第28話 子爵の来訪
「まずは急な訪問をお詫びしよう。アンセル・ザーズだ。王家より子爵位を賜っている」
「ベルローズ男爵家のアルセリカです。ザーズ子爵の来訪を心より歓迎いたします」
領主舘を訪れたザーズ子爵は、二十代半ばほどのすらりとした男性だった。
顔立ちは涼しげだが、よく日焼けして体型も引き締まっている。王都ではあまり見かけないタイプの貴族だ。
「アルセリカ嬢は、聖女だそうだな。バーサーカーの加護をお持ちとか」
「そうですね。そのせいで王都から放逐されまして、昨月からこの領地で暮らしています」
私の加護については、ものすごい勢いで噂が広まっているからね。隠しきれるとは思っていない。
ザーズ子爵も王都に伝手はあるだろうし、私が追放された経緯はしっかり把握しているはずだ。
「いや、その加護でドルレアック卿の窮地を救い、ラプラド連盟の連合軍を退けたと聞いている」
「誇張された噂が流れているみたいで、居心地の悪い思いをしております」
私はにこやかに微笑みながら首を振る。
自分で言うのもなんだけど、こうして大人しく座っているぶんには、私は幼く儚げな貴族令嬢に見えるのだ。そんな私の姿を目の当たりにすれば、ザーズ子爵も、噂の信憑性に疑問を抱くだろう。
私はなんの武力も持たない小娘なのです。というわけで、さっさと帰ってくれないかな。
「ふむ。この舘に来る途中、領内のあちこちで整備された溜め池を見かけた。あれはあなたが作ったらしいな」
「ベルローズの領軍と、領民たちの尽力があればこそです。私がやったのは、お弁当の手配をしたくらいで」
「街道に出現した魔物の大軍を殲滅したとも聞いている」
「あれは護衛として同行していた傭兵の皆さんがやったことですよ。ラシーヌ商会が手配してくださった方々です」
このへんの話は噓じゃないので、私も堂々と答えられる。
それにしても、この人、よく調べてるな。未婚の女子の身辺情報を嗅ぎ回るのは褒められたことじゃないですよ。
とはいえ、情報収集に力を入れているのは領主として優秀な証拠だ。私は目の前の優男の危険度評価を一段階上げる。
「ラシーヌ商会か。王都に本拠を持つ老舗だな。ランゴワール家と関わりが深いと聞くが」
「そうなのですか?」
「ああ。いや、そうか、ベルローズ男爵は王家の魔法兵団の団長を努めておられたな。その縁で、アルセリカ嬢の護衛を任せたのだろう」
ランゴワールといえば、聖王国の王位継承権を持つ公爵家の一族だ。
ベルローズ家は、爵位は低いながらもいちおう王家の直臣という扱いになっているので、大雑把にいえば同じ派閥ということになる。そのコネで、私を商隊に同行させてもらうことができたのか。バルダーヌさんが私に協力的な理由がわかったな。
「ラシーヌ商会が優秀な護衛をつけたのは疑わないが、それだけではあるまい。ベルローズ軍の奇襲部隊を率いて、五爵の多くを討ち取ったのはあなた自身だと聞いている。さすがは女神様の恩寵というべきか、バーサーカーの加護というのは、それほどまでに強力なものらしいな」
「私の戦果については、幸運に恵まれただけです。むしろ、その幸運こそが女神様の恩寵といえましょう」
女神の名前を出されたら、加護の有用性を否定しづらい。
この子爵、思ったよりもやり手だ。話の流れで無理やり私を有能な加護持ちに仕立て上げやがった。
「さて、そこでだ。無理を言ってあなたに面会を求めたのは、すでにご存じかもしれないが、アリデイが理由だ」
ザーズ子爵が自然な形で話題を変える。
だろうね。それ以外にないもんな。
「子爵閣下の奥様は、アリデイ伯爵家の方だとうかがっています」
私は素知らぬ顔で話を受け流す。
あんたたちの家庭の事情には興味ないんだ。親子喧嘩なら自分たちだけでやってくれよ。
「そうだ。私の妻は伯爵の実子でね。だから、伯爵家の騒動とも無関係ではいられない」
「伯爵家の騒動?」
「これはまだ公になっていない話だが、アリデイ伯爵の長男が伯爵を幽閉した」
「幽閉? 実権を奪って監禁してるということですか?」
親子間の権力争いか。わりとよくある話だね。
「アリデイ伯爵には三人の息子がいた。本来ならば長男のドミニクが伯爵家を継承するはずだったのだが——」
「違ったんですか?」
「家臣たちの間で、次男のエティエンヌを後継者にするべきという意見が上がっていた」
