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ベルセルクの冠 〜ハズレ聖女はすべてを暴力で解決する〜  作者: 友ヶ見狗々


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第29話 敵に回したくない人々

 私が考えこんでいる間、ザーズ子爵はのんびりと団子を頬張っていた。

 初めて目にする食べ物を、平然と口にする胆力はたいしたものだ。味そのものはお気に召したのか、食べかけの団子をじっと見つめて、感心したような表情を浮かべている。


 立場が上であるにもかかわらず、彼は急かすことなく私の返事を待っている。

 なかなか出来ることではないし、そういう人物は厄介だ。

 交渉相手としても手強いし、戦場での将としても有能だろう。

 なるべく敵に回したくないな、と私は他人事のように考える。


「ザーズとベルローズの共闘ですが、やはりこちらからアリデイに攻めこむのは無理ですね」


 それほど長くもない沈黙のあとで、私は答えた。

 ザーズ子爵が、無表情にうなずく。


「理由を聞いても?」

「単純に戦力が足りません。私たちがラプラド郡を併合して、まだひと月かそこらですからね。今から兵を集めて戦に駆り出せるようになるまでは、最低でも三月みつきはかかると、うちの兵長からも言われています」

「なるほど。理解できない話ではないな」


 不満げな表情は隠し切れていないが、ザーズ子爵は仕方ないというふうに息を吐いた。

 これは実際に私が言われたことだからね。子爵としても反論できないみたいだ。


「あとは私の想像ですけど、ベルローズがアリデイに攻めこむのはたぶん逆効果になりますよ」

「逆効果?」

「はい。アリデイ伯爵家の家臣は今は割れているんですよね。伯爵家の長男を支持する家臣と、そうでない家臣で」


 まだ爵位を継承したわけでもない長男が、大義名分もなくザーズに攻めこもうとしているわけだからね。反対する家臣も多いだろう。


「ですが、ベルローズがアリデイに侵攻すれば、アリデイにとっては防衛戦争になります」

「なるほど。ザーズ侵攻に反対している家臣たちも、領地防衛のためならドミニクに協力する可能性はあるか」

「はい。結果的に敵の戦力が増えて、ザーズがより不利な立場に追いこまれる可能性が高いです。そのときはベルローズも道連れですけどね」

「否定はできんな」


 ふん、とザーズ子爵が不満そうに鼻を鳴らした。


「というわけで、噂を流そうと思います」

「噂?」

「はい。親族の嫁ぎ先である次男を殺されて、〝バーサーカーの聖女〟である私が激怒していると」


 不敵に微笑む私の提案を聞いて、ザーズ子爵は困惑の表情を浮かべた。


「するとどうなる?」

「その上で、従叔母いとこおばの返還を要求します」

「それは……」

「はい。ドニミクなにがし——でしたっけ。アリデイ伯爵家の長男の立場は、少々面倒なことになりますね」


 素直に従叔母を返還すれば、〝バーサーカーの聖女〟にビビったヘタレという評判が広まる。というよりも、私が意図的にそれを広める。

 だからといって要求を突っぱねれば、ドミニクは私を敵に回す。

 ベルローズ男爵領がアリデイ伯爵領と敵対するのではない。ドミニク・アリデイという個人が、〝バーサーカーの聖女〟であるアルセリカ・ベルローズを敵に回すのだ。


 もしもドミニクが、伯爵位を継承したあとだったらそうはいかない。普通に家同士の対立になってしまう。

 しかしヤツは、まだ伯爵家の長男という立場のままだ。

 今なら伯爵家の息子と男爵家の娘の、個人的な喧嘩ということになる。

 これでは、伯爵家の家臣たちは動かない。動けと命じられても動く理由がない。


「ふむ。それは面白いな。しかしそれからどうするつもりだ?」

「堂々とアリデイに入って、従叔母との面会を要求しますよ。親戚に会いに来たんです。当然の権利ですよね」

「断られたら?」

「揉めるかもしれませんね。もしかしたら決闘騒ぎになるかも」


 平然と答える私を見て、ザーズ子爵がフッと噴き出した。

 ザーズ子爵の目的は、アリデイとの戦に勝つことではない。

 戦争など最初から起きなければ、本来はそのほうが望ましいのだ。

 そして戦争を起こそうとしているのは、ただ一人、ドミニクなにがしだけである。

 つまり戦を止めるもっとも手っ取り早い方法は、そいつの権威を失墜させることなのだ。

 そうなればドミニクに従う家臣が離れ、ザーズ侵攻の戦力も減る。結果的にザーズ子爵が望んだ状況が実現するというわけだ。


「もしやアルセリカ嬢は、ご自分でドミニクを討ち取るおつもりか?」

