものとは失礼だな。いやまあ、たしかにお菓子だけども。
「これは大福です。試食してみますか?」
「では、お茶を淹れますね」
出来る侍女であるキトリーが、素早く立ち上がって玄米茶の準備を始めた。
レオンスさんはその間、皿に載せて渡された大福を怪訝そうに眺めている。
「ダイフクー……というのは、餅とは違うものなのですか?」
「お餅で作る場合もありますけど、これは求肥で出来ているのです」
「ギューヒ?」
「餅米に砂糖や水飴を加えて練ったものですね」
「それは贅沢すぎるというか、さすがにもったいない気がしますが……」
まあね。砂糖は高級品だからね。
「ですが、求肥はお餅と違って、冷めたり時間が経ったりしても硬くなりにくいのですよ。つまり何日か経っても美味しく食べられるということです」
「もしや……アリデイに持っていくつもりなのですか?」
ニヤリと笑う私を見て、レオンスさんが驚いたように眉を上げる。
「そのとおりです。初対面である伯爵家の嫡子に、交渉前から舐められるわけにはいきませんからね」
「なるほど……」
私の言葉に、レオンスさんが唸った。
べつに私は、ふざけてそういうことを言っているわけではない。
貴族同士の交渉においては、美味しい料理やめずらしいお菓子というのも、豪華な建物や宝飾品などと同じ、自らの財産や権力を誇示する立派な武器なのだ。
特にこの世界は甘味のバリエーションが少ないからね。これまで誰も見たことのないスイーツの存在は、確実に相手を驚かせることだろう。
もしもその製法を知りたいと相手が望めば、それに見合う対価を支払わざるをを得なくなる。
そのぶんだけ、こちらが有利に交渉を進められるというわけだ。
「これは……中にイチゴが入っているのですか……」
「あえてシンプルに求肥と餡子だけというのも捨てがたいですが、やはり見映えがいいですからね。ちょうど旬の時期ですし、ついでにイチゴはベルローズの名産ですし」
私が異世界の動画で見たイチゴ大福は、品種改良を重ねた大きなイチゴを使っていたが、ベルローズ領のイチゴも捨てたものではなかったりする。野生の山苺なんだけど、なにせ〝魔の森〟産だからね。
栄養状態がいいのかどうか知らないが、とにかく甘くて美味しいのだ。
「うん、いい出来だと思うよ、パトリス。これなら伯爵家への贈答品にしても問題ないよ」
「ありがとうございます」
「明後日の朝にアリデイに向かうから、それまでにこれを十個ずつ、二箱作っておいて」
「十個ずつでいいのですか?」
たったそれだけでいいのか、とパトリスが意外そうな顔をする。
伯爵家ほどの大貴族となれば、領主舘で働く親族や重臣だけで何十人にもなるだろう。しかし全員に行き渡るほどの分量を用意するつもりは、さらさらない。
「数が少ないのがいいんだよ。そのぶんだけ希少性が増して、価値が跳ね上がるからね」
私はククッと、あくどく笑う。
最初に十個入りのを一箱渡して、もっと欲しいと泣きついてきたらもう一箱。それで終わりだ。それ以上の数が欲しければ、私の前に跪くがいいよ、ドミニク某。
「あ、私たちのおやつにするぶんは別に用意しておいてね。そっちの入れ物は普通でいいからさ」
「かしこまりました。お任せください!」
パトリスが張り切って厨房へと戻っていく。大福の完成度に手応えを感じて張り切っているのだろう。
新しいお菓子のレシピはまだまだたくさんあるから、ぜひその調子で頑張って欲しい。
「おやつはいいのですが、アリデイに同行する護衛の人選は終わったのですか?」
レオンスさんが、私の痛いところを突いてくる。
「うーん、とりあえずドナさんにお願いして、適当な領兵を十人くらい選んでもらおうかなって」
「十人? 三十人には連れて行けと親父殿に言われていたのでは?」
「そうなんですけどね。三十人はちょっと挑発的過ぎるかなって。ほら、こないだの戦で私が率いた部隊がさ……」
「そう言えばそれがありましたね……」
旧ラプラド連盟との戦争で、私が率いた奇襲部隊の人数が三十人。