「あー……」
それはいちばんダメなやつ。典型的なお家騒動だ。
こないだのシャルヴェンカの侵攻だって、似たような理由で起きたはずだ。
「それに対して、伯爵はなんと?」
「外からではよくわからないが、悩んでおられた様子だったな」
「そんなに次男が優秀だったんですか?」
「いや、逆だ。長男があまりにも酷すぎた。私にとっては義兄になるのだがね。妻もあの男のことは嫌っている。虚栄心が強く、横暴で、思慮が浅い」
滅茶苦茶な言われようだな。そんなにか。
「もしかして次期当主の座を追われそうになった長男が暴発したんですか?」
「そのとおりだ。次男を殺して、父親を幽閉した。王家には病気療養と届け出ているようだが、実質的な投獄だ」
つまり虚栄心が強くて横暴で思慮が浅い男が、伯爵家を実効支配しているわけか。最悪だな。
しかもその伯爵家は、うちと領地を接しているのだ。笑えない。
「あれ? 伯爵家の息子は三人いると仰いましたよね?」
「そうだ。騒動が起きたとき、三男のリュシアンは心ある家臣に匿われて逃げ延びた。現在はザーズで彼を保護している」
「その心ある家臣というのは、もしかしてザーズの息がかかった方ですか?」
「そうではないが、ザーズと縁の深い家の者だ。妻の母方の実家だな。リュシアンは、私の妻の同腹の弟なんだ」
スパイですか、という私の邪推にも、子爵は怒ることなく笑って答えた。
なるほど。それでザーズにいる実の姉を頼ったということか。
「アリデイからは、リュシアンを返還しろという要請が届いている」
「そうなるでしょうね」
伯爵家を実効支配したとはいっても、長男は爵位を継いだわけではない。暴力的な手段で次男を排除した彼に対する家臣の反発は強いだろう。
そんな家臣たちが、次期当主として三男を担ぎ上げる可能性は極めて高い。
そうなる前に弟を殺しておきたいと長男が考えるのは当然だ。
「その要求に応じるんですか?」
「そんなことが出来るわけはないだろう。返還すればリュシアンは間違いなく殺される」
ですよね。
「それに対して、長男はなんと?」
「従わなければ、ザーズを攻め潰すと言っている」
うーん、短慮だな。さすがは虚栄心が強くて横暴な男だ。
「そんな馬鹿げた理由で戦争を仕掛けて、家臣がついてきますかね?」
「きっかけはともかく、アリデイにはザーズを攻める理由がある。ザーズには海があるからな」
「ああ……」
そう。ザーズは海に面しているのだ。
隣国シャルヴェンカからベルローズ領を通って運ばれてきた荷物は、ザーズの港を経由して聖王国の各地に運ばれていく。そこから得られる利益は馬鹿にならない。そんなわけでザーズとベルローズは、お互いに持ちつ持たれつの関係なのだ。
一方で、ザーズと隣り合うアリデイには海がない。隣国との国境沿いにあるわけでもないので、交易による利益も薄い。アリデイがザーズを狙うには充分な理由だ。
「リュシアン殿の奪還を口実に、ザーズの領地を掠め取るのが目的というわけですか」
「そういう理由であれば、家臣たちが従う可能性はある。もちろんすべての家臣がそうはならないだろうが」
「家臣の半分でも長男に同調すれば、ザーズの戦力を超えますね」
「そういうことだ」
ザーズの人口は八万ほど。それに対してアリデイは二十万を超えている。
まともにぶつかれば、アリデイは半分の戦力でもザーズを凌ぐのだ。
「おそらくすべてがドミニクの考えではないだろう。あの馬鹿を唆して、この絵を描いた人間がいるはずだ」
「そうなるとリュシアン殿がザーズに逃げこむことも、その人物の計算のうちだったのかもしれませんね」
「そうだとしても、今更リュシアンを見捨てるわけにはいかん。それをやれば私の権威が失墜する」
だよね。伯爵家の圧力に負けて義弟を差し出したとなったら、家臣に頼りないと思われても仕方ない。
そうなることがわかった上で、開戦の口実を作るために、あえて三男をザーズに逃げこませる。そういう策略だった可能性がある。だとすると、長男の後ろ楯になっているのは、かなり陰険な策士だな。
話が途切れたところで、ザーズ子爵は、自分が興奮し過ぎていることに気づいたのだろう。肩の力を抜くように、ゆっくりと息を吐く。
そのタイミングを見計らって、キトリーが冷めてしまったお茶を交換した。ついでにみたらし団子も提供する。
