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ベルセルクの冠 〜ハズレ聖女はすべてを暴力で解決する〜  作者: 友ヶ見狗々


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第40話 深夜の訪問者

「そんな感じで従叔母様は、だいぶ落ち着いてくれたんだけどね」

『へえ。そう』


 黒い水晶板タブレットに写りこんだゆるキャラ風のライオンが、素っ気ない口調で答えてくる。

 聖遺物に封じこめられている、黒水晶の悪魔フリックスだ。

 こいつ、こんな見た目のくせに、相変わらず態度が可愛くないんだよな。

 異世界の動画を映し出す以外になんの能力も持たない悪魔だけど、そうは言っても何百年も生きてるんだから、せめて相談相手くらいにはなって欲しいよ。


「だけどねえ……復讐に手を貸すと約束したのはいいけど、肝心のアリデイ伯爵をとっちめる方法がね……」

『もしかしてなにも考えてなかったのかい?』

「なにも考えてなかったわけじゃないよ。ただ、実現するには手札がちょっと足りないんだよね」


 私がベルローズ領から連れてきた護衛の兵士の数は十人。

 さすがにそれっぽっちの人数で、伯爵家の屋敷に殴りこむのは厳しい。お金で雇った傭兵もいるけど、彼らの仕事は噂の拡散と情報収集だけだから、戦力に数えるわけにはいかないだろう。

 それに正面きってアリデイ伯爵と喧嘩するわけにはいかないんだよね。彼は表向き、息子に幽閉された被害者という扱いになってるわけだから。


「ところでさ、フリックス。さっきからなんか背中がピリピリするんだけど、なにか心当たりはある?」

『ああ、それ? きみのスキルだよ』

「スキル?」

『うん。新しいスキルが生えてる。気づいてなかったの?』


 悪魔フリックスがどうでも良さそうな口調で言った。こいつ、サラッととんでもないことを言いやがったな。


「知らないよ。いったいいつから?」

『たぶん、一昨日、バーサーカーの加護を使ったときかな』

「スキル名は?」

『【野生の勘】だね』

「…………」


 水晶板タブレットに表示されたステータスを見て、私は思わず溜息をつく。




【アルセリカ・ベルローズ】

 バーサーカー: Lv.1

 体力: 57(+2) 頑健: 43(+1) 器用: 107 敏捷: 73 知力: 171(+2) 魔力: 685,533(+308)

 スキル:[暴装]、[暴操]、[野生の勘(NEW!)]