そしてその部隊の活躍で、一千を超える連盟軍が崩壊したというのは、すでに他領にも広まっている。
三十人という数に深い意味はなかったのだが、アリデイ伯爵家の連中もそう思ってくれるかどうかはわからない。遠回しに喧嘩を売っているなどと深読みされても面倒なんだ。
「兵士の数を減らしたぶんは、傭兵を雇って補うつもりだったんだけどねえ」
護衛の数を減らし過ぎてしまうと、夜間の見張りなどの負担が大きくなってしまうし、いざというときに人手が足りなくなってしまう可能性が高い。
なので、不足分は傭兵でカバーしようと思っていたのだが、口利きをお願いしたバルダーヌさんからはまだなんの返事もないんだよな。
「——お嬢様」
「ロジェ? どうしたの?」
有能美形従僕のロジェが、休憩中だった私を呼びに来る。
珍しく少し困惑したような表情だ。
「〝暁の鷹〟の皆さんがお見えです。お約束はないので、都合が悪ければ出直してくるとのことですが」
「え? 〝暁の鷹〟? エグルさんたちが来たの? なんで?」
「おそらくバルダーヌ氏への依頼の件ではないかと」
「ああー」
今回の依頼に関しては、〝暁の鷹〟のような腕利きの傭兵を駆り出すほどの仕事ではないから、彼らを雇う気はなかったのだが。
もっとも、それくらいのことはバルダーヌさんもわかっているだろう。
どちらにしても会わないという選択肢はなさそうだ。
「わかった。じゃあ、応接室にお通して。私は着替えてから会いに行くよ」
「承知しました」
こう見えて私は貴族令嬢なので、普段着で客に会うわけにはいかないのだ。
キトリーが私を着飾らせようとウキウキしてるし、面倒だけど仕方ないね。
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「急な来訪を受け入れていただき感謝します、領主代行殿」
応接室に現れた私を見て、エグルさんが礼儀正しく頭を下げる。
もっとも顔がにやけているところを見ると、ちょっとした冗談のつもりのようだ。
「エグルさんたちもお久しぶりですね。いつベルローズ領に戻られたんですか?」
「昨日の夕方だな。王都のラシーヌ商会本部にこないだの戦争の顛末を伝えて、荷馬車隊の増援を連れてきたんだ。戦争ってのは、儲かる連中にとっては儲かるものらしいからな」
「そういう人たちがいないと世の中が回らないのはわかりますが、嫌な話ですね。こっちは戦の後始末でヒイヒイ言っているのに」
思わず愚痴をこぼす私を見て、エグルさんが苦笑した。
「まあ、そう言わないでやってくれ。ベルローズ家も今回の戦では利益を得た側だろ? それに王都じゃ、アルセリカ嬢ちゃんの噂でもちきりだったぞ」
「私の噂ですか? どうせハズレ聖女が戦場で暴れたとか、そういうやつですよね?」
「事実だろ?」
「否定はしませんが、もしかしてエグルさんたちも噂を広めた側ですか?」
「いや、間違った噂が広まってたから、そこはきちんと訂正しておいたぞ? 嬢ちゃんが戦った敵が六百人って言われてたから、千二百人の敵兵に三十人で奇襲をかけたって言っておいてやったし、嬢ちゃんが獲った敵将の首はひとつじゃなくてみっつだってちゃんと説明した」
「そこは訂正しなくてもよかったんですが……」
噂というのは普通は尾びれや背びれがついて大袈裟になるものだが、私の場合は、事実のほうが非常識過ぎたせいで、むしろ現実的な数字にデチューンされていたらしい。
どうせなら、その誤解はそのままにしておいて欲しかった。
「それにしても、アルセリカ様のとこの食事は相変わらず美味しいわね」
ソファに上品に座ったソフィーさんが、お茶うけとして出された大福を食べてうっとりと笑う。
「たしかにな。こんなのどこの貴族の屋敷のパーティーでも喰ったことがないぞ」
斥候のゴーチェさんも大福のことは気に入ったらしい。
相変わらず軽薄そうに振る舞っているけれど、油断しましたね。自分が貴族のパーティーに何度も出席するような身分だということを、無意識に漏らしてしまってますよ。
「傭兵なんかやめて、アルセリカ様のところで働きたいかも」