新しく出したお茶は玄米茶だ。慣れない香りに、ザーズ子爵が眉を寄せた。
「これは?」
「ベルローズ領で開発中の新商品です。炒ったお米を茶葉に混ぜたものです。新しい特産品になればと思って試作しているのですが、よかったらご意見を聞かせてください。あ、その前に誰か毒味を——」
「不要だ。アルセリカ嬢、もてなしに感謝する」
ザーズ子爵はそう言って、出された玄米茶をひと口すすった。表情を見る限り、反応は悪くない。
「ほう。香ばしいな。それに普通のお茶よりも口当たりが柔らかい気がする」
「はい。手間はかかりますが、一杯あたりの茶葉の量を少なくできますので、普通のお茶が苦手な方でも飲みやすくできます」
「なるほど。聖王国では茶葉は輸入品で高価だからな。その使用量を減らせるなら利益率も上がるか」
おっと、やるな。ザーズ子爵。経済についての知識もあるのか。思ったより手強いおじさんだ。
「そんな大事な試作品を、私に見せてよかったのか?」
「真似るのは難しくないですから、隠しても仕方ないですよ。茶葉の輸入はザーズに頼ってますし、お米は我がベルローズの特産品です」
「なるほど。我々が競い合うよりも協力したほうが、互いに得をするということだな」
ザーズ子爵が重々しくうなずいて言った。私は無言でにこやかに微笑む。
いや、そこまで深い意味はなかったんだけどね。
格上の貴族に出せるほどの高級茶葉の持ち合わせがなかったから、苦肉の策で玄米茶を出したんだ。
試作品と言っておけば、口に合わなくても文句を言われないだろうという計算もあった。勝手に都合よく解釈してくれるなら、それでいいよ。
「子爵閣下が本日来訪された目的は、ベルローズへの共闘の呼びかけということで良いですか?」
「そうだ。正直に言えば、ザーズが単独でアリデイを打ち破るのは難しい。だが、ベルローズが背後から彼らを牽制してくれれば、アリデイは軍を分けざるを得ない。そうなれば我々にも充分に勝機がある」
まあね。よその領地に攻めこんでる最中に、自宅の庭が荒らされてたら焦るよね。
「ベルローズの領軍は動かせませんよ。彼らは国境防衛が主任務で、王家からそのための予算もいただいています。自領に攻めこまれているならまだしも、聖王国内の内輪もめに介入することはできません」
「わかっている。ドルレアック卿にもそう言われた」
あれ? 大叔父様とは、もう交渉済みだったのか。それで断られたのに、私に会いに来たの?
「しかしラプラド郡の兵力を独自に動かすぶんには問題ないというのが、ドルレアック卿の意見だ。それについてはアルセリカ嬢の判断に任せると彼は言っていた」
「はい?」
おいこら、大叔父様。こんな重要な案件を私に丸投げしたのか。
「率直に言ってベルローズには、ザーズに肩入れする利益も大義名分もないんですが」
「もちろん礼はするつもりだ。最低でも関所の通行料の免除や港の関税の減免は考えている」
「う……」
それはベルローズ領にとっては大きいな。ザーズにしてもあまり懐が痛まないから、実現の可能性は高いだろう。
「それに、ベルローズ家がアリデイに攻めこむ大義名分はあるだろう。殺されたエティエンヌ殿の奥方は、ベルローズ男爵の従妹君のはずだ」
「え?」
なにそれ? マジで? 父上の従妹ということは、大叔父様の娘ということか?
ああ、そうか。だから大叔父様は、アリデイと戦うかどうかの判断を私に任せたんだ。
代官である大叔父様が開戦するかどうかを勝手に決めたら、私情に流されたと言われてしまうから。
ていうか、私の従叔母さんってことじゃん。あったよ、大義名分。めちゃめちゃうちの関係者だったわ。
「ご存じなかったのか?」
「いえ、忘れてました。うちの大叔父には娘が多くて」
「そうか。アルセリカ嬢とは年も離れているし、面識がなくても無理はないか」
私がまだ十歳ということを思い出したのか、そう言ってザーズ子爵は苦笑した。
そうなんだよ。生まれて一度も会ったこともない親戚の嫁ぎ先までは、さすがに意識から抜け落ちていたよ。
「エティエンヌ殿の奥方の安否は不明だが、無事だとしても伯爵家に幽閉されている可能性が高い。彼女を救出するというのは、充分な大義名分になると思うが、どうだろうか?」
ザーズ子爵が、穏やかに微笑みながら尋ねてくる。
私は表情を消したまま、自分のぶんの玄米茶をすするのだった。