【暴装】と【暴操】に【野生の勘】……どう考えても貴族令嬢のスキル構成じゃない。

 しかも魔力量がまた増えてるし。


 これはあれだな。一昨日の襲撃事件のときにバーサーカーの加護を使ったのが原因だな。

 野生の勘というのは、たぶん危機感知スキルみたいなものか。

 こないだは奇襲で敵に包囲されたからね。その反省から、直感力が高まるスキルを手に入れたのかもしれない。

 ということは、このピリピリとした感じは、私の気のせいじゃなかったってことだね。


「——ねえ、そろそろ出て来たら? そこにいるんでしょう?」


 私は窓の外に向かって呼びかける。

 その直後、カーテンの向こう側で、誰かが身じろぎする気配があった。


 この部屋は神殿の奥にある客室だ。三階建ての建物の三階で、警備も厳しい。

 まさかその部屋の窓の外に、誰かが潜んでいるなんて普通は思わない。

 しかし一瞬の沈黙のあと、施錠されているはずの窓が開き、全身黒尽くめの人影がするりと入ってくる。

 黒髪の背の高い女性。私の知らない顔だった。

 跪いて顔を伏せる彼女の頭には、大きな獣の耳が生えている。


「失礼いたしました。このような形で押しかけてきたご無礼をどうかお許しください」

「獣人……もしかしてゼリエのお知り合い?」


 私は椅子に座ったまま、彼女に訊く。

 身の危険は特に感じない。いつでも【暴装】スキルを発動できるように身構えているが、その必要はなさそうだ。


「はい。ゼリエのことは、あの子が幼いころからよく知っています。今はベルローズ男爵家に文官として雇っていただいているとか」

「彼女は優秀だからね。ずいぶん助けてもらっているよ」

「それを聞いて安心いたしました」


 そういえばゼリエはアリデイ伯爵領の出身なんだよね。彼女の実家は、そこで獣人相手に商売をしていたはずだ。

 だとすれば、アリデイにゼリエの知り合いの獣人がいるのは不思議じゃない。


「ゼリエに用があるなら、直接会いにいったらどうかな? 手紙くらいは預かるよ?」

「いえ。今宵はアルセリカ様にお願いの儀があり、訪問させていただきました」

「訪問、ね……」


 私は顔を伏せたままの女性をじっと眺める。

 日焼けした肌。引き締まった体つき。細身だが華奢な印象はない。

 ただの農民ということはないだろう。少しだけキトリーに雰囲気が似ている。


「いいよ、話くらいは聞いてあげる。まあ、なんの用かはだいたいわかっているけどね」

「それは……」

「雇って欲しいということじゃないの? こうして神殿の中まで押し入ってきたのも、自分の能力を私に見せつけるためじゃないのかな?」

「は……仰るとおりです」


 黒髪の女性が、驚いたように声を震わせる。


「名前を聞いても?」

「モルガーヌです。西の山地にある獣人たちの集落の長を務めています」

「そっか。アリデイの山地には獣人の集落があるってゼリエも言ってたね」


 ただ、その土地は痩せていて作物の実りが悪いとも言っていた。

 特に昨年の不作のせいで、住人たちは厳しい生活を強いられているらしい。


「それで私に雇って欲しいというのは、どういうことかな? ベルローズ領への移住を望むなら歓迎するよ」

「よろしいのですか? 我々は獣人ですが……」

「うちの領地の法に従ってくれるなら問題ないよ?」


 ベルローズ領は慢性的に人手不足だし、今は土地も余っているんだ。特に併合したばかりのラプラド地区は、前の領主たちのいい加減な統治のせいで、領民がだいぶ逃げ出していたからね。


「ありがとうございます。アルセリカ様は、ゼリエの手紙に書かれていたとおりのお方ですね」

「ゼリエはなんて言ってたの?」

「獣人に対しても分け隔てなく接してくださる優しい方だと」

「あはははは……」


 優しいかな? 文官の人手が足りないせいで、ゼリエにはものすごい過重労働を強いている自覚があるんだけど。


「ベルローズ領まで来てくれれば、住む場所と当座の生活費くらいは支給するよ。ただし、よその領地から民を引き抜くのは褒められたことじゃないから、伯爵領を出るまでは手を貸せないけどね」

「お心遣いありがとうございます。伯爵家に気づかれるような失態を、我らが演じることはありません」


 顔を伏せたままのモルガーヌが、不敵に笑う気配があった。

 なんだか知らないが、すごい自信だ。


「わかった。移住の件はゼリエにも伝えておくとして、雇って欲しいというのはどういうことかな? あなたたちの得意な仕事はなに?」

「私たちは、隠密おんみつです」

「……隠密?」

「はい。諜報活動、潜入工作、破壊活動、それに要人暗殺。先々代のアリデイ伯爵の下で、そのような後ろ暗い汚れ仕事を任されておりました」

「え?」


 なにそれ。異世界の動画に出てくる忍者じゃん……⁉︎

 本当に実在したのか、忍者。

 忍者なら、神殿の奥まで誰にも気づかれずに入ってこられたのも納得だ。


「えーっと、先々代のアリデイ伯爵に雇われてたって言ったよね? 今は?」

「それが……先代の伯爵がひどい獣人嫌いで……」

「もしかして、契約を切られた?」

「はい。今から三十年近く前のことになります」


 そうか。それで土地の痩せた山中に、隠れ住むような羽目になっていたのか。

 だとすれば、今のアリデイ伯爵家に対してはだいぶ不満があるだろう。

 そんな彼女たちがベルローズ家に雇ってもらおうと思ったのは、ゼリエに対する扱いを見て、獣人に対する偏見がないと判断したからかな。

 一族郎党引き連れてベルローズ領に引っ越してくるということは、私が裏切られる可能性は低そうだ。実績があって信頼もできる忍者集団。もしかしたら思わぬ拾いものかもしれない。


「何人いるの?」

「は?」

「隠密として今すぐ働ける人たちは、何人?」

「今すぐ、となると十五人ほどでしょうか。しばらく時間をいただければ六十人……いえ、八十人は集まりますが……」

「そっか。じゃあ、その八十人は全員うちが雇うよ。働き次第では領軍の正式な諜報員に取り立ててもいい。だけど今は十五人で充分だよ。すぐに正式な契約を交わそう」

「……は? は?」


 モルガーヌは動きを止めたまま、放心したように目を丸くしている。

 まさか私がこんなにあっさり彼女たちを雇うとは思わなかったのだろう。

 しかし後悔してももう遅い。私は彼女たちを手放す気はないのだ。


 忍者か。まったく予想していなかったけど、願ってもない人材が手に入ったな。

 彼女の実力は、神殿の奥まで乗りこんできたことで証明されている。なにしろ、索敵スキルを持つキトリーですら、モルガーヌの侵入には気づいてないのだから。


 私の作戦に足りなかったピースが思いがけない形で揃ってしまった。

 よしよし。これでアリデイ伯爵の策謀を潰すことができそうだ。


 そうやって満足そうに微笑む私を、モルガーヌは最後まで、不安そうな表情で見つめていたのだった。

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