第30話 従叔母
ザーズ子爵の訪問があった翌日、私は馬車に乗ってベルローズの領主舘へと向かった。
お供はいつものキトリーとロジェ。あとは護衛の兵士たち。
馬車の客室にのんびりと座って、私は聖遺物の黒水晶で異世界の動画を眺めている。
悪魔に探してもらったのは、お城に囚われたお姫様を助け出すというシナリオの映画だった。従叔母の救出の参考になるかと思ったのだ。
「なるほど。お城の地下水路から侵入するんだね。あとは空からかあ。バーサーカーのスキルでも空は飛べないしな……いや、壁をよじ登るくらいならなんとかなるか……?」
塔に閉じこめられていたヒロインの心を泥棒が盗んだり、四十秒で支度したあとすり抜けながらかっさらったりする〝あにめ〟を見ながら、私は真面目に考えこむ。
正面に座るキトリーはそんな私を見ても、表情を動かしたりはしなかった。
水晶板を見つめているときの私の奇行には、彼女はすっかり慣れっこなのだ。
ちなみに黒水晶には、動画を倍速で視聴するという機能もある。
動画の再生速度が二倍になるのではない。二倍になるのは私の体感時間だ。動画を観ている私の時間だけが加速して、外の世界で一秒が過ぎる間に、私は二秒間行動することができる。つまり映画一本分の時間で、映画を二本観ることができるのだ。
ただしこの機能には代償があって、加速している時間が長ければ長いほど、魔力の消費量がもりもり増える。
私の膨大な魔力をもってしても、一刻の映画を一本観たらへとへとになってしまうほどだ。
まあ、それでも使うんだけどね、倍速視聴。
領主舘に着くまで、もうあまり時間がないからさ。
「お嬢様、間もなく領主舘ですが——」
「待ってて。あと少しで終わるから。大佐も三分間待ってくれてるから……!」
「いけません。身だしなみを整えませんと。そもそも大佐とは誰ですか?」
「うう……」
キトリーに頑なに説得されて、私は泣く泣く黒水晶を手放す。
魔力供給が止まる寸前、水晶板の表面ににやついているフリックスが映った気がした。くそう、あのゆるキャラ、あとで覚えてろよ。
■■■■
「おお。来たか、アルセリカ。元気だったか?」
「はい。大叔父様もお変わりなく」
領主舘に着いた私を、大叔父様が上機嫌で迎えてくれる。
顔の血色もいいし、シャツの襟元が見える筋肉にも張りがある。元気そうでなによりだ。ひと月前に死の淵から復活した後遺症は特にないらしい。
そんな大叔父様の目の前に、私は分厚い書類の束を積み上げる。
「こちらがラプラド郡の領民の戸籍です。あとは検地の報告書ですね。どちらも写しですけれど」
「報告書……? もう検地が終わったのか?」
「はい。領内に溜め池を掘りまくったら、皆さん、協力的になりまして。どうやら労役に参加してくれた領民に、日当と食事を振る舞ったのが効いたみたいです」
私はにっこりと笑って報告した。
同席しているバルナベ大隊長と文官たちが、絶対にそれだけじゃないだろう、という疑いの眼差しを向けてくるが、気づかなかったことにする。
「領民の数が思ったよりも少ないな?」
報告書を流し読みした大叔父様が、少し不思議そうに首を傾げた。
そうなんだよね。ラプラド地方の面積からして、一万二千人くらいはいると思っていたんだ。だけど実際には想定よりも五百人くらい少なかった。特に働き盛りの男性が少ない。
「前の領主たちは、あまり領内の統治に熱心ではなかったようでして。暮らしに困って、出稼ぎに出ている領民が少なくないようです」
「出稼ぎか。行き先はアリデイか?」
「アリデイを経由して、ザーズというのが多いみたいですね。ザーズには港がありますから」
船荷の積み下ろしや倉庫の荷役など、出稼ぎ労働者向けの仕事がたくさんあるからね。
「ベルローズ領が豊かになれば、そのうち彼らも戻ってくるとは思うのですが」