「それで片付くならそれでもいいんですけど、彼は乗ってきますかね?」

「さて……どうかな。しかしアルセリカ嬢の存在を無視することもできないだろう」

「そうですね。それができないように持っていくつもりですが」


 そうはいっても、よその領地で理由もなく暴れたら、私のほうが犯罪者になってしまうんだよな。


「まあ、最悪でも幽閉されている従叔母だけでも助け出すつもりです。できればついでに、アリデイ伯爵もどうにか連れ出したいですね」

「ふむ。そうなってくれればザーズとしては願ってもないことだが」

「いえいえ。これはあくまでもベルローズ家の娘が、従叔母いとこおばのために行うことですからね」


 正確に言うと、娘を心配している大叔父様のために私が勝手にやることだ。

 その結果としてザーズの利になっても、それは私の知ったことじゃない。


「感謝する、アルセリカ嬢。あなたに会いに来た甲斐があった。上手い茶菓子も振る舞ってもらったしな」

「開発中の新商品です。まだ未完成ですが、いずれザーズにもお店を出しますよ」

「そうか。では、その日を楽しみにしていよう」


 ザーズ子爵は満足そうに笑った。

 やれやれ。面倒なことになってしまったな。まあいいか。

 ザーズ子爵の人となりはこれでわかった。互いに利用価値がある間は、仲良くやっていけそうだ。

 あとは従叔母を助け出すための作戦を立てなければいけないな。まずは情報収集か。

 大叔父様とバルダーヌさんに相談だな。


■■■■


「面白いお嬢さんだったな」


 アンセル・ザーズは馬を駆りながら、護衛部隊の隊長に呼びかけた。

 ザーズ領から連れてきた護衛は十人。子爵家当主の護衛としては少ないが、ベルローズ領は治安がいい。だからこの数でも問題なかった。ベルローズ家の統治が上手くいっている証拠だ。


「あの方は、本当にまだ十歳なのでしょうか?」


 普段は無口な護衛隊長が、めずらしく戸惑ったように口を開く。

 それを聞いてアンセルは思わず苦笑した。それはアンセル自身が感じているのと同じ疑問だったからだ。


「少なくとも、見た目はもっと幼く見えたな」

「はい。ですが、アンセル様と対等に交渉していました」

「たしかにな。王都では神童と呼ばれていたそうだが、評判倒れではなかったようだ」


 アルセリカ・ベルローズ。王都育ちの男爵家の娘。

 ほんのひと月ほど前にベルローズ領にやってきて、瞬く間にラプラド地方の五郡を攻め落とした。

 噂では王都でも騒ぎを起こして、自領へと追放されたらしい。

 ラプラド地方の領民たちからは悪魔のように恐れられる一方で、領主代行としての崇拝も集めているという。

 子爵家の当主であるアンセルが自ら彼女に会いに行ったのは、その噂の真偽を確かめるためだった。

 だが、それだけの価値はあったといえる。彼女の能力を早めに知れたのは僥倖ぎょうこうだった。

 見た目は儚げな美少女だが、中身はとんでもない怪物だ。


「惜しいな」

「なにがです?」

「我が家に似合いの年頃の息子がいればな。どうにかして彼女を迎え入れたかったが」

「それは危険ではありませんか?」

「たしかに、なにをしでかすかわからない恐さはあるな。だが、敵に回すよりはいい」

「そうかもしれません」


 護衛隊長が同意する。

 あれは敵に回してはならない娘だ。そのことは護衛隊長も感じていたらしい。

 味方なら安心できるかというとそうではないのが、少々厄介なところだが。

 しかし彼女の存在によって、絶望的とも思える戦力差だったアリデイとの戦いにも勝機が見えてきた。


「ところで、おまえも〝ダンゴー〟とやらは喰ったか?」

「はい。毒味のために、先にいただきました」


 護衛隊長が、少しだけ後ろめたそうな口調で言う。護衛の立場でありながら、主人と同じ菓子を喰わせてもらったことを気に病んでいるらしい。


「美味かったな」

「はい」

「開発中の商品だと言っていた。つまりあれを作らせたのも、アルセリカ嬢ということだ」

「とんでもないご令嬢ですな」

「たしかにな」


 米はベルローズ領の特産品だ。それを使った菓子作りに励む一方で、ラプラド地方五郡をたちまち攻め取り、次は伯爵家の息子に喧嘩を売りに行くという。十歳になったばかりの子供が考えることではない。


「いずれザーズに店を出すとも言っておりましたな」

「そうだ。やはり彼女を敵に回すわけにはいかないな」

「たしかに」


 冗談めかしたアンセルの言葉に、護衛隊長は真顔でうなずいた。

 その様子を見てアンセルは、再び声を上げて笑ったのだった。


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