冗談とも本気ともつかない口調で水魔法師のノエミさんがそう言って、盾士のマルタンさんが無言でうなずく。無口でごつい容姿のマルタンさんだが、意外にも甘党だったらしい。
「これもお米か? それにしては柔らかいし、粘りが強い……」
罠師のリュカさんは、例によって求肥の素材に興味津々らしい。
まあ、特に害はないのでほっといてもいいだろう。たとえ求肥の製法がバレて広まったところで、原料のお米と水飴はベルローズ領の特産品なのだ。長い目で見れば我が家に損はない。
「お菓子のことはひとまず置いておきまして、今日はどのような用件で?」
「バルダーヌの旦那に泣きつかれたんだよ。嬢ちゃんに傭兵の口利きを頼まれたのに、声を掛けた傭兵がみんな尻込みして依頼を受けたがらないって」
「あー……やはりそんなことになってましたか」
負い目があるのはわかるけど、そこまで怯える必要はないだろ。私があんたたちにいったいなにをしたって言うんだ。
「そんなわけで、俺たちが仲介役を引き受けることになった」
「仲介役、ですか?」
「俺たちが嬢ちゃんの依頼を受けて、知り合いの傭兵を雇うような形だな。ひとまず六等級から七等級くらいの連中、二十人くらいには声を掛けてある」
ふむふむ。エグルさんたちが一次下請けになって、ほかの傭兵たちを取りまとめてくれるって感じかな。
七等級というのは、フリーの傭兵として一人前と認められるあたり。六等級になると中堅どころという扱いになると聞いている。それなら依頼を出す私としても安心だ。
「わかりました。では、前金をお渡しするので、タイミングを見てそれを皆さんに配ってください」
「前金ってのはなんだ? 依頼の報酬を前払いするってことか?」
「いえ。そうではなくて、必要経費です。雇った傭兵の皆さんには、アリデイの酒場や夜のお店で情報を集めて欲しいので。必要ですよね、飲食費?」
あれ? 私に訊き返されたエグルさんたちが、変な顔をしているな。
「そりゃまあ、飲み代の面倒まで見てくれるってんなら助かるが、そんな雇い主、見たことないぞ?」
「そうね。普通はこういう仕事の飲み代は傭兵側が自分で払うのよ。よっぽどの場合は依頼主に実費を請求することもあるけど、それでも依頼達成までは自分たちで立て替えておくのが一般的ね」
「そうなんですか? でもそれだと、雇った傭兵の懐事情次第では満足な働きが期待できないのでは?」
エグルさんとソフィーさんの説明を聞いて、私は当然の疑問を抱く。
酒代をケチって、情報収集を疎かにされたら困るのだが。
「もちろんそういうことはある。だから、依頼する側も傭兵が信用できるかどうか見極めるのが大事なんだ」
「ほうほう、なるほど。ですが、今回は時間もないですし、エグルさんの人選を信じます。アリデイの酒場で集めた情報は、どんな些細なものでもいいのでまとめて私のところに持ってきてください。経費が足りなくなったら、そのときに追加しますので」
そんなに細かい打ち合わせが必要な依頼というわけではない。
ひとまず大雑把な依頼内容だけを説明して、細かな段取りはその都度決めるという話になった。
最後に、レオンスさんに用意させた銀貨の袋を、まとめてドンとエグルさんたちの前に置く。
すると再びエグルさんたちが頰を引き攣らせた。
「なあ、エグルよ。俺はほかの連中が、この嬢ちゃんにビビる気持ちが少しわかるような気がするわ」
ゴーチェさんが、なぜかげんなりした表情を浮かべて言う。
「同感。無条件の信用って、重いのね。報酬をケチろうとする依頼主は多いけど、ただで飲み喰いしろという依頼内容で、こんなに太っ腹だと逆に不安になってしまうわ」
「うん。期待に応えられなかったら、どんな目に遭わされるかわからない」
「美味しい依頼という気持ちがまったくしないね、アハハハハ」
ソフィーさん、ノエミさん、リュカさんがそれぞれ勝手な感想を呟き、マルタンさんが無言で首肯する。
なぜか好き勝手に悪口を言われて、解せん、と私は頰を膨らまし、エグルさんは再び苦笑するのだった。