「だろうな。しかし今は領内の働き手が減っているわけか」
「そうなんですよね。とはいえ、今のままではラプラド郡の守りに不安があるので、できるだけ早く領軍の新しい部隊を編制して欲しいです」
「ふむ。どうだ、バルナベ?」
大叔父様に話を振られたバルナベ大隊長が、報告書を見て難しそうな顔をする。
「まずは少ない人数から始めて、少しずつ増やしていくしかないですね」
「私も同じ考えです。まずは常備兵を百人から始めようと思っています」
「常備兵を百人ですか?」
バルナベ大隊長が、少し驚いたように私を見る。常備兵を揃えるにはお金がかかるからね。でも、ラプラド郡は広いから、領内の警備や見回りだけでもそれくらいの兵力が必要なんだ。まあ、なんとか頑張って稼ぐよ。
「最初の百人は、すぐに集まる予定です。あとはひと月あれば、バルナベ大隊長が最低限の調練は済ませてくれる——と言ってましたよ、ドナさんが」
「ドナシアンめ……勝手なことを……」
無理難題を吹っ掛けられたバルナベ大隊長が、目元を覆いながら溜息をついた。
「というわけで、領軍の準備についてはお任せしてもいいですか?」
「ふむ、そうだな。できるか、バルナベ?」
「仕方ありませんね。できるところまでやってみましょう」
大叔父様の質問に、バルナベ大隊長が弱々しく答える。
苦労人の悲哀がにじみ出た彼の姿に、私は心の中でこっそりと同情した。
「わかった。では領軍新部隊の整備はバルナベに任せる」
「お願いしますね。私はもしかしたら、しばらく領地を離れることになるかもしれないので」
「領地を離れる? それは構わんが、いったいどこにいくつもりだ?」
大叔父様が怪訝な表情で訊いてくる。
「アリデイに行こうと思ってます」
「アリデイだと?」
「大叔父様もザーズ子爵と面会されたんですよね? アリデイとザーズが戦になりそうというお話は?」
「聞いている。アリデイ伯爵家の長男が伯爵家を乗っ取って、好き勝手なことをやっているらしいな」
不機嫌さを押し殺したような表情で、大叔父様が息を吐く。
「はい。ですので、ちょっくら懲らしめに行こうかと」
「……は? ちょっくら?」
何気ない口調で宣言する私を、大叔父様とバルナベ大隊長がギョッとしたように見つめた。
「ちょっと待て。懲らしめに行くって、おまえはなにをするつもりだ?」
「それを説明する前に、大叔父様の娘さんがアリデイ伯爵家に嫁いでいるというのは、本当ですか? 私、なにも聞かされていなかったんですけど」
ジトッとした目つきで私が訊くと、大叔父様はバツが悪そうに目を逸らした。
「その話は本当だ。末娘のマリエットが、伯爵家の次男に嫁いでいる。側室だがな」
「ああ……そうだったんですね」
なるほど、側室。あまり大っぴらにしていなのは、それが理由か。まあ、次男とはいえ伯爵家の息子と騎士爵の娘では、身分差がけっこうあるからね。
「では伯爵家の次男……えっと、エティエンヌ殿が殺されたというのは——」
「知っている。それなりに見どころのある男だと思っていたのだが、残念なことだ」
複雑そうな表情を浮かべて、大叔父様が呟く。
大叔父様から見れば、可愛がっていた末娘を奪っていった憎い相手だ。それでも相手が殺されることまで望んでいたわけではないのだろう。
「マリエットさんはご無事なんですか?」
「今のところはな。伯爵家の別邸に軟禁されているが、何度か本人からの手紙は届いている」
「解放してはもらえないのですか?」
伯爵家後継者の地位を争っていた次男が死んだ今、彼の側室をアリデイに留めておく理由はない。さっさとベルローズに送り返したほうが、面倒がないはずだ。
「子供がいるのだ。マリエットの腹の中にな」
「え⁉︎」
おっと。厄介な話になってきたな。従叔母様が幽閉されているのは、それが理由か。
側室であるマリエットさんには伯爵位の継承権はない。しかしマリエットさんの子供は別だ。
側室の子といえども伯爵の孫。ドミニク某に伯爵の地位は相応しくないという話になった場合、マリエットさんの子供が継承者に選ばれる可能性がある。それをドミニクは恐れているのか。面倒くさいな。
「長男はマリエットを殺そうとしたらしいが、さすがにそれは家臣たちが止めたらしい。次男を殺めた上に、その妻まで手にかけてしまったら、さすがに外聞が悪すぎるという話になったそうだ。ベルローズ家を敵に回すことにもなるしな」
「ですが、このままマリエットさんに子供が生まれたら——」
私の呟きに、大叔父様が苦い顔をした。
生まれた直後の赤ん坊が、なにかのきっかけで命を落とすのはよくある話だ。それならば噂を揉み消すのも難しくない。つまりドミニク某がマリエットさんを放置しているのは、赤ん坊が生まれるのを待っているわけか。
「わかりました。そういうことなら、やっぱりマリエットさんを助け出すしかないですね」
「助け出す? どうやって?」
「もちろん正面からマリエットさんの返還を要求します。私にとっては従叔母ですから、ベルローズ家の娘が交渉するのは、おかしな話ではないですよね」
「それはそうだが、アリデイの小僧がそれを認めるか?」
「そこは交渉次第ですね。少なくとも大叔父様が直接出向くよりは、私が交渉したほうが、まだ穏便な話し合いが出来るのではないかと」
大叔父様はベルローズ領の正式な代官で、精強で知られるベルローズ領軍の指揮権を持っている。
おまけに本人も歴戦の英雄だ。そんな大叔父様が交渉を持ちかければ、どうしても互いの武力を背景にした話し合いになってしまう。実際にそれと同じ理由で、アリデイとザーズは戦争の準備をしているわけだし。
その点、私なら安心だ。傍目にはただの小娘だからね。そんな私に戦で決着をつけようなどと言い出したら、ドミニク某の正気が疑われるだろう。
「駄目だ。それは認められぬ。マリエットはしょせん分家の娘。しかもすでに他領に嫁いだ人間だ。そんな者のために、領主の跡継ぎであるおまえを危険に晒すわけにはいかぬ」
「いえ、これはベルローズ領全体の安全保障に関わる問題です。というよりも、マリエットさんの件はただの口実で、本当はザーズの支援が目的なんですよ」
「ザーズの支援?」
「なるほど。伯爵家長男の評判を落として、ザーズ侵攻の戦力を削ぐということですか……」
バルナベ大隊長が、私の考えを察して小さく呻きを漏らした。
そうそう。これから生まれてくる赤ん坊を恐れて弟の側室を幽閉しているなんて、みっともない以外の何物でもないからね。その話が領内に広まるだけでも、ドミニク某の支持者は減るはずだ。
「それにマリエットさんの安否をベルローズ家が気にしていることが伝わるだけでも、彼女の立場が良くなるんじゃないかと思うんですよね」
マリエットさんはベルローズ家の縁者なのだ。迂闊に殺したりしたらどうなるかわかってるんだろうな、と念のためにアピールしておくわけだ。まあ、これはあんまりやり過ぎると、逆効果になってしまうかもしれないが。
「いや、しかし」
「それに私にもいちおう考えがありまして。今回は教会の力を借りようと思っているんです」
「教会だと?」
大叔父様が意表をつかれたように目を瞬いた。辺境育ちの武人である大叔父様には、交渉に教会を利用するという発想はなかったのだろう。
「はい。教会に仲裁に入ってもらいます。お忘れかもしれませんが、こう見えて私は教会に顔が利くんですよ。聖女ですから」
そう言って私は、えへん、と得意げに胸を張る。
せっかくの聖女の肩書きだからね。最大限に使わせてもらおうじゃないですか。
王都で暗躍する貴族にとって、教会なんてものはこういうときに利用するためにあるような存在なのだ。
まあ聖女は聖女でも、私の場合はハズレ聖女なんだけどな。